ルールントの鍛冶職人
エルン市街地からルールントまでは簡易的な道があった。馬が離合できるぐらいの広さがあり、非常に進みやすかった。
道も起伏は激しくなく、直線的なので迷うことは無かった。
とは、言っても10キロは有るので移動に40分ぐらいはかかりそうだ。
「なあ、シャドウ。他のビーストはどうなっているんだ?」
洋介はシャドウと並走しながら質問する。
「いますよ。しかし、残りは、今は呼ばない方がいいかと」
「ああ…確かに、デカいもんね」
「はい、その分、食費もすごいでしょう。それに、もう一人のアレは恐ろしいですし。最後のアレはなにぶん混乱を呼びそうなので」
「ああ…思い出した。確かにそうだな。亜空間で待機させとくか」
「その方が賢明かと思われます。」
「あぶな~。呼んじゃうとこだった。気を付けよう」
「はい。呼ぶ機会は近いうちに来るかと思います。」
「そうならないで欲しいよね。俺もやることがあるんだから」
「不肖ながら私もご主人様のお手伝いさせていただきます。何なりとご命令ください」
シャドウは馬上で深々と一礼する。
「その時は頼むよ。でも俺の使命だから、できるだけ頑張るよ」
「お体を壊されないように頑張ってください」
洋介とシャドウは少しだけ馬のスピードを速めた。
洋介は考える。もう少しでルールントだが、何かを考えている。
『この道って最適だよな。水も近くにあるし。あとは、鍛冶集団が作れて、石炭みたいな燃料があれば…』
洋介は小さく笑う。
「??どうされました。ご主人様」
「いや、俺の勝手な妄想だよ」
「妄想?どんなお話ですか?」
「俺はシミュレーション系ゲームが好きだったからね、『シティシティ』とか町を作るのが大好きなんだ」
ニヤニヤしながら洋介は喋る。
「?」
シャドウは見当がつかない。
「車は無理そうだから一つしかないよ。鉄道!これって作れないかな?」
「鉄道ですか…また、すごい事を考えましたね。」
「工業人の血が騒ぐ!蒸気機関なら加工がうまくいけばできるはずだ!!どんな鍛冶集団だろうか?ワクワクするな!!」
洋介は胸躍らせていた。
そうこうしているとルールントらしき町が見えてきた。
「あれがルールントか!おお!!煙突からスゲー勢いで煙が出てるぞ!!どこまで技術力があるか…面白そう」
洋介は一人興奮していた。
ルールントに到着して、鍛冶ギルドに向かう。
聞けば鍛冶ギルドは正面の大きな建物で確かに看板には『鍛冶ギルド』とスペラント語で書いてあった。
中に入るといろいろ張り出しがしてある看板が中央にあり、多くの人が見ていた。
反対側には受付があり、女性が待機していた。
「こんにちは。ガミルさんいますか?ブルト家の者です」
洋介は受付の一人に声をかけて、ペンダントを見せる。
「こんにちは、ご領主さまの使いですね。少々お待ちください」
女性はにこやかに対応して奥に下がった。
しばらくすると、奥から前世でいう、やくざの様ないかつい男があらわれた。
顔には大きな傷が頭から顎まで伸びており、黒い眼鏡をかけている男は洋介を見つけ近寄る。
『この人がガミルか?怖そう』
洋介は顔には出さなかったが内心ビクビクしていた。
「あら~ん、あなたがご領主様の使者?見かけない顔ねぇ?」
洋介の顔から血の気が引く。もしかして…オネエか!
