ブランシュタイナー軍本陣へ
翌朝、日が昇り始めた早朝。洋介はシャドウに起こされる。
「ご主人様。起きてください。皆さん動き始めてますよ!」
「ええ!まだ5時ぐらいじゃないの?」
「なにを寝ぼけているのですか?時間概念が違うのですよ?起きてください!!」
「ジカンガイネン?どういう意味だ…ああ、そうか、俺は死んだんだった」
ようやく目が覚めた洋介はひとつ欠伸をする。
寝巻なんてないから作業服のまま、用意された簡易ベッドで寝ていた。
「しかし、眠い。ここの時間ってどんな単位で動いているんだろうな?」
「詳細は不明ですが、日の出前には各テントは動き始めていました。今は朝食の準備をしている感じですね。たぶん起きてないのはご主人様だけかと。あと、時間の概念ですが、時間もだいたい前世と同じく24時間ぐらいではないかと思われます」
シャドウは本当に優秀な執事だ。全て現段階での最高の答えを出してくれる。
「そういえば、シャドウは寝ないの?」
「明確な設定は有りませんが、魔族であるので睡眠は不要であると思われます。現に起きていましたが、疲労などのバッドステータスはございません。レオパルトなどは、寝ていましたので、おそらくは種族によって違うのではないのかと思います。前世でいう神話などの物語に沿った設定だと考えて良いでしょう」
「そうか。ありがとう。良くわかったよ。じゃあ、顔を洗ってくるよ」
「勿体無きお言葉。何なりとご命令ください。いってらっしゃいませ」
シャドウは深々とお辞儀をする。
洋介はテントを出る。
そして、とりあえず顔を洗える場所を探す。
テントの中になんと歯ブラシらしき物を見つけたのでついでに歯も磨こうと思う。
他人が使った使用感はあったが背に腹は代えられない。元は体育会系の洋介はそう割り切った。
水場を探してウロウロしてると、ミルトが見えた。コミュニケーションも兼ねて尋ねることにする。
「えっと、ミルトさーん!洋介です!!ちょっと聞きたいんですが」
大げさに手をあげて洋介が叫ぶ。
それを確認して、ミルトはこちらに向かってきた。
ブスっとした顔で、まるでツンの見本だった。
「なんでしょうか?ヨウスケさん」
「お仕事中、申し訳ないのですが、顔を洗えるような水場を教えていただきたくて」
「ああ、それなら、この先200モルメルト行ったところに川が流れてますのでご自由にどうぞ」
「ありがとうございます。行ってみます」
洋介はモルメルトとは距離の単位だろうなぁと想像しながら、ミルトに礼を言って指の刺された方向に向かった。
『しかし、必要な事以外話さなかったなぁ。顔も無表情だし。まだ気軽に話すには時間が必要なのか、それともあれが普通なのか?だとしたら外見で損しているよなぁ。美青年なのに勿体無い』
洋介はそんなことを思いながら歩いた。
洋介の感覚で400メートルぐらい進んだところに川は存在した。
辺りが綺麗な場所だったので流れてる水もおいしそうに見えた。
『たぶんメルトが単位だろうなぁ。ルメルトは言いづらいから間違いないだろう』
そんなことを思いながら、顔を洗い、歯を磨く。
そして、気分が生き返ったところでテントに戻った。
そこには、ルフトが待っていた。
「おはようございます。ヨウスケさん。お待ちしておりました。食事の準備が出来ましたのでついてきてください」
ルフトは深々と礼をする。
「おはようございます。ルフトさん。ご馳走になります」
洋介も深々と礼をしてついて行った。
食事は昨晩と同じで、オートミールらしきものが一皿置いてあるだけだった。
20分で食事を済ます。実に味気なかった。
「おはようございます!ヨウスケさん。すぐに準備をいたしますので。本陣前に来ていただいてもよろしいですか?だいたい、10フルぐらいです」
食事の後、ルミナが駆け寄ってきてそういった。
「えっと、10フルって時間の事であってるかな?」
洋介は苦笑いを浮かべて質問する。
