勝利
本陣は非常に豪華な調度品で飾られていた。
「まあ、まずは皆さんに食事でもいかがですかな?どうかなルミナよ」
アレキサンドは机に座るなりそう言った。
「ブランシュタイナー候。現在ブルト家直系は私のみとなりました。なので、一応私はブルト伯でございます。昔のような立場ではございません。以後よろしくお願いいたします。あと食事は結構です。前例もありますので」
ルミナは冷たく言い放つ。
「はは!わかったわかった。あれは私の甥が勝手にしでかした事なんだがなぁ…まあ死んだものを悪く言うまい。でも、飲み物ぐらいは出させてくれ。毒は入れてない。安心してくれブルト伯よ」
アレキサンドはわざとらしく薄ら笑いを浮かべながら語る。
『甥がやったこと?それは嘘だ』
洋介はその態度ですぐにわかった。
すぐに飲み物が運ばれてくる。
全ての人に配り終えると、シャドウがおもむろに立ち上がりブルト家の全ての飲み物を払い捨てた。
「これはこれは。遅効性の睡眠薬など入れた飲み物でいったい何をされるおつもりですか?先ほど言ったでしょう。私は魔族ですと。こんな物は効きはしませんが、ご主人様にこのような愚弄されることは黙って見過ごせませんねぇ…」
シャドウはとてつもない殺気をほとばしらせ低い声で語る。
「なに?おい!配膳担当を呼び出せ!!」
アレキサンドは立ち上がり大声で叫んだ。
しばらくすると、屈強な男に引き連れられ、一人の給仕の女性が連れてこられる。
その女性は、まだ若く。20歳ぐらいに見えた。
「あ…あの…もうし…」
懺悔の言葉をしゃべる前に、女性の首が宙を舞う。
首から大量の血が噴き出し、その場に倒れた。
切ったのはもちろんアレキサンドだ。恐ろしい早さの一太刀で風圧が洋介の所まで来た。
「ゴミが勝手な事をして申し訳ありません。ごらんの通り処刑しましたのでお許し下さい。新しいのをお持ちします」
返り血を浴びたアレキサンドは深々と謝罪し、座る。そして近くのナプキンで返り血を拭いた。
ルミナはギリギリと歯を食いしばる。洋介は顔には出さなかったが心臓は早鐘のように音を立てていた。
『こいつは狂人だ。薬を入れたのはこいつの命令だったはずなのに…かわいそうだ』
洋介は憎しみをふつふつと溜めた。
しばらくして、新しい飲み物が各自に配られた。
「先ほどは失礼した。では、話をしよう。何だったか?ああ、停戦の話だったか、ブルト伯よ」
アレキサンドは悪びれもせず、わざとらしく話し始めた。
「はい。是非ともブランシュタイナー候には和睦を受け入れていただき、元の領地まで引いていただくようお願いいたします」
ルミナはアレキサンドを冷たい目で見つめながら言い放つ。
「それは、何の冗談だ?圧倒的に有利な我が軍を戦利品も無しに引けというのか?」
「はい」
「その自信はどこにある?今から進軍してもいいのだぞ。我が兵力は全て、この戦場に集結している。数にして6万はいるだろう。それを知っていながらも何故そんなことが言える?」
「そちらの軍勢が何万といようが関係有りません。なぜなら、私たちには勇者様がついています。正義は我々にある。それが根拠です」
「は!ばかばかしい。ドラゴン一匹で何ができる?」
「それは面白いことをいいますね。失礼ながら、あなたの軍勢がいくら頑張っても、ご主人様のドラゴンには太刀打ちできないと思いますが?」
シャドウは割ってはいる。
その言葉は軽く、まるで挑発しているかのようだ。
「こちらは魔導師軍団もいるし、優秀な弓部隊も万単位でいる。隠している兵器もあるかもしれないぞ?」
アレキサンドは嗤いながら語る。
「そうですか。昨日の戦闘は見させていただきましたが、魔導師軍団といわれる部隊の魔力を感じるに、ちっぽけな力しか感じませんでした。いくら数が多かろうと、ご主人様のドラゴンを倒せるほどの力が集まるとは到底考えられません。戦闘力の把握は正確にするべきだと思いますが?」
シャドウはやれやれといったジェスチャーで相手の挑発を誘う。
いつもは大げさな身振り手振りだと思っていたが、こういう場面になると非常に頼もしい。
「ははは!面白い。やってみるか?」
アレキサンドはニタリと嗤った。その表情は余裕に満ちていた。はったりなのか本気なのか。判断はつかなかった。
