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ブルト領

ブルト伯爵領の中の首都のようなところは、もちろん領主であるブルト伯爵が住む都でその名前をエルンと言う。

人口規模は8万人程度。


そこは、西を海、南は山、東は草原、北は大森林と自然豊かな大きな平地にあった。

川は南の山脈からエルンを通り北を経由して西の海に流れ込む。

気候は四季もあるが寒暖の差はあまりなくて一年を通じて過ごしやすい気候風土だった。


エルン市街地は高い建物は少ないが住居施設は密集し、東と北の一部を取り囲むように簡易的な城壁を持ち、城壁の外には広大な小麦畑が広がっていた。



ブルト領の特徴的なところは二つある。

一つ目は、多くの鉱物資源に恵まれている所だ。

南の山はブランシュタイナー侯爵領まで連なる連山の最南端で標高も高い。


一部は活火山で時折噴煙が昇るそうだ。

エルンから南に10キロほど行ったところに第2の都市ルールントがある。人口規模は1万人程度。

ここは鍛冶集団の都市で地下にある豊富な鉱物資源を加工する工業都市であった。

鉱毒の影響で農業の生産には適さないが、エルンとの物々交換で生計を立てていた。

そのため規模は小さいが鍛冶に専念でき、優秀な鍛冶集団が育っていた。



二つ目は畜産が盛んな事。

特に草原を利用した馬の育成が伝統らしく、初代ブルト伯が伯爵になれたのも、大昔にあった王国と帝国との50年戦争で、決死の覚悟で行った騎馬突撃を認められたため、この地に領地を与えられたからだそうだ。


それ以来、馬の育成には代々領主の並々ならぬ情熱が注がれており、交配を重ね、馬の血統を選別し、戦闘に適した非常に馬格の良い馬を量産していた。


それを訓練し、平時には移動用に、戦時には騎馬隊用に備えていた。

領民一人一人に馬が与えられている都市も珍しい。


その他大小さまざまな村は存在するがおおむね100人規模で領地全体で15万人に居るかいないかの人口規模。

領地は人口規模にしては大きく前世でいうところの一つの県ぐらいの大きさがあるらしい。

この領地は役割分担が明確で、不満が出にくい完成された都市構造をしていた。


しかし、悪い面を言えば、貨幣経済があまり発達していなく、領民一人一人が自給自足で生活を成り立たせている、貧しい領地なのだ。


領民の年貢はあるみたいだが、その他の都市と比べると非常に少なかった。

それは、ブルト家が王都に納める税金を、ブルト家が生産した小麦であったり、馬であったり、海から取れる塩であったり、ブルト家が負担した物納中心の納め方をしていたからだ。


全ての帳尻をブルト家が負担していた。


そのため領民からの信頼も厚く、都市全体が家族のような雰囲気だという。

一番年寄であろうグルンに話を聞くと、ブルト家代々の領主は非常に温厚で慈悲深く、領民と同じ食事を取り、同じように畑を耕して苦労をわかち合うような生活をしていたらしい。

全ての人が貧しければ不満は出ない。そんな言葉がぴったりな生活をしていた。


洋介は先の交渉から1週間、色々な事を学んでいた。


あのあと、すぐに本陣は撤収し、遺留品の回収を行った後、エルンに凱旋した。

平均部隊損耗率60%という大打撃を受けたが、自兵力の4倍を大きく超える敵と対峙し領土を取り返した上に、不可侵条約まで締結したことに領民は喜び、ルミナ達の苦労を労った。


兵力の大部分を次男以降の人員で構成していたため、家系の断絶は最小限に抑えられ、生産性は落ちていたが、何とか維持できる程度の被害で済んだ。

しかし、ブルト家の被害は酷く、発端となった両親の毒殺と、兄が3人と臣下である武将が10人中7人も戦死してしまったのだ。


ルミナはエルンに戻ってくるなり、領主の変更の伺いを王都に打診するため書類の作成に入る。その他、ご機嫌伺いの貢物の選定や家臣団の再編成など忙しそうにしていた。


洋介は書庫を借りたり、色々な人に質問したりして知識を得ていた。


本を読むことに関して言えば、そんなに不都合は感じなかった。何故ならこの国の公用文字はスペラント語という、日本語に近い文字だった。漢字が中国風であったり、平仮名が旧字体だったり、多少違うところがあるが、問題なく読めた。


