潜入!ブランシュタイナー領アレキサンドリア
グルン・オーガント・ヘルムントは元傭兵だった。
遠い辺境の子爵領。そこの小作人の5男坊だった気がする。
気がするというのは本人も覚えていないのだ。
昔の名前はオルカと言う。
その地は非常に貧しく、帝国との境界線だったため度々小競り合いが起きていた。
6歳になるころに大規模な紛争が起きて
子爵領は隣の男爵領に併合された。
その混乱で家族はバラバラになり行方知れずになった。
オルカ本人も奴隷となり売り飛ばされた。
現在でも王国の一部では奴隷売買は合法であり、傭兵の飯のタネになっている。
オルカも傭兵の時、何人か売り払ったが気持ちの良いものではなかった。
オルカはそれ以来、奴隷売買はやめた。
6歳で放り出されたオルカは必死に生きた。
闘技場で殺し合いをしたり、盗みをしたり、とにかく金になることは何でもした。
『自由に生きたい。この奴隷という手枷、足枷を断ち切ってやる』
黒い欲望に支配された幼年期を過ごしたのだった。
12歳になることに何度目かの転売の末、最悪な相手に売り払われた。
男色家の奴隷商人に売り払われたのだ。
その男は最悪で、買い取った奴隷のうち半分は自分の趣味に使う。
まるで、道具のように人間をいたぶるのが趣味なのだ。
屋敷の使用人は手のない者、片足がない者、目がない者、様々な人間だった動物が居た。
使用人のほとんどは長期間の拷問や身体の一部の欠損で精神がおかしくなっていた。
自分の趣味で罪のない者をいたぶる奴隷商人の行為にオルカは殺人衝動を抑えられなかった。
慰み者になる寸前、その奴隷商人を殺したのだ。
そして、屋敷に火を放ち、逃げた。
王国中を逃げ回り、オルカはいつしか傭兵稼業に身を落としていた。
傭兵には陰がある人が多い。
オルカより酷い犯罪者もゴロゴロいたので、身を隠すにはちょうど良かった。
そして、30歳になるころには、傭兵の中では名前の知れた存在になっていた。
『青竜』の二つ名で呼ばれていたオルカの武器は、薙刀より幅の広い青龍偃月刀を主に使っていた。
その、馬上での戦いぶりは勇壮無比で前世でいう関羽雲長のごとく獅子奮迅の活躍をしていた。
しかし、ある紛争で内ゲバに巻き込まれ、重傷を負う。
重傷のまま逃げ延びた場所が、ブルト領であった。
偶然にも城壁近辺の畑に倒れており、翌日、前ブルト領主に助けられた。
その、親身になった治療の末、オルカは一命を取り留めた。
その後も傷がいえるまでブルト領に居候した。
オルカはその時、初めて人の温もりを知った。
見ず知らずの傭兵崩れに前ブルト伯爵は親身になって寄り添ってくれた。
元は犯罪者であったオルカを匿い、暖かく、まるで家族のように接してくれた前ブルト伯爵。
好意に甘え、長いしすぎたオルカは、いつの間にかブルト領の騎兵を任される武将になっていた。
その日からオルカは昔の名前を捨て、グルン・オーガント・ヘルムントという新たな名前で生きるのであった。
そんなグルンは変装をして、ブランシュタイナー侯爵領の中心都市、アレキサンドリアにいる。
白髪だった髪を黒く染め、髭を剃り、傭兵を装って潜入していたのだ。
ブランシュタイナー領も王国の一部なので潜入は容易い。
ただ、グルンは面が割れていたため少々変装したのだ。
ブルト領の為、ブランシュタイナー侯爵の動向を探っていた。
このアレキサンドリアは王都にも引けを取らない巨大な都市である。
現ブランシュタイナー侯爵であるアレキサンドが侯爵になった時、都市の名前をアレキサンドリアに代えた。
元はユリシールという、少し規模の大きな都市であった。
アレキサンドは、市街地の大改革を行い、現在のアレキサンドリアの基礎を築いた。
それは、中心部に3つの大きな闘技場を建設し。三角形の中心部に歓楽街を築いたのだ。
