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第八章

 完全に緞帳が下りると、その拍手の音も少し小さくなる。BGMが完全に消えると、緞帳の向こうからは、小さなざわめきが聞こえてきた。

「お疲れ様でした! 撤収します!」

 そう棟梁の声が響く。

 すぐに次の舞台の準備があるため、舞台をあけなくてはいけない。楽屋も早めに使い終えて、次の学校に明け渡さなければならない。

「役者陣、着替えに行って!」

 俺は、誰かのそんな声を聞きながら、いまだ芝居の名残が残る舞台をちらりと見た。

 芝居が始まった瞬間から、舞台の上は、「キラキラ」で溢れていた。その名残か、舞台上は、俺の目にはまだキラキラして見える。

「ヒーロー?」

 メシアに不思議そうに声を掛けられ、俺ははっとした。

「……行こう」

 頬が緩みそうになり、それを引き締めようとして妙な顔になる。それを誤魔化そうと格闘しながら、俺は楽屋に向かった。

「ヒーロー、なんか変な顔してるよ」

 るりるり先輩に、楽屋の入り口でそう言われてしまった。

 俺は、また、区切られた一画を使って着替える。使った衣装は、洗濯したり、クリーニングに出したりするため、汚れはあまり気にしなくていいそうだ。

 着替えながら、俺は舞台の余韻に浸る。

 あんなに楽しい舞台は初めてだった。舞台のはじめから終わりまで、程よく緊張と集中が続き、いい意味で、役との一体感も味わえた。観客がどんなリアクションをしているかまで、手に取るようにわかった。

