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第五章

「採石場跡、撮影許可とれたぞ」

 六月の終わり、前期の中間テストを全員が無事切り抜けた頃、田渕先生がそう言った。

「お、いつ?」

 そう楽しそうに聞いたのはコマッさんだ。

「今週の日曜日。幸い、天気も良さそうだ」

 ことの始まりは、劇中の回想シーンを映像でやりたいという田渕先生の思い付きだった。

 回想シーンというのは、この劇では物語の冒頭と、執事がメイドロボ・ステラの開発者だと判明するシーンの直後だ。

 採石場で撮影となるのは、メイドロボの開発者が執事だと判明したシーンの直後、執事が、お嬢様の母親と出会うシーンである。

 荒廃した町で、荒くれ者たちに襲われる少年を、お嬢様の母親が助け出す。お嬢様の母親の強さが際立つシーンだ。

「というわけで、日曜日はここに集合のあと、バス使って採石場跡に行くよ! で、あそこ、近くにコンビニとかないから、必ずお弁当持参でね!」

 コマッさんの言葉に、全員が、はーい、と返事をする。

「あ、ヒーロー! 衣装できたから、着てみて!」

 るりるり先輩が、嬉しそうに燕尾服を抱えて持ってきた。カトちゃんの衣装は一足先に出来たのか、今日は衣装を着て動きの確認をしている。

「やっぱりメイド服はロングに限るよね!」

 という、るりるり先輩の謎のこだわりにより、ロングスカートになったメイド服は、かなり動きづらいらしく、今日の動きはぎこちない。

「カトちゃん、動けそう?」

 るりるり先輩は、そんなカトちゃんが気になるのか、その様子をじっと見ている。

「動き回るから、一応、ストレッチのきく生地で作ってるんだけど」

「はい、大丈夫っス! まだ慣れないので、思うようじゃないっスけど、きついところとかはないので!」

 カトちゃんは明るく笑いながら回し蹴りを披露する。靴も、衣装にあわせ革靴だ。と、足元が滑ったのか、カトちゃんがバランスを崩す。

「うわっ!」

「あぶないっ!」

 そう俺が叫ぶと、近くにいたるりるり先輩が、カトちゃんの腕を引く。

「カトちゃん、大丈夫!?」

 るりるり先輩は、カトちゃんの腕をしっかりと掴み、カトちゃんが立つまで両腕を離さなかった。

 カトちゃんは、るりるり先輩を見下ろしながら、ほんのりと頬を染めた。

「は、はい……、すみません」

「足元も慣れないの履いてるんだから、気をつけてね」

 やっぱり、滑り止めつけなおしたほうがいいかなぁ、と、るりるり先輩はぼやく。

「大丈夫?」

 俺がカトちゃんにそうたずねると、カトちゃんはぽーっと、るりるり先輩を見つめている。

「るりるり先輩、かっこいい……」

 俺はカトちゃんのその発言に、思わずため息をついた。


 翌日に撮影を控え、土曜日の部活は早めに切り上げられた。

 いつもは乗らない時間帯の電車に乗ると、レジャー帰りの人たちと一緒になる。

「あれ? ヒロ君?」

 声をかけてきた人に、見覚えがあるような気がしたが、いまいちピンと来なかった。少し悩んでから、はっとする。その声は、地元の高校に進学した、中学時代の演劇部の女子のものだった。気がつけなかったのは、遊ぶためなのか、少々派手なメイクのせいだ。