ユリシールだった時にはごく普通の市街地だったのが、アレキサンドリアになって、非常に下賤な都市になった。
一言でいえば欲望の街。闘技場周辺は治安が極端に悪く。強い者しか生き残れない極悪な都市に変貌していた。
アレキサンドリアは王国内で少数派の奴隷合法都市で昼夜を問わず売り買いがされている。
ここでは、飲む・打つ・買うは合法で、歓楽街の大半は娼館だった。
そんな欲望の街には金が蠢いていた。
そして、アレキサンドはそんな闇の金を手中に収めていた。
もちろん、合法的にではなく非合法的に。
そのための武力であり、ブランシュタイナー軍は強大な組織だった。
周辺領内から一攫千金を求めて集まってくる有象無象を吸収し、より巨大になっていく。
アレキサンドの狙いは見事に当たった。
軍内部は強い者がより高い地位と給金を貰えるという単純なシステムで、システム通り運用されれば侯爵の地位まで与えるという下剋上システムで運用されていた。
そのため内部争いが絶えない。その中で強い者だけが生き残る世紀末的な軍隊なのだ。
そして、欲望を満たすため様々な領内、一部では帝国からも人間が押し寄せており、王国随一の規模にまで短期間で膨れ上がる原動力となっていた。
そんなカオスな都市にグルンは居る。
ある、人物に会うために。
歓楽街の中心部にある狭い路地裏。
暗闇の中、ネズミが蠢いていて何かを食べている。
そんなところに扉が1つあった。
グルンはおもむろに軽快なリズムでノックをする。
「コンッ!ココンッ!コンコン」
すると扉の向こうから声がする。
「90?」
「60!」
グルンはすかさず答えた。
そして、返答を待つ。
「90!」
その瞬間ドアが開く。
グルンは素早く中に潜り込んだ。
そこには蝋燭で明かりがともされた机がぽつんとあった。
その机に男が座っている。
「やあ、オルカ!久しぶりだな~。お互い歳喰ったもんだ」
その男はグルンと同じぐらいの年齢の、一言で言うと汚い男だった。
「ワグル。こんなところで生活してると、いつかネズミに食い殺されるぞ?」
グルンが静かに皮肉を言う。
「はは!ちげーねぇ!さすがはブルトの雄!いう事が高尚だ!はははは!」
男は盛大に唾を飛ばしながら嗤う。
「今日は情報を聞きに来た。聞いてくれるか?」
「いいだろう。どんな話だ?」
「ブランシュタイナー侯爵の真意が知りたい。あと、新兵器の有無を」
「奴の真意だったら単純さ。目の前の邪魔者を完膚なきまでに潰す。ただそれだけ。新兵器なんて聞いたことがないなぁ?なにか心当たりでも?」
「停戦交渉をしたとき、魔導師兵団以外に何か隠し持ってる雰囲気の話しぶりだったらしいからな。何か知ってるかと思ってな」
「いや、知らんねぇ。それだけか?」
「ああ。邪魔したな。これは駄賃だ」
グルンは机に革袋を投げる。
机に当たった衝撃で中身が飛び出した。
それは銀貨だった。
「ほほ!こんな話で銀貨とは豪勢だね~。何かあったらまた連絡する。宿は?」
「歓楽街の外れにある木賃宿だ。たしか…ルペルペと言っていたな」
「あんなところやめた方がいい。病原菌の溜まり場だぞ?」
「ここよりはいいさ」
「はは!冗談が上手くなったねぇ。隣の娼館に紹介状を書こうか?」
「遠慮する。下賤な宿に泊まると吐き気がするのでな」
「はははは。わかったわかった。まあ、せいぜいアレキサンドリアを楽しんで行ってくれ。オルカ!」
「俺の名前はグルンだ。その名前は捨てた」
「知ってるよ。でも、俺にとっちゃあ、お前はオルカだ!ははっ!はははは」
グルンは高笑いを背に、その場所を後にする。
「いけすかん奴だ。必ず裏切る。まあ狙い通りだな」
グルンは独り言のようにブツブツ言いながら宿に戻った。
た。
説明ばっかりですいませんm(__)m
どうしても書きたかったんです。
ハードボイルド。それは男の浪漫。
※11/11少し改稿