 舞台が終わった後、どっと疲れた気もするが、それを充実感が上回るくらいには舞台を楽しめた。

 夏の暑さと、舞台上の暑さの影響で、シャツの下に来ていたランニングが、汗でぐっしょりになっている。楽屋は冷房が効いているため、汗が冷えて冷たいくらいだ。

 着替えを終えて、軽くメイクを落とす。ドーランはメイク落とし用のシートでは落ちにくいので、自宅に戻ってからしっかりクレンジングするしかない。

 全員が着替え終え、大体のメイク落としが終わる頃には、もう楽屋の明け渡し時間ぎりぎりだ。

「じゃあ、最後にゴミ拾いして楽屋あけるよ!」

 コマッさんの号令で、全員がゴミ拾いを始める。コマッさんは、しっかりとクレンジングをしたのか、舞台途中で付けたドーランはほとんど落ちているように見えた。

 全員がひとつ以上のゴミを拾って、ゴミ拾いを終えると楽屋を出た。

 建物の外に出ると、熱気がむっと立ちこめ、俺は思わず眉をひそめた。太陽の光が眩しくて仕方がない。

 コマッさんは、なるべく日陰を選びながら移動し、芝生の広場まで来ると足を止めた。

「じゃあ輪になって」

 コマッさんの呼びかけに、全員が輪を作る。

「はい! では、お疲れ様でした!」

 コマッさんの挨拶に、全員が「お疲れ様でした」と、声をそろえる。

「本当は、一言ずつ感想を言って、反省会したいんだけど、かなり暑いんで、後に回します。が、おおむね、練習どおりに出来ていたんじゃないかと思います」

 コマッさんがそう言うと、田渕先生や高木先生が頷いていた。

「一年生は、始めて舞台を経験した人も、久しぶりの舞台だった人も、高校演劇の雰囲気はわかってもらえたかな、と思います」

 一年生が大きく頷く。

「次の舞台は地区大会です。大会の舞台は、また別の緊張感があるかもしれないけど、今日と同じように、舞台を楽しみましょう」

「はい!」

 全員の声が揃った。

「じゃあ、会場に戻って、残った舞台観るか!」

 コマッさんは笑いながらそう言う。

「あー、でもあと三十分は入れないぞ」

 腕時計を見て、田渕先生が言う。

 これだけの人数がホールに入るとなると、各学校の上演の合間に移動しなくてはならない。そのため、学校ごとの移動は上演と上演の間と決まっている。

 俺たちの学校の後に始まった上演は、あと三十分ほど残っている。

「じゃあ、とりあえずは休憩で。それから、水分補給はしっかりしておくこと!」

 コマッさんがそう言うと、一部の部員は、近くの自販機に飲み物を買いに向かった。

「あ、ヒロー!」

 俺を遠くから呼ぶ声に、俺は思わずびくりと反応する。

 声のほうに視線を向けると、母さんが大きく手を振っていた。その隣には、父さんと、なぜか吉良さんが一緒にいた。

「兄貴の隣の人、あれ、ヒーローのお母さん?」

 コマッさんは、俺の隣に立ち、俺の視線の行方を追っていた。

「ええ。母さんもミュージカル好きなので、吉良さんのことは知っているかと」

 俺の言葉に、コマッさんは小さく声を立てて笑った。

「じゃあ、今のうちに挨拶行ってこよー!」

 コマッさんはそう言いながら、俺を引っ張って母さん達のほうへ歩き出した。

「ちょ、コマッさん!?」

 あせる俺を気にした風もなく、コマッさんはずんずん突き進む。

「こんにちは!」

 コマッさんは、俺の両親にいい笑顔で挨拶をする。

「こんにちは。ええと……」

 母さんは戸惑ったように俺を見る。

「あ、こちら、部長の小松崎先輩。母さんが俺を呼んでるのを見て、連れてきてくれた」

 俺がそうコマッさんを紹介すると、コマッさんは改めて笑顔で挨拶する。

「部長の小松崎舞です。本日は、お越しいただきありがとうございます」

「あら、部長さんなの! 浩人の母です。息子がいつもお世話になっております」

 母さんがそう挨拶を返すのを、俺はぼんやり見ていた。

「ヒロ君、今日の舞台、すごく良かったよ。お疲れ様」

 そう声を掛けてきたのは吉良さんだ。

「吉良さん……?」

 いつもと少し雰囲気が違う吉良さんに戸惑っていると、吉良さんは自分の顔の前に人差し指を立てて持ってきた。そうして、ウインクをして見せるという、いまどき少女マンガでも見ないようなことをやってのけた。つまりは、普段のハイテンションキャラは内緒、ということらしい。俺は、吉良さんのそのハンドサインに小さく頷いた。

「そうよ、ヒロ! あなた、吉良さんと知り合いなんだって?」

 母さんが俺にそう詰め寄った。

「え、いや、その知り合いって言うか、OBなんだよ! うちの演劇部の。その縁で一度指導に来てくれて、その時に、吉良さんが相談に乗ってくれるっていうから、連絡取り合えるようになっただけで」

