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新たな一歩

二日後、夜明け前から広場は慌ただしかった。


簡易の祭壇が用意され、前領主の骨壺を頂点に整然と並べられていた。


この世界では火葬が一般的で関係者で骨を拾い、壺に入れて埋葬するのだ。


その理由は土葬の場合、ゾンビになる確率が少なからずあり、生前の記憶を頼りに帰ってくるらしい。

戦の場合は怨念の影響か、その確率が高く、帰ってきては危害を加える場合が多いという。

なので、戦闘後は占領者が遺体を火葬するのがルールになっている。


そのため、戦で遺留品が帰ってくる確率は極端に低く、ブルト領でも遺骨のない墓も多い。

武具等は取得者によって売り払われ、家族が王都の中古市で発見したなんていう話もある。



中央広場に飾られた遺骨は5000柱を超えて広場を埋め尽くさんばかりになっていた。


全ての遺骨には各々の家族の思いが詰まっていた。


ルミナも例外ではなく、一番高い所の両親。その下の兄達、その下にある家臣団。そして、自分の命令で散って行った領民たち。全ての責任を胸に喪服姿で祈りを捧げる。


「お父様。お母様。遅くなり申し訳ありません。ブランシュタイナー侯爵の進行が速く、葬儀を行う日取りを決めれず、戦に赴きました。そして、兄達も守れませんでした。その上、多くの領民の命さえも犠牲にして、私だけオメオメと生き残りました。このような親不孝者をどうぞお許しください。私の命に代えても、生き残ったブルト領の人々を良き方向に導きます。どうぞ空から私に力をください。お願いします」

