様々な思惑に巻き込まれる洋介
洋介はエルンに戻ると実験に入った。雨が降ったため前半は室内で葦を削ぎ、パルプ状に細かく刻んだ。
雨も上がり、大なべを外に出して、いよいよ繊維を取り出す。
パルプをグツグツ煮るだけだったが非常に時間がかかる。
暇を持て余しながら火加減を見ていると、ミルトが王都から帰ってきた。
しばらくすると、ルフトが洋介を呼びに来た。
「仕事中に申し訳ありません。お話があって…」
ルフトは言葉に詰まる。
『厄介ごとか…』
その様子に、洋介も覚悟を決める。
「ご主人様。煮るのには時間がかかりますので、ここは私が監視しておきます。どうぞお話に行ってらっしゃいませ」
シャドウが気を利かせてくれた。
「すまない。よろしく頼む」
シャドウに礼を言って屋敷に入る。
「ルフトさん、どうしたんですか?」
洋介は疑問に思う。
「王都からミルトが帰還しました。そのことで、ヨウスケさんにも関係する事がありまして」
「王都?」
洋介は怪訝な顔になる。何故なら王都に行った事もないからだ。
火のない所に煙は立たない。洋介には見当がつかなかった。
しばらくしてルミナの書斎に付き、中に入る。
そこにはルミナとミルトが居た。
ミルトはすぐに報告しに来たのだろう。髪の毛が雨に濡れていた。
「遅くなり申し訳ありません。何かご用でしょうか?」
洋介は一礼して中に入る。
その瞬間ほんのわずかだがミルトの目が鋭くなる。
前世で高校教師をしていた洋介はそんな表情の変化に敏感だ。
生徒は何かしら問題があると表情や言葉などに出す。
その変化は些細で普通の人だったら気にしないでスルーする。
しかし、教員はそうはいかない。それが問題に発展することが多いからだ。
もっぱら人間関係の不祥事になりやすい。
そんな経験があったからこそ、気付ける。
そんな些細な変化だった。
『なんだろう。王都でよっぽど嫌な事があったのかな?』
推測しかできない洋介はそう思いながら心に留める。
まだ、出会って1週間ぐらいの仲なので嫌われては無いはずだ。そのために勤めて無礼にならないように振る舞っていたし、あまり邪魔にならないようシャドウと2人で過ごすようにしていた。
嫌われてないというのは洋介の思い込みだったが、そこまで洋介は気付けなかった。
「ヨウスケさん。お仕事中わざわざ申し訳ありません。実は王都で…」
ルミナは一礼して話し始める。しかし、途中でミルトが言葉を遮った。
「その話は私から直接お話しします。わざわざ出向いていただき申し訳ありません。ヨウスケさん、実は王様から貴方の話が出まして、今度の爵位授与の儀に同席されよとの事です」
ミルトは先ほどの表情が嘘のように深々と一礼して用件を言った。
「ええ!なんで、僕の事を王様が知ってるの?」
洋介は驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げた。
「たぶん、ブランシュタイナー侯爵が進言したのでしょう。噂通りのなかなかの策士です」
ルフトが苦々しく語る。
「王様の話では、ドラゴンとシャドウさんとヨウスケさんを同席させよとの事でした。しかし、それですとブルト領の警備が…」
ミルトは少し困ったような顔をする。
「それは、問題ないでしょう。ブランシュタイナー侯爵も貴族です。閣下が命令したことの最中に条約を破棄して侵攻してくることは無いでしょう。ただ、何かはしてくると思いますが、見当がつきません」
ルミナは憂いに満ちた顔をする。
「確かに少し気がかりですよね。その爵位授与の儀はいつですか?」
洋介も気にはなったが見当がつかなかった。なので、とりあえずいつ向かうのかを聞いてみた。
「現在、私は喪に服しています。葬儀などの日程を考慮すると、聖アテナス生誕日のち3日後ぐらいです。ただ王都にそれまでにつかなければいけないので、生誕日には王都に着いておくように準備をするべきですね」
聖アテナスとは現国王の先祖である初代アテナ王の誕生日で、聖人になったのを記念して祝日として王国全土で敬われる日だ。
今からちょうど一か月後。王都からの距離を考えて移動に3日といったところなので、生誕日3日前に出発という事だろう。
