8話 『日常は崩れ…』
時は少し遡り、勇者たちが飛竜に乗ろうとしていた頃。
レオンの村に隣の街から騎士たちがやって来ていた。村の住民は皆家の外に出て、不安そうに身を寄せ合っている。
「この村の責任者はいるか?」
騎士たちの隊長らしき男が村の住民に話しかけると、皆の視線が1人の老人に向かう。
騎士の男はその老人が代表だと当たりをつけると、そちらを向いて話し始めた。
「我々は国王陛下の命でここまで来た。内容はこの付近まで来ている魔物の大群の討伐で、我々と後から合流する勇者様とで協力して事を行う。この村には魔物の脅威が去るまで、街から持ってきた食料の不足分を供給してもらう。これは依頼ではなく命令だ」
隊長の男は自分たちが来た目的と村への要求を淡々と口にする。
だが、今の今まで何も知らなかった村人たちは当然パニックになる。
何故なら、いきなりこの付近に多くの魔物がいると言われ、さらにそれを討伐しに来るのは伝承でしか聞いたことの無い勇者だという。
それに加え、他の村に比べれば多少豊かではあるがこの村の人口よりも多く、ざっと500近くはいるであろう騎士たちへの食料の供給など、備蓄しているものを全て合わせても到底無理である。
「ふざけんなっ!! そんなことしたら俺たちが食べるものがなくなるだろうが!」
叫び声を上げて男に掴みかかろうとしたケイト。
すると男の後ろに控えていた二人の騎士が腰にさしていた剣に手をやり、いつでも抜けるようにした。
それをケイトの横で見ていたイレーネは、慌てて幼馴染を止めに入る。
「やめなさい、ケイト! 騎士様、すみませんでしたっ!」
イレーネはケイトの頭を無理矢理下げさせ、自身も共に謝る。
彼女もこの男の要求にはかなり頭にきているが、今自分たちが反発したら村全体に迷惑がかかると分かっているので必死に我慢している。
まだごねているケイトをイレーネが連れて行くと、騎士の男はすでに興味を失ったのか、フンと鼻を鳴らすと再び村長の方を向く。
そして水を向けられた村長は、おずおずと口を開いた。
「あ、あのぉ…申し訳ないのですが、うちだけではとてもすべての騎士様達へ食料を供給するのは…」
歯切れが悪そうにする村長に対し、
「分かっている。だからある分すべてで構わない。我々も街から持ってきたものが多少あるからな」
一方的に告げると、騎士の男はもう話は終わったとばかりに村を出て行った。
村人達は、いきなり言い渡された理不尽に歯痒い思いをしながらも、逆らったところで仕方が無いと諦めて食料を集めに向かった。
そしてその様子を皆と共に見ていたレオンは、唇を噛みながら、
(……おかしいよ、何でこんな理不尽がまかり通るの? 僕らが搾取される側の人間だから? でも、そんなの許せない…)
思考の深みにはまり、先程からチクチクと脳に直接響くような頭痛がしていたが、そんなことを気にしてはいられなかった。
その後レオンが家に戻ると、エリスが家の奥から武具と防具を取り出しているのを発見した。
「それ、騎士の人にあげるの? あの人達いちいち上から目線で言ってくるから好きになれないな」
不機嫌さを隠そうともせずに言うと、エリスから予想と反した答えが返ってきた。
「違うわよ〜。これは母さんが使うの」
「え、母さんが? それってどういう…」
エリスは、まだ理解できていないレオンに説明し始めた。
「母さんも戦おうと思って。母さんこれでも昔は有名な冒険者だったんだから」
防具を取り付け、まだ使えそうね〜と言う。
レオンは母が言いたいことを理解すると、納得できないとばかりにエリスに迫る。
「どうして!? どうして母さんが戦うの!? あんなに偉そうにしてるんだから、全部騎士に任せちゃえばいいじゃん!」
レオンは普段は上げないほどの大声を出すが、エリスは臆した様子もなく答える
「騎士の人が負けちゃって村に魔物が入ってきたらどうするの〜? それに母さんが一番活躍したら騎士の人も大きな顔して威張ることもできないでしょ?」
「で、でも母さんに危ないことはして欲しく無いよ! 魔物が入ってきたら逃げればいいし…」
なおも食い下がるレオンをエリスは優しく諭す。
「母さんはこの村が好きなの。この村に住み始めたのはもう二十年近く前になるかしらね〜。昔は冒険者として生活していたから、いろんなところに移り住んでいて1つのところに定住したことはなかったの。そしてこの村にやって来た時、余所者だった私達を村の人達は歓迎してくれたわ。とっても嬉しかった。だからね〜、レオン。母さんは絶対にこの村を守りたい」
死ぬつもりは無いけどね〜、と付け加える母にレオンは二の句が告げられなくなる。
レオンは、兄クルスの自分の意思を意地でも曲げない性根は、綺麗な茶髪とともに母から譲り受けていたことを思い出すと、わざとらしく溜息を吐いた。
「はあ…分かったよ、母さん。……でもこれだけは約束して。無茶はしないって」
最後の抵抗とばかりに紡いだ言葉に、エリスは軽く微笑むのであった。
♢♢
翌日、騎士の何人かが森の状況の確認から帰ってきた。
その騎士たちによると、相手の戦力はゴブリンやオーク(豚顔人型の魔物)が三百匹ほど、コボルド(犬顔人型の魔物)が百匹ほどということが分かった。
魔物たちは今も森の中を進んでおり、間も無くこちらにたどり着くそうだ。
さらにその翌日、東の空に黒い点が現れた。
それは段々と近づいてきて、目視できるくらいになると騎士たちが一斉に歓声を上げた。
そこにいたのは、1匹の飛竜とその上に乗る数名の人間。そしてその中にはこの世界では珍しい黒目黒髪の少年がいた。
そう、彼こそが騎士たちの待ち望んでいた人間側の最高戦力、勇者香月聡太である。
聡太たちが飛竜から降りると、騎士たちの隊長であった男が満面の笑みで近づく。
「ようこそおいで下さいました、勇者カツキ様。勇者であるあなた様が来たとなれば、魔物の脅威から守られたと言っても同然ですな」
聡太は、いきなり話しかけてきたと思えば媚びへつらってきた騎士の男をうっとおしく思いながらも、敵の情報や味方の戦力を教えてもらわなければならないので、我慢して相手をした。
「――――という訳で、勇者様には中央で大規模な攻撃を行い、魔物を蹴散らしていただきたい。そしてそのうち漏らしを我々が担当、というわけでございます。それと、勇者様が乗ってきた飛竜は大変頭が良く、人の言葉を理解しているそうなので攻撃に巻き込まれないように戦闘には参加せず、隙を見て空から魔物たちを撹乱してもらいます」
「大体分かった。くれぐれも俺の周りに騎士たちを近づけてくれるなよ? 俺の魔法に巻き込まれて死んでも責任はとってやらんからな」
自信満々にそう言うと、隊長の男がいい加減鬱陶しく感じてきたのでそこで別れて辺りを散策しに行った。
……そして、その様子を物陰からこっそりと見ている影があった。
(あれが、召喚された勇者… )
生まれて初めて見るはずの黒髪に、レオンはそこはかとなく懐かしさを感じた。