「あ、どうも……」

「あー、やっぱりヒロ君だ! 久しぶり!」

 地元の高校に進学した彼女は、特に仲良くしていたわけではないが、演劇部では数少ない男子部員である俺の顔を覚えていたらしい。

「え? 今日はどうしたの?」

「いや、部活で……」

 そう答えると、彼女は少し考えるような素振りを見せ、それから、ああ、と頷いた。

「あ、そっか。ヒロ君、北原だもんね。ぶっちゃけ、遠くて大変じゃね?」

 そう問う彼女の言葉に、はあ、とあいまいに返事をする。彼女はさして気にした様子もなく話を続けた。

「部活って言ってたけど、何部なの?」

「えーと……、演劇部。一応」

 俺がそう言うと、彼女は目を丸くする。

「演劇!? ヒロ君、まだ演劇やってるの?」

 俺は、彼女があまりに驚いた様子だったので、逆に驚いてしまった。

「へぇ、まだ続けてたんだ、演劇。なんか意外だな」

 彼女はしみじみとそう言った。

「意外、ですか?」

 俺がそう言うと、彼女は力強く頷いた。

「うん。だって、ヒロ君、演劇部、仕方なく入ってるのかなぁ、て思ってたし」

「え……」

 俺は思わず言葉に詰まった。

 中学時代の俺は、そんな風に見えていたのか、と、愕然とする。

「顧問の先生が、役者やってみろって言っても全然やらないしさ。なんか、すごく役者やるのいやなのかなって思ってた」

「そう、ですかね……」

 俺はかろうじてそう言ったが、頭の中は真っ白だった。

 と、その時、彼女は一緒に来ていたらしい友人に声を掛けられた。

「あ、ヒロ君、ごめんね! 友達呼んでるから」

「あ、ああ。はい」

 俺の言葉に、彼女はひらひらと手を振り、友達の元へ向かう。

 しかし、俺の頭の中には、彼女が残した、役者がいや、という言葉が、ずっと渦巻いていた。


 小学校でのことがあって、俺は中学校に入ったとき、演劇部ではない部活を選ぼうと思っていた。しかし、他の部活は、ほとんどが小学校の頃からの経験者ばかりで、とてもじゃないが、中学校からの新参者が入っていける雰囲気ではなかった。

 結局、裏方専門で演劇部に入部し、基礎練習だけはしっかりやっていたが、役者として舞台に上がることはなかった。

 それでも、芝居をよりよくしたいという気持ちはずっと胸にあり、俺は演出や芝居にダメ出しをするようになった。

 なにせ、幼稚園の頃から年に一回はプロの舞台を観に行っている。目は肥えていたし、何より、いい舞台は、俺の目には「キラキラ」して見える。何とか、演劇部の芝居を「キラキラ」させようと、俺は必死だった。

「ヒロ君の言いたいことはわかるけど、そんなふうにできるわけないじゃん」

 部員たちは口を揃えてそう言った。それでも俺が言い続けると、今度は、顧問の教師からとがめられた。

「これはあくまで学校の部活なの。プロのお芝居とは違うのよ」

「でも……! このままじゃ舞台がキラキラして見えない!」

 俺が思わずそう口にすると、顧問は不審そうな視線を俺に向けた。

「キラキラ? なにそれ」

 俺は、その視線と言葉に、何も言えなくなってしまった。

 自分は、人とは異質なのだと思い知らされた。

 その日から、俺は二日間学校を休んだ。


 土曜日は、まさに梅雨の中休みといった感じの青空で、非常に蒸し暑かった。

 頭の中が整理できないまま、俺は部活に向かった。

「ヒーロー、なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

 メイク担当のあいあい先輩とるりるり先輩が、メイクボックスを重そうに抱えたまま、心配そうに俺を見上げる。

「あ……、はい。大丈夫です」

 なんとか笑みを浮かべ、重そうなメイクボックスを受け取ろうと手を伸ばす。

 と、後ろから手を伸ばした高木先生が、それを受け取る。

「俺とぶっさんは車で行くから、そこでメイクと着替えな。特に今日は、ヒーローと棟梁はメイク、時間かかると思うから覚悟しとけよ」

 高木先生は、俺にそう言うと、自分の車のほうへ歩いていく。

「おーい、採石場行きのバス、もうすぐだから皆集まって!」

 コマッさんの声に、庭に散らばっていた部員たちが集まる。今日は、エキストラ要員として、三年生も集まっている。

「じゃあ、これからバスで移動します。公共の交通手段を利用するので、くれぐれも他の乗客の方に迷惑を掛けないように!」

 そう注意を促したのは、なぜか部長のコマッさんではなく、副部長の棟梁だ。まあ、普段の様子を見ていれば、部長のコマッさんが言ったところで説得力がないのは理解できるが。

