英霊の帰還
庭に出ると、シャドウが恭しく一礼をした。
「ご主人様。大成功です。4時間ほど煮立てれば繊維が取り出せます」
「本当か!!やったー!!」
洋介は単純に嬉しかった。これで洋介の計画は一歩前進する。
取り出した繊維を用意してあった大きめの風呂のような場所に移し、頑張って漉いてみる。
少し茶色かったが、紙のような物がそこにはあった。
「おおー!紙だ!乾かせば紙になるぞ!!」
洋介は興奮している。
繊維を移す作業で少々火傷をしたが気にするほどでもない。
それ以上に紙ができたことが嬉しかった。
漉いた紙を別の場所に並べる。
シャドウも手伝って30枚ほどの紙が出来上がった。
その日は暗くなってきたので屋敷の雨に濡れないような場所に移し乾燥させることにした。
その日の夕食は非常においしかった。
いつものようにルルと北の村から貰った武瑠のステーキだった。
食事の席で軽くルミナに紙の件を報告する。
「ええ!もう出来たんですか?」
ルミナは驚く。まだ3日しか経っていないのに、領内に新しい事が起きたのだ。
「ああ。あとは、ガミルさんから鍋が届いて北の村に運んで設備を整えれば完了だ」
洋介は自信満々に答える。
「今日ガミルと会いましたが、鍋は明日にでも屋敷に届けるそうです、あともう一つのアレは予定よりも早くできるかもしれないから続報を待て。だそうです」
同席のルフトが答えた。
「アレとは何ですの?」
ルミナが興味を示した。
「ふふふ…秘密だ。きっと驚くよ」
「え~!ずるい~。教えてください!!」
「だーめ。ガミルさんが試作品を持ってきてくれたら教えてあげる」
洋介はニコニコしながら答えた。
反面ルミナはフグのようにふくれている。
その顔も非常に愛らしく可愛かった。
『こういう天真爛漫さにミルトは惚れているのかなぁ』
世話好きなオッサンの様な事を考えながら洋介はルミナを眺める。
なにわともあれ、洋介の最初の作戦は順調に推移していった。
後は、生産に移れば目標に向かって前進する。
洋介は心の中で気合を入れた。
翌日、ガミルが大きな荷馬車に大鍋を入れて持ってきた。
「ヨウスケちゃ~ん!持ってきたわよ~!!」
洋介の姿を見ると大きく手を振り、野太いオネエ言葉で叫ぶ。
洋介は一瞬寒気がしたが、気持ちを押し殺し、苦笑いを浮かべて手を振る。
「ガミルさん、ありがとうございます」
洋介は到着したガミルに感謝の言葉を言う。
「あの、御代は…」
「ノンノン。ブルト領の為に働く人からお金なんて貰えないわ。私たちは兄弟。そういう事」
ガミルは強面の顔でウインクと投げキッスをする。
「あ…ありがとうございます。助かります」
洋介は一瞬のうちに鳥肌を全身に出すが、我慢して感謝の言葉を言う。
大鍋は大人4人がかりでブルト家の屋敷の軒下に置く。
そんな作業をしているとグルンが大きな馬車でブルト家の屋敷に来た。
荷台にはかなりの数の遺留品や壺らしき物を乗せていた。
「グルンさん。これは…」
洋介は思わず挨拶抜きで声をかけてしまった。
「先の戦で回収できていなかった人たちです。体は損傷が激しくて大部分は焼いてきました」
そういえば、最近グルンの姿を屋敷で見ていなかった。
何かしら仕事をしているのだろうとは思っていたが、平々凡々の日本人である洋介には思いつかない戦の後始末をグルンが一人でしていたのだ。
それを思うと洋介は涙が出そうになった。
「グルンご苦労さまでした」
いつの間にかルミナとルフトとミルトは屋敷から出てきていて、グルンの近くまで来ていた。
「お嬢様。これが、ハルト様で。これが、ヒルマン様で。これが、カミル様です。損傷が激しく骨の一部しかございませんが…」
グルンが苦々しく骨壺を渡す。
受け取ったルミナの目にはいつの間にか涙が溢れていた。
ルミナ一人ではすべてを持てないので、ルフトと、ミルトが代わりに持つ。
二人も目には涙が溢れていた。
「一番槍だった、モルト様は特に損傷がひどく、武具の一部と背骨の一部しか発見できませんでした。これが、モルト様です」
グルンは、馬車の中の、いたるところに穴が開いてる鎧と小さな壺を指で指した。
その姿を見て洋介も泣いた。
戦が終わった後に、残る物。
それは勝者であろうと敗者であろうと同じ。
一陣の強い風がブルト家に吹き付ける。
その風の音は、諸行無常の響きのように洋介は感じた。
「グルト。本当にありがとうございます。おかげで葬儀を行う事が出来ます」
ルミナは涙を流しながら凛とした声でグルトに語った。
その声には過去を乗り越えた一人の女性の意志が宿っていた。
「いえ、これもヨウスケさんが停戦をもたらしてくれたおかげ。停戦できなければ今頃は我々も肥しになっていて、回収など夢のまた夢でした。ヨウスケさん、ありがとうございます」
グルンは洋介に深々と一礼する。
「いえ、お役にたてて良かったです。僕も葬儀に参加してもよろしいですか?この地を守った英霊に感謝の祈りを捧げたいです」
洋介も涙を流しながら語る。
「もちろんです!ぜひ参加してください。」
ルミナは涙を流しながらにこやかに語った。その顔は壮麗で美しかった。
いつの間にか、その場にいるすべての人が無言で泣いていた。
「葬儀は2日後の朝、このエルンの中央広場で行います。ルフト、ミルト、グルン、そして申し訳ありませんがガミルさん。領内全土にお触れを出して貰えませんか?」
「わかりました」
全員が二つ返事に了承した。
戦の過去を振り払い、前に進む強い意志。
領主と家臣と領民は1つに纏まり進み始めようとしていた。
その姿を見て洋介は少しでも力添えになればと、決意を新たにした。
※11/11少し改稿