異世界で気づいた洋介の使命
その夜はブルト軍の野営陣地の一角の大きなテントを借りる。
「ご主人様。明日はどのような御召し物で行きますか?」
「このままでいいよ。目立つ方がいいだろう?」
「私もそのように考えてました。さすがはご主人様」
シャドウが嗤いながら大きく一礼する。
「そういえば、シャドウやレオパルトは何を食べて生きてるんだい?今日なんかも食事しないでいるけど」
「明確な設定は有りませんが、一応魔族ですので、おそらくは人間や動物の肉を食べれば大丈夫でしょう。私も同じだと思います。まあ、2~3週間は食べなくても平気だと思いますが、必要なら少しお暇をいただいて適当に狩って食べます」
「そうしてもらえると助かる」
しばらくすると、シャドウが『しー』というジェスチャーをした。
「ご主人様。誰かきます。たぶんルミナでしょう」
よく聞くと土を踏みしめる音がこちらに近づいていた。
「あ、あの。ルミナです。入ってもいいですか?」
テントの外から声が聞こえた。
「どうぞ」
洋介は入口の幌を上げて招き入れる。
「ありがとうございます」
ルミナは一礼して入った。手には何か持っていたが暗くてよくわからなかった。
「どうしたの?僕のじゃないけど、まあ座って」
洋介は近くにあった椅子を持ってきて置いた。
「会議の時は本当にありがとうございました。ヨウスケさんが提案してくれなければ会議は紛糾していたでしょう」
ルミナは椅子に座り、美しく礼をする。
「いや、感謝するのはこっちの方だ。俺みたいな見ず知らずの人間の提案を受け入れてくれるなんて」
「いえ、恥ずかしい話、それほど私たちは追い詰められているのです。本当にヨウスケさんは私たちの希望なのです」
ルミナの顔がキラキラと輝きこちらを見ている。いちいち可愛くて困る。
「まあ、あったばかりでこういうのはどうかと思うけど、信頼してほしい。悪いようには交渉しないつもりだ。もちろんルミナの安全も保障しよう。シャドウ。できるか?」
「もちろんでございます。ご主人様。私の命に代えてもご命令に従います」
シャドウは大げさに一礼する。
「ということだ。安心してほしい」
洋介はルミナに向かって笑顔を向ける。
その行為にルミナは感激し、顔の輝きが一層増した。
「ああ。お優しいヨウスケさん。私は悟りました。これは運命なのですね!」
ルミナの口から不思議な言葉が飛び出した。
「??」
洋介は困惑している。まさか、こんな子だったとは想像してなかった。
「いままで、沢山の苦労がありました。親兄弟と死別し、沢山の臣下も、領民も亡くしました。恥辱にもあって、心が折れかけたとき、天からヨウスケさんが私を救ってくださいました。これを運命と言わずなんというのでしょう?」
ルミナの独演劇はまだまだ続く。
「ああ!ヨウスケ様!私の優者様!どうかこの私を良い方向へお導きください」
キラキラと輝く純粋無垢の瞳が洋介を見つめる。
『なるほど、きっと困難の連続で頭が疲れているんだな。うん。そう思う事にしよう』
洋介は苦笑いを浮かべつつ、そう思うようにした。
「まあ、導くなんてたいそうな事は出来そうにないけど、ルミナに教えることはできると思う。日本ではそういう職業だったしね」
「家庭教師みたいなものだったんですか?」
ルミナは冷静に戻り、質問する。
「いや、僕の世界では教育機関というのがあって、一定の年齢になったら全員学校で勉強するシステムになっているんだ。小学校・中学校という義務教育機関と高等学校・大学という専門教育機関の大きく分けて2種類の教育機関があるんだ。その中の高等学校の教師をしていたんだよ」
「その義務と専門の違いはなんなんですか?」
「う~ん、いくつかあるんだけど、全員がわからないといけない勉強と、個人の専門性を伸ばすための勉強っていうのが大きいかな。中学校を卒業するときは15歳だから、ある程度専門的な勉強を教えても大丈夫だからね」
ヨウスケはと言いつつもそうでなかった現実を思い出し、苦笑いを浮かべる。
「15歳以上でも勉強をしないといけないんですか!?」
「そうだけど?」
「私たちの世界では15歳で成人なので、それ以降、学ぶことっていったら戦闘訓練と商いぐらいです」
「そうなんだ。ちなみに、そんな教育機関あるの?」
「ブルト領では、お恥ずかしい話、そのような物はありません。私たち貴族は家庭教師を雇い勉強をいたしますが…それもだいたい12歳までです」
ルミナは教育にかける文化の違いに驚きを隠せなかった。
「そういう基礎教育があるから、僕の世界では科学技術が発展してるんだ。そのかわり、僕らの世界では魔法は存在しない」
「魔法がないのですか?」
「そう。だから、代わりに科学技術で便利な物を発明するんだ。そのために教育は重要なんだよ」
「へ~。面白そうな世界ですね」
「でも、いいこともあれば、悪い事もある」
「悪い事?それだけ、教育が充実していれば良いことだらけだと思うのですか?」
ルミナは不思議に思う。皆が頭がよかったら困ることは無いだろうと。
「そうでもないんだよ。人間の欲望は奥が深くて、頭が良くても結局は、争いは無くならないからね」
洋介は苦笑いを浮かべる。
「科学によって生み出された、強力な武器もあるからね。理論的には人類を全滅させるほど威力があるし、爆発した場所は半永久的に毒が支配する死の土地になるんだ。どう思う?」