「ああ!すいません。日本ではどのような時間尺度なんでしょう?教えていただけますか?」
「その話はあとにしよう。根源的な事だから長くなると思う。とりあえず、俺たちはすぐに準備して本陣前に行くから。そんなに時間はかからないだろ?」
「はい。申し訳ありません。他の星から来ていたことを失念していました」
ルミナは申し訳なさそうにする。テヘッ!という擬音がふさわしい可愛らしい仕草だった。
そんな姿に癒されながら、ルミナと別れ、テントに戻る。
そして、気持ちを入れ替えてすぐに本陣前に向かった。
本陣前に到着し、レオパルトを呼ぶ。
しばらくするとものすごい速さでこちらに向かっている火竜が見えた。
「ガァオォ!」
洋介を確認するとレオパルトはひと鳴きして地面に降り立つ。
その瞬間地面にものすごい風圧がかかる。洋介もしっかり踏んばらないと飛ばされそうだった。
『これはヤバいね。飛ぶときは周りに注意しないと』
洋介はレオパルトを見ながら思った。
降り立ったレオパルトを触りながら待つことにする。
真っ赤な鱗が規則正しく並んでいて。その感触は固かった。
『アダマンタイトなんて現実の金属には無かったけど。感覚的にはカーボンみたいに軽くて硬い素材なんだろうな。しかも、ファンタジーだと魔法に耐性がある物みたいだし。これもそんな感じなのかな』
優しく撫でながら洋介は思う。
そんなことを思っていたら、ルミナは護衛を引き連れて本陣前まで来た。
長い髪をポニーテールにして、昨日のような白い鎧を纏っていた。そのコントラストは気品あふれるもので美しかった。
「お待たせしました。出発する前にこの旗を竜の手に付けてもよろしいですか?」
そういうと護衛は黄色一色の大きな旗を差し出した。
「これは?」
「この世界では交渉するとき、この旗を掲げて近づくのです。交渉してよければ、攻撃しませんし、ダメなら威嚇の鏑矢が飛びます。」
「なるほど。わかった。ちなみに降参は?」
「降参は青です」
「わかった。…レオパルト!手をこっちに持ってきてくれ!」
「ガオ!」
レオパルトはひと声鳴くと手を地面すれすれまで持ってきた。
護衛の者がビクビクしながら手に巻きつける。
「すばらしい。言葉がわかるのですね!」
ルミナの目が輝いている。そして子供のように叫びながら近づく。
「本当にドラゴンに乗れるのね!お伽話みたい!!」
ルミナはただ乗りたかっただけなんじゃないのか?そんな錯覚にさせるような動きだった。
洋介はそんな姿を見て微笑ましい気分になった。
旗をつけ終わると、レオパルトは伏せる。そしてルミナと洋介はよじ登り昨日あった鐙と鞍の場所まで行く。結構起伏があり、大変だった。
「ルミナは大丈夫?」
「はい。これは騎乗用の建物が必要ですね」
洋介の心配をよそにルミナは冷静に分析していた。
そして、鞍に乗る。しかし、洋介は良かったがルミナの手が手持無沙汰になってしまった。
手綱なんてないかなと思いながらキョロキョロしてると、ルミナが洋介に後ろから抱き着いてきた。
「!?」
「これで落とされる心配はありません!さあ行きましょう!」
すこし笑いながらルミナは答える。
鎧の感触しか服の上から感じ取れないが、状況的には非常に興奮する状況だ。まるで、バイクで二人乗りをしているような、そんな気分だった。
洋介は鞘に納めた多々良と盾になったシャドウを見て心を落ち着かせ、レオパルトに命令した。
「よし。じゃあ行くぞ!いざ、ブランシュタイナーの元へ!!」
「ガァオォォ!」
レオパルトはひと声鳴いて飛び始めた。
地面を見るとものすごい砂埃が舞っていた。
そして、一気に高度を上げ、目測で高度500メートルぐらいのところでゆっくりと円周軌道に入る。
「すごいすごーい!!」
その間中、ルミナはすごい!を連呼して興奮していた。後ろは見えないがたぶん目を輝かせているのであろうことは想像がついた。
「ところで、ブランシュタイナー軍の本陣はどこ?」
