7話 『勇者始動』
勇者召喚から今日で二ヶ月になる。
『我、求めるは業炎。その炎をもって敵を焼き尽くさん 。【ファイアーアロー】』
詠唱した聡太の周りに炎の矢が二十ほど生まれ、相対している二人の勇者へと向かう。
「明宏!」
「分かってるよ! 何とか防いで見せるさ!」
そして鈴木も詠唱を始める。
『――――【水壁】!』
すると彼らの前に水の壁ができ、火の槍と相殺した。
「長谷川君! 今だ!」
「おう、まかせとけ!」
剣を右手に聡太の元へと走る長谷川。
聡太は、先程の魔法で仕留めきれなかったことを悔やみながら、短い詠唱で使える魔法を打つ。
『――【ファイアーボール】』
長谷川は突如現れた数個の火の玉に注意を向けてしまう。
その隙を聡太は見逃さず、長谷川と距離を詰めて剣を振るった。
「うぐっ」
何とか自分の剣で受け止めた長谷川だが、元の膂力の差で力負けしてしまう。
そして聡太がさらに力を入れようとすると、隣から風の刃が飛んできた。
聡太はそれを鈴木の放った魔法であろうと推測し、身体を捻る事でこれを避ける。
「よし、今日はここまでだ」
するとその時、遠くでこの戦いを見ていた騎士から声が掛かり、三人は同時に臨戦態勢を解く。
彼は聡太たちが召喚された日に模擬戦の審判をしていた男なのだが、この男、ハルフォンス=レオルニードは、なんとこの国の騎士団長だったのだ。
「ソウタ殿は二対一でも優位に戦えるか。それに火魔法でアキヒロ殿の強力な水魔法を打ち消すとは。なんとも凄まじい威力だな」
「……そうか?」
褒められた聡太は、ポーカーフェイスを維持するのに必死であったが、そのニヤニヤを抑えることは出来ず嬉しそうにした。
彼らは最近、規模が小さな魔法と剣の両方を使用した模擬戦をしている。
聡太に適性があったのは火属性。明宏は水と風。守は土だが、守はここでは使えないので剣だけで戦っている。
因みにこの世界では複数の属性に適性を持つ人間は魔法使い全体の二割にも満たないので、鈴木のような複数属性持ちはかなり少ない。
なので、適性を調べた時は聡太が鈴木に嫉妬していたのだが、複数の適性を持つから強いなどということはなく、一つの属性を極めた魔法使いの方が強力であることなど珍しくない。
身体能力では他の二人の大きく上を行く聡太だが、魔力の量や魔法の威力さえも上回っている。
そして極め付けには、聡太だけにある特殊な能力だ。
「ソウタ殿、あれは上手く扱えているか?」
「ああ、最近やっと能力を少しだけ引き出せるようになった」
その答えに満足したのか、ハルフォンスはそうかそうかと頷く。
「そろそろ時間だし夕食にするとしようか」
ハルフォンスの言葉に三人とも頷き、訓練場を後にした。
♢♢
それから数日後、聡太は与えられた部屋のベットに寝転がっていた。
「そろそろ目に見える実績ってやつが欲しいよなー。魔族とかが攻めてくりゃそれを殺るだけで楽なのに。そしたら俺が本物の勇者ってことになってハーレムだって出来るだろうし。……えへへへへ」
ニヤニヤしながら1人呟く。
最初は力を付けるために言われた通りにしていたが、力をある程度手に入れた今となっては刺激が足りないと思ってしまう。
「この世界は甘いよな、もう少し強い奴がいても良いのに。…まあ、しばらくしたら他の国でも勇者が喚ばれるらしいから、そいつらに俺の実力を見せつけてやらないとな」
ククと笑いを噛み殺す聡太。
するとその時、コンコンとドアをノックする音が聞こえて来た。いつものように妄想していた聡太は慌てて我に返ると、急いでドアへと駆け寄る。
そして開けると、そこには将来の嫁候補|(聡太の頭の中での話)であるソフィアがいた。
「ソウタ様、緊急でお話ししたいことがありますわ。謁見の間まで来ていただけますか?」
そう言うソフィアの顔はどこか深刻そうで、ただ事ではないのだろうと思いソフィアの後を付いて行った。
♢♢
聡太たち勇者は今、謁見の間で国王アトラート三十四世の前に跪いている。国王の隣にはそれぞれ宰相と大臣がいた。
聡太はこの国王に会うのは二度目で、召喚された日に一度会っている。
しかし、その時に見定めるような視線を送られたので正直あまり好きではないのだ。
「よくぞ参った勇者たちよ。今回は国王である余が直々に依頼したいことがあってな、そのことについてだ」
あくまでも依頼であるという風に話す国王に、聡太は内心で「どーせ断れねぇんだろうが!」と愚痴る。
聡太がそんなことを考えているとは知らず、いや知ろうともせずに話を続ける。
「実は我が国の西の国境あたりに魔物が大量に出現しているという情報が、この国に五台だけ存在する通信の魔道具によってもたらされた。もうじき魔物たちは国内に入ってくるそうだ。それが自然に起こったことなのか、それとも魔族の国あたりが絡んでいるのかはまだ分かっておらんが、すぐにこれを対処しなければならない。そして国としては、国境付近にある二つの村の近くが戦場となるであろうと予想している。諸君らには三人で一緒に二つの村のうちどちらか一方へ赴き戦って欲しいと思う。残りのもう一方の村の方には現場の騎士たちのみで事に当たるつもりだ」
突然そんなことを告げられた勇者たちはそれぞれ違う反応をした。
鈴木は嫌そうに、長谷川はいつか戦うことを覚悟していたのか真剣な目つきで国王を見た。
そして聡太はと言うと……、
「国王様、発言してもいいか、ですか?」
聞かれた国王は発言を許した。
「今回、俺と他の二人に分かれた方が良い。俺には二人にはない能力もあるから一人で大丈夫だ、…です。戦場では何が出てくるか分からないから、両方の戦場に勇者を配置すべき、です」
もっともらしく言う聡太だったが心の中では…、
(三人一緒に行って手柄を取られたらどうすんだよ!? こんなチャンス滅多にねえんだから、ここは俺1人で行って1人で活躍するべきだ…)
と、ゲスな考えをしてした。
「うむ、ソウタ殿のあの能力については報告で聞いておる。とても強力であると。余も一度は分けるべきか悩んだがソウタ殿が危険だからと思ってな。しかし、ソウタ殿自身がその気ならそうしてもらうとするか」
国王のその言葉に、聡太は小さくガッツポーズをした。
「では、勇者諸君には明日にでも出発してもらうこととする」
国王のその言葉の後、聡太たちは謁見の間を出て各自の部屋に戻った。
♢♢
翌朝、聡太と連絡用の騎士数名はこの国で最も速い移動手段である飛竜に乗っていくこととなった。
聡太は目の前にいる飛竜を興味深そうに見ながら、それに乗る。
すると飛竜が空を飛び始め、そのまま西にある村へと向かった。
彼らは、そこで現場の騎士たちと協力する手筈となっているのだ。
「フンフン、フフン〜♪」
しかし、飛竜の上にいる聡太はそんなことはまったく頭になく、まるでこれからピクニックに行くかような雰囲気で空の旅を満喫するのであった。