「は…はい、初めまして佐藤 洋介です。姓が佐藤なので洋介と呼んでください」
洋介はぎこちない笑顔で答えた。
「私はご主人様の僕でシャドウと言います。お見知りおきを」
シャドウはいつもの通り大げさに一礼する。
「あら!いい男ねぇ。仮面なのが勿体無いわぁ。今度、仮面の下をみ・せ・て」
「できればご遠慮ください。一応魔族ですので、あなたの精神がどうかなりますよ?それでもよければどうぞ」
「あら~ん!こわ~い!!でも、し・げ・き・て・き!素敵だわ」
ガミルはいかつい顔でウインクをする。
洋介は苦笑いをするしかなかった。
ガミルに案内してもらって鍛冶集団を見学する。大なべは簡単に作れるそうなので大体の寸法だけ確認して次のお願いに移る。
「ジョウキキカン?蒸気って湯気の事でしょ?役に立つの?」
「ええ、大量に物を運ぶにはうってつけですよ」
洋介は断言する。前世では産業革命の原動力だから役に立たないはずはない。
「まあ、まずは見学してみて。」
ガミルはまず製鉄工場を案内する。
そこには、高炉があった。横には外の水車に連動しているであろう大型の送風機もあり、洋介は一目見て木炭高炉だとわかった。
「木をいっぱい使うからあんまり稼働させられないのよね~、あの燃える石を使えれば良いんだけど。鉄の質が悪いのよね」
ガミルはふぅとため息をつく。
「燃える石を見せていただけませんか?」
「いいわよ?知ってるの?」
「はい」
洋介はワクワクしている。石炭が存在しているなんてなんてラッキーなんだ。
「これがそうよ。掘れば掘るほどいっぱい出てくるわ。山全体がコレなんじゃないかって思うくらい。」
ガルムは黒い塊を渡す。
洋介の持った物は紛れもなく石炭で、話によると別の山奥に行けば燃える水もあるみたいだった。
ヤバい。洋介のワクワクが止まらない。
だれかにロマンティックをあげようかと思うぐらいだ。
洋介は自然に笑みがこぼれる。
「使い道なんてあるの?」
そんな様子にガミルは怪訝な顔で洋介に尋ねる。
「ええ。大いにあります。ここは最高です!」
それから1時間みっちり色々な設備を見学した。
鍛造、鋳造、加工、全てにおいて蒸気機関作成には十分すぎるレベルであった。
前世日本と違うとこは、溶接と旋盤などの加工機械が無いというレベルであった。
『機械は追々作るとして、どうしよう。ガミルと協議して設計図を作るか?』
洋介は迷う。しかし、決断する。
「ガミルさん。ちょっと蒸気機関で話し合いを持ってもらっていいですか?できるだけ多くの技術者を集めて技術を教えたいと思います」
洋介はガミルの顔をまっすぐ見て言った。
「あら?良い顔。漢の顔ね。いいわ、今晩集めましょう」
ガミルも洋介の顔をしっかりと見つめ返し答える。
ガミルは本当にいい人だ。オネエ口調なのが玉に傷だが良い技術者魂を持っている。
洋介も前世日本で産業人を養成する工業高校の先生だったので共感するところは大いにあった。
夜遅くなるので宿を手配して、鍛冶ギルドに向かった。
そして、多くの技術者を交え活発な議論を行った。ガミルのおかげで長は全員集まり、関係する若手技術者集団も交えて会議は深夜まで続いた。
そのおかげで、夜が明けるころには蒸気機関の基本図面は出来上がり、ガミルは試作品を作ることを約束した。
「あなたってタフね。惚れちゃいそうだったわ」
「ありがとうございます。鍛えられてますから」
前世日本で毎月過労死ラインの2倍は働いていた洋介にとって一徹や二徹は朝飯前だった。
「試作品が出来たら連絡するわ。たぶん半年はかかると思うから、その時またいらっしゃい」
「はい、楽しみにしています」
洋介は技術者同士の硬い握手をした。
そして、手配してあったルールントの宿に向かう。
洋介は産業革命の一歩を起こしたような壮大な達成感の中、ベットの中で泥のように眠った。
お昼の鐘が鳴る。
