アレキサンドの過去 後編
アレキサンドは14歳でブランシュタイナー領に戻る。
それは父親の容体が悪くなったからだ。
そのころになると前ブランシュタイナー伯爵は寝たきりになっていた。
そんな、父親の容体にも気にも留めず、アレキサンドは自由奔放に生きていた。
そして、ついに、侯爵に無断で魔の森へと足を運ぶ。
「坊ちゃま!おやめください!ここは恐ろしい魔物が出没する魔の森ですぞ!」
執事風の男がアレキサンドを止める。
「ふん!かまうものか。魔物とやらを殺してやるよ」
アレキサンドはニタリと不敵に笑いながら前に進む。
「坊ちゃま!坊ちゃま!!」
「五月蠅い!殺すぞ!」
アレキサンドは持っていた両手剣を振り回し、執事を追っ払う。
「ひいぃ~!お助け~」
執事は森の外へと一目散に出て行った。
「ふん!バカが。帰ったら殺すか」
アレキサンドはつまらなさそうに呟いた。
魔の森の奥にどんどん進む。
そして、気味の悪い湖にたどり着いた。
霧が立ち込め、昼間なのに真っ白で薄気味悪い雰囲気を漂わせていた。
「はは!面白いところだ。少し休憩するか」
アレキサンドは近くの岩に腰かけ休憩した。
しばらくすると空気が変わる。
人が動くような気配がする。
アレキサンドはそれでも余裕の表情で休憩していた。
「豪胆な人間だな。私の気配を感じて何故逃げない?何者だ!」
薄気味悪い声が頭に響く。
「は!やっとお出ましか?俺はブランシュタイナー侯爵の息子。アレキサンドだ。お前を殺しに来た」
アレキサンドはやっと立ち上がり、気配の方向を向く。
「ほほう、私を殺すとな。面白い。やってみろ」
気味悪い声はケタケタと嗤いながら言った。
すると地面から多数のスケルトンが出てきた。
手には錆びた剣を持っている。
数十体のスケルトンがアレキサンドに襲い掛かる。
「バカが。遅いぜ」
アレキサンドは両手剣を軽々片手で振るう。
円を描くように一太刀で3体のスケルトンを一刀両断にした。
その光景はアレキサンドの常人ならざる筋肉が可能にする超人の戦い方だった。
通常の倍は重い両手剣を片手で操る。
通常の戦士であれば剣に振り回されて命取りだ。
アレキサンドはそれを逆手に取り、筋肉を鍛え、剣の重りと遠心力をフルに使い相手を一刀両断する戦法を取っていた。
人の首でも一撃で落ちるような勢いがある。
スケルトンの骨など軽く両断できるのだ。
ものの30フルでスケルトンは全て切られた。
「ほほう、なかなかやるな。こいつではどうだ?」
気味の悪い声は少し驚き次の戦法に出た。
今度はゾンビウルフが唸り声を上げて出てきたのだ。
「俺が両手剣だけだと思ってるのか?浅はかにもほどがあるぞ。」
アレキサンドはそういうと、両手剣を捨て、脇に刺した剣を抜いた。
通常より若干短い剣だった。
ゾンビウルフがものすごい速さでアレキサンドに食い掛かる。
しかし、アレキサンドはそれよりも早い速度で剣を振るい、口元からゾンビウルフを真っ二つにした。
そもそも、両手剣を片手で振るうほどの筋力を持つアレキサンドなのだ、片手剣を音速近くの速さで自由自在に振るう事は造作もない事だった。
ゾンビウルフも次々と襲い掛かるが、不敵な笑みを浮かべるアレキサンドにダメージを与えることは出来なかった。
最後のゾンビウルフを切った途端、火の玉がアレキサンドに飛んできた。
アレキサンドは待ってましたと言わんばかりにひらりと避ける。
「バカが、ファイヤーボールで居場所を知らせたな?ホントに戦慣れしてない奴だ」
アレキサンドはすごい速さで魔法の出所に向かい走る。
