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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

LIFE

作者: いち


はじめまして。

彼方わた雨さんの『ガラスの靴がなんぼのもんじゃい!』と言う作品を読ませていただき、童話的な何かを書きたい、短編を書きたいと思い、夜中の3時から書き始め、今午前10時14分・・・

洋物に対してこちらは和物だ!と意気込み書いた結果、短編になってない?

(本文とあらすじが・・・)収まりきらないです・・・

今回書いてみてよくわかりました。

もし良かったら、感想いただけると嬉しいです。




 僕は病気で死ぬ。


 まだ18歳なのに、この前余命宣告を受けた。


 寿命は20歳までらしい。




 (いたる)


 自分の(いた)る高みまで昇ってこれる様に、自分以上の頂へ(いた)れる様にと願い、父がつけた名前。




 全く……至らない人生だったな。


 期待ハズレもいいところだろ。


 婚活より前に終活って……


 まさに人生終わってるぞお前。


 あ、僕か。




 他人事の様に自分をディスるのが最近の日課になっていた。


 当然まだ受け入れられない。


 猶予は2年あるしね。


 自分で悟るのが先か、変な宗教に諭されるのが先か。


 


 あ、最近越してきたこの病院は、何を隠そう18年前に僕が産まれた田舎の病院だ。


 生まれ故郷に凱旋。


 気分は帰国子女。


 本州から出た事はないけどね。




 なんで生まれ故郷に帰ってきたかって?


 日に日に弱っていく僕を見るに耐えず、昔住んでいた田舎の病院へと追いやられた。


 Q.誰に?


 A.家族に。




 せめてもの償いか、部屋は眺めが良い最上階の四階だった。


 やったね。


 何が?




 ふと外を見る。


 病棟の窓から見える隣の学校の校庭では、ジャージを着た学生達が野球をしていた。



 細かい雨が服に染み込むように降っていた。


 ブラすけって都市伝説じゃないの?


 いやん。えっち。




 晴れの日の雨は狐の嫁入りだっけ?


 よかったら僕のところにおいでー。


 お菓子あげるよー。


 歌舞伎揚げだよー。




 なんて空を見てたら、いつの間にかジャージーズの皆は校舎に避難した模様。


 もっと弾けろよ青春……


 やっぱり微炭酸じゃダメなんだよ。


 


 何となくテレビをつける。

 

 春の高校野球がやっていた。


 弱小高が常勝高に挑み、まだ7回だったが0対6と大差で負けていた……


 終わったな。



 テレビを消して天井を仰ぐ。


 どこの病院も天井に大した違いはなかった。




 病気で動かなくなる前にいっそのこと……



 

 その時。

 


 『バタバタバタバタ』

 


 「こらー! 廊下は走らないで!」


 「ごめんなさーい!」

 



 子供が遊んでるのかな?


 廊下から足音と声が聞こえた。


 看護師さんに注意されたのに、それでも走る音は鳴りやまない。


 ……むしろこちらに近付いてくる?

 



 『バンッッ!』



 病室の扉が思いっきり開けられた。


 なんだ?


 「うわっ」


 逆光で相手がよく見えない。

 



 「ちょっとそこの貴方!! 私パン党なので、いい加減御飯御供(ごはんおそな)えするの止めてくれませんか?!」




 黒いシルエットの人物は右手でこちらを指指し、左手は腰に手を当ててポーズをキメている。 


 ……和服?


 そう、そこには追風を背に受け短い髪を揺らしながらこちらを見つめるドヤ顔の和服美少女がいた。



 

 ……


 ………


 …………



 ふぅ。




 これ何てエロゲ?




 いや、現実逃避してる場合じゃないか。



 女の子を観察してみる。


 黒髪のショートカット。


 肌は白く、目は大きくて、お人形さんみたいだ。


 胸もないから着物も似合ってる。




 「……で?」


 「は?」


 「いや、で?」 


 「え?」


 

 会話になってんのかこれ?



 「だから、君は誰? 初対面だと思うんだけど?」


 「もうボケたの? アタシは高一で座敷わらしの市香(いちか)よ!」




 ……


 ………


 …………


 ほぅ。


 自称高一の座敷わらし女、市香(いちか)16歳が現れた。

 


 Q.仲間にしますか?