『これも最適化ってやつだな。感謝感謝』

洋介はまたしてもファンタジーのご都合主義に助かった。


洋介はブルト伯の家の一室を間借りして今後の展開を練る。


「さて、今後どうするか…」

やることは山済みだがどれから手をつければいいかわからない。


「まずは、ご主人様の目的のために動かれる方が先かと」

シャドウは恭しく一礼する。


「教えるうえで、必要な物…紙か!」


「そうですね、この世界では、まだまだ紙は貴重品で、羊皮紙が主流みたいですね」


調べた範囲では、紙は王都の紙ギルドが独占して貴重品だった。このブルト領でも王都からの下賜されたものの中の一つに存在する物だった。


「植物を使った和紙のような紙を量産して備えるなんて面白そうだな。ちょっと北の森林地帯まで足を運んでみるか」


「その前に、一応領主であるルミナに許可を得ませんと」


「そうだな。なんだか忙しそうだけど、ダメならルフトさんに託けて行くとしよう」


「仰せの通りに」


現在このブルト領のNO.2はルフト・ベリーゼ・オルメイヤーだ。

元々オルメイヤー家は初代ブルト家に付き従えた由緒ある家柄だそうで、代々の執事のような存在らしい。

実はルフトの上にはモルトという兄がいて、前領主の執事だった。しかし、先の戦乱での最初の戦闘で亡くなったそうだ。


そこで、筆頭であるルフトが繰り上がってルミナの執事をすることになったのだ。

失礼だが、大柄なルフトを付き従える小柄なルミナの対比はとてもシュールで面白かった。


ルミナの部屋の前まで来るとミルトが立っていた。

「あ。ミルトさん。どうされたんですか?」


「ヨウスケさん。今から王都まで書類を届けに行くところですが、まだ書類が出来上がってないらしくて…」

ミルトには珍しく困った顔をしている。


「それは大変で…」

『バーーーン!!』

洋介は前世でよく使っていたお世辞を言いかけたとき。ドアが荒々しく開いた。


「ミルト!!遅れて申し訳ない!!これを頼む!!」

そこには大きな声で叫ぶルフトがいた。締め切り前の作家よろしく、腕まくりをしてタオルを頭に巻いて汗を大量に搔いている。


「ミルトさ~ん。お願いします~」

後ろにはラフな格好で同じように頭にタオルを巻いたルミナが居た。その姿は疲労困憊で目から鳴門のようなグルグルが出ていそうな感じだった。


「わかりました。では、行ってきます」

ミルトはすぐに書類を受け取り、王都へ発った。


その書類の束に、洋介はギョッとした。まるで漫画のように大量にあったからだ。


「ルミナは大変だね~」

洋介はルミナを労う。


「ヨウスケさ~ん。疲れました~」

ルミナは疲労の原因は書類作成せいだ。


現代と違って書類は全て手書きなのだ。しかも、王様だけでなく、その妻、子供、臣下などなど、大勢の人に伺いを立てないといけない。文章も微妙に変えて作るため、王家に出す書類は非常に困難なのだ。


ルミナの書斎に入る。


中央に大きな机があり、その前には応接用の豪華なソファと椅子があった。

応接用の机と書斎の机の上には文章の束が漠然と置いてあった。伺いの参考資料だろう。

応接用ソファの上に置いてある書類を片付けながら洋介は座る。


「そういえば、今日はどうしたんですか?」

ルミナも書類を片付けながら座り、洋介に言う。


「実は、紙を生産しようと思ってね。北の森林地帯に行ってみたいんだ」


「紙ですか!!でも紙は羊皮紙といって、動物の皮からできてるはずですけど?」


「確かに。でも、植物からも紙は作れるんだ」


「本当ですか!!」


「ああ。僕の世界ではその紙を大量に生産して勉強に使っていたからね」


「へ~本当にすごい技術力ですね」


「原理は簡単だよ。まあ、実際に植物を見て、早く生産に移りたいと思っている」


「どんな原理ですか?」


「植物を砕いて、煮て、漉く、そして乾かす。それだけ」


「簡単ですね!」


「だろ?でも大量に煮るから大きな鍋も必要なんだ」


「では、まずルールントのガミルに相談してみてはいかがですか?彼は鍛冶集団の長の取り纏めなので対処してくださると思います。…これを持っていけばすぐに会ってもらえますわ」


ルミナはペンダントの一つを渡した。それは、繊細な幾何学模様の細工で作られた金属のペンダントだった。


「ブルト家の使者の証です。首からぶら下げてください。ガミルは鍛冶ギルドにいると思います。ちょっと怖い顔ですけどいい人ですよ」

ルミナは笑顔で答えた。


「ありがとう。早速行ってみるよ」

洋介はお礼を言って、席を立った。


「あ…!ヨウスケさん!」

部屋を出ようとした洋介をルミナは止めた。


「どうした?」

振り返るとルミナはモジモジしている。


「あの…帰ったら…ご褒美…を…」

消え入りそうな声で、顔を真っ赤にして答える。非常に可愛らしかった。


「そうだったね。帰ったらあげるよ」

洋介は真意を悟り、にこやかな笑顔で答える。

なるべく本当に物をあげるようにさわやかに言った。


ルフトは直感的に何かを感じ、洋介を怪訝な顔で見つめる。


『危ない、危ない。ルフトさんにバレたらなんと言われることか』

別に卑猥な事ではないので問題は無いと思うが、男性が女性に触れること自体怪しまれる元凶なのでご褒美の内容は秘匿することにする。


洋介は書斎を出て部屋に戻り着替える。

その着替えの最中、鏡をみてふと思った。


『そういえば、目が二重になっている気がする』

心なしか顔もシャープになっていたがそれは食生活のせいであろう。

ここの食事は本当に質素で味付けも薄い塩味なのだ。


元々、平凡な日本人顔であり、髪も短めのスポーツ刈りで二枚目とは言いがたいが三枚目でもないといった中途半端な顔つきだったが、二重になって少し美形になった気がする。


たぶん、気持ちの問題だろうとは思うが洋介は少し嬉しかった。

『あとは髭剃りさえ楽だったらなぁ。カミソリだからめんどくさいや』

毎朝手入れはするがカミソリの為、顔を切りそうで非常に面倒だった。


『しかし、この世界は本当に美形が多い。美しい顔って優性遺伝子なんだろうか?』

そんな、関係ない事を思いながら、この世界で一般的な服に着替える。

作業着はルミナに取られて、目下研究中なのだ。今は近所のご婦人の協力で同じものを作っている最中だった。



洋介は外に出て馬に跨る。シャドウも付き従い馬に跨る。


レオパルドで行った方が断然早いが、今は領内を空から巡回警備中だ。

アレキサンドを信用するつもりはないので、ルミナと話し合ったうえで2~3日に1回領内をぐるりと飛んで警戒することにした。

必然的に領内での移動は馬に頼らざるを得ない。

ここ数日で何とか馬を駆ることに慣れた洋介は意気揚々とブルト家を出発した。

※10/27改稿

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