そして、相手に体当たりをした。
ドサ!と地面に何か落ちた音がした。
アレキサンドは迷いなく剣を突き立てた。
アレキサンドの剣は魔物の顔の横に突き刺さった。
「何故殺さない?」
気味の悪い魔物は骸骨の顔をしていた。
「飽きたからだ。先祖代々恐れている魔物という話だったから、どれほどの者かと期待したんだが…雑魚だ」
アレキサンドは吐き捨てるように言った。
そして、剣を捨てて森から出ようとする。
「お待ちください。私はリッチ。死者を操る者です。お仲間に加えていただければ、この世をもっと面白くいたしましょう」
リッチはかしずく。
アレキサンドは振り返る。
「ああ?お前に何ができる。こんな雑魚に」
アレキサンドは眉をしかめ、睨むようにリッチを見る。
「私は、生者の魂と会話できます。人を意のままに操れるでしょう。また、死者を操る事も出来ます。先ほどのように死者の軍団も召喚できます。また、基本的な魔法も使えます。何より、この500年で蓄えた知識がお役にたたないことは無いでしょう」
リッチは静かに語る。
「は!なるほどね。しかし、お前が裏切らない保証はどこにある?」
「私と血の契約をいたしましょう。これは主従関係を結ぶ契約です。当然、主は貴方様です」
リッチは顔を上げて答える。
「代償は?」
「私に定期的に血をください。主様でも他人の物でも構いません。ちなみに私の好みは若い女ですが…」
リッチはカタカタと嗤い答える。
「ふん!どうにでもなるな。面白い。悪魔を従える侯爵か…見ものだな」
アレキサンドは嗤う。
「では、私の口に主様の血を入れてください」
リッチは口を大きく開ける。
アレキサンドは指先を少し切り、血を入れた。
その瞬間、黒いオーラがアレキサンドとリッチを包む。
一瞬で霧は晴れ渡り、ただの森になっていた。
「これで、全て終了です。…おお!ご主人様のポテンシャルは素晴らしい。この国の王になるべきです。本日より、閣下と呼ばせてください」
リッチがかしずく。
「ふん!好きにするがいい。しかし、面白いな。体の奥から力が湧いてくる」
アレキサンドは指を見た。先ほど切った傷はもう無くなっていた。
「私の闇の力が宿りました。私が死なない限りは、死ぬことは無いでしょう」
「そうか…はは!では帰るか。王の凱旋だ!はは!はははは!」
アレキサンドは高らかに嗤う。
そのオーラは黒い力に満ち溢れ、これから起こる激動の予感を感じさせるものであった。
アレキサンドの政は徹底的だった。
15歳で成人になると、まず行ったのは血の粛清だ。
リッチを十二分に使い、家臣団の半分を消した。
そして、市街地を大改革する。
リッチの意見を大幅に取り入れ、欲望の渦巻く都市に変容させた。
普通なら、マフィアの様な敵対勢力が発生するところを、アレキサンドは力で屈服させた。
表と裏をわずか16歳で牛耳り、都の名前をアレキサンドリアに改名した。
名実ともにアレキサンドが頂点に立つ、一種の国家に昇華させたのだ。
そして、領内を完全に平定した後、今度は昔のコネを使い王都で暗躍する。
金に物を言わせて、元老院を味方につけたのだ。
そのために、リッチを使い王まで内密に暗殺した。
宮廷内部は混乱し、アレキサンドの予想通り、リヒト王が母の加護の元、王位に座る。
その混乱の隙に元老院を買収し、下地を作ったのだ。
その後、アレキサンドはワルミド男爵領に進行する。
そう、復讐の鐘が鳴ったのだ。
憎きブルト伯爵の娘を略奪するために。そして一家を根絶やしにする。
歪んだ心が燃料となり、闇の炎が巨大な業火となっていた。