 A.いいえ。



 「自慢じゃないが、家はこんな田舎にはないぞ? 都内のマンションの24階なんだけど、もしそれがホントだとしたらお前自分から私は立派なストーカーですって言ってんだぞ?」


 「はぁー? 意味わかんないんですけど?? 貴方こそアタシのストーカーじゃないのかしら?」


 

 見つめ会う……いや、睨み合う二人。


 


 ・・・30分後・・・

 



 取り合えず話を聞くと、自称高一座敷わらしの市香はどうやら来る処を間違えた様だ。


 そもそも何故病院でコスプレしながら御供えの催促? 



 『メイド喫茶』ならぬ『デリバリー座敷わらし』


 お供え物が間違っているとクレームをつけながら指定の場所に来てもらい、そのまま一緒にご飯を食べたり遊んだり。



 ……意外とありかも。


 地方では流行ってんのか?


 


 詳細を聞こうと市香の方を見ると……


 「またやっちゃった……」と両手両膝を床について落ち込んでいた。



 …………



 正直意味が分からないが、まあこれも何かの縁だとリンゴを剥いて市香に差し出す。

 

 「最期に面白いものが見れたよ。都会にも無いサプライズだったしね。ありがとう!」

 

 喧嘩別れじゃ味気無いからと笑顔を見せたら顔を背けられた。



 ……これが噂のツンデレか?


 

 その後、一緒にリンゴと歌舞伎揚げを食べながら市香の愚痴が始まった。中々コスプレアルバイトの世界も大変な様だ……

 

 市香の話の途中、『座敷オブわらし』と言う若干興味をそそられる単語が出てきた。

 

 なんでも、昨今の過疎化で座敷わらしの住まいが無くなりつつある。それを憂いた座敷わらしの長が開催を決めた十年に一度の大会で、今年で三回目。全国の座敷わらしが就職難の若者をスカウトし、田舎の家を譲渡する代わりに座敷オブわらしに出場してもらう。なんと優勝者は一つだけ願いが叶うらしい。



 一店舗だけだと思っていたら、まさかの全国チェーン店だった!?


 どこまでが設定だかわからないけど……


 全国大会だから、車とか貰えたりするのかな?


 パジェロ! パジェロ! なんて言いながらダーツ投げたり?


 ……いや、それはないな。




 気になる大会の内容については『昔の遊び』で勝敗を決めるトーナメント方式。

 


 あー、影送りって楽しいよな。


 え? 影送りは個人でしか楽しめないから競技にならない?


 五月蝿い。ぼっちナメんな!!




 座敷わらしの主張としては『最近の若者は室内でウジウジしている。古き良き日本を思い出せ! 昔の子供は骨折したって唾つけて治していたんだぞ!!』との事。

 


 ……確かにインドア派は多くなってるみたいだけど。


 どんだけ強いんだよ日本男子……


 クリ○ンだって仙豆食わないと骨折治らないぞ?


 

 因みに出場者は大会が終わっても、そのまま10年間はその家に住まなければならない。


 座敷わらしとしては自分達を奉り崇め田舎暮らしを満喫してもらう。


 若者側からすれば家が貰えて、座敷わらしが斡旋する農業や地域に根付く会社に就職も出来る。それに万が一優勝すれば願いも叶う。


 正に過疎化と就職難の両方の問題を解決し、座敷わらしの住まいも増える素晴らしいシステムなんだと力説する市香。



 話を鵜呑みにするなら30年も前から過疎化対策されてたんだ。知らなかった。テレビで放送すればもっと集客出来るのに。スポンサーが難しいのかな……?




 「至どうせ暇でしょ? これも何かの縁だし、アタシと一緒に出てみない?」

 

 「んー……いや、そもそも僕病人だから外出出来ないし」



 困った顔をしていると、市香がぶっちゃけ始めた。



 実は市香は人見知り。

 当然パートナーは決まっていなかった。


 人見知りの為、田舎の病院なら大人しくて従順な若者がいるはずだと最初の大会から代わらず狙った作戦だったが、田舎の病院にそんな都合よく就職難の若者など入院する訳も無く、前回まで出場出来なかった。

 

 座敷わらしの長(社長さんかな?)からは「パートナーを見つけられず大会に参加していないのはお前だけだ。お前はどれだけ私の顔に泥を塗ったら気が済むんだんだ? もういい。次の大会、優勝しなければお前を日本人形として売り捌く!」と言われていた。

 

 言い方はあれだけど、要するにクビか……


 力になってあげたいけど、でも……

 

