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序章

「ヒロ君ってさ、王子様って感じじゃないよね」

 俺は、その一言を、未だに忘れることが出来ない。


「騒ぐな!」

 真っ黒なTシャツに、黒いズボン、さらにサングラスを掛けた長身の女性が、片手に拳銃を掲げ立ち上がる。

 着慣れない制服の新入生達の中には、驚いて小さく悲鳴を上げるものもいる。

 ここは、銀行でも、ましてやコンビにでもない。

 県内でも指折りの進学校でもある、県立北原高等学校けんりつきたはらこうとうがっこうの体育館で、先ほどまで入学式が行われ、俺を含む新一年生三百二十人が、無事に式を終えたところである。今は、新入生のオリエンテーションが行われていて、部活動紹介の真っ最中だった。

 俺は、部活動紹介を聞きながら、文芸部にでも入ろうか、と思案していたところだ。

 運動部、文化部と次々に部活動紹介を終えていき、最後の部活を残したところで会場の照明が突然消え、生徒達は驚いたようにざわめいた。

 そして唐突に、かの女性が新入生の真ん中に現れ、スポットライトを浴びている。

 何かの演出なのだろう、と、理解はしているものの、思わず身が竦むほど、彼女には凄みがある。

「全員、その場から動くな!」

 黒装束の女性は、周囲を拳銃で牽制しながら舞台に向かっていく。

「た、頼む! 生徒には手を出さないでくれ!」

 いつの間にか照明の付いた壇上で、そう声を上げたのは、先ほど、入学式でにこやかに挨拶をしていた校長先生だ。その校長先生の後ろにも、同じように全身黒ずくめの女性が立っていた。ただ、こちらはかなり小柄だ。髪をポニーテールにまとめ、サングラスを掛けた姿は、どこかちぐはぐで、緊迫した空気が若干緩んだ気がする。

「ふふふ、皆さんが我々の要求をのんでくださるなら、手は出しませんよ」

 舞台上のポニーテールの女性が、会場を脅迫する。が、その声は、いわゆるアニメ声で、大変に可愛らしい。

「き、君たちの要求はなんだ!」

 校長先生が、そう声を上げる。新入生の間から現れた女性も、舞台に辿り着いた。

「我々の要求はひとつ!」

 舞台に上がった女性が、拳銃を天井に向けながら声を上げた。

「ひとりでも多くの新入生に、演劇部に入ってもらうことだ!」

 一瞬、会場が静まり返った。

「待てィ!」

 全員が呆気に取られ、ぽかんとしていると、舞台上に、ひとりの女性が駆け込んできた。その瞬間、後ろのほうに座っていた上級生の女子から、堪えきれないといった様子で、悲鳴にも似た声が上がる。

 制服姿のその女性は、やや色素の薄い髪をボブカットにしていて、その肌は、舞台上のライトをあびて驚くほど白く見えた。その手には、何故かいわゆるピコピコハンマーが握られている。

「き、貴様は!」

「伝説の勇者、コマッさん!」

 その台詞に、会場からちらほら笑い声が上がる。

「お前たち、生徒を脅して部員を増やそうとは、言語道断! この、伝説の剣、エクスカリバーにて成敗してくれる!」

 ピコピコハンマーを構えながらの彼女の言葉に、今度は会場のほぼ全てから笑い声が上がった。

「生意気な! こちらには人質がいるんだぞ!」

「そうだそうだ!」

 背の高い女性と、可愛らしい声の女性は拳銃を構える。その姿は、刑事ドラマにでも出てきそうなほどさまになっている。

 と、伝説の勇者コマッさんの後ろから、もう一人、制服姿の女性が姿を表した。

 彼女はコマッさんの手から、伝説の剣エクスカリバーこと、ピコピコハンマーを奪うと、校長を人質にしていた女性二人を、ぴこっ、ぴこっ、と叩く。そして、エクスカリバーを奪われた体勢のまま固まっているコマッさんの頭にも、ぴこっ、と制裁を加えると、舞台の中央に立ってぺこりと頭を下げ、

「お騒がせしました!」

 と、言った。

 武器を取り上げられた姿勢で固まっていたコマッさんと、人質をとっていた女性二人、校長先生までも、それに続いて頭を下げた。

 そこへ、マイクを持った人が入ってきて、それをコマッさんに差し出した。

 ところが、コマッさんはマイクを受け取らず、そのまま舞台の中央に立つ。

「えー、お騒がせ致しました。改めまして、演劇部です」

 彼女の声はよく通り、マイクを通さずとも体育館中に響いた。

 代表で挨拶を始めたということは、彼女が部長なのだろう。

「まず、このような趣向にお付き合いいただいた校長先生、本当にありがとうございました。校長先生に盛大な拍手を!」

 彼女の呼びかけに応え、体育館中から拍手が起きる。それから、彼女は急に真面目な顔になる。

「我々は、昨年、ブロック大会まで進出しましたが、あと少しのところで全国大会出場を逃しました。今年こそ全国大会に、という意気込みで、部員一同、大会に臨むつもりです」