 バスで学校から三十分ほど離れたところに、採石場の跡地がある。もともと、地元の特産品として産出される石材の採取場所だったのだが、最近は、テレビの特撮ヒーローもののロケ地としてもよく使われている。地元でも、ロケ地の誘致に積極的で、テレビドラマなどを見ていると、時々見慣れた景色を見かけ驚くことがある。

 採石場の跡地を利用した資料館の近くのバス停から五分ほど歩くと、採石場の跡地の開けた場所がある。今回、撮影に使うのはそこだ。

 車の乗り入れの許可も取ったらしく、高木先生と田渕先生の車が先に停めてあった。

「じゃあ、まずは動きの確認と、カメラの確認をしよう。キアヌ、よろしくね」

「はい!」

 コマッさんに言われ、キアヌは張り切って返事をした。

 映像を使おうと決まったとき、絵コンテを書いてほしい、と、田渕先生はキアヌを指名した。

「写真が趣味なら、映像のほうも、なんとなくイメージわかないか?」

「とりあえずやってみます!」

 今回、出番が多くない役のためか、裏方の仕事を張り切ってこなしていたキアヌは、突然の抜擢に、動揺もせず嬉しげに頷いた。

 キアヌの書いた絵コンテは見事なもので、先輩方も先生方も、そのまま使っていいだろう、と、太鼓判を押した。キアヌは、そのままカメラマンも務めることになった。カメラの扱いに慣れるため、ここ一週間ほど、部活の様子を撮影したり、俺たちが殺陣の練習をしていると、それに向かってカメラを回していた。

 棟梁と三年生を中心に動きの確認をする。俺は、今回は、三年生のエキストラのみなさんにぼこぼこにされるだけなので、特に大きな動きはない。ただ、立ち位置を確認し、カメラの位置を確認する程度だ。