「わかりました。何人ぐらいの規模で行かれますか?」
洋介は見当がつかなかった。
前世日本では恰好だけちゃんとしていれば体があれば何とか対応できる。
しかし、今回は王族の重要な儀式なのだ。洋介のイメージでは大名行列のような形を考えていた。
「基本的に私と、ルフト、そしてヨウスケさん達だけです。貢物とか少し多いですけど、着替えとか含めて大箱が一つあれば大丈夫でしょう」
ルミナの答えに洋介は驚く。
そんなもんでいいのか?それが正直な感想だった。
「それだったら、レオパルトで行ったらどうですか?馬よりは早いはずだし、なんせ、王様の命令でしょ?手間が省けると思うけど」
「名案ですわ!!」
ルミナの目が輝く。
「たしかに…ただ乗れますか?」
「鞍を増設するとかすれば広さは有るので大丈夫だと思いますよ」
「わかりました。レオパルトを採寸してもよろしいですか?」
「いいですよ。たぶん道具を乗せる荷台も必要かと思います。ダメなら袋に入れて手に持たせましょう」
「確かに。ご配慮ありがとうございます。すぐに待機場である町はずれに向かいます」
「よろしくお願いします」
ルフトはヨウスケに一礼すると巨体を揺らして部屋を出た。
「しかし、ブランシュタイナーが何をしてくるか気になるね」
洋介は書斎の椅子に座り、考え込む。失礼だとは思ったが朝から立ちっぱなしで足が限界に来ていたからだ。
「そうですね。流言ぐらいだったらいいのですけど、王室に噂をばら撒かれると厄介ですわ」
ルミナも向かい合わせで座る。
「閣下のご様子は非常に好意的でした。『ブランシュタイナー侯爵とは関係なく、話がしたい』と申されていました」
ミルトはルミナと洋介の中央に座る。
「理解のある王様なんですね」
洋介は素直に思った。
「閣下は私より3つ上の22歳ですが、非常に優秀な君主です。ただ、裏のご意見番が五月蠅くて苦労なされているのです」
ミルトはあっさりと語った。
「こら!ミルト!失礼はここだけにしといてよ!」
ルミナはプンプンと怒っている。
「本当の事でしょう?先の戦も彼女が居なければ無かったはずですし…」
ミルトは鋭い目線でルミナを見ながら語った。
「裏のご意見番とは?」
洋介は事情が呑み込めないので二人に質問する。
「閣下の御母堂様です。閣下のお父上様である、先代の王は7年前に急逝なされました。当時の閣下…皇太子でしたが、成人したばかりで次代の王を決める会議が紛糾したと聞いています」
ルミナは静かに続ける。
「そこで、御母堂様が後見人となり、閣下に王位継承をさせたという話です。なので、実績を積み、経験を積んだ今でも政に口を出すのです」
洋介は苦笑いを浮かべる。前世でも多く繰り返されてきた血筋と王家のドロドロの継承争いはこの世界でもあったのだ。
「先の戦でブランシュタイナー侯爵の肩を持ち、援軍を出さなかったのも影のご意見番の仕業とのもっぱらの噂です。まあ、噂は噂ですが、そういう推測が無ければ納得がいかないほど、おかしい事なのです!」
ミルトは珍しく感情を表に出している。
確かに、貴族同士の内輪もめにしては先の戦は事が大きすぎる。
それを是とする王国の対応も不思議だ。
王国と、ブランシュタイナー侯爵は黒い噂がある。
そういう話になるのはごくごく当然なのだ。
「なるほど。でも、狙いが良くわからいよね。僕らがいない間に攻め込んだら逆に窮地になるのはブランシュタイナー侯爵だ。なのに、王都に行くように仕向ける。王様と話までさせてメリットがあるのかな?」
洋介は現状を冷静に分析する。しかし、結論は出そうもないのでまだ考えていた。
「閣下との話し合いが、本当に個人的な物だったらどうです?」
ミルトは洋介に尋ねる。
「それだったらますます解らないなぁ。だって、レオパルトはデカいから目立つだろ?国中にブルト領はすごい魔物が居ますよ!って宣伝しているようなものじゃないですか?」
「それが、目的なのでは?危険な魔物を討伐する。伯爵は悪魔に心を売ったのだ!という噂を流すのが」
ミルトは静かに語る。口元は少し笑っていた。