 「ごめん。そんな気分にはなれないんだ。余命宣告されてるし、全国大会なんて勝てないよ。体弱いもん。だから、折角だけど……」

 


 部屋に重苦しい雰囲気が漂う。



  

 その時、

 

 「あれ? もしかして至?」


 誰かが廊下から病室を覗いてきた。

 

 「えっと……ん? もしかして紫ちゃん?!」


 昔近所で遊んでいた幼なじみの(ゆかり)が廊下から覗いてきた。


 「久しぶりだねー。面影あったからすぐわかったよ。確か僕の二個下だっけ? すっかり大きくなって」


 紫とは引っ越しの時以来だから、十年ぶりだった。

 

 紫は制服姿で髪は薄茶色のロング。そしてEカップぐらい? その圧倒的な重量感のある胸に目を奪われていた。

 


 「ちょっと、久しぶりの再開でどこ見てるの!」


 僕の頭に凸ピンする紫。


 「あれ? あなたは?」


 市香を見て首をかしげる紫。


 「……クソ負けた。ふんっ、最近の女は食べ物が良くなったから胸が大きくなったのよ! なによ、貧乳がそんなに悪いの? 悪なの? うぅ……バカもう知らない!!」


 叫びながら市香は廊下に飛び出していった。



 ……


 …………



 気まずい沈黙が流れる。

   

 「えと……たぶん気にしないでいいよ? 思春期だと思うから。それより久しぶりだね? 元気してた?」

 


 そして昔話に花が咲いた二人。

 


 だいぶ打ち解けてきた処で紫が問いかけてきた。


 「そう言えば、さっき入る前にだいぶ空気が重かったけど何かあったの?」


 「あーえと……まぁ紫なら話しても良いのかな? 実は……」


 先ほどの話をそのまま市香に伝える。


 

 「本当だとしたら凄いわね。昔の遊びか。……ねえ、ちょっと歩かない? 会わせたい人がいるの」


 そう言って紫は僕の手を取り廊下へ歩き出した。

 

 「ねぇ、会わせたい人って?」


 「うん。私のお爺ちゃん。今この病院に入院していて、私ちょうど御見舞いに来た処だったんだ」


 そう言って、二階(・・)へ移動する二人。


 「実は少し前にお婆ちゃんに先立たれてからすっかり元気無くしちゃって……ちょっと驚かせたいから演技に付き合って?」


 そう言ってウィンクする紫。色っぽい仕草に思わずドキドキする僕はただコクコクと頷く事しか出来なかった。

 

 『コンコン』


 「永尾さん、失礼します」


 そう言って扉を開ける紫。


 そこにはベッドに横たわり、目を瞑っている老人がいた。

 

 紫と至はパイプ椅子を持ってきてお爺さんのベッドの隣に座る。


 お爺さんは目を開けない。

 

 至はお爺さんを見た。


 骨格はガッシリしているが肉付きはめっきり少なくなっていた。


 朧気な記憶が甦ってくる……

 

 昔はたしか髪の毛の色は黒が多かったはず。昔気質な人でもっと筋肉があって、笑うと八重歯が見えて……ああ、お婆さんに『ままどおる』貰ってよく紫と二人で食べてたっけ。


 思い出の中でお爺さんとお婆さんは二人並んでいた。とても仲が良かった二人……


 そうか、お婆さんはもう亡くなったのか……


 改めて死というものに直面し、血の気が引いていく。

 

 そんな僕には気付かない紫。


 周りのものを片付けながら自分のお爺ちゃんに声を掛ける。


 「永尾景虎さん。御加減はいかがですか?」

 

 寝返りをうち、背を向ける景虎。


 返事は「ああ」だけだった……

 



 お婆さんに先立たれたお爺さん。


 昔はあんなに元気だったのに……


 今は生きる希望もなく呆然と病院に入院している。




 僕と同じだ……

 



 至はお爺さんの姿を見て、自分を重ねていた。

 

 そして、自分でも気がつかないうちに話しかけていた。

 

 「景虎、さん。」

 

 自分の行動に自分で驚いた。

 

 紫が会わせたい人だと言っていた。さっきの流れから推測すると……


 「……景虎さん。僕、室内でしか遊んだことなくて……昔の遊びなんて僕全然知らなくて……鬼ごっことか、かくれんぼとか。竹馬なんて自分で作れるものなんですかね?」 

 


 返事を待つ。

 

 五分。

 

 十分。

 