「ブランシュタイナー侯爵様。部下が出過ぎた事を言いました。申し訳ありません。今は停戦の話し合いの場のはずです。無益な戦闘はよしましょう」
洋介は立ち上がり、アレキサンドに謝罪する。
「申し訳ありません、ご主人様。少々言い過ぎました。これでさきほどの件の失態は相殺と言うことで許していただきたい」
シャドウも大げさに謝罪する。
ルミナはタイミングを見計らって勢いよくしゃべり出す。
「ブランシュタイナー候。我らがブルト家は大変な損害を受けました。そちらの損害は軽微なはずです。しかし、これ以上戦うのであればヨウスケさんも巻き込み、血で血を争う凄惨なものになると思います。ですので、こちらとしては、領土さえ返ってくれば今までのことは水に流しましょう。そして、不可侵条約を締結していただきたい」
「不可侵条約?」
アレキサンドは怪訝な顔で聞き返す。
「はい。今後ヨウスケさんは、我がブルト家の保護下に入る予定です。強力な魔獣が隣にいたら恐ろしいでしょう?ですので、お互いに侵略しない条約を締結しましょうという事です」
ルミナは笑いながら語る。
「お互いに利益があると思いますが?」
ルミナは笑いながら畳みかけた。
「は!面白い。ブルト家と思って舐めてかかっていたが、末娘にこんなにも愚弄されるとは。やはり甥ごときでは手に負えんはずだ」
アレキサンドは苦々しく言い放った。
「いいだろう。引いてやるし、不可侵条約も結んでやる。ただし、期間は5年だ。それ以降はまた協議の上で決めさせてもらう。いいな?」
アレキサンドは折れた。
「もちろんです。ブランシュタイナー候。感謝いたします」
ルミナは立ち上がり一礼する。
「おい!紙を持ってこい!!文字が書ける奴もだ。すぐに条約を締結してやる」
「ご配慮ありがとうございます」
ブルト家側の使者は一斉に立ち上がり、一礼する。
その後、不可侵条約はすぐに文書化され、お互いのサインを持って締結した。
ルミナは舌戦に勝利したのだ。
ブランシュタイナー軍本陣を出て、レオパルトの背中に乗り飛び立つと本陣は解体され始めた。撤退が開始されたのだ。
「ブルト伯…やりましたね」
「ヨウスケさん!ルミナって呼んで下さい!でも、緊張した~」
ルミナは洋介のからかいにも悠長に答えた。
あれだけの劣勢を跳ね返し、領土の返還と、期限付きとはいえ不可侵条約の締結をなしえたのだ。大勝利と言っていい。
「しかし、ルミナさん。あのアレキサンドが条約を守るとは思えませんが?」
シャドウは盾なのに喋った。どこから声を出しているのだろう?
「その可能性も十分ありますが、それはドラゴンに対抗できる手段を見つけてからだと思います。なので、しばらくは心配ないと思いますが情報は厳に収集いたしましょう」
ルミナははっきりと語った。
「しかし、うれしいね。昨日言った話。覚えてくれてたんだ」
「はい。昨日お話を聞きまして、この事だと交渉中に気が付きました」
「え!?いつ閃いたの?」
「シャドウさんがアレキサンドと言い合っているときです。お互い強い武器を誇示しあって睨み合っていたでしょう?まさに昨日のお話とソックリではありませんか?」
洋介は本当に頭の下がる思いだった。
あの土壇場で、こんな事を思考できるなんて本当にこの子は17歳なのだろうか?
「すばらしい。ご褒美をあげたいぐらいだよ」
「ありがとうございます!ご褒美は…えっと…その…」
ルミナは言葉に窮する。
「何がいい?僕にできることなら頑張るよ」
「えっと…頭を…撫でて欲しいです。よく頑張ったねって」
ルミナは背中に顔を埋めながら静かに言った。
後ろで見えないが、たぶん顔を真っ赤にしていると思う。
洋介も困った。
今までの人生の中で女の子に、しかも美少女に、こんなお願いをされたことなど無かったからだ。
洋介の顔まで赤くなる。心臓も早鐘のようにドキドキと五月蠅い。
「わ…わかった。都とやらに戻って、落ち着いたらご褒美をあげよう」
洋介は思う。『言ってしまった』と
「本当ですか!!ありがとうございます!!!」
ルミナの腕が強く握られる。ルミナは非常に喜んだ。
視界にはブルト軍の本陣が見えていた。
洋介は『駆け引きって難しい!』と思いながらも、満足感を感じながら帰還した。
※10/26改稿