「でも、それだったら閣下がお話しするのが理解できませんわ。王が話をするって事は、魔物を使役しているヨウスケさんを国が認めるって話ですもの」
ルミナも目を瞑って腕を組みながら唸る。
「なんにせよ、話をしてみないと分からないよ。とりあえずは部隊を再編制して防備を備えるしか手がないんじゃないか?」
洋介は降参した。本当に貴族の謀略は手が込んでいて難しい。前世ではそんな経験は皆無に等しかったので対応に困る。
「そうですね。では私はモルト兄の葬儀の準備をしてきます。ヨウスケさんも外で何か仕事をしてるんじゃないですか?」
「そうそう、よく知ってるね」
「煙が見えたので少し回り道をして確認いたしました。何をされているのですか?」
「紙を生産しようと思ってね。その実験さ」
「紙?あの紙ですか?」
ミルトは書斎に置いてあった羊皮紙を無造作に指を差す。
「そうです!ミルト!ヨウスケさんは植物から紙を作る方法を知っているらしいので私からもお願いしています!」
ルミナは強い口調で援護してくれた。
「そうですか。まあ、お嬢様にあまりご迷惑をかけないように頑張ってください」
ミルトは興味なさげに洋介に言い放ち、部屋をでた。
『なぜミルトはこんなにも俺に対してツンなんだろうか?失礼でもしたかな?それともデレへの布石か?俺は女性が好みなんだが…』
洋介は苦笑いを浮かべつつ思った。
「ミルト!ヨウスケさんに失礼ですよ!!あ……行っちゃった。も~!!」
ルミナは一人でプンプンと怒っている。その様子は非常に可愛らしかった。
「まあまあ、ミルトさんはいっつもあんな感じなの?」
「昔は優しくてお兄ちゃんみたいな感じだったんですけど…成人したらあんな感じになって」
ルミナはシュンとして洋介に語る。
そこで洋介は閃いた。
「もしかして、ルミナはミルトによく遊んでもらってなかった?」
「はい、家臣の中で一番年齢が近かったので、よく御守してくれてましたけど?」
洋介はピンときた。
まさしく、幼馴染フラグではないかと。
「なるほど。良くわかったよ」
「何がですが?」
洋介はニヤニヤしながらルミナに答える。
しかし、ルミナは鈍い子だなと洋介は思う。
ルミナはそんな洋介の様子に意味が解らず困惑する。
「とりあえず、誤解を招かないように僕は作業に戻るよ」
「えーーー!ご…ご褒美は…」
ルミナは非常にショックを受けていた。
洋介も少し寂しかったが、たぶんミルトは近くにいるはずだから下手な事は出来ない。
「また、今度ね。喪に服してるんだから、ちゃんとしないと!」
洋介はルミナに適当にはぐらかす。
「はい…絶対ですよ!」
しおれた菜っ葉のようにシュンとしたルミナは、最後だけ強い口調で洋介に言い放った。
「はいはい」
洋介はルミナを見ずに手をピラピラと振って部屋を出る。
部屋を出ると、そこにはミルトが立っていた。
「うわ!びっくりした!!」
「どうしました?何かやましい事でも?」
「いやいや、事情は分かった。オジサンは邪魔しないから心配しなくてもいいぞ。でもルミナの意志が第一だぞ!」
洋介はニヤニヤしながらミルトに語る。
ミルトは顔を真っ赤にしながら抗議をする。
「な!ルミナの意志を尊重するのは当たり前です!というか、何が分かったのですか!どうして知って…!」
ミルトは混乱して支離滅裂に怒っていた。
「みなまで言わなくて大丈夫!!こう見えても人生経験は豊富だから。でも、強引は良くない!あくまでルミナの気持ちを大事に考えるんだ!」
洋介の人生経験とは生徒の観察と、ラノベとか本による知識の集合体だ。
『しかし、わかりやすいツンデレラだ。いやツンデレ王子か?』
洋介はニヤニヤとニヤケながら思った。
上から目線で語る洋介に支離滅裂に怒るミルト。
ミルトは美形なので、その姿は非常に絵になっていた。
まさに、少女マンガのツンデレ王子そのもののように洋介は見えた。
少し、ミルトと仲良くなれる気がする。
雨降って地固まるだ。
妙な三角関係に巻き込まれたが何とかなりそうだ。
洋介は顔を真っ赤にして抗議するミルトを軽くあしらい、「ハハハハ!」と高笑いしてシャドウが待つ庭に向かった。
※10/30改稿