 真面目な雰囲気に、会場は彼女の話に引き込まれていく。と、彼女は朗らかな笑みを浮かべた。

「今日から一週間、部室として使用している北原西幼稚園で、毎日、公演を行います! 演劇が好きな方、演劇に興味のある方、面白そうだなと思った方、役者だけでなく、裏方も歓迎です! ぜひ、部室に遊びに来てください!」

 彼女が頭を下げると、舞台上にいた演劇部員も頭を下げた。

 会場から拍手が起こる。

 俺は、思わず舞台上に見とれていた。

 そこには、俺が演劇部に諦めたはずの、「キラキラ」があったのだ。

 コントと言ってもいい小芝居だったが、前半は何事かと息を飲み、後半は一気に脱力するような展開になり、その落差で思わず笑ってしまった。その独特な空気を作り出したこの学校の演劇部は、一体どんなところなのだろう、そして、彼女たちが演じる舞台とは一体どんなものなのだろうと、もともとの舞台好きの血が騒いでしまった。

 なにより、コマッさんを演じていた、おそらく部長であろう女性。俺が今までに見た役者のなかにも、あんなに「キラキラ」する人は見たことがなかった。


 俺が初めて演劇に触れたのは、幼稚園の年中の頃だ。

 母さんが好きなミュージカル劇団『劇団奏』の地方公演で、童話をもとにした作られたミュージカルを観たのが始まりだった。

 母さんが言うには、俺は舞台が始まると目の色を変えたらしい。

 俺も、舞台の記憶自体は曖昧だが、その衝撃ははっきりと覚えている。

 時に軽やかに、時に重々しく、そして、時に華やかに、腹まで響く音楽。キラキラと輝き、次々に色を変える照明。役者達が身にまとう可愛らしい衣装。そしてなにより、舞台上で、俺もよく知る物語の登場人物を演じる役者達。

 絵本とも、テレビのアニメとも、映画とも違うそれは、俺の目にはキラキラして見えた。

 それは比喩ではなく、本当に「キラキラ」して見えたのだ。

「お芝居ってすごいね! キラキラですごい!」

 俺は、何度も母さんにそう言った。母さんはよくわからないながらも、幼い俺の言うことをじっくり聞いてくれた。

「ヒロは、お芝居が大好きなのね」

 母さんのその言葉に、

「うん、大好きだ!」

 と、幼い俺は迷いなく返した。


 オリエンテーションが終わると、各クラスに戻り、自己紹介や、明日以降の簡単な予定の説明を受ける。入学式のあとはそれで授業が終わり、それぞれが家路についたり、部活動の見学に向かったりしている。

 俺は、担任の岩井いわい先生のところへ向かった。

「あの、演劇部の部室ってどこですか?」

 オリエンテーションで配られた各部室の配置に、演劇部が見当たらず、不思議に思っていたのだ。

「あら、演劇部に興味があるの?」

 岩井先生は、俺の言葉に少し意外そうな表情を見せる。古典担当だという岩井先生は、俺の母さんより少し年上だろうかという年頃で、穏やかに話す人だな、というのが第一印象だ。

「あ、ええと……、入部については悩んでいるんですけど、今日の部活動紹介が面白かったので、ちょっと公演を観にいってみたいな、と思って」

 俺がそういうと、岩井先生は笑みを浮かべた。

「そうね。今日のはちょっと驚いたけど、面白かったものね」

 岩井先生はそう言いながら、オリエンテーションで配られた部室の配置図を見た。

「ああ、これだと外れてるのね。演劇部は、この裏門あるでしょ? ここを出て、道路を一本挟んだところに、ここの敷地になっている閉園になった幼稚園があるのよ。そこで活動しているの」

 岩井先生は、その図に、持っていたボールペンで書き足してくれる。

「あそこなら小さいけれど舞台もあるし、大道具を作るのに最適な園庭もあるしね」

「わかりました。ありがとうございます」

 俺はそう礼をすると、教室を後にした。

 昇降口で靴を履き替えると、裏門へ向かう。

 中庭には、桜が何本か植えられていて、どれも見事に満開だ。中庭を抜けると武道場があり、近くには弓道場もある。その先に裏門が見えた。

 裏門を出て、細い道を一本渡ったところに、確かに幼稚園はあった。目の前の道路には横断歩道があり、押しボタン式の信号機がある。俺は、ボタンを押すと、信号が青に変わるのを待つ。

 一応信号機は付いているが、ほとんど車どおりのない道でも、きっちりそれを使ってしまうのは、幼いころからの癖のようなものだ。

 横断歩道を渡った先、幼稚園の入り口の門のところには、北原西幼稚園と書いてあった。

 来たはいいが、今までの演劇部での色々な出来事が頭を過ぎり、僅かに動悸がする。

(見るだけ……、そう、舞台を見るだけだ……)

 俺は、自分にそう言い聞かせると、幼稚園の門をくぐった。

 幼稚園は、園庭を中心に、コの字型に建物が並んでいる。エル字型の園舎と、体育館のような建物だ。

 園庭には、幼稚園の頃のままなのか、小さな遊具が並んでいる。入り口の横には、桜の木があり、これも見事な満開だった。

 園庭には誰もいなかったので、俺は、唯一下駄箱が残っている昇降口のガラス戸を引く。カラカラと音を立て、そこは開いた。

「すみませーん」

 そう園内に声をかけてみるが、返答がない。

(まだ誰も来てないのか?)

