赤鬼2と下種勇者
主人公強さを手に入れる前から強すぎでしょ、とか思いますがそこはスルーしましょう!
「キサマハヨワスギテユウシャカドウカアヤシイモノダガ、チョウドイイオマエイガイノモノカラコロシテイッテヤロウ。ナガネンノシュクテキユウシャニハゼツボウノウチニシネェ! マズハ……ソコノオンアカラダッ!」
赤鬼はこの場にいる女子生徒を指さして言った。
「や、やめろぉぉ! 彼女に手を出すなぁッ!」
遊馬君が今までにないほど怒り大絶叫を上げるが、それは赤鬼を喜ばせるだけだった。もしかして指差した女子生徒って……。僕は慌てて赤鬼が近づいていこうとしている先に目を向けた。
「ホホウ、キサマノオンナダッタカ。オレハイイノヲエランダミタイダナ。ショッパナカラゼツボウヲアタエラレルトハ、サイサキガイイ。グフ、グフフ、グハハハハ!」
「キャアアアアァァァァッ! た、助けて、レイ君」
その先には僕にとって掛替えのない世界で唯一命に代えても守り抜くと決めた女性、白須さんがいた。
覚悟を決めている場合じゃない! 今すぐにユッカを助けに行く! そしてユッカに危害を与えようとした赤鬼を……殺す!
僕が震える心と体をねじ伏せ決意を固めたその時、白須さんの悲鳴と恐怖と絶望が入り混じった助けを呼ぶ声が聞こえた。先ほどまで震えていた気持ちは白須さんを見た瞬間に『ユッカを殺させない』『ユッカに手を出した奴は殺す』と心の中で変換されていた。僕にもう恐怖はない。だって、最愛のユッカが死ぬほど怖いものはないからね。
「チカクデミルトキレイダナ? ウン? ソウダ、コロスヨリオカスニシテヤル! ソノホウガユウシャニゼツボウヲアタエラレソウダ。ソレニオレモカレコレスウヒャクネンアソンデイナカッタカラナ。チョウドイイィ!」
「い、いやあああぁぁぁぁッ! レ、レイ……くん……たす、けて」
何だって……。犯すだとぉ……。てめえは絶対に殺す! この世に肉片すら残させない! 俺にあいつを殺す力をぉ! ユッカを救う力をおぉぉ!
「聖なる光よ、全てを弾く聖なる力よ、全てのものを拒絶せん! 聖光防壁」
回復職の女子生徒の一人が白須さんの周りに純白に光る防壁を作り出したが、赤鬼は拳を振り上げて叩き壊した。粉々の粒子になって消えていく防壁は並大抵の攻撃では破壊することを叶わない代物のはずなのに、無造作に振り下ろされた一撃で紙を破るかのごとく壊されてしまった。
白須さんは頭から身を縮こませて恐怖に震えている。周りにいる涼風さんが走るが間に合わず、騎士団員が赤鬼を止めようとするが止まらず、天宝治君達も足を引っ張るが動かず、赤鬼の拳は真っ直ぐに白須さんへ向かって行こうとしている。僕はその間に体を滑り込ませて力の軌道をずらしにかかる。
「ふざけるなよ、デカブツがァッ! 雲林院無心流合氣柔術……『流』」
謎の力が湧き上がると同時に僕は白須さんと赤鬼の間に入ると赤鬼が突き出してくる右腕が伸び切る前に体を外側に入れながら、左手で腕を持ち右手で相手の力を利用して力の方向を変え受け流す。自身を中心とした円の動きで敵の攻撃を捌くものだ。
赤鬼は僕の後ろの壁に頭から突っ込み壁に大きな穴を開けた。僕は恐怖や興奮で高鳴る心臓の鼓動を抑え付け、平常心且つ脱力して相対する。無駄な力が入るイコール赤鬼の力に負けて殺されるからだ。
「皆はここから離れて! 巻き添えを食っても知らないぞ!」
