食事会と作戦会議
本陣ではまず食事が振る舞われた。シャドウは魔物なので、と断り、洋介だけが食べることになった。
もちろん、ルミナと生き残りの武将も交えて食事をする。
その場には、洋介とルミナとルフトと、もう二人の武将がいた。シャドウは洋介の後ろに立っている。
一人は老齢だが、筋骨隆々で長い白髪をたなびかせる歴戦の戦士といった感じの武将で顔にいくつか傷跡があった。
もう一人は、いかにもツンの見本のような短い金色の髪をした碧眼の美青年。たぶん性格もそんな感じだろう。
全員が揃い、席に着くと、食事が運ばれる。
しかし、それは粗末なもので、前世でいうオートミールが一皿用意されただけであった。
「ヨウスケさん、申し訳ありません。本当はもてなしたい気持ちはあるのですが…」
「いや、問題ないよ。戦時中でしょ?気にしないで」
洋介の顔色を見て、ルミナは洋介に謝罪する。
洋介は顔に出てしまったか反省し、謝罪した。
「では、本日の夕食を始めます。皆さん、手を」
ルミナの号令で臣下全てが両手を組み、額に付けて目をつむる。
洋介は不謹慎ながらも両手を合わせて見守る。
「命の恵みを我らに授けた神に感謝を…」
無言の間が夕暮れの食事会場を支配する。
そして30秒ぐらいで一斉に全員が目を開ける。
そして、食事に入った。
洋介は小声で「いただきます」と日本式に作法を行い食事に入った。
食事自体は20分ほどで終了した。何せ、オートミールであろう物が一皿なのでそんなに長くは食べれなかった。
食事が終わり、食器が下げられ、ルミナが立つ。
「では、続いて、作戦会議に入ります。まずはこちらの方の自己紹介をします。名前はサトウ ヨウスケ。私たちをドラゴンで救っていただいた勇者です。今後の作戦立案の助言をいただくために会議に参加してもらいます」
洋介が立つ
「この場に同席させていただき感謝します。佐藤 洋介です。僕の民族では佐藤が姓なので気軽に洋介と呼んでください」
洋介が一礼し座る。
「では、私から順番に自己紹介を行います。改めまして、ルミナ・ウルム・ブルト。ブルト家次女で、現在伯爵代行をしています」
ルミナは洋介に一礼して座る。次にルフトが立つ。
「私はルフト・ベリーゼ・オルメイヤー。主に歩兵部隊の指揮をしております」
ルフトも洋介に一礼し座る。次に金髪碧眼の武将が立つ。
「私はミルト・アインシュ・オルメイヤーで、ルフトの弟です。主に弓部隊を指揮しております」
ミルトは洋介に一礼して座る。洋介は顔には出さなかったが、かなり驚いた。
あの大柄なルフトと、この金髪碧眼の美青年が兄弟だなんて…神の悪戯としか思えなかった。
最後に白髪の歴戦の戦士のようないかつい雰囲気をもつ武将が立つ。
「私はグルン・オーガント・ヘルムント。主に騎兵を指揮している。」
グルンは洋介に一礼して座る。
「では、ルフト。現状の報告を。皆は意見があれば発言せよ」
「は!現在、生存者は2311名で騎兵は15名。歩兵が1622名。弓兵432名。残りの242名は負傷者です。みな、一様に疲労困憊です」
大柄な武将であるルフトが大きな声で報告した。
「わが弓部隊も先の突撃で、約半数に減りました。部隊としての戦闘力はかなり減っています」
ミルトはそう答えた。
「同じく、騎兵部隊もほぼ全滅した。戦力として数えていただくのが心苦しいぐらいに思う」
グルンが苦々しく答える。
「グルンには本当に申し訳ないと思っている」
ルミナは下を向き、涙を堪えていた。
「お嬢様。勿体無いお言葉をいただき感謝いたします。わが部隊もう少し強ければ…あのような事には…」
「いや、このような事態になったのは私の浅はかな戦術のせいなのだ。皆の者、許してくれ」
ルミナは立ち、皆の前で深々と一礼する。
臣下一同が目に涙を浮かべて感激している所に、シャドウが口を開いた。
「…で、今後はどうするのですか?ルミナさん」
仮面の下からただならぬ雰囲気を醸し出しながらシャドウは続ける。
「遅ればせながら。私は洋介様の僕であるシャドウと言います。以後、お見知りおきを。一応魔族ですが。人を襲うなどという下劣な事は致しませんので、ご安心を」
大げさに一礼するとシャドウはさらに言葉を続ける。