 俺がそう母さんに弁解していると、吉良さんが助け舟を出してくれた。

「ヒロ君は、うちの演劇部では、僕以来の男子部員なんです。それが嬉しくて、ついつい連絡先を聞き出してしまって」

 そう言いながら、吉良さんは王子様も真っ青な笑顔を見せた。

 母さんは、その笑顔を真正面から見たせいで、少女のように頬を染めている。

「彼が、僕のファンだと言ってくれたのが、本当に嬉しくて……。本当は、個人的にファンと連絡取り合うのは良くないんでしょうけど」

 少し困ったような笑みを浮かべる吉良さんは、普段とはまったく別人のようで、今まで観たことがないくらいキラキラしている。

「そ、そういうわけだからさ、母さん」

 俺がそう言うと、母さんは心ここにあらずと言った様子であったが、コクコクと頷いた。

「でも、まさかこんなところで吉良さんに会えるなんて思わなかったわぁ」

 母さんは完全に夢見心地だ。

「ヒロ」

 そう俺を呼んだのは父さんだ。

「今日の舞台、すごく良かった。まあ、お前や母さんみたいに、演劇に詳しいわけじゃないから、具体的には言えないが」

 父さんは俺の目を見てそう言ってくれた。

「本当は、お前が演劇部に入っているときいて、少し不安だったんだ。中学のときに、あんなこともあったしな。だが、今日のお前の演技を見て、その心配は無用だと思った」

 父さんがそんなふうに俺に話すのは珍しくて、俺は父さんの話をじっと聞いていた。

「お前、演劇が好きか?」

 その問いは、少し前、吉良さんから向けられたものだ。その時は、しっかりと答えられなかったけれど、今は、迷いなく答えを出せる。

「ああ、もちろん。大好きだ」

 俺のその答えに、父さんは大きく頷いてくれた。

「ヒーロー!」

 嬉しそうな声と共にタックルをかまされる。

「ぐっ……! ちょ、コマッさん!!」

 コマッさんの行動に思わず普段の呼び方が出る。

「聞いたぞ! ヒーロー! 演劇、好きって言ったな! 大好きって言ったな!」

 コマッさんは、目をキラキラさせている。

「え、あ、はい」

 あまりにも嬉しそうにコマッさんが言うので、その迫力に押され、俺は肯定した。

「そっかそっか! ヒーロー、演劇大好きかぁ!」

「あの、コマッさん……、離れてください」

 嬉しそうに言いながら、コマッさんは俺から離れようとしない。

「ふふ……、ほんと、仲がいいのね」

 母さんは、俺とコマッさんのやり取りをにこやかに見ていた。

「そういえばヒロ、今日の舞台はキラキラして見えたの?」

 母さんの言葉に、おれはびくりと固まった。

 俺はまだ、舞台がキラキラして見えることを、家族以外に話したことがない。

「キラキラ?」

 そう不思議そうな声を出したのは、コマッさんだった。

「この子、小さい頃から、舞台がキラキラして見えるって言うんですよ。照明や、衣装とか、そういうの関係なく」

「か、母さん!」

 俺が話したことを具体的に説明する母さんを、俺は慌てて制止する。

「それは……」

 そう吉良さんの声が聞こえた。

『キラキラ? なにそれ』

 そんな言葉と同時に向けられた、顧問の不審な視線を思い出す。

 顔から血の気が引くのを感じる。指先が冷たく、さっきまであんなに暑かったのに、ぞわりと背筋を寒気が走った。

「……一種の共感覚、みたいなものかな」

 真面目な声で、吉良さんがそう言った。

「きょう、かんかく……?」

 予想外の言葉に、俺は思いっきり間抜けな声を出してしまった。

「そう、共感覚。世の中には、音や文字に色を感じたり、味を感じたり、まあ、ひとつの刺激を複数の感覚で感じることが出来る、そういう人がいるんだって」

 吉良さんは真面目な顔で続けた。

「ヒロ君のそれも、もしかしたら、舞台とか、舞台芸術とか、そういうものに関して働く、一種の共感覚かもしれないよ?」

 吉良さんは、俺ににっこりと笑いかけた。

「でも……、変ですよね、こんなの」

 俺がそう言うと、吉良さんは一瞬きょとんとしたあと、俺の顔を覗き込むように視線を下げた。

「ヒロ君、それは違うよ。確かに、そういう感覚は、人とは異質だ。でも、それがおかしいというわけじゃない」

 俺の目を覗き込むように、吉良さんは至極真面目な顔で語った。

「それは、君の誇るべき才能だ」

 吉良さんは、俺をまっすぐ見つめそう言った。

「そうだよ、ヒーロー! なんでもっと早く教えてくれなかったのさ!」

 俺にまとわり付いたまま、コマッさんが俺を責める。

「な、なんでって言われても……」

 俺がそう返すと、コマッさんは膨れながら、

「だってさ、ヒーローがキラキラして見える舞台の条件を調べれば、ヒーローがキラキラして見えているか否かで、自分達の舞台がうまくいってるかどうか判定できるじゃん!」

 などと言った。

「なんか、拗ねてます?」

 俺がそうたずねると、コマッさんはいかにも不機嫌ですという顔をした。

「ヒーローに見える世界が、私には見えないんだと思ったら、なんか悔しい」

 そう言われ、俺は少し面白くなって、思わずクスクスと笑った。

「そんな拗ねなくても、コマッさんはいつもキラキラしてますよ」

 俺がそう言うと、コマッさんが固まった。

「え……?」

「え、俺、変なこと言いました?」

 俺は思わず周囲を見回した。母さんは驚いたような顔で、でもニコニコしていて、隣で父さんがうんうん頷いている。吉良さんは、堪え切れないというように小さく肩を震わせている。

