9話 『勇者と元Sランク冒険者』
森の入り口付近で魔物の大群を待ち構えている聡太。
その後ろには大勢の騎士たち。そして中にはレオンの母であるエリスもいた。
当初エリスがこの討伐作戦に参加すると言い出した時は、隊長の男が馬鹿馬鹿しいと聞く耳を持たなかったが、他の騎士たちの中に彼女の存在を知っているものがおり、隊長の男に何かを耳打ちすると、男の顔が一瞬で青ざめ冷や汗を垂らした。
その後、討伐隊参加はあっさり認められ、いや、むしろ是非お願いしたいと向こうからすり寄って来たくらいだ。
エリスは自前の防具で身を固め、魔物がやって来る森を見ていた。
(はぁ、こうやってちゃんとした武装で戦うのはいつぶりかしら。まぁこれも村のためと思って頑張らないと。でも何か嫌な予感がするのよね〜。…何もなければいいんだけれれど。それにあの少年、勇者だったかしら? 彼からはとても強力な魔力を感じる。でも構えや身のこなしは素人のそれ。まるで力だけ与えられてその扱い方を知らない子供みたい…)
前方にいる聡太を見て考察する。
そしてその考察は奇しくも、すべて今の聡太に当てはまっている。
彼は召喚時に得た圧倒的な身体能力に頼ることで、近接戦闘ではほとんどの相手を一瞬で負かすことができる。
そのため魔法ばかりに目が行き、ろくに剣術を習おうとしなかったのだ。
彼らはその後も魔物がやってくるのをじっと待つ。
――そして、
「来たぞ!」
誰かがそう言ったのと同時に、森からゴブリンが数十匹出てきた。
それを目視で確認した聡太は、次の瞬間、魔法を詠唱し始める。
『――――――【ファイアーアロー】!!」
聡太が得意としている火の中級魔法だ。
今の聡太が制御できる現界の40本ほどの炎の矢が、次々とゴブリンたちへと放たれ、ゴブリンたちの身を焼き尽くす。
その魔法を受けたゴブリンたちは、「グギャ!?」と悲鳴に似つかわしい断末魔を上げる。
一方、その始終を背後から見ていた騎士たちは……
「……お、おい。今の見たかよ?」
「…ああ。ゴブリンが一瞬で燃え尽きたな。あれに巻き込まれたらと思うとぞっとする」
聡太の魔法の威力の凄まじさに唖然としていた。
だが、彼らと同じようにそれを見ていたエリスは、
(今のは過剰殺傷。力を誇示したいのか魔法をうまく制御出来ないのかは分からないけれど、あんな戦い方が出来るのは常人よりも遥かに多い魔力量のお陰。あれじゃあ自分と同格以上の相手でも現れた時は、おそらく一方的に嬲られるでしょうね〜)
そうやって聡太のことを冷静に分析していた。
周りを見ても、その圧倒的な魔法の威力の事ばかりに関心がいっていて、聡太の戦い方のまずさについて気付いている様子は全く無い。
エリスはこの騎士たちの練度の低さに思わず溜息を吐きながら、勇者の魔法から逃げ延びた十匹ほどのゴブリンに狙いを定める。
『風よ、斬り裂け。【ウィンドカッター】』
詠唱を途中省略して魔法を使うと、こちらへと向かってきていたゴブリンたちの首が綺麗に胴体と切り離された。
「す、すごい…」
「あれが、Sランク冒険者の実力なのか」
「でも“暴風の戦姫"はもう随分前に現役を引退していたはずだ」
「てことは、昔はさらに強かったってことか。やっぱりSランク冒険者は化け物だな」
騎士たちはその洗練された無駄のない魔法に魅せられ、エリスのことを知っていた騎士たちが騒ぎ出す。
知らなかった者は、騎士たちの会話に出たSランク冒険者という言葉に反応する。
Sランク冒険者とは、冒険者の頂点に立つ者達であり、この大陸にいるすべてのSランク冒険者を合わせても三十人にも届かない。そんな稀有な存在が目の前にいるとなっては驚くのも無理ないだろう。
また、“暴風の戦姫”とは、エリスが冒険者として活動していた時の二つ名である。
有名になった冒険者には二つ名が付けられ、大体Aランクになった頃から付けられ始める。因みに夫のトートスは元Aランク冒険者だが二つ名はない。
先陣に立って森から出てくる魔物を燃やしていた聡太だが、後ろにいるエリスが自分を差し置いて騒がれていることに気づくと、横目で睨みつける。
「…….」
睨まれた張本人であるエリスは、その敵意ある視線に気付いたが、そんなものに構っている暇はないので敢えて無視した。
その後も森から出てくる魔物たちを次々と屠っていると、聡太達の前に一匹のゴブリンが現れた。
それは普通のゴブリンよりも一回り大きく、身体はかなり引き締まっていて、明らかに普通のゴブリンとは違う強者の風格が出ていた。
さらに手には大剣が握られており、油断なく構えている。
「あ、あれは…ホブゴブリン?」
聡太の後方にいた隊長の男は、そのゴブリンを見るやいなやそう呟く。
「ホブゴブリン? ゴブリンの上位種か?」
聡太が持ち前のファンタジー知識から予想すると、男は大きく頷いた。