「ところで、私の考えでは現状では危機は去っておらず、涙などを流している状況ではないと思いますが?ご主人様が敵を撤退させたとはいえ、まだ数万の敵軍勢がいる状況に変わりが無いのに、よく悠長に涙など流せますね?」
シャドウの言葉は辛辣で正確だ。場の雰囲気が一気に凍りつく。
「…っ!」
「この!貴様に何がわかる!!」
もっとも早くに反応したのがルフトとミルトの兄弟だ。
「やめなさい!シャドウさんの意見も、もっともです。今後の方針を皆に聞きたい」
危うくケンカになるところをルミナは一喝し、会議を進める。その姿は凛々しく気高い。
「ここを捨て、一時撤退し戦力を整えるしかないかと」
グルンが苦々しく言葉を吐いた。しかし、その声音は、本音は無理だと言っているようであった。
「グルン。戻ってなんになる?ここを引けばもう市街地に入ってしまうぞ。都に戻っても数万の兵力に対抗するだけの力は集まるまい」
ルフトがため息をつきながら言葉を繋ぐ。
「ルフト兄さんの言うとおりだ。武器や装備も早急には揃えられない。もちろん、馬もだ」
ミルトもルフトの言葉に同意する。
「で?どうするのです?最後に華々しく散りますか?」
シャドウは追い打ちをかける。
「それは、無駄死にだ!」
グルンが強い口調で抗議する。
「散るのも一つの手ではありますが、この状況では、グルンの言うとおり無駄死にです。ここは、停戦するしか道はありません。私の命を差し出してでも領民を守るのです」
ルミナは全員に向かって言い放った。
家臣全員は言葉を失い目に涙を浮かべた。
「提案がある。僕が停戦の使者になるというのはどうだろう?」
洋介は手をあげて大きな声で提案した。
シャドウ以外の皆がこちらを驚きの表情で見る。
「ドラゴンに乗って行けば多少有利に交渉が進むでしょう」
洋介は目を見開きはっきりとした口調で語る。実は足は小刻みに震えているが悟られないように気丈に振る舞う。
「いざとなれば、私も交渉の助言をいたしましょう」
シャドウも洋介の言葉に加勢する。
「しかし、関係ないヨウスケさんを巻き込むなどと…」
グルンは言葉を濁す。
「ほかに代案でもあるのですか?僕が使者になれば、殺されても、あなたたちに被害は無いし、もし停戦できたら大成功だ。これ以上の良い条件は無いと思うけど?」
「しかし、助けてもらってこんなことを言うのは申し訳ないが、素性の知れない人を使者にするなんて、できるわけがない!」
ミルトは口調を強めて言った。
少し間を置き、洋介は静かに口を開いた。
「無償でとは言っていません。私たちにもブルト家に協力してもらわないといけないことがある。いわば、この交渉は交換条件なのです」
「交換条件?」
ミルトは怪訝な顔で聞く。
「私たちは事情があり、詳しくは割愛しますが、とにかくこの世界の情報が欲しい。そして仲魔も含めて、生きるための拠点をお借りしたいのです。そのためにブルト家に協力をお願いしたい。これが条件です。」
「しかし…」
ミルトはまだ納得していない顔をしている。
「では、私も同行しましょう」
ルミナは立ちあがり宣言する。
「しかし、お嬢様!万が一のことが!!」
家臣の全員が立ち上がり、最初にルフトが大きな声で言った。
「ルフトよ。他の者が使者になれば、憎きブランシュタイナーは我々を舐めてかかり、追い返すだろう。違うか?」
ルミナは無表情で静かに言った。
「これまでの対応を見れば…おっしゃる通りです」
ルフトはしぶしぶ答えた。
「では、ブルト家当主である私が行かねば話になるまい?勇者様と一緒に行けば交渉はより有利になり、良い条件で停戦することも可能であるだろう」
ルミナは拳を胸のあたりに持ってきて。皆に聞こえるよう強い口調で言った。
「この決定に異議のあるものはいるか!」
ルミナは拳を突き上げ叫んだ。その決意は揺るぎない。
「異議なし」
家臣全員が立ち上がり服従の姿勢を行う。
「では、明朝出発する。残るものは奇襲を厳重に警戒しつつその場で待機。もし奇襲があった場合は即座に城郭に撤退し、籠城戦をおこなう事。私は必ず戻ってくる。それまで耐えるのだ」
「は!」
家臣全員が声を揃えて答える。
明日の方針が決まった。
10/25大幅改稿