「あのさ、ヒロ君。舞ちゃんがキラキラして見えるのって、舞台の上だけ?」

 吉良さんは、時折声を引きつらせながら俺に聞いた。その言葉に、俺は少し思考をめぐらせる。

「いえ、普段も割とキラキラしてますよ?」

 俺がそう言うと、コマッさんは急に俺から離れ、よろよろとしゃがみこむ。

「ちょっ!? コマッさん!?」

 俺は慌ててコマッさんに近づいた。しゃがみこんだ彼女の顔色を見れば、頬が真っ赤に染まっている。

「ちょっと、顔、真っ赤じゃないですか! 熱中症とかじゃないんですか?」

 俺がそう言うと、コマッさんは小さな声で「うん、ちょっと暑いかも……」と答えた。

「会館の中、入ります? 少しは涼しいですけど」

「うん、そうする……」

 コマッさんの答えを聞いた俺は、父さんと母さんに視線を向ける。

「ごめん、先輩が体調悪いみたいだから、会館の中に連れてくから」

 俺の言葉に、母さんはなんだかニヤニヤと笑みを浮かべている。

「大丈夫、大丈夫! 私達は先に帰ってるから、気をつけて帰ってくるのよ!」

 そう言いながら、母さんは父さんとバスの停留所の方へ歩き出した。

「舞ちゃん、大丈夫?」

 吉良さんは、しゃがみこんだコマッさんの隣にしゃがんで様子を見ている。俺も、吉良さんのそばにしゃがむ。

「ん、大丈夫。ちょっとくらっときただけだから」

 そう返事をするコマッさんだが、その目は泳ぎまくっている。

「よっし、会館の中に入ろうか、ヒーロー君」

 そう吉良さんが立ち上がる。

「コマッさん、立てますか?」

「うん、大丈夫」

 そう言いながら、コマッさんは立ち上がる。僅かにフラッとふらついたのを、吉良さんがすぐに支えた。

「ほら、舞ちゃん、しっかり立って!」

「大丈夫ですか?」

 俺は、吉良さんが支えている反対側に立つ。

「あー……、ごめん、肩貸して?」

 コマッさんはそう言いながら、俺の肩に片手を掛けた。その手が妙に温かくて、俺はコマッさんの顔を見られなかった。

 会館のロビーの長いすに腰掛けると、コマッさんは疲れたと言うようにぐったりした。

「あの、コマッさん、救護室、開けてもらいます?」

 俺が見かねてそうたずねるが、コマッさんは首を横に振った。

「大丈夫よ。少し疲れただけみたいだし。ヒーロー君、付いててくれる?」

 吉良さんはコマッさんの顔色を見てから、そう言った。

「僕、先生方に知らせてくるわね」

 吉良さんは、俺に背を向けて歩き出した。

 急に二人きりになり、どうも落ち着かず、飲み物でも買って来ようと、コマッさんに声を掛ける。

「コマッさん、あの……」

 そこまで言ったところで、俺の肩に重みがかかる。不審に思いそちらを見たら、コマッさんが俺の肩にもたれて眠っていた。

「ちょ、ちょっと、コマッさん!」

 俺がそう小さく声を掛けたところで起きる気配はなく、俺はしばらくコマッさんに枕を提供することにした。

 これだけ至近距離でコマッさんの顔を見ることは今までになく、ちらりと視線を向けると、白い肌と、長いまつげが見えた。

(この人は、眠ってるのにこんなにキラキラしてるんだもんな)

 ただ穏やかに寝息を立てているだけなのに、キラキラしているコマッさんを思わずしげしげと眺めてしまう。

「あれ? 舞ちゃん寝ちゃった?」

 突然声を掛けられ、びくっと顔を上げると、そこにはニコニコと笑みを浮かべた吉良さんがいた。

「あ、いや、その……」

 俺が思わずしどろもどろになっていると、吉良さんはクスクスと声を立てる。

「多分睡眠不足でしょ。僕に演技見られるの、いまだに緊張するみたいだし」

 吉良さんの口調は、普段どおりに戻っている。

「緊張、するんですか? コマッさんが?」

「なに言ってるの、当たり前じゃない」

 吉良さんは俺の発言にそう答えながら、コマッさんとは反対側の俺の隣にわざとらしくどっかりと座った。

「ヒーロー君から見れば、舞ちゃんは頼りになる先輩かもしれないけど、舞ちゃんだって、ヒーロー君と一歳しか違わないのよ。十二歳も年の離れた偉大なお兄様には、やっぱり緊張もするのよ」