「じゃあ、衣装とメイクお願いします!」

 コマッさんの掛け声に、担当の部員たちが動く。

「あ、ヒーローは少し待ってね! 女子、人数多いから、車二台使ってもぎりぎりなんだ」

「わかりました」

 俺はそう返事をして、近くで台本の確認をする。

 今回、一応台詞は言うものの、映像では全て字幕で処理し、音声自体は使わないという。

 シーンは、棟梁演じるお嬢様の母親が、内戦で荒廃したある国に現れるところから始まる。

 俺が演じる執事のタキウチは、街のごろつき達に襲われているところを、彼女に助けられる。

彼女は、この場所にある人を探しにきた、と、タキウチに告げる。その人はタキウチの先生であった。しかし、先生は、内戦ですでに亡くなっていた。

 タキウチは、先生に託されたあるものを、ずっと守ってきたのである。それを渡してほしいと言われるが、タキウチは彼女を信じることが出来ない。

『君が持っていても、いつか君が殺され、奪われるだけだぞ』

 彼女の言葉に一瞬怯むものの、タキウチはそれを離そうとしない。

『アンタだって、信じられるものか』

 人間不信気味のタキウチに、彼女は言う。

『人を信じて裏切られるのが怖いのか』

 タキウチは彼女を見つめたまま言う。

『俺の家族を殺したのも、学校を焼いたのも、先生を殺したのも、この国の人間だ。母国の人間すら信頼ならないのに、どうして外国人のアンタを信じることが出来る』

 タキウチはぽつぽつとそう言った。

『……臆病者が』

 吐き捨てるようにそう言われ、タキウチは、

『……好きで臆病になったわけじゃない』

 と、彼女をきつく睨みつける。彼女は、一瞬、タキウチの視線に息を呑み、それから笑う。

『そんな目もできるじゃないか。気に入った。私と共に来い。君とタキウチ先生の作りたかったものを現実にする力を与えてやる』

 彼女は、そうタキウチに告げ歩き出す。タキウチも彼女の背を追い歩き出す。

 そこで回想は終了だ。

 俺は、この、『好きで臆病になったわけじゃない』という台詞を、自分の中で飲み込めずにいた。

 この時、『タキウチ』は、悔しいのか、それとも、怒っているのか、どの感情が正解なのかわからない。

 俺は、その場面を繰り返し読み、先生方にもこれでいい、と、確認もしてもらっているが、俺自身はいまいち納得がいっていなかった。

 意見を聞いてみようと、思わず吉良さんにラインを送ったら、

『自分が正解と思うものが正解。見ている人が、舞台上の役と同じ気持ちになってくれたら大正解。だから、そんなに気にしなくても大丈夫よ!』

 と、妙にかわいらしい絵文字付きで送られてきた。

 そこへ、昨日の中学時代の演劇部員の言葉である。

 色々と考え込んでいたら、昨夜はよく眠れなかった。顔色が悪いと指摘されたのも、恐らくそのせいだ。

 と、そこへ棟梁がやってきた。

 彼女はレディーススーツを着ているが、その下は、一体どうやったのか、筋肉で盛り上がっているようになっている。

「うわぁ……」

「なんだ、その感嘆は……」

 棟梁は苦笑いである。

「それ、どうやってるんですか?」

「色々詰めてる。暑くて仕方ないから早く脱ぎてぇ……」

 棟梁はそう端的に知らせてくる。

「おーい、ヒーロー! 着替えとメイク!」

 コマッさんがそう呼んでいる。

「はい、今行きます!」

 俺は、そう言うと棟梁に軽く頭をさげてから、走り出した。

 車の中へ案内されると、衣装が掛かっている。

「着替え終わったら声かけて!」

 そうるりるり先輩に告げられ、俺は頷く。

 俺の衣装は、ボロボロのジーンズと白のタンクトップだ。俺に微妙にサイズが合っていないのは、これが高木先生の私物だからだ。ジーンズは、ウエストが緩すぎて白いロープをベルト代わりにしている。

 衣装合わせのとき、これが高木先生の私物と聞き、わざわざジーンズを裂いたのかと気になったが、

「ん? これはもともとこんな感じ」

 と、さらっと答えられ、高木先生の私服のセンスが気になって仕方なかった。これを汚してこい、と、命じられたコマッさんがキラキラと目を輝かせ、雨上がりの庭に出て行ったのを、俺は若干引きながら見ていた。

 ジーンズにタンクトップ姿になると、俺は車の扉を開け、るりるり先輩を呼ぶ。

「るりるり先輩、着替え、終わりました」

 俺の声にるりるり先輩が反応し、車に駆け寄ってくる。

「じゃあ、メイクしよう!」

 メイクボックスを抱えて持ってくる。

「ヒーローもともと白いけど、顔色悪く見えるように、かなり白っぽく塗るね」

「はい、お願いします」

 るりるり先輩は、大分白っぽいファンデーションで俺の顔を塗る。

「顔だけだと浮いちゃうから、肌出るところは全体的に塗るよー」

 そう言って、俺の腕にファンデーションを伸ばす。タンクトップで露出が多いせいか、この肌の色を作るメイクで大分時間をとった。頬がこけて見えるように、と、暗い色を顔の際に塗る。

