第4話「PM01:30」
エントランスに、踏み入れると、20~30人ほどだろうか、
男女比も同じくらいの生徒が並んでいた。
「はーい、並んで並んで~。前回と同じように、引いたカードキーを持って、
そのカードキーが表示している番号の部屋に向かってね~」
先頭から、多分水田教授だろう、声が聞こえてくる。
「さて、俺たちもくじを引きに行きますかね」
「あれ?生島君は、なんで眼鏡を出してるの?」
並びながら、橙吾はシステムグラスを取り出していた。
「橙吾、もしかして前のアレをやるの?」
「なんだ、やっぱり陽葵にバレてたか」
「え、なに、どういうこと?」
戸惑っている翠に、まぁ見てなって、と言って
橙吾は、彼の大好きな銀朱色のシステムグラスを装着した。
SGの操作方法は、いくつかある。
例えば、僕がカフェでやっていた手動。
SGを通して、仮想キーボードなどを空間上に出現させ、
実際に周辺機器を動かすようにして、操作を行う。
しかし、今、橙吾は一切手を動かさず、ずっと腕組みをしている。
橙吾の方法は、手を使っているのではなく、
目、正しくは視線で操作をしている。
「これ、毎回、橙吾の操作を見て思うんだけど、
どういう原理で動いているのか分からないんだよね」
「確かにあまり使われている操作方法ではないわね。
この操作方法って、SGに取り付けられている
センサーで生島君の視線を感知するっていうものなの」
流石は、ホンダグラスの娘だ。
さっきの話じゃないけれど、それだけスラスラと理論が言えるのであれば
SGに関する講義は取らなくても問題ないように思う。
「そう、あれは本当に100人に1人くらいしか使ってない変態操作方法よ」
「翠ちゃんが言うのだから、間違いなだろうね」
「おーい? 聞こえてるの忘れてるんじゃないだろうな?」
キリッと答える翠に賛同している会話を橙吾に聞かれてたようだ。
繊細な操作だから、会話を聞かれているとは思わなかった。
「それで? 生島君は一体何をしているのかしら?」
「簡単に言うと、ハッキング♪」
「なっ……バッ…ん!?」
「み、翠ちゃん、悪いけど今大声出したらまずいから……」
咄嗟に、僕は翠の口を抑えた。今、大声出すと、カフェでの二の舞だ。
翠も、少しの間、抵抗はしていたけれど、
本日二回目ということもあって、状況が飲み込めたらしい。
こくこくと頷いて、ようやく静かにしてくれた。
「でも、ハッキングって違法よ!? 何を考えてるのよ!?」
「ハッキングっていっても、そんな大層なものじゃないらしいよ。
僕もダメだとは言ったけど、聞かなくてね」
「あぁ、そういえば、昔から生島君はこういう人だったわね……」
小声でヒソヒソと僕と翠は話を続ける。
昔から、橙吾は何でもできる人だった。
電子関連も例外なく、視線操作まで出来るほどだった。
けれども、そのスキルを悪戯とかに使うせいで、あまり評価がよくなかった。
例えば、いたずらっ子に憧れのマドンナからメールが来たかように見せたり、
とある先生同士をある密室に閉じ込めたりして、授業をサボったりなど。
当然、こんな悪事ばかりを続けていたら、LEが短くなってしまう。
そのように、僕が橙吾に言うと、橙吾はあのお決まり文句を言う。
偶然は続くものじゃなくて、偶然は続けるもの。
これが、橙吾のLEの短くなることがない、所謂チート技だ。
僕や翠ぐらいの腐れ縁で、ようやく見抜ける。
先程のケースは、二つとも、恋が成就するように、という気持ちで行なう。
橙吾はそう言っていた。
つまり、両方とも、相手に害悪を及ぼそうとして行動するのではなく、
相手のことを思っての行動として扱うことができる。
この辺りに、LEの秘密が隠れているかもしれないけれど、
目に見えることではないから、解明されるのは難しいかもしれない。