「ええ。ホブゴブリンはゴブリンの上位種で下位種族の魔物を率いることがあると聞きます。おそらくあやつがこの魔物どものリーダーなのでしょう。あやつを倒せば、他の魔物は逃げ帰ってくれるかもしれません」
それを聞いた直後、聡太は二十近くの火球をつくると、ホブゴブリンに向かって放った。
しかしホブゴブリンは、普通のゴブリンとは比べようもないぐらい俊敏な動きで避け、さらには手にした大剣で火の玉を斬ってこれを凌いだ。
「魔法を斬った!?」
初めて見る芸当に思わず驚いてしまったが、ある程度の腕を持つ剣士ならば下級魔法を斬ることなど容易いのだ。
それでも、聡太の莫大な魔力によってつくられたファイアーボールはかなりの威力となっている。それを斬ることが可能なホブゴブリンの技量は言うまでもなく、それに耐えうる剣もかなりの業物なのが分かる。
「くそっ、なら、……『大いなる炎の精霊よ。その力はすべてを燃やす炎。その炎はすべてを包み、すべてを燃やし無へと返す道とならん。【ファイアーストーム】!!』 」
火の範囲攻撃を目的とした上級魔法だ。
すると、ホブゴブリンがいた場所一体が炎に包まれた。
ちょこまかと動くホブゴブリンを鬱陶しく思い使ったのだが、魔力の消費量が思ったよりも多く一瞬フラついてしまう。
それでもホブゴブリンを炎に捉えた感触があったので、これで死んだだろうと思い炎の方を見る。
「マジ、かよ?」
そう呟く聡太の眼前には、全身にやけどを負いながらも炎の中から脱出し、今も大剣を構え闘志を漲らせているホブゴブリンがいた。
聡太は今の自分の魔法ではこのホブゴブリンにとどめをさすのは難しいだろうと思い、どうするか考える。
ここまで弱ったホブゴブリンならば騎士たちでも十分倒せるだろう。だが、そうした場合の手柄の大半はその者へ渡る。
そこまで考えた聡太は、自分で止めを刺すことにした。
「よし、あれを使うか」
そして目を瞑り念じ始めた聡太。
すると、突然その手に一本の剣が現れた。
刀身や柄の部分は聡太に適性のある火と同じ紅色である。聡太はその剣を強く握と、体内から急に力が湧き出て来るのを感じた。
これは、この剣を持つ者に与えられた能力の一つで、身体能力を大幅に上げるのだ。さらに火魔法を使うとき詠唱を省略でき、使用する魔力も少なくて済む。
この紅の剣は、聡太がこの世界に召喚された一ヶ月後、火の上級魔法を習得したときに目の前にいきなり現れた。
聡太はこの剣を聖剣と呼び、この剣の能力を知ったときは、「なにこれ、チートじゃん!」と言って喜んだが、実はこの剣を使った後の体の疲れが酷いのだ。
手に入れた当初は五分使っただけで倒れてしまうこともあった。
それでも現在では三十分は持つので、時間制限はのことはあまり気にしていない。
「光栄に思えよ? この剣で斬る魔物はお前が初めてだ」
聡太は紅の剣をそれらしく構えると地面を全力で蹴り、人間離れした速さでホブゴブリンへ迫ってその首を刎ねた。
「「「「は?」」」」
離れた場所からそれを見ていた騎士たちは、その一瞬の出来事に思わず口をポカーンと開け、このときばかりはエリスもかなり驚いていた。
「よし、敵のボスも俺が倒したことだし、さっさと終わらせますか、」
その言葉と共に炎の矢を数十本空中に生成し、残っている残党を次々と燃やし始めた。
しかし、先ほどの騎士の話ではリーダーであるホブゴブリンを倒せば残りは逃げ帰って行くと言っていたのに、どれだけ殺してもまだこちらに向かってくるのだ。
それを疑問に思い、後ろを振り向いた。
「なぁ、隊長さんよお、こいつら倒しても倒してもこっちに向かってくるんだけ―― 」
その時、聡太は最後まで言うことが叶わずに後ろに吹き飛ばされた。
地面を転がった聡太は一瞬何が起こったのか理解できず、顔が痛み出したのでそこを触ると、その手には少量だが血が付いていた。
「…ぇ?? …………ぇぇぇえええええーーー!?? なにこれ!? なんでちが!? え、おれのち? なんで!? うそでしょ!? いたい!! かおがいたい! はやくなおざないど!! イヤだ! まだじにたくない!! じにだくないっでばーー!!!」
この世界に召喚される前から大きな怪我を負ったことが一度もなかった聡太は、何者かに顔を殴られ血を流してしまったことで狂乱してしまう。
しかし騎士たちは、そんな状況に陥っている勇者にはわき目も振らず、ただじっと前方を見ていた。
いや、正確には目を離せなかったと言うのが正しい。 一瞬でも目を離すことが命の危険に繋がるからだ。
そんな彼らの視線の先には、体長二メートル程の鬼が六匹いた。それらは一匹一匹がホブゴブリンと同じかそれ以上の存在感がある。
そして、その六匹を率いるようにして一歩前にいるのは三メートル近い鬼だ。
他の個体と比べ圧倒的な強者であると見ただけでわかる。耐性がない者はそれに睨まれただけで動けなくなるほどの迫力だ。
そして、その鬼を見た隊長の男は、
「オーガ、キング?」
絶望の表情をしながら、その鬼の名を呼ぶのであった。