ワルミド領の進行自体は簡単だった。正面で戦いながらリッチを使い、ワルミド領のワルンに死霊を放ったのだ。
戦いは1か月で幕を閉じた。
ブランシュタイナー侯爵の圧倒的勝利だった。
「おい!ワルミド。家族全員を明日までにここに連れてこい!」
アレキサンドはワルミド男爵領の屋敷で領主の椅子に座りながら叫ぶ。
「しかし…家族は関係なかろう?わしの首だけで許してほしい」
ワルミド男爵はかしずき、懇願する。
「バカか?お前の首など腹の足しにもならん。全員連れてこなければ、領民全滅だ。死霊軍団が領民に襲い掛かるぞ。それでもいいのか?」
アレキサンドはニタニタと嗤い言い放つ。
「く!わかった。この悪魔め!」
ワルミド男爵は苦々しく語る。
「愉快痛快だな!悪魔か…良い響きだ」
アレキサンドは意に反さなかった。
次の日、家族全員が領主の書斎に集まる。
「さあ、集まったぞ。どうすればいい?」
ワルミド男爵は覚悟を決めた。
「男は全員、前に並べ。そこの赤ん坊もだ」
アレキサンドは冷たく言い放つ。
「だめ!コルト!コルトだけは!!」
一人の女性が懇願する。しかし、その女性はリッチが押さえていた。
その女性は紛れもないエレナだった。
「ご愁傷様です。エレナさん。恨むなら、ブルト伯爵を恨むんですね」
リッチはカタカタと顎を鳴らし嗤った。
男性陣が震えながら並ぶ。赤ん坊はアレキサンドの近くに居た兵士が持っていた。
「いやーー!コルト!コルトーー!」
エレナの叫び声が部屋中にこだまする。
アレキサンドは、無情にも一太刀で全員の首を切った。
赤ん坊を持っていた兵士の首まで一太刀で切ったのだ。
その太刀筋は、もはや人間業では無かった。
「ああ・・・ああ!」
エレナは放心している。手足をばたつかせて必死に前に進む。
「おおっと、精神が壊れかけてますね。では、閣下の為、封印させてもらいますよ。
リッチはエレナの頬を乱暴につかみ、目を合わせた。
次第にエレナの瞳から生気が無くなり、完全に倒れた。
その顔は目は開いているがまるで人形のように表情が無く。
まるで死んでいるかのように動かなかったが、規則正しく呼吸はしていた。
「ふん!こいつをアレキサンドリアに連れていけ!」
「閣下。他の女はどうなされますか?」
側近の兵士が聞く。
女性陣はみな一様に震え、腰を抜かしていた。
「お前にやる。煮るなり焼くなり好きにしろ」
アレキサンドは冷酷に告げた。
ワルミド男爵の書斎で状況を整理しているとアレキサンドは、ワルミドの娘が逃げたと報告を受けた。
「いかがいたしましょう?」
兵士が聞く。
「ふん。かまわん。放っておけ」
アレキサンドはつまらなさそうに言い放った。
「リッチ!近くに寄れ。他はでてろ」
部屋からリッチ以外は出た。
「なんでしょう?閣下」
「幻影はうまくいったか?」
アレキサンドはニタニタ嗤う。
「はい。コルトはここに居ますよ。しかし、閣下も人が悪い」
リッチの手の中にはエレナの赤ん坊であるコルトが居た。
「はは、絶望を見せつけて御しやすくすると言ったのはお前だろう?あははははは!」
アレキサンドは高らかに嗤う。
「閣下は本当に人間ですか?悪魔でもそこまで考え尽きません」
リッチはカタカタと顎を鳴らし、嗤う。
「この子供は俺の跡取りとして英才教育を受ける。そして秘匿する。嘘の記憶を持つ子は絶望の中、王と敵対するであろう。やがて、内乱が内乱を呼び。王国は混沌に包まれるのだ。壮大な計画だ。実に面白い!」
アレキサンドは子供を抱き寄せ、高らかに宣言した。
アレキサンドの復讐劇はまだまだ続くのであった。