「まぁいいわ。今回に限っていうのであれば、私に関係することなんでしょう?」
「多分、そうだろうね。前回と同じような手口だと思う」
「へぇー、後学のために、その手口とやらを教えてもらえる?」
……あの目は、「言わなかったら、告げ口する」と言っている。
どうにも押しが弱い僕は、渋々答えることにした。
「……簡単に言ってしまえば、カードキー情報の交換」
「情報の交換?」
「うん。セキュリティ上、データ改竄などのカードキーへの内部干渉は難しい。
けれど、外へ情報を出し入れが多い媒体なんだ」
「そうね。部屋に入るためにアウトプットしたり、
そのカードキーの認証確認をしたりするからよね」
「そう。それを応用して、情報ごと入れ替えるんだ」
アウトプットしたあるカードキーの情報。
その情報適合を素早く行なうインプット能力。
この能力を並行操作して、カード内情報をシャッフルする。
これは、僕みたいに手動で行なうことはできない。
何故なら、単純に速度が足りない。
けれど、視線操作はそれが可能だ。
人は眼球をおおよそ毎秒50°まで滑らかに動かすことができる。
これを応用するとコンマの操作が可能となり、カード情報交換の速度まで達する。
そう、橙吾は言うが、いまいち僕には分からない理論だ。
実際に出来ているわけだから、そうなんだと思うしかない。
今、SGを装着していないから、見ることができないけれど、
橙吾の周りには、手品師が扱うトランプのように情報が舞っていることだろう。
「でも、それ、悪事に使うことができるわよね?」
「出来なくはないけど、これを使えばLEが短くなるから、
皆は、やらないっていういたちごっこの完成なんだ」
このLEが実装されてから、犯罪率が一気に低下したのは事実である。
犯罪することによって、自分のLEが短くなるのを見て、
犯罪の重大さが理解ができるようになったからと
先ほど翠が見せてくれたプリントにもそう書いてあった。
翠は、釈然としない顔だけれど、一応、納得してくれたみたいだ。
そうこうしている間に、僕たちの順番が近づいてきた。
「……陽葵、とりあえず、俺よりも先に引いてくれ。
最後に、俺が引いて、エントランスに残っている誰かと交換する」
「了解。
ところで、橙吾って本当にLEが短くなってないの?大丈夫?」
「一応、確認するか。……よっと」
橙吾は、腕をまくって、右手首のバングルを確認した。
「確認を促した僕が言うのもなんだけど、
人前で臆面なく確認できるのって本当に凄いと思うよ……」
「なんだよ、照れるじゃねぇか。あ、そろそろ陽葵の番だぞ」
言われてみれば、僕たちの目の前には、くじ箱を持った水田教授が立っていた。
「さぁて、次は、君たちの番ですよー? あれ? なんで橙吾クンは、
SGを装着しているのかな~?」
「いやぁ、ちょっと新入生歓迎会で使う手品の練習ですよ~」
ニヤニヤと悪い顔しながら、笑い合う二人。
どうやら、水田教授にはお見通しのようだ。
「じゃあ、あんまり意味なさそうですが、陽葵クン引いてもらってもいいかな?」
「あっ、はい。それじゃあ……」
ごそごそと3枚しかないカードキーから適当に1枚引いた。
翠と橙吾も続き、くじが引き終わった。
僕のカードキーには、403と記されていた。
「良かったな、陽葵。また偶然が続いてさ?」
「よくやるわよ、ホント……」
当然、2人が持っているカードキーにも403と表記されていた。
僕は、その様子を見て、苦笑いするしかなかった。
「……さぁ、無事にクジが終わりましたね? 無事かどうかはわかりませんがね?
さあさあ、皆さん、各自、部屋に向かってください。
それから、前回と同様にお題をお知らせしますねー」
こちらを一瞥したと思うが、気のせいだということにしよう。
そう思い込んで、僕らはその視線から逃げるかのように
タイミングよくやってきたエレベーターに乗り込んだ。