 そこへ、門から北原高校の制服姿の女性たちがやってきた。少なくとも、同じ学校の生徒だとわかり、幾分安心して、俺は声をかけた。

「あの、演劇部って……」

 女性たちの先頭を歩いていた女性が、俺の声に反応して俺を見た。

「あ、コマッさん」

 俺は、思わずそう言ってしまった。

 やってきた女性は、若干色素の薄いボブヘアーに、真っ白な肌の女性だった。

 そう。彼女は、今日舞台上で挨拶をしていた、コマッさんこと、演劇部部長(推定)だったのだ。

 「コマッさん」は俺を見ると、ぴたりと足を止めた。その表情は、見る見る驚愕を表していく。

「お」

「お?」

「男だー!!!!」

 その叫び声に、俺は思わず耳をふさいだ。演劇で鍛えたであろうその声は、とにかく響く。

「逃がすなよ! やっときた男子部員だ!」

 そう叫ぶ彼女は、舞台上ではないのに「キラキラ」と輝いて見えた。

 コマッさんの指示に、彼女の背後にいた二つの小柄な影が動く。

 俺の身長は、一六〇センチ台前半と、同年代の男子からすればやや小柄なほうだ。だが、そんな俺が見下ろさなくてはいけないくらいなのだから、その影は相当小さい。

 その小柄な影にタックルをかまされ、俺は思わずその場に立ち尽くす。

「ごめんなさい!」

「逃げないでください!」

 ステレオで聞こえる可愛らしいアニメ声は、おそらく今日の舞台で、校長先生を人質にとっていた役の人だろう。しかし、なぜステレオ。

 俺が戸惑っていると、タックルをかましてきた二人が顔を上げる。

「ふ、双子!?」

 そのそっくりな顔に、今度は俺が大声を上げる番だ。

 ややクセのある黒髪をポニーテールにしている二人は、驚くほど顔がそっくりだ。なんとか見分けが付くのは、片方が眼鏡をかけているからだ。

「おお! すごく響くいい声だね!」

 そう感心した声を上げたのは、細身の女性だ。彼女は、今日の舞台で新入生の所から登場した人だ。その時は、大きいな、くらいにしか思わなかったが、彼女の身長は、俺より十センチは大きいだろう。ベリーショートの黒髪と、細身の体格もあいまって、中性的な印象を受ける。

「あ、あの、俺は……!」

 双子の先輩は、俺を逃がすまいと必死になった結果なのか、かごめかごめのように二人で俺の周りをぐるぐる回っている。

「いやぁ、しかし男子か! 男子部員がついに我が演劇部にも!」

 コマッさんは、勝手に感慨に浸っている。

 と、コマッさんの頭に真っ赤なものが振り下ろされた。

 ぴこっ、という間抜けな音には聞き覚えがある。

「え、エクスカリバー……」

 コマッさんは、そう言いながら、頭を押さえてうずくまった。

「なに新入部員候補に絡んでんだよ」

 そうコマッさんを見下ろしているのは、今日のオリエンテーションで、オチのツッコミ役をしていた人だった。その手には、エクスカリバーこと、ピコピコハンマーが握られている。

「トウリョー」

 俺を囲んで回っていた双子の先輩が、そう言って彼女のそばへ寄っていく。

「ごめんな、ウチの演劇部、男子部員がいないもんで皆テンションあがっちまって」

 トウリョーと呼ばれた彼女は、苦笑というのがぴったりの笑みを浮かべた。癖のない、長く黒い髪が背中に垂れていた。

「あ、えーと、俺、入部、というか……」

 俺が言いよどむと、コマッさんがガバッと顔を上げる。

「えっ!? 違うの!?」

 大層ショックを受けたようなその顔に、なにも悪いことはしていないはずなのに、俺の良心がキリキリと痛む。

「……その、皆さんの、舞台が見たくて」

 俺がそう言うと、コマッさんの表情が一気に明るくなった。

「あぁ、良かった! 演劇部に興味ない人だったら、どうしようかと思った」

 ニコニコと笑う彼女は、舞台上では随分と大人びて見えたが、こうやって話すと、随分子どもっぽい。

「コマッさん、他にも見学希望者がいるんだから、早く案内してやれよ」

 トウリョーは、そう言って自分の後ろを示した。

 数名の女子生徒が、俺とコマッさんのやりとりを、ぽかんとして見つめていた。見覚えがないので、恐らく別のクラスの人だろう。

「あ、そうだね」

 コマッさんは、にっこりと、思わず見とれるような笑みを浮かべた。

「ようこそ! 演劇部へ!」

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