 声を掛けようとした紫を何故か手で制止した。


 自分でも分からないが、そうしないといけないと思ったから。

 

 そしてたっぷり十五分後……

 

 「ふん。竹馬だけじゃない。竹トンボ、水鉄砲……何でも自分達で作っておったわ」

 

 背を向けたままだけど、お爺さんが喋りだした。

 

 思わず嬉しくなる。


 紫も僕を見て笑顔で頷いた。

 

 他愛もない話で少しずつお爺さんの声が大きくなってきていた。



 いよいよ本題に入る。

 

 「そうなんですか? へぇ。凄いなぁ。あ、もしかして昔の遊び全部覚えていたりするんですか? もしそうだとしたら、是非教えて貰いたいな」 

 


 そして訪れる静寂……

   


 場の空気に負けない様に、お腹に『ぐっ』と力を入れてじっと答えを待った。

 


 ……

 

 …………



 そして、


「昔の遊び? ああ、そりゃぁ色々やったさ。当然覚えている。今の若者と違ってがむしゃらだったからこの歳になっても忘れられやしねぇ。坊主、これだけは言っておく。若いうちはがむしゃら(・・・・・)になれ。大人しくなるのはじじいになってからでも十分間に合う。いや、じじいに成ってからでも十分余るんじゃよ……」



 がむしゃら(・・・・・)に……


 お爺さんの言葉に鳥肌が立った。


 言葉の重みが違う。



 今までがむしゃらに何かをした事なんてない。


 そしてこれからも恐らく……

 



 そして、お爺さんの話しは続く。

 

「素直そうな坊主だから教えても良いとは思っている。しかしな、もう体が動かなくなっちまったんじゃよ……心に血が通わなくなったのかもしれん。五年前にあんなに元気だったばあさんにも先立たれた。それに去年ま「お爺ちゃん!!」」

 

 痺れを切らしたのか、紫がお爺さんの話を遮った。

 


 ……


 ………



 「はぁぁ。坊主が若いから思い出したのか、孫娘の幻聴がするわい。だが感謝する。幻でもまたあの声が「お爺ちゃん! いい加減こっち向きなよ! 昔から話をする時は人の目を見てって言ってたのお爺ちゃんだよ?」」

 



 …………

 



 『ガバッ』

 

 先程までの死相が出ていた老人とは思えない動きで起き上がる景虎。


 「な……」


 紫を見て一言だけ言葉を発し、固まってしまった。



 ……若干展開についていけないが、あれ不味くない?


 お爺さん、多分アゴ外れてますよ!!


 

 「お爺ちゃん久しぶり。全く。お婆ちゃんが亡くなってからすっかり元気無くなっちゃって……心配したから至を連れて御見舞いに来たんだよ?」

 

 「……あ? ……ゆ?!! ゆゆゆゆゆゆ紫?!?!!」

 

 慌てたお爺さんは『ガタンドンダラガッシャン?!、!?、』と周りの荷物を道連れに僕達とはベッドを挟んで反対側の床に落ちた。

 

 頭から落ちた……生きてる、よね?

 


 「ちょッ?!!」

 

 一拍置いて慌て始めた僕を紫が手で制止し、お爺さんを介抱する。

 

 暫くしてお爺さんが起き上がった。

 

 「お……おままままままま、な、な、なんでじゃ? この事は昇や結さんは知っておるのか?!!! いや、いやいやいやいやそれどころじゃない! 紫、お前は……」

 

 最早壊れたレコーダーの様になっているお爺さんを紫が抱き締める。

 

 「さっきも言ったけど、お爺ちゃんが心配で来ちゃった。お父さん達は知らせてないの」


 「本当に紫なんじゃな? ……紫。あぁ、また紫に会えた」

 

 僕は涙する二人を置いて、そっと廊下へ出ていった。

 



 家族の感動の再会に邪魔者はいらない。


 そんなに久しぶりだったのかな?


 もっと早く御見舞いに来れば良かったのに。

 

 まあ田舎から出て生活していると中々戻ってはこれないか。



 あんなに死にそうな程落ち込んで、あんなに嬉しそうに抱きしめる人が僕にもいたらなぁ……


 ……『デリバリー座敷わらし』でお願いしてみようかな。


 Q.僕の事抱きしめてくれますか?


 A.はぁ?キモいんですけど


 

 悲惨だ……いや、一部には需要があるかも?


