夢と夢
翌朝、日が昇るのと同時に3人は出発する。
大きな沼地は村から西へ30分ほど行ったところにあった。
しかし、肝心の沼地は見えない。見慣れない葦のような植物があたり一面に生えているのだ。大きさは馬に乗っている洋介より少し高いくらいの大きさがあり、大人の拳ぐらいの太さがあった。
「なんかいっぱい生えてるねぇ。カミルさん、これが問題の植物?」
「はい。二十日葦と言って、根さえあれば大体20日ぐらいでこれぐらい大きくなる植物です。これ以上は伸びなくてあとは朽ちるだけなんです。沼地にしか生えないので沼地の目印として役に立っているだけの植物です」
「これならいけるかも。ちょっと参考に二束持って帰って実験してみます。良ければまた取りに来るので、その時はまた案内してください」
「わかりました」
洋介はサンプルに二束分、伐採して馬に積んだ。
洋介達はカミルに礼を言って沼地を後にした。
「こいつで、紙が出来ればいいな」
洋介は馬上からシャドウに話しかける。
「こればっかりは作ってみないと分かりませんね。まあ、前世でも葦で作った紙もあるみたいなので基本的に植物であれば大丈夫でしょう」
「鍋なんかはガミルさんがエルンに持ってきてくれるはずだから、この実験が成功しだい、この村の人に協力してもらって生産しよう。産業が産まれるかもね」
「そうですね、そうなると素晴らしいですね」
二人は夢を語りながらエルンに向かった。
ミルトがまだ小さいころ、ご領主様のお屋敷でルミナと遊ぶことが多かった。
一つ上の兄ルフトとは4つ違いで、もう畑で仕事を手伝っていた。昔から体格が良かった兄は畑仕事も楽々こなしていて家臣団の一員として汗を流していた。
一番下であるミルトはあまり体が大きくなく、6歳ということもあり、ご領主様が畑仕事をするときは、ルミナと2歳しか変わらないので、よく御守を任されていた。
領地を統治することは非常に大変で、やることが多く、女性も家事に専念できるほど暇ではなかった。
子供とはいえ、立派な家臣、言葉が理解できるなら働くことができる。
「いいか、ミルト。ルミナと一緒に遊ぶのも、怪我しないように守るのも、家臣であるお前に託す大事な仕事だ。頼んでいいか?」
前ブルト伯爵がミルトの目線に体を合わせて優しく語る。
「はい!お任せください!命に代えてもお守りします!!」
ミルトはキラキラした瞳で領主に答えた。
「ミルト!頼りにしているぞ。では皆の者、畑に行こうか!」
そういうと、前ブルト伯爵は家臣団一行を連れだって畑に仕事に行く。
「ミールートー!あーそーぼ!」
ミルトが不動の姿勢で皆を見送ってると、ルミナは後ろから抱き着いてくる。
「ルミナ!いま、見送ってるんだ!邪魔をするなよ」
「今日は何をする?絵本?かけっこ?積み木?」
ミルトの抗議はいつも無視される。
「はぁ~。とりあえず、ご領主様から宿題を預かっているからそれをやろう」
「え~!!遊ぼうよ!!」
「だ~め!宿題が先!」
「え~!やだやだ」
ルミナは宿題が嫌いだ。そのかわり、絵本を読み聞かせるのが好きだった。
特に好きなのはドラゴンの勇者がお姫様を救う物語。よくあるお伽話だ。
「もう一回!」
「ルミナ…もう3回目だよ」
「もう一回~!!」
「わかった。わかった。むかしむかし…」
ミルトが読み終わると、ルミナはいつの間にか寝ていた。
昼食も食べて、眠たい時間帯になっていた。
ルミナに上着をかけて書庫に移動する。
ミルトも少し眠たかったが、我慢して書庫に向かう。
もちろん勉強をするためだ。
ミルトは焦っていた。兄たちがご領主様に頼りにされて働いているからだ。
体格では兄たちに勝てない。それだったら頭を鍛えるしかいない。
ミルトは特に数学が好きだった。明確な答えがあるし、面白かった。
そんなミルトだから、武器に関しては弓に秀でていた。
的までの距離や、風などの影響を考え、矢を放つ。
面白いように思ったところに当たるのだ。
「へ~、ミルトはすごいわね~」
13歳になるルミナは感嘆の声を上げる。
