異世界
洋介は目を覚ます。
太陽は真上を刺し、日差しがまぶしい。
「ここは天国か。良かった」
気温はポカポカと暖かく、春のような陽気で心地よかった。
「おお、洋介よ!死んでしまうとは情けない!」
頭が疲れている洋介はそんなことを口走った。
「早く女神様とか美少女天使とか来ないものかねぇ?」
洋介はちょっと寂しかったが、しばらく待ってみることにした。久しぶりの仕事に追われない時間だからこういうのも悪くないように思えた。
「俺はもしかして死んでないんじゃないのか?」
自問自答する。
洋介の服装は、事故する前に着ていた藍色の作業着のまま。専門が電気と機械の先生のため防電仕様の支給品作業服だ。
なぜか、携帯や財布などは無かったが、ハンカチと1枚のハガキが入ってた。
「おー!懐かし。『D&B《ドラゴン&バスター》』の葉書じゃん!ちゃんと5体全部イラストもしっかり書いてあるし、設定も細かく書いてるね~。さすが設定マニア!」
洋介はハガキを見て昔の自分を褒めた。
その時、遠くの方からかなりの数の足跡が聞こえてきた。
葉書をポケットにしまい込み、洋介は足跡の聞こえる方を見る。
「なんだ?うわ!すげー数!!」
そこには、万の軍勢が規則正しく行進していた。
「生徒全員入れても300人ぐらいだったからなぁ。さすがに桁が違うぜ…ん?」
洋介は反対方向からも気配を感じた。
そこには数千ぐらいの軍勢が行進していた。
反対側の軍勢とは対照的に隊列はあまり整っていなかった。
「うわー。超弱そうな軍隊だな~。しかし、なんで中世みたいな鎧と兜を被ってるんだ?銃とかも持ってないし。まさか剣とか槍で戦うの?」
洋介の考える軍隊とは銃で武装した迷彩色の戦闘員だからだ。
「お困りのようですね。ご主人様」
「誰だ!?」
突然声が聞こえた。洋介はあたりを見回すが誰もいなかった。
「どこだ?姿を見せてくれ!?」
洋介は混乱している。
「こちらです。ご主人様」
その声と共に洋介の影からスッと人が出てくる。
「うわ!?お化けだ!!」
洋介は驚き、跳んで距離を置いた。
そこには20代ぐらいで180㎝ぐらいの細見かつ漂々とした執事が立っていた。その顔には道化師のような仮面がつけてあった。
「お忘れですか?ご主人様」
洋介は少し考える。そして自分のイラストを思い出した。
「シャドウ…そうだ!シャドウだ!!」
洋介は急いで先ほどのハガキを見た。
ビースト記述欄に、先ほどまで書いてあったのはずのシャドウの部分が空欄になっていた。
「覚えていていただきありがとうございます。ご主人様」
シャドウは深々と一礼した。
「シャドウなのか?でもシャドウは、さっきこの葉書に書いてあった、俺が作ったキャラだぞ?」
「たしかにそうです。私はD&Bにてご主人様に創造されたのです」
「確かに頑張って作ったけど…というかココはどこ?俺は生きてるの?死んでるの?」
洋介は頭が混乱して、考えられるすべての疑問を質問してしまった。
シャドウは淡々と答える。
「えー。順を追って説明します。まず初めに、ご主人様は前世地球ではお亡くなりになられました。それはご記憶の通りで間違いございません。」
「そうか、やはり死んだか。あの事故じゃ、しょうがないよね」
洋介は一人うんうんと頷く。
「しかし、ご主人様が死ぬことは実は想定外の事態でして、様々な力が働き、この異世界に転生したというのが事の顛末にございます」
「そんなラノベみたいな話・・本当にあるんだ」
洋介は妙に納得してしまった。その辺がオタクである洋介の適応能力だろう。
「その際、『前世の記憶』や『思い』が同時にこの異世界に転生されました。そのなかの一つがこの私でございます。いわゆる特典のようなものです」
「そんなもんか」
「そのようなものです」
洋介は少し不思議に思ったが、シャドウの言うとおり深く考えないことにする。
「じゃあ、シャドウ。俺はこれからどうすればいい?」
シャドウは困ったように答える。
「ご主人様。私の設定をお忘れですか?『全知の参謀にして、優秀な盾であり、優秀な執事である。契約を交わした主人には絶対の忠義を交わすが、その他には冷たい。ペナルティとして助言は行うが答えは言わない』という物だったはずです。意味は分かりますか?」