「そんな、恐ろしい魔法のようなものまであるのですか?怖いです」
ルミナは驚く。この世界のどんなに強力な魔法でも人類を絶滅させるほど威力のあるものは無いからだ。
ましてや、半永久的に死の土地になるなんて、考えただけでも恐ろしい。
「この世界に存在するかどうかはわからないけどね。」
洋介は苦笑いしながら答えた。
「じゃあ、質問。ブルト家とブランシュタイナー家が、お互いそんな兵器を持っていたら、この戦いで使うと思う?」
「私は恐ろしくて使えませんわ。ブランシュタイナー侯爵は使うかもしれませんけど」
ルミナは即答する。
「まあ個人差はあるけど、普通は使えないよね。お互い使ったら、お互い全滅しちゃうんだもん。そういった、強力な兵器でにらみ合う状態を、僕らの世界では、兵器の名前から取って、『核の傘』と呼んでるんだ。お互いの陣営が強力な兵器を持っていれば、使うのが怖いから抑止力になるかね」
「複雑ですわね」
ルミナには、その状況がよく理解できなかった。
「まあ、僕の世界ではそんな駆け引きが当たり前だったんだ。知識があっても欲の深さはこの世界と変わらないと思う。だから頭が良くても良い事ばかりじゃないんだ」
洋介はルミナに説明しつつ、教育って必要なのかなと思ってしまった。
「でも、教育って素晴らしいと思います。領民全てが平等に勉強をする機会が与えられるんでしょう?読んだり、書いたり、話したり。領民一人一人が出来ることが増えて、夢を持つことができますわ」
ルミナは目を輝かせている。
その言葉に洋介はハッとする。
できる事が増えて、夢を持つことができる。
その為に人に教える。それが教育。
教育の動機は、単純で明快な人の希望なのだ。
そんな事実を異世界で改めて考えさせられる。
まさに目から鱗だ。
同時にルミナを尊敬の眼差しで見つめる。この子は天才だと。
「??どうしました?ヨウスケさん」
ルミナは突然見つめられて恥ずかしかった。
「失礼だけど、ルミナさんは何歳?」
「今年で17歳になります」
「そうか…これが才能ってやつか」
洋介は才能の違いに愕然とする。前世の17歳に、こんな聡明な女子高生が居たらさぞ教え甲斐があっただろう。
残念ながら洋介の周りには居なかった。
「え?え?いったい何の話ですか?」
ルミナは突然の言葉で驚く。真意はよくわからない。
「いや、俺は25歳だけど、17歳の時にルミナみたいな言葉は考えもしなかったし、本当にバカだったなぁとしみじみ思っただけだよ」
洋介は正直な感想を述べた。
「え?あ…あの、元気出してください!」
そういうと、ルミナは洋介を抱きしめる。
「!?」
突然のことで洋介は混乱してしまった。
「ヨウスケさんは、私の勇者様で、ブルト家の希望なんです。私なんかより大事なお方ですからどうか、元気を出してください!」
そういうと、ルミナは優しく頭を撫でる。
「さっきはこうやって元気を分けていただきましたので、私も真似させてもらいます」
『まずい!まずい!まずい!』
ルミナの小さいながらも確かにある胸の感触が顔全体に感じる。
たぶん、自分のせいで元気がなくなったと勘違いしているのだろう。
洋介はリビドーに大量の血が流れ込む感じがする。
元気は出るが、違うところが爆発しそうだ。
しかし、苦しい。鼻と口を一緒に塞がれているので当たり前だろう。
こういうドジをするところも可愛い。
快楽と苦痛。SMってこんな感じなのかなぁ、と意識が飛びそうになっている頭で変なことを思う洋介であった。
「ご主人様にご配慮していただき感謝いたします。ルミナさん。しかし、少しばかり強く抱きすぎて、ご主人様が窒息していらっしゃいます。その辺で離していただけますか?」
シャドウは絶妙なタイミングで助け舟を出した。
「あ!申し訳ありません!!」
ルミナは急いで離す。
「ぷは~!助かった」
洋介も大きく息をする。もう少しでまた死ぬところだった。
「そういえば、これをお返しします。本当に助かりました」
ルミナは手に持っていた物を渡す。それは、ルミナに貸した作業服の上着だった。
「本当は洗ってお返ししようと思いましたが、お風邪をひかれてはと思いまして」
確かに、洋介は作業着の上着を貸したため半そでのポロシャツしか着ていなかった。
「ああ、気にしなくていいよ。今は戦時中だから水も貴重だからね」
落ち着きを取り戻した洋介は上着を受け取った。
「では、また明日。よろしくお願いします」
ルミナは深くお辞儀をして、洋介のテントを後にした。
「ご主人様。いかがいたしましたか?」
シャドウは、顎に手を当て、深く考えている洋介を見て怪訝な顔で質問する。
「いや、俺がこの世界に来たのはこのためだったのかもしれんと思ってね」
洋介はまだ深く考えている。
「と、言いますと?」
シャドウは見当がつかなかった。
「俺は前世では教師だったが、ルミナの言葉でそれがまやかしの教師だったというのが良くわかった」
「そうでしょうか?」
「ああ。俺は気付いたよ。本当の教育って何なのかを」
「それでは、この世界に来て何をなさるおつもりで?」
「教育を広める。理念も、システムもだ。まずはブルト家領からだ」
「御心のままに」
シャドウは深々とお辞儀をする。
洋介は使命感に燃えていた。
※10/26改稿