「そんな事はありません。周りの事を頭に入れて狙えばルミナお嬢様でも当たりますよ」
15歳で成人を迎え、正式な家臣団となったミルトが恭しく一礼する。
「なんか余所余所しい~。前みたいに『ルミナ』って呼んでよ」
ジト目でルミナは抗議をする。
「私も家臣団の一員。子供では無いのです」
ミルトは少し笑いながら答える。
身長も伸びてルミナより頭一つ大きくなったミルトは自信に満ち溢れていた。
今までやってきたことや頑張ったことが認められ、家臣団として期待されている自分に酔っているのだ。
兄に似ずに美形に育ったミルトは目立つ。
それが、弓の名手で、聡明なのだから尚更だ。
ミルトは領内の女性に人気があった。
そんなミルトに唯一色目を使わない女性がいる。
領主の娘であるルミナだ。
妹のような存在であったルミナも美しく聡明な女性に成長していた。
天真爛漫さは相変わらずだったが、それも彼女の魅力であった。
妹のように思っていた感情が、愛情に変わるのはごくごく当然の流れだった。
ルミナが16歳になると婚約者を迎えると聞いたときは非常にショックであった。
それと同時になぜ『結婚』ではないのかと疑問に思った。
その疑問は相手を見て理解できた。
一言で言えば出鱈目だったのだ。
臣下の妻に色目を使う。政に口を出す。挙句の果てには領主を変われときた。
苦々しく思いながらも、侯爵であるブランシュタイナーの甥という手前、無下にはできず、心優しいご領主様は気を病んでいた。
そんな中、ご領主様が急死したのだ。その時のあいつの顔は今でも忘れない。
せいせいしたというような余裕の表情だったのだ。
これには、ルミナのご兄弟も堪忍袋の緒が切れた。
緊急で開かれた次期ご領主を決める会議の席で、処刑してしまったのだ。
その事をブランシュタイナー侯爵が黙っているはずがなかった。
まるで、予定通りというような速さでブルト領に侵攻してきたのだ。
もちろん王都には根回し済みで援軍は無い。
それでも、一生懸命戦った。
何日も何日も戦った。
しかし、ブランシュタイナー侯爵軍の力は強く、まるで真綿で首を絞めるかのようにじっくりと攻めてきた。
その進行速度はまるでいたぶっているようだった。
多くの犠牲を払いながらも戦局は好転せず絶対絶命だった。
ルミナが生きていたのは不幸中の幸いだったがそれも空前の灯だった。
そんな時あらわれたのが、あのサトウ ヨウスケだ。
まるで、ルミナに話していたお伽話の勇者だ。
ルミナは明らかに惚れている。
確かにあの絶体絶命の状況をたった一人でひっくり返したのだから、それもわからないでもない。
ミルト自身、生き残れたことに感謝している。
ルミナの純潔も守ってくれたことも感謝している。
しかし、どうしても納得できないミルトがそこにいた。
ルミナの相手がなぜ俺でないのか?
領主と臣下。
その間の溝は深い。
それでもそれを望むミルトがいる。
こんな話は堅物のルフト兄さんに話しても一蹴されるだけだ。
モルト兄さんが生きていたなら相談できていただろう。
あの人は非常に気さくで話の分かる人だったから。
でも、ミルトの目の前で最初に死んでしまった。
現状況ではミルトの我儘を咎める者は誰もいないのだ。
それが、幸か不幸かは誰も知らない。
突然の雨に打たれて休んでいたミルトはいつの間にか寝ていたことに気付く。
「一昼夜走ってたからな…馬は大丈夫か?」
ミルトは馬を確認する。ブルト領で育った馬は優秀で大丈夫そうだった。
今回の任務は非常に重要で、ルミナからお願いされたときは非常にうれしかった。
『俺はまだ必要とされている』
その使命感だけでミルトは、この3日間、睡眠時間を削って移動の時間に費やしていた。なるべく早く任務をこなしエルンに帰るためだ。
ミルトは早く帰る必要があった。
それは、もちろんヨウスケとルミナの関係をこれ以上進めないために他ならない。
寝ている間に雨もあがり休憩も出来た。
ミルトは馬に跨りエルンに出発した。
※10/30改稿