「あとはー、すこーし童顔に見えるようにしようか!」

 るりるり先輩の言葉に俺は首をかしげる。

「俺、もともと童顔だって言われるんですけど」

「そうだねー。でも、バランス的にはもう少し童顔っぽく見せたほうが、本番と落差が出るでしょ?」

 るりるり先輩はとても楽しそうだ。アイラインをなるべくナチュラルになるよう太めに引いて、目を大きく見せるのだと言う。

「よし! 後はドーランで汚れとかつけるね!」

 そう言って、るりるり先輩が取り出したのは、茶色や黒っぽい系統のドーランという練り白粉だ。

 顔や腕など、あちこちに土や煤、その他色々なもので汚れたような雰囲気を出す。

「んー……。うん、こんなもんかな!」

 全体的に眺めた後、るりるり先輩は車の扉を開けた。

「高木さん! チェックお願いします!」

 そう声をかけられた高木先生は、キアヌと話をしていたのを切り上げこちらにやってきた。

「どれどれ……」

 そう言いながら、高木先生は俺をしげしげと見つめる。

「うん、オッケー。これでいいぞ」

 高木先生にオーケーを貰い、るりるり先輩は安心したように息を吐いた。

「よし。ヒーローも出来たし、早めに撮って切り上げるぞ」

 高木先生はそう全体に声をかけた。

 衣装を着た状態で、通しで動きの確認をする。三年生たちも、それぞれ、衣装とメイクがついて、まるで悪漢のような出来になっていた。

『……好きで臆病になったんじゃない』

 俺は、未だにその台詞に引っかかりを感じながらも、カメラを入れてのリハーサルを終えた。

 今回、カメラは学校の備品と、先生方の私物が二台。計三台のカメラで映像を撮る。カメラマンは、キアヌと、高木先生、それにあいあい先輩だ。

「それじゃ、本番行くぞ」

 田渕先生の声に、俺と棟梁、そして、三年生もそれぞれ位置に付く。

「カメラオーケー?」

「オッケーです!」

「じゃあ本番! よーい、はいっ!」

 田渕先生のスタートの声に、俺は三年生に囲まれ、地面に転がされる。

「『オラァ! さっさとそれをよこせ!』」

「『こんガキゃあ!』」

 先輩方は悪漢を好演している。俺は、体を小さく丸め、圧倒的な暴力から身を守ろうとする。

「『何をしている』」

 ドスの利いた棟梁の声が響く。途端、圧倒的な暴力は止み、人々の視線は声の主に集中する。

 人々の隙間から俺を見つけた棟梁は、その悪漢たちに、かかってこい、と指で示す。

「『こ、の……! やっちまえ!』」

 人々が棟梁に襲い掛かる。が、棟梁はそれを指先で倒していく。まるでマンガの世界だが、それがコンセプトなので仕方ない。

 人間が簡単に吹っ飛んでいく光景に、俺は呆然とする。そしてついに、最後の一人が倒れ、彼女は俺を見る。

「『君はこのあたりの人間か?』」

 棟梁の問いに、俺は両腕に紙の束をしっかりと抱え、起き上がりながら頷く。

「『このあたりに学校はなかったか。タキウチという、外国人の教師がいたはずだ』」

 タキウチの名に、俺は反応する。

「『……学校なら、焼かれた。半年前』」

 俺の言葉に棟梁は顔をしかめる。

「『ならば、タキウチ先生はどうした』」

「『殺された。学校を守ろうとして』」

 棟梁は、俺の言葉にひどくショックを受けた後、大きくため息をついた。

「『君はタキウチ先生の生徒か?』」

「『先生には、色々教えてもらった。文字の読み方や、計算の仕方だけじゃない。俺がこうして生きていられるのは、先生のおかげだ』」

 俺の言葉に、棟梁が静かにたずねる。

「『君、家族は?』」

「『いない。俺が小さいうちに、死んでしまったから』」

 俺はぽつりと答える。棟梁は、そうか、と、小さくつぶやいた。

「『……君、ずっとそれを抱えているが、それは?』」

 棟梁の問いに、俺は抱えている紙の束をぎゅっと抱えなおす。

「『これは……、先生が俺に持っていなさいと、渡してくれたもの』」

「『見せてもらってもいいか?』」

 俺は、見るだけなら、と、少し腕を緩め、その表紙を棟梁に見せる。

「『ステラ……、ヒューマノイド……!?』」

 棟梁が驚いた表情をする。

「『君! これはまさか、ヒューマノイドの設計図か!?』」

 その迫力に気おされ、俺は頷いた。

「『先生と、俺と、二人で考えた』」

「『君が?』」

 意外そうな棟梁の声に俺は頷く。

「『先生はいつも言っていた。いつか、先生のここでの仕事が終わったら、先生の国で、ヒューマノイドを作るって。俺も、連れて行ってくれるって……』」

 俺の言葉に、棟梁はしばらく無言でたたずんでいた。それから、俺に語りかける。

「『それを、私に託してはくれまいか?』」

 俺は驚いて棟梁を見る。