「そういえば、そうだったね。忘れてた。」
D&Bの仲間であるビーストの設定は、ビーストの大体のスキルだけ運営側から与えられ、ステータスや性格などはプレイヤーが考えることができるのだ。
当然条件があり、全部最強!とかのチートは認められず、特化している物、人物像、そしてペナルティを具体的に100字以内で決めないといけないのだ。ステータスも総点数は決められており大体のプレイヤーは設定に沿って割り振りをしていた。
当時の洋介は、漫画の影響でこのような執事に憧れ、シャドウを仲間にした時に真っ先にこの設定にしたのを覚えている。
「ご主人様。この異世界、進むも退くもご主人様の自由です。私はご主人様に創造された身ですので、手足となって働きましょう」
洋介を見つめ真剣にシャドウが語る。
「しかし、全知と設定はされていますがこの異世界ではわからないことも多く、ご助言できることも限られてはきます。ご主人様の力になりたいという気持ちは、ご主人様の思いで転生してきたすべての者が同じ気持ちです。さあ、こちらをどうぞ」
シャドウは一振りの刀を取り出した。その刀身は赤く、今にも燃えそうな色をしていた。
「『妖刀 多々良』です。ジャポニカンで手に入れたご主人様の愛刀です」
『多々良』はD&Bのジャポニカンステージで読者ランキングに乗るともらえるスペシャルアイテムだ。普段のアイテムは使い切りだが、スペシャルアイテムだけはビースト共に持ち越せるのだ。当時は雑誌に自分のキャラの名前がイラスト付きで載ってすごくうれしかった覚えがある。
洋介は急いで手紙を確認したら、スペシャルアイテム欄の『多々良』も消えていた。
「どうぞお使いください。前に振るもよし、ご自身に突き立てるもよし。いかようにもご命令ください」
シャドウは深々と頭を下げた。
「そうか…」
洋介は刀を持ち、悩んでいた。
何をするべきかを必死で考えていた。
死ぬ前まではするべき仕事があった。
今はただ、よく分からない世界で生きているだけ。
するべき事を探した。
刀を2、3回振ってみたり、今にも戦争しそうな軍団を見て見たり、とにかく落ち着きがなかった。
「なあ、シャドウ。あの軍団たちはどっちが勝つと思う?」
洋介は探すのを後回しにし、ふと思った疑問をシャドウに尋ねる。
「もちろん数の多い方が勝つでしょう。戦いの基本は数ですからね。それに……」
シャドウはブランシュタイナー軍の中央よりやや前方のローブを被っている集団を指して、喋る。
「あの、集団は魔導師でしょう。レベルはそこまで強くはありませんが数が多いですなぁ。あの魔力の流れを見ると、炎系の初歩レベルの範囲魔法を放つでしょうな」
仮面の目を細めたり広げたりしながらシャドウは語る。
「ま、魔法!?」
「私も異世界では初めて見ますが、D&Bでは普通でしょう?設定により感知スキルがありますので、まず間違いがありません。しかし、あれだけ準備をして、あれぐらいの魔法しか撃てないなんて非効率だと思いませんか?」
そんな中、いきなり戦闘が始まった。
弱そうな軍隊が陣形を変えてスピードを上げたのだ。
「ほう、鋒矢陣形。ランス・チャージですね。いい判断だ。それしか方法がありませんからね」
シャドウは仮面の口をさらに広げ嗤った。
「あっちは勝てそうなの?」
「まあ、0.001%の勝率が0.01%になったというぐらいですかね?」
「それって増えたの?」
「10倍も増えました!まあ、普通ならまず勝てないでしょう」
シャドウは無情にも語る。その口の笑みはさらに深さを増したように感じた。
そして、肉薄する直前、弓と魔法が騎兵に放たれた。
半数の騎兵が落馬し絶命したように見えた。
「うわ!本当に殺してる!!」
洋介は気分が悪くなった。殺し合いは初めて見るからだ。平々凡々な日本人であった洋介には少し刺激が強すぎる。
「大丈夫でございますか?ご主人様。これからの展開が面白いですが…」
洋介は口元を抑えながらしぶしぶ見る。
そして驚く。
先頭で殺し合いをしている戦士が、まだ18歳ぐらいの女の子だったからだ。
「あの子も殺されちゃうの?」
「まあ、間違いないでしょう。しかし、落馬したらわかりません」
「なぜ?」
「人間の欲求は恐ろしいぐらい単純ですからね」
シャドウは「はぁ」とため息を1つついて質問する。
