4話 『別れと変化』
レオンはこの数日間、模擬戦でクルスに何度も敗北し、さらには父であるトートスにまで痛めつけられた。
そして父が帰ってきてから滞在期間である五日が過ぎた。
大きなバックを背負ったクルスとトートスは今、村の出入り口に来ていて、沢山の村人たちの前にいる。
最後の挨拶の時間だ。
「よし、じゃあそろそろ行くか」
そう言ったトートスにクルスは頷くと、村人たちの方を向いた。
「皆さん、今までありがとうございました!」
そしてそのままレオンの方を向く。
「レオン、訓練は手を抜いたらダメだからね。あと君も将来は僕たちと同じ商人になるんだから勉強もしっかりすること。分かったかい?」
「うんわかってるよ。早くクルス兄さんに追い付きたいから頑張るよ」
純粋に笑うレオンに対し、クルスは満足そうに頷くと、父と共に仕事用の馬車に乗って行ってしまった。
しばらく離れていく馬車を見ていた一行だが、中にはクルスに惚れていた村の娘たちもいて、その別れに涙を流していた。
……勿論レオンも、懸命に涙をこらえていが。
「おいレオン。大丈夫か?」
すると、それを見越したのか、近くにいたケイトが心配するように声をかけてきた。
「ええ、大丈夫です。…あと3年すればまた一緒にいられるから…」
まるで自分に言い聞かせるように呟くと、家へと戻っていく。
それを見ていた村の人たちは、心配は杞憂だったかと思い直す。
レオンは普段から村の人々と接するときは敬語を使うために普通の子供より大人びていると感じるかもしれないが、本当は兄が大好きな甘えたがりであることを大体の人は知っている。
それ故の心配だったが、今の様子を見て大丈夫そうだと分かると皆家へと戻って行った。
♢♢
あの日から、一週間が過ぎた。
ちなみにこの世界の暦は、1日=24時間、1週間=6日、1ヶ月=30日、1年=12ヶ月となっている。
クルスが出て行った後のレオンの生活には、少し変化があった。
朝、前よりも一時間ほど早く起きると水を汲みにいく。
この作業は寝起きで辛いが、かつて自分の兄はしっかりとこなしていたことを思い出し己に喝を入れる。
しかし、レオンはまだ140センチ半ばと小さいので何度か往復しながら、
「水の適性があればこんなことしなくていいのになー」
などと、愚痴をこぼしながらも朝一番の重労働をやり遂げる。汲んできた水を家の中に並べると、次は台所にいる母の元へと向かう。
「おはよう、母さん。 手伝うよ」
「あら、おはよう。いつもありがとね〜」
短い挨拶を交わして、いつものように二人で朝食を作り始める。
これも前はクルスがしていたことであり、今はレオンが受け継いでいる
朝食を食べ終えた後は、床に座り瞑想を始める。これは、魔力を感じる練習だとクルスに言われてやっている。
最初はよく分からず言われるままにやっていたが、何度もやっているうちに少しずつだが体内にある何かを感じられるようになった。
しっかり魔力を感じられるようになるにはまだ時間がかかりそうである。
「ハッ! ハッ! ハァッ! …よし、今日はここまで」
十分程瞑想した後は、家の外に出て剣の素振りをした。
クルスと模擬戦で手酷くやられてからは、兄にいつか勝てるようにとそれを励みに頑張っている。
そして朝の鍛錬をすべて終えると、その足で汗を水で流しに行き、その後は村の子供たちと待ち合わせて森へ向かった。
今の季節は夏でかなり暑いが森の中は比較的過ごしやすく、子供達の避暑地にもなっている。
「そーいや、今度俺んちの隣のおっちゃんのとこに子供が生まれるらしいぞ」
森の道中でケイトが皆に語り掛ける。
「じゃあ今日はお祝いの品をいっぱい採らなきゃいけないわね!」
するとイレーネがそう続き、周りも頷く。
この村の子供たちは森の探索で得たものをいつも村の皆に無償で提供しているのだ。その事もあってか村の人達は基本的に皆仲が良く、互いに助け合いながら生きている。
彼らは、この日も目に付く物を採りながら森を進んで行った。
その後、森の探索から帰ったレオンは、家の中にあった手帳を取り出す。
それを開くと、今日の日付と起こった出来事を書いていく。
これもクルスが旅立ってから日課となったもので、毎日の日記を書くことにしているのだ。父のトートスから言われて始め、字を書く練習と手帳に記す習慣付けのためだそうだ。
そして一通り書き終えると…、
「よし、明日も頑張ろう」
その言葉と共にレオンは手帳を閉じた。
♢♢
ある日、レオンは朝の鍛錬を終えると一人で森へと向かった。
実践の戦闘経験を積みに行くためだ。
これは、いつまでも安全な場所で鍛錬するよりも実践特有の緊張感の中でした方が良いと思ったからの行動である。
いつも皆と通っている場所には戦えそうな動物や魔物はほとんどいないので、今日は少し奥まで進んでいく。さすがに入ったことのない場所は恐いので、奥に入ってすぐの場所で獲物が来るのを待つ。
「んー、何もこないな」
暫く待っていたレオンだが、何もくる様子がない。
しかし、ここで油断してはダメだと思い、前にクルスから受けた威圧を思い出し緊張感を保つ。
「……」
更にもうしばらく待っていたが、何も変化が訪れないため、少しだけ進んでみることにした。
初めて進む道に戸惑いながら、また、帰り道を確認しながら進む。
すると、草を掻き分けて進んだ先にイノシシが一匹でいるのを見つけた。大きさは一メートル程で大体平均のサイズである。
因みに魔物のイノシシはさらに大きく、1番大きいと言われるビックボアはなんと全長三メートルを超え、その見た目の予想に反して速く動き、力も強いそうだ。
レオンは目の前の獲物に狙いを定め、鉄の剣を腰から抜いた。周りを観察して他の仲間がいないことを確認すると、後ろから斬りかかった。
「ハァァッ!」
すると、隙をついた一撃は狙い通り命中し、背中を斬られたイノシシからは血が流れている。
レオンは次で仕留めようと剣を構え直そうとした。が、その時――、
「うわっ!」
重傷を負っているイノシシに突然突進された。
レオンは地面に転がることでなんとかそれを回避する。
かろうじてイノシシの攻撃を避けることが出来たが、初めて味わった命の危険に心臓がバクバクと鳴り叫んでいた。
(あ、危なかったぁ……。ギリギリ躱せて本当良かった。けど、……そうだね、こいつも自分の命がかかってるんだよね。手負いだからと油断は禁物……)
今度は油断なく剣を構える。
すると、再びイノシシが突進してきた。
レオンはそれを寸前で躱し、すれ違いざまに横から側面を斬りつけた。
先程の攻撃で既に弱っていたそれはそのまま倒れ、やがて動かなくなった。
レオンはイノシシが死んでいるのを確認すると安堵の息を吐き、その場で解体を始めた。
一人ではとても運べそうにないので、この場で解体するのだ。
だが森の奥は何が出て来るかわからないため、出来るだけ急いでしなければならない。
半刻程で解体し終え肉や使えそうな部位だけを鞄にしまうと、そのまま帰ろうとした。
(ん? 何だろう?)
するとその時、近くから何かの鳴き声が聞こえてきた。
レオンは聞いたことのないその声に興味を覚え、遠くから少しだけ確認することにした。
♢♢
「なに、あれ?」
音源らしき場所まで近づき木の幹から顔だけ出してそれを確認すると、そこにいたのは……、
「ゴブリン?」
緑色の肌をした人型の生き物が二匹いた。
ゴブリンとは人型の魔物の代表格で、基本的に知能が低く、また、人間の女を攫っては自分たちの子供を孕ませることもあるという。
レオンは父からもらった本でゴブリンの存在を知っていたので、戦わずに撤退することにした。
(森の奥にはゴブリンまでいるのか。あまり奥まで入らないほうがいいかな…)
レオンは森の奥だから、という理由でゴブリンの存在を認め自己完結してしまった。
……しかし本来は、この森にゴブリンなどいるはずがないのだ。
そんなこととは露知らず、村へと戻って行く。
そしてレオンは一つ、本に書いてあった大事なことを忘れていた。
……ゴブリンの中には知能の高い上位種が率いる群れがおり、それが現れた際には討伐隊が組まれるほど危険であるということを。