「オクト草原をまっすぐ行ったところにあります。一応、街道沿いなので進めばわかると思います。あそこの山に向かってゆっくりと飛んでください」
ルミナは前方の山を指をさす。
「だそうだ!レオパルト!」
「ガァオ!」
見えてないようだが雰囲気で分かったようだ。レオパルトは円周軌道からルミナが言った方向に進路を変えてゆっくりと飛び始めた。
10分ほどで昨日の草原について、そこからまた20分ほど飛んだ時、前方に人工物が見えてきた。
「あれが本陣です!」
ルミナの言葉に緊張が走る。
「とりあえず低空で通り過ぎて旗を確認させよう。レオパルト!」
「ガオ!」
ひと声鳴くとレオパルトは高度を下げた。
そして、本陣の上を通り過ぎる。
何本かの弓矢が飛んできたがそんなもので傷がつくレオパルトではなかった。
阿鼻叫喚の声がドップラ―効果のように聞こえてくる。
『そりゃ怖いわな。敵じゃなくて良かった』
本陣を通り過ぎた後、少し高度をあげて相手の様子を伺う。
どうやら、鏑矢は撃たれなかった。
相手陣地は静まり返り、何事かごそごそとしている。しばらくするとカーペットを敷き始めた。
「大丈夫そうかな?」
「そのようですね」
洋介とルミナはそれを確認して、レオパルトに降りるように言う。
カーペットが極力捲れ上がらない少し遠くの場所にレオパルトを着陸させた。
そして洋介とルミナはカーペットに向かって歩き始める。
シャドウも盾から変身し、3人で向かう。
後ろからはレオパルトもノシノシとゆっくり歩いてついてきた。
カーペットの先から男が一人こちらに向かってくる。歳は20代後半ぐらいだろうか。洋介と同じくらいに見えた。
背は高く180㎝はゆうに超えており、筋骨隆々まさに支配者といったような茶髪の美青年だった。
『しかし、美形が多いな。うらやましい』
洋介は相手の顔を見て関係ない事を思った。
「おお!よくいらした。ドラゴンとその仲間たち。…ん?そこにいるのはブルトの末娘か?」
男はわざとらしく大ぶりに演技した後、ルミナに向かって言った。
「アレキサンド・アウーラ・ブランシュタイナー侯爵様。お久しぶりでございます。両親や兄弟を殺された哀れな娘、ルミナ・ウルム・ブルトでございます」
ルミナは気品良く礼儀正しく挨拶をした。
しかし、言葉には最大級の皮肉を込められていた。
顔は無表情だったが、目は相手を射るように鋭く、怖かった。
「うむ。その節は大変だったな。だが、戦での出来事だ許せ。しかし、まさかとは思うが、このドラゴンを操る御仁は部下か?」
アレキサンドは顔は笑ってはいるが目は冷たい。皮肉もまるで気にしてないように対応する。
「この方は部下ではありませんが、私たちの味方です」
ルミナははっきりと言った。
「アレキサンドさん。初めまして。私がこのドラゴンの主人。佐藤 洋介です。私の民族は佐藤が姓なので、洋介と呼んでください」
洋介は失礼のないように一礼する。
「私は佐藤様の僕であるシャドウと言います。一応魔族です。どうぞお見知りおきを」
シャドウは大げさに一礼した。
「はは!魔族にドラゴンに不思議な名前か!!面白い。ルミナの味方なぞ勿体無い。俺の部下にならないか?給金は弾むぞ?」
アレキサンドは笑いながら洋介に言った。
「遠慮しときます。今日はブルト家代表の使者団の一員として参りました」
洋介は静かに言い放った。もちろん配下になるつもりは微塵もない。
人を殺すことに何の未練も感じていない本物の支配者らしきアレキサンドは洋介の嫌いなタイプで正直話したくも無い相手だった。
「アレキサンド・アウーラ・ブランシュタイナー侯爵様。私たちは停戦の交渉に参りました。入ってよろしいですか?」
ルミナは凛とした声で言い放つ。
「よかろう。ルミナ・ウルム・ブルト。ドラゴンはさすがに困るが、その他については認めよう」
「感謝いたします」
ルミナは一礼する。
洋介たちも一礼し、本陣の中に進んだ。
舌戦の火ぶたが切って落とされた。
※10/26改稿