ルミナは両親や兄弟、家臣の骨壺の前で懺悔し、泣きながら自分に言い聞かせるように語る。



日が昇り、ブルト家に派遣されている教会から僧侶が来た。


その宗教の名前はクリン教といって、一神教的な教義で、万物全て神の子供で唯一神を崇めよ、と言ったものだった。


クリン教は一応、王国の国教ということになっているが、教会組織自体は国とは独立した形で運営されている。


それは、ゾンビや悪魔などの敵が存在し、それと戦うことのできる専用の武装集団を持ち、完全に浄化できる力を持つためだ。


要するに傭兵みたいな側面もあるため、別組織であるほうが、都合がいいのだ。


ちなみに、ルミナや多くの領民は、それとは別の土着信仰的な宗教を信じている。

この土着信仰は日本のお地蔵様信仰とよく似ていて非常に興味深かった。


しかし、クリン教を国教としているので一応は全員クリン教信者だ。

異なった宗教観に寛容なクリン教だったので、それでも共存はできた。


クリン教の司祭が、聖なる煙を焚きながら各々の骨壺を回る。口からは何かしらの呪文のような言葉を発していた。


規則正しくならされる鈴は、神楽の鈴のような音色で、洋介は非常に神聖な儀式のように感じた。


そして、洋介も両手を合わせ、無心の心で英霊たちの安らかな眠りを祈った。



クリン教の儀式が終わると、各々が骨壺を持って墓に移動する。


洋介はルミナの持ちきれない骨壺を持った。それは次期領主であった長男ハルトの骨壺であった。


町はずれの墓地に着き、穴を掘る。

そして、土をかけて埋める。

それが終わると、祈りを行い、すべての葬儀が終了した。


その夜、部屋で寝ようとしていた洋介はふと疑問に思ったことをシャドウに質問する。


「なあ、シャドウ。そういえば俺も前世では死んでるんだが、この世界でも亡くなった人たちが異世界に転生する事ってあるのか?」


「それは私の知るところではありません。クリン教では知りうる人はただ一人、それは神様のみです。まあ推測から言うと、そういう事もあると思います」


「シャドウは、いつの間にクリン教信者になったんだい?」


「クリン教は例えです。私は別の神を信じていますので。」


「その神様って?」


「私の神様は、他でもない創造主たるご主人様です。まあ、唯一神という意味ではクリン教と同じですね」

シャドウは深々と一礼し、当たり前のように語る。

確かにシャドウを作ったのは洋介だが少し照れる。


「でも、会ってみたかったな。ルミナみたいな聡明な子供を育てられる親の顔を。兄達も頭が良かったに違いない」


「それは、わかりませんが、領民たちの態度を考えれば、かなりの人格者であった事は間違いないでしょう」


「そうだね。この世界でまだ2週間ぐらいしか生きてないけど、それは思うよ。何回も助けられてるからね」


洋介はしみじみ思う。ガミルの件だって、北の村の件だって領主の使いと言えば無条件で心を許してくれていた。普通だったらあり得ない事だ。


「そういえば、クリン教の煙とかどうだったの?やっぱりダメージとかあった?」


「いえ、まったくありません。魔力の性質が違うというか、ご主人様の庇護があるからなのかよくわかりませんが、とりあえず大丈夫でした」


「このまえのパオの時は酷かったね」

洋介はニヤニヤしながらシャドウに語る。


「あれは単に個人的な好みです。ダメージもありませんでしたし」

シャドウが「はぁ~」とため息をつきながら語った。


「そうなんだ。いざクリン教と対峙した時でも大丈夫って事だね」


「そのような事態になってほしくはありませんが、そういう事ですね」


「まあ、前世でも宗教が絡むとロクなことが無いからね。極力相手にしない方向で行こう」


「そうですね。賛成です。さあ、明日は鍋運びの大仕事です。もう寝ましょう」


「なんか、お母さんみたいだけど、まあいいや。じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさいませ。いい夢を」

シャドウは深々と一礼した。


新たな知識と生きていくための方針を決めて、洋介は眠りについた。



翌日、朝からレオパルトを呼び、鍋を持たせ北の村に移動する。


北の村に着いたとき、村人全員飛び起きてレオパルトを取り囲んだ。

その背中から洋介が降りると皆が安堵し、カミルさんが前に出てきた。


「ヨウスケさんでしたか!私たちはてっきり魔物が攻めてきたかと思いました!」


「朝早くからお騒がせして申し訳ありません。先日伺ったとき話した紙の製造の件で鍋を持ってきました」


「ほんとに大きい鍋ですね!一応聞いた寸法で竈を作りましたので此方に持ってきてください」


「レオパルト!カミルさんについて行って!」


「ガオ!」

レオパルトはひと声鳴くとノシノシとカミルについて行った。

そして、用意されていた竈に鍋を置く。


「あとは、森から木を伐採して屋根を付ければ完成です」


「何から何までありがとうございます」


「いえいえ、私たちも正直なところワクワクしてるんです。新しい特産品が産まれるのですから」

カミルは目を輝かせて語る。


「そういって貰えると嬉しいです。じゃあ、二十日葦を使って作り方を教えます。できるだけ多くの人を集めてもらっていいですか?」


「わかりました。あと30フルぐらいあれば全員集まるよう連絡できます」


「よろしくお願いします」

洋介はカミルに一礼した。



しばらくして、村人全員が集まり講義を行う。


講義の資料には、先日実験で作った紙にスペラント語で製造方法を書き渡した。

しかし、問題が発生した。


集まった村人の全員が文字を理解できなかったのだ。


洋介は、後に製造方法が解らなくなったら、この紙に製造方法が書いてあるから、誰かに聞いてほしいというように説明して紙を持って帰らせた。


『想像以上に識字率が低いな…やはり教育が必要だ』

洋介は決意を新たにした。



その後、実技に入る。


一緒に作業を行い、丁寧に教える。途中、煮詰める時間休憩した後、すべての工程を伝授した。

大鍋の威力はすさまじく、一気に100枚以上、紙の原型ができた。あとは、乾かすだけだ。


乾燥するところはできており、屋根もあったので安心して置くことができた。


できれば煮詰める排熱を利用して強制乾燥装置の様な物を作りたいが、そこまでルールントの職人に迷惑をかけるわけにいかず、後々改善しようと洋介は思った。


その日は北の村に泊まり、また豪勢な肉料理をご馳走になる。


翌日には紙は出来上がっており、村人は歓喜に沸いた。


「ヨウスケさん。紙の製造を記念して、この村の名前をカミント村という名前にしようと思います」


「ええ!!いいんですか?」


「村の総意です。カミント村の紙が本家本元であるという意味も込めまして決めました」

カミルさんがにこやかに答える。


「なるほど。ブランド化ですね!いい名前です。では、製造の方はよろしくお願いします。作るのに慣れたら言ってください。鍋を増設してもっとたくさん作りましょう!!」


「はい!また連絡します。当面は家を守る女性の仕事として、紙を製造してエルンに卸しますので良いように使ってください」

洋介とカミルは固い握手を交わす。


洋介がこの世界に転生して2週間ちょっと、この世界に新たな一歩が芽吹いた。

植物性の紙を大量生産し教育に使う。カミント村のような地方の村でも、人が字を読めるようにするのだ。


現状では遠い夢物語だが、その一歩はもう踏み出した。


※11/11少し改稿

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