「ヴェ? オマエ、イマオレニナニヲシタァ! コタエロォォォッ!」
赤鬼は訳も分からず地に着かされたことに激高し、僕に単調な攻撃を繰り出し始める。無駄に狙いも付いていない突きを体捌きで避け、同時に身長差があるが飛んで赤鬼の顎を下から力の弱い方向へ上げて落す。蹴りは横へ受け流し、躱して腿を下から添えて上げながら入り込み逆の手で首を腕で押して転がす。その度に地面へ盛大な音を立てて転がる赤鬼。
「グゾォガアァァァァッ! ジネェェ! 『鬼砕・連』!」
鬼砕・連とは鬼闘術の技の一つで拳に魔力を纏わせた連突きのことだ。秒間六発突かれるこの技は自身より遥かに大きな岩を粉砕するため、僕が当たれば肉片になってしまうだろう。
僕はそれを横へ転がって避けると裏膝に蹴りを打ち込んで技を中断させ、落ちてきた顎に手の内側を合わせた掌底を放つ。
「雲林院無心流拳術……『双掌打』」
「グベェッ」
そのまま赤鬼の膝に足をかけ頭の横まで昇ると右手の中指の第二関節を尖らせた『竜頭拳』を腰溜めに作り左手で右手の手首を持ち、赤鬼の蟀谷目掛けて気と一緒に放つ。
「……『破砕突』」
「ガアアアアァァァァッ! イデエェェッ!」
放った突きは寸分狂わずに赤鬼の蟀谷に突き刺さるが、ステータス差と皮膚の下にある肉が邪魔をしてあまりダメージを与えられなかったようだ。激高した赤鬼は僕を掴まえようと腕を振り回すが、僕は肩を蹴って宙を舞い回避する。
力が湧き溢れていることでこちらに来て出来ないことが出来るようになっていた。それに今まで以上に力が溢れてきている。だが、これでも勝つことは不可能のようだ。
全ての攻撃を受け流し、力を利用して投げ飛ばす。時には腕を返して極め、取った腕を内側へ捻りながら投げ飛ばす。体格差があっても単調な攻撃をされれば関係なくなる。攻撃が読めればこちらのものだ。
「す、すげぇ。あいつ、実力を隠してたのかよ……」
「遊馬より強いんじゃないか? 一度も攻撃にあたっていないぞ……」
「彼は本当に最弱なの? もしかしてこれは夢? 異世界に来たのも……?」
周りで見ている男子生徒が目の前で起きていることが信じられないのか口を半開きにして呟くように言った。誰もが僕と赤鬼の戦いを黙って見守っている。僕としては動きが制限されるから早くこの場から遠ざかってほしい。
声には出さないが応援する者や期待に目を輝かせる者がいるが極少数で、ほとんどが僕に嫉妬や最初から本気を出さなかったのかと怒りをぶつけてきている。
「夢なわけない! 実力を隠しているわけないでもない! 今の零夜君はギリギリなんだよ? ステータスも私達の半分もないんだよ? あれは全部零夜君自身の技術でやっているの。だから、みんなこの場から退避して! 今は絶対に誰も邪魔をしちゃダメ! 零夜君の意識が少しでも狂うと一発で死んじゃうよ! 彼は私達のように赤鬼の一撃を耐えることが出来ないんだから!」
白須さんは涙を拭くと皆に聞こえる声でそう言った。隣に涼風さんが来てその震える肩を抱きしめ一緒に僕と赤鬼の戦いを見守っている。先ほどまで負の感情を僕にぶつけていた生徒は全員が目を逸らし、悔やむように歯を食いしばってその場から壁側へ遠ざかっていく。
まだ魔法陣の解析は終わらないのか……もう腕が限界だ。受け流すのに腕が内側から内出血を起こし、拳速が速すぎて擦り切れ、硬い皮膚に付き蹴りを放つたびに骨が軋んでいく