「ご主人様は、目の前に何をしてもいい、可愛くて、か弱い女性が降ってきたらどうしますか?」
「そりゃ、据え膳食わねばなんとやらって・・・ええ!」
洋介は最後になってやっと気づいた。
「そうです、前世のAVよりひどい物が見れるでしょう。運が良ければ生き残れますが・・・その状態は、すでに死んでるも同然かもしれませんねぇ」
シャドウは淡々と語った。
そんな話をしてると、鋒矢陣形をとっていた軍勢が、相手側に飲み込まれた。
シャドウの予想が当たり、数千の軍団の命の炎が燃え尽きようとしていた。
洋介の心には何とも言えない複雑な気持ちが渦巻いた。
「シャドウ!戦闘を止めさせたい。そして、あの女の子を助ける。案はあるか?」
洋介は助けるという行為が正しいかよくは解らなかったが、目の前で蹂躙されそうな可憐な女の子を見過ごすことができなかった。
「わかりました。ご主人様。案はすでに考えております」
「どのような案だ?」
「D&Bで契約したあるビーストを思い出してください」
「う~ん?どれ?あと4体いるけど?」
「異世界で最も名の知れていると思われるビーストの名を。ほらファンタジーの定番のアレですよ」
シャドウは答えを言わない。
しかし、そのヒントで洋介はわかった。
「ああ!あの聖魔決戦で手に入れた最後のビーストね。確かにあいつならなんとかできるかも」
「『かも』とは失礼ですね、ご主人様。あれのブレスは先ほどの魔法より1万倍は強い火力があります。あの数万ぐらいの軍勢でしたら1時間もあれば、全滅できるでしょう」
「うへ~。そんな光景、俺は見たくないね。取り合えず、戦闘を止めさせて、あの子が助かればそれでいいよ」
「いいのですか?降りかかる火の粉は後々、大火事になりますよ」
シャドウが怖い事を言う。
「まあ、その時はお前に助言を乞うよ。その為の執事設定なんだろ?」
「勿体無きお言葉、私、感動で涙が出そうです」
シャドウは大げさに仮面の目の位置を袖で拭く。
その姿はかなりわざとらしかった。一瞬皮肉なんじゃないかと思うほどに。
「まあ、いいや。じゃあどうするの?いでよ!ナントカ!って感じで呼べばいいの?」
「ご自由に御呼びになれば出てきます。思っても、叫んでも、ご主人様が呼べばすぐに召喚されます」
「そう。じゃあ、いでよ!レオパルト!!」
洋介はちょっと恥ずかしかった。名前を付けた当時は中二病真っ最中でミリオタ傾向があったからだ。もちろん由来はドイツの戦車だ。
性格は、最終回で手に入れたビーストのため運営が勝手に決めていたが、その分ペナルティが無く、まさしく王道にふさわしいものだった。
『強力な炎を吐き、鋭い爪は城門も一撃で破壊できる力がある。空を自由自在に飛び、その堅い鱗はアダマンタイトと同じ強度を持つ。知能も高いが喋れない』といった物だった。
ハガキからレオパルトの欄が消えた。
洋介の言葉に呼応するように鳴き声をあげ、空から大きな空間が開き巨大なドラゴンが出てきた。
5階建てのビルに相当するような長く大きい火竜で、大きな翼が生えており、空を悠々と飛んでいた。
「さあ、レオパルト!俺を乗せて、あの戦場に向かってくれ。戦闘を止めさせるんだ!」
「ガオォ!」
レオパルトは了解の合図をした。
「では、私はご主人様の盾になります」
そういうと、シャドウは黒くなり俺の左手に巻きつき、漆黒の盾になった。
「ご主人様。私のスキルで、身体能力が上がっております。跳べばレオパルトの背までなら行けるでしょう」
「本当か?」
ためしに跳んでみると、本当にすごい勢いで跳んだ。それはまるで、空を飛んでいるかのように滞空時間が長かった。
レオパルトはそれを確認すると。素早く、洋介の下に潜り込み、背中に乗せる。
「うわーーー!めっちゃ早い!!!ちょうどいいように鐙と鞍もあるから、楽ちんだ!!」
洋介は背中にのって感動している。
「よし!じゃあ、行こうか!」
洋介は右手の『多々良』を前に振り出し、命令した。
「ガオォォォ!」
「わかりました」
二匹のビーストから心地よい返答が聞こえた。
洋介は気付いていないが、その姿は滑稽だった。ドラゴンに乗る戦士の服装が、豪華な漆黒の盾と赤い刀、そして藍色の作業服だったからだ。
※10/25大幅改稿
※11/11さらに改稿