 

 

 その後宛もなくブラブラしていると、中庭のベンチで体育座りで頭を足に埋めている市香を見つけ、隣に座った。

 



 そよ風が体を通り抜けていく。


 いつの間にか雨は止んでいた。


 目を瞑り上を向くと、暖かい陽射しが体に浸透する。

 

 徐々に温まる体に自分がまだ生きている事を感じた……



 何も考えない様に、さらに五感に意識を向ける。


 

 心地よい微風が前髪を揺らし、花壇に咲いている花の香りが微かに漂う。



 隣から、微かに寝息が聞こえた。


 はは、座敷わらしでも寝るんだな。ちゃんと仕事しろよ。



 市香が本物の座敷わらしだったら良いのになぁ。


 優勝して、僕のからだを……いけないいけない。




 …………

 

 ふぅ。


 一頻り五感を堪能した。


 こんなに落ち着けたのいつ以来だろう?



 目を瞑ったまま、ぼんやりと考える。

  

 今日は今まで生きてきた中で一番の日かもしれない。

 

 未遂だけど、自分で最期を決めた日。

 

 自称だけど、座敷わらしに会った日。

 

 偶然だけど、およそ十年ぶりに幼なじみに会った日。

 

 そして、自分にはもう無い(・・・・・・・・)家族の愛を感じた日。

 

 

 頬を伝う涙の冷たさに驚いた。


 いつの間にか自然に涙がこぼれていたみたいだ。

 

 二人を見て素直に羨ましいと思えた。

 

 まだそんな感情が残っていたんだと、まるで他人事の様に感じていた。


 

 「昔に戻りたい……」


 

 まだ自分がこの街に住んでいて、毎日が心から笑いあえていたあの日々に……




 

 どれぐらいそうしていただろうか。

 

 もしかして、寝ていたのかもしれない。


 何か夢をみていた様な気もするけど……

 

 微かに聞こえる声に耳をかたむけると院内放送が流れている。誰かを探している様だ。

 

 変わらない陽射しの暖かさに安心感を覚え、ほっと息を吐く。

 



 その時だった。

 

 衝撃が頭を襲う。


 一瞬、意識を失いかけた。

 

 寝耳に水をかけられた様に、冷水を身体中にぶっかけられた様に、『ガシッ』そう、まるで冷たい手でガシッと顔を掴まれたよう「いたたたたたたッ」

 

 あまりの痛さに驚いて目を見開いた。

 

 「ぐぁあぁッ」

 

 そしてあまりの眩しさに慌てて目を瞑る。

 

 間違って太陽を直視した??!

 


 「全く。いきなり弟子入りしたいとほざいた癖に気が付いたら居なくなっておるとはけしからん。だが感謝しよう!!」

 

 今度はいきなり頭を離された。


 ぐわんぐわんされた。気持ち悪い……

 

「遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!! 我こそは永尾家が当主、景虎。義によって助太刀致す!!!」

 

 ・・・

 

 胸にかわいい猫の刺繍がされているピンクのパジャマを着て、足にはモフモフのスリッパを履き、手には長い竹の棒?? 顔にはサングラスをかけ頭は眩しく輝いている。さっきのはこれか! 正に日輪の輝き!

 

 その頭に負けず輝いている笑みを浮かべ、景虎爺さんが目の前に仁王立ちしていた。

 

 …………

 

 中庭を静寂が包み込む。


 周りは遠巻きにこちらを見ている。


 隣の自称座敷わらしは余程驚いたのか目をまわしていた。


 

 

 気まずい。

 

 何か喋らないと。

 

 

 「か……髪切りました?」

 


 ………

 

 

 苦し紛れに目をそらすと、二階の病室の窓から紫が微笑みながらこちらを見ていた。


 ……さっきの一番の日に追加しなきゃいけない。

 

 グラサンパジャマの知り合いのお爺さんに名乗りをあげられた日って・・・

 

 いたたまれず身動きが出来ないでいると、何処からかラジオ放送が聞こえてきて同時に歓声が起こった。

 

 朝見ていた高校野球の試合、弱小高校が八回に追いつき、九回裏に逆転サヨナラホームランで勝ったらしい。

 

 そして、どうやらその高校はこの病院の隣にある高校だった。

 

 

 ……転院した病院の隣の高校が甲子園でサヨナラ勝利した日って付け足さなきゃな。

 

 

 どうやら僕の人生で一番の日は、お昼を過ぎてなお、まだまだ刺激的になるらしい。

 

 

 

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