「『それが、この国で戦争をしている者たちの手に渡れば、たちまち悪用されてしまう。それを野放しにしておくわけにはいかない』」

 棟梁の言葉に、俺は首を横に振る。

「『これは俺と先生のものだ。誰にも渡さないと、先生に誓った』」

 俺の言葉に、棟梁は僅かにいらだったような表情を見せる。

「『君が持っていても、いつか君が殺され、奪われるだけだぞ』」

 それでも、俺はかたくなに首を横に振る。

「『アンタだって、信じられるものか』」

 俺の言葉に、棟梁は苦々しい表情を隠さない。

「『人を信じて裏切られるのが怖いのか』」

 棟梁の言葉に、俺は棟梁を見据える。

「『俺の家族を殺したのも、学校を焼いたのも、先生を殺したのも、この国の人間だ。母国の人間すら信頼ならないのに、どうして外国人のアンタを信じることが出来る』」

 そんな俺の様子に、棟梁は小さく息を吐いた。

「『……臆病者が』」

 その言葉を聞いた途端、頭の中が真っ白になった。

 自分の苦しみも、悲しみも、全てを否定されたような気がした。

「……好きで」

 湧き上がる衝動のまま、俺は叫んだ。

「好きで臆病になったんじゃない!」

 そう彼女の顔を見上げ、そして、棟梁が本気で驚いている顔を見て、俺ははっとした。

 一体、今の「台詞」は、誰の「言葉」だ。

 棟梁は、一瞬本気で動揺したようだが、すぐに落ち着きを取り戻し、ふっと笑みを浮かべた。

「『そんな目もできるじゃないか。気に入った。私と共に来い。君とタキウチ先生の作りたかったものを現実にする力を与えてやる』」

 そうタキウチに告げな、彼女は歩きだす。タキウチは、その背を見ながら、自分の足で立ち上がり、彼女の背を小走りに追いかけた。

「……はい、オーケー!」

 田渕先生の声が聞こえた。

「お疲れ様!」

 タオルを持って、あかりんとカトちゃんが走り寄ってくる。

 カトちゃんもあかりんも、頬を紅潮させ、興奮した様子だ。

「ヒーロー! すごかった! なんか、上手く言えないけど、めっちゃすごかった!」

「うん、ホント! なんて言うのかな、ヒーローが、そのままタキウチに見えたっていうか」

 あかりんがキラキラした目で俺を見ている。

 俺は、タオルを受け取りつつも、まだ少し呆然としていた。正直、あの台詞のあと演技を続けられたのは奇跡に近い。

 呆然としている俺に、カトちゃんとあかりんが、不思議そうに首をかしげる。

「ヒーロー?」

 と、そこへ、映像を確認していた田渕先生が近付いてきた。

「あ、あの……」

 俺がそう田渕先生に駆け寄ると、田渕先生は俺の肩を少し乱暴に叩いた。

「大丈夫、大丈夫」

 そう声をかけられ、俺は少し安心して、詰めていた息を吐いた。

「とりあえず、棟梁最優先で着替えて! で、ヒーローは悪いけど、少し日陰で待機してて」

 るりるり先輩の言葉に、先輩たちが車の中に入っていく。

 俺はそれを見送りながら、言われたとおり、日陰に腰を下ろす。

「お疲れさん」

 そう近付いてきたのはコマッさんだ。その手にはスポーツドリンクのペットボトルが握られている。

「いやぁ、今日は暑いね! 湿度が高いせいもあるだろうけど!」

 俺は手渡されたペットボトルを開けながら頷いた。

「……まあ、あんまり気にしないほうがいいよ。ヒーローは、自分が思っているより役者だったってことさ」

「え……?」

 コマッさんの言葉に、俺は首をかしげる。

「役者が真剣に芝居してると、たまにあるんだ。役と気持ちがシンクロしすぎて、感情のまま台詞が出ちゃうってこと」

 そう言いながら、コマッさんは俺の隣に腰を下ろした。

「俺、あんなこと、初めてで……」

 俺がそう言うと、コマッさんは困ったように笑った。

「私も、去年、同じようなことがあったんだよ」

 俺は、その言葉に、弾かれるようにコマッさんの顔を見た。

「去年、というか、今年の初め。ブロック大会でね」

 コマッさんはそう続けた。

「去年の上演の映像、まだ見てないよね?」

 コマッさんの問い掛けに、俺は頷く。

「去年、私たちがやったのは、マンガ甲子園を目指す、マンガ研究部の話でさ」

「またやりづらそうな題材ですね」

「はは、そうなんだけど、こう、大きな枠作って、中で、私たちがマンガの登場人物も演じたりして」

 コマッさんはそう楽しげに話した。

「で、私の役は、お母さんが有名な漫画家で、妙に期待寄せられてる部員の役で」

 俺はその言葉に、思わず、え、と声を漏らした。

「私のファンだって人、会ったでしょ? あの人たち、皆、私の演技が兄貴の演技に似てたから、ファンになった人たちなんだよね。そりゃ似るよね。私に芝居教えてくれたの、兄貴なんだから」