この世界も時間の概念は存在し、大体大きな都市の中心部には振り子時計とそれに連動する鐘があった。
大体それに付随する様に日時計と水時計が近くにあり専用に調整人が毎日調整していた。
ちなみに分がフルで、時間がメモだった。
名称は水時計の名残で王国はこの名称で統一している。
大体24メモが1日で、1時間が60フルみたいだが、生活様式から見てそこまで正確に時間は必要ではなさそうだった。
洋介はベットから起き上がると、強烈にお腹がすいていることに気が付く。
シャドウと共に宿の人に頼んで食事をできる場所を教えてもらい、そこに赴く。
看板には『パオ』とだけ書いてあった。
「いらっしゃいませー!!」
ドアを入ると威勢のいい声が聞こえた。それは前世日本でもおなじみの感じで、洋介は少しホッとする。
整然と並べられている机と椅子。まさに定食屋といった感じであった。
洋介は近くの椅子に座ると、先ほど威勢のいい声を出してくれた14歳ぐらいの女の子が来た。
「こんにちは!初めてですよね!どこから来たんですか?…あれ、そのペンダントはご領主さまの?」
にこやかに対応する笑顔は非常にさわやかだった。
「こんにちは。ブルト家の使いで此処に来たんだ。宿屋の人に聞いたんだけど、ここって何が食べれるの?」
「うちはパオしか出せませんが大丈夫ですか?」
「じゃあ、それをお願いする。あと、御代はいくら?」
「普段だったら銅貨5枚ですけど、ご領主様の使いの人からはいただけません!ぜひ食べてってください!!」
そういうと、元気っ娘は一礼し、厨房らしき場所まで走って行った。
『しかし、役得だなぁ。これも、ブルト伯さまさまだ。』
洋介はルミナはもとより、先代以前のブルト伯にも感謝した。
しばらくすると。元気っ娘が料理を両手いっぱいに持ってきた。匂いからしてニンニクのようなものが入ってそうな匂いが漂った。非常に食欲をそそる。
「おまちどうさま!名物のパオです!元気が出ますよ!!そこにある塩を振って食べてください!」
前世でいう大きな餃子がそこにはあった。
元気っ娘はパオとオートミールのようなものと、フォークとスプーンをおいて、一礼して去って行った。
これも、ブルト家について知ったことだが、このオートミールのようなものはルルと言って牛乳と、脱穀した燕麦を煮た、まさに前世のオートミールであった。
洋介は言われた通り、塩を振る。
「??シャドウ。どうした?」
パオに見惚れていた洋介だがよく見るとシャドウが怪訝な顔でパオを見つめていた。
「いえ、この匂いはあまり好みではなくて…外で待っててもよろしいですか?」
「吸血鬼だったっけ?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ単に好みです」
「好みじゃしょうがないね。まあ、適当に外で食事でもしてて」
「わかりました。適当な動物でも狩ってきます」
そういうと、シャドウは席を立ち、外に早足で出た。
「こんなにうまそうなのに、勿体無いねぇ。じゃあ、いただきます!!」
日本式の作法をして、洋介は勢いよく食べた。
味はまさに大きい餃子で食べた瞬間、皮から肉汁が溢れだして非常に美味だった。
餃子のタレが欲しかったが、塩味でもまあまあ美味しいので、塩を少し足しながら食を進める。
一人で黙々とすごい勢いで食べる洋介。その姿は孤独だが、自由だ。
久しぶりのスタミナ食かつ、シャドウが食べなかったので2人前はある量の為、洋介は汗をかき始めていた。
『うおォン!俺はまるで人間火力発電所だ。』
前世での記憶を頼りに関係ない事を思った。
洋介の胃は満足し、少し水を貰って休憩した後、席を立つ。
「ご馳走様!おいしかったよ!」
「どういたしまして!!また来てね~!!」
元気っ娘は厨房からヒョコッと顔を出して大きく手を振った。
その、姿は微笑ましかった。
洋介は身も心も満足して店を後にした。
※10/27改稿