 ちょっと茶化してはいるが、吉良さんはとても優しい顔でコマッさんを見ている。

「さて、飲み物でも買ってこようかな? ヒーロー君、お茶でいい?」

 そう言うと、吉良さんは立ち上がる。

「え、あ、俺、行きます」

「いや、無理でしょ、それじゃ」

 吉良さんはそう言いながら、俺の肩で眠るコマッさんを指差し声を立てて笑った。

 と、ホールに続くドアが開き、人の出入りが始まる。さすがにこの状況を他校生に見られるのもどうかと思うが、俺にはどうしようもない。すると、吉良さんが俺の前に立って人の視線をさえぎってくれた。

「ねぇ、あれ……」

「うん、多分そうだよ」

 他校の女子が小さくなにか言いながら歩いてくる。その視線がこちらを向いていることに気づき、俺は吉良さんの陰に必死に隠れようとする。

「あの……!」

 そう声を掛けられ、俺がびくっとすると、吉良さんが対応してくれた。

「えーと、彼に用かな?」

 吉良さんにキラキラとした笑みを向けられ、声を掛けてきた女子は一瞬反応が遅れる。が、何度も小さくコクコクと頷いた。

「だって、タキウチ」

 吉良さんにそう促され、俺はその人と視線を合わせた。

「えっと、なんでしょう?」

「あの! 北原高校の方ですよね?」

 そう言われ、俺は小さく頷いた。眼鏡を掛けたショートカットの他校生は、それにぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せた。

「あの、劇、すごく良かったです! 執事さんたちのアクションも決まってて、すごくかっこよかったです! 秋の大会も、楽しみにしてます!」

「あ、ありがとうございます」

 俺が、そうお礼を言うと、彼女は嬉しそうに一礼すると、友達のところへ走っていった。遠くから小さく、「良かったね」などという声が聞こえてくる。

「良かったじゃない、ヒーロー」

 その声につられ、顔を上げると、吉良さんが優しく笑っている。

 目の奥が熱くなった気がして、俺は思わず俯いた。

「きっとあの子達から見れば、舞台上のヒーロー君も、キラキラして見えたんじゃないかしら」

 追い討ちを掛けるような吉良さんの言葉に、目の前が滲んだ。

 喉が引きつるような感覚を必死で堪えていると、肩に感じる重みが僅かに動いた。

「ん……、んぅ?」

「あ、舞ちゃん、目ぇ覚めた?」

 吉良さんの声に、ふあぁ、と、間の抜けた声が返事をする。

「ヒーロー君にお礼言っときなさい。ずっと肩貸しててくれたんだから」

 吉良さんがそう言うと、コマッさんは少しボーっとした顔から、急に真顔になり、隣に座る俺に視線を向けた。

「え!? ごめん、ヒーロー! てか、え!? 泣いてる!?」

 コマッさんは俺の肩を枕に寝ていたことと、その俺が泣いていることで混乱してしまったらしい。

「いえ、なんでも、ないんです」

 俺がそう言うと、コマッさんは心配そうに、でも、と続けた。

「うふふ、さっきね、通りかかった女の子が、ヒーロー君の演技がかっこよかったーって、声を掛けていってくれたの」

 吉良さんは、コマッさんにそう小声で伝える。

「えー! そのシーン、私も見たかった!」

 コマッさんの拗ねたような声に、俺は涙が止まるのを感じた。

「きっとこれからいっぱい見られるわよ。ヒーロー君はなんていったって、北原高校演劇部のヒーローなんだから」

 吉良さんは、そう言いながら俺の肩をぽんと叩いた。

「え?」

 俺はぽかんとしていると、コマッさんも、くくっ、と、声を立てて笑った。

「それもそうか!」

 コマッさんの笑顔は、夏の日差しに負けないくらいにキラキラと輝いていた。

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