 コマッさんはそう苦笑した。

「なんか他人事と思えなかったんだよね。地方大会も、県大会も、なんとか我慢できたけど、ブロック大会のとき、どうしても我慢できなくなってさ」

 そう言って、コマッさんは立ち上がった。

「私は私だ! お母さんのことなんて、関係ないでしょ!」

 その声が採石場に響く。数名がこっちを振り返ったが、コマッさんの隣に俺がいることに気づくと、それぞれ作業に戻っていった。

「て台詞のところで、泣いちゃったんだよね」

「え!?」

 俺が思わずそう声を上げると、心外だという表情をしたコマッさんが俺を見る。

「なに、その意外そうな声」

「いや、だって……、泣いた?」

「うん。もう号泣」

 真顔で返すコマッさんに、俺は、えー、と小さく返した。

「それでも、なんとか芝居は続けたけどさ。皆、私が泣いたせいで浮き足立っちゃって」

 それからコマッさんは少し寂しげに笑った。

「地区大会でも、県大会でも、最優秀賞とってたのに、ブロック大会で、外村に負けちゃったわけ」

 もう悔しいし、申し訳ないしで、とコマッさんは続けた。

「もう演劇やめたい、とまで思ったけど、でもやっぱり、皆を全国に連れてくまでやめられないって思い直してさ。だから私、今年は絶対全国に行きたいの。演劇の大会運営上、二年生の秋から始まる大会で勝たないと、三年生で全国行けないし」

 そう言いながら、俺をまっすぐ見据えるコマッさんは、部活動紹介の日に、会場を見たその目のままだ。

「だからヒーロー、力を貸してね」

 コマッさんはにっこりと笑った。

「ヒーロー、車空いたよ。着替えておいで」

 俺にそう声を掛けたのは、メイクを落とし、詰め物を外したためかずいぶんすっきりとした印象の棟梁だった。

「あ、ありがとうございます」

 俺はそう言って立ち上がる。それから、棟梁の顔を見た。

「先ほどは、すみませんでした」

 俺が頭を下げると、棟梁は慌てた。

「ちょっ! ヒーロー、気にすんなよ! 私、全然平気だから!」

 そんな棟梁を見るのは初めてで、俺は思わず笑ってしまった。

「じゃあ、俺、着替えてきます」

 俺はそう言って、コマッさんと棟梁に頭を下げると、自分の服を残してきた車に向かった。

 体に塗ったドーランが、コットンタイプのメイク落としでは落ちづらくて、着替えに少し手間取った。

 着替え終わってから映像を見せてもらおうと思ったが、

「ちゃんと編集したの見せてあげる!」

 と、あいあい先輩が妙に張り切っていた。

 蒸し暑さのせいか入道雲がわき、遠雷が聞こえだしたので、今日の部活はこのまま切り上げということになった。

 ほとんどの人が、駅方面ゆきのバスに乗ることになった。俺は強制的に座らされ、途中降りる人たちを見送った。駅に向かうのは俺と棟梁、それからメシアくらいだ。

「じゃあ、お疲れ様。気をつけてね」

 棟梁とメシアは、県南方面に向かう電車に乗るため、俺とは逆方向の電車だ。

「はい。お疲れ様でした」

 俺はふたりにそう頭を下げると、先に自動改札を通った。

 俺が乗る、県の北部へ向かう電車は、すでにホームに来ていた。

 ドア横のボタンを押して、半自動のドアを開けると、俺は電車に乗り込む。席はほぼ埋まっていて、俺はドア付近の手すりに寄りかかり、いつも鞄に入れている文庫本を取り出した。その爪の間に、ドーランが残っているのを見つけ、ああ、うちに帰ったら、きちんと落とさないと、と、小さくため息をついた。

 電車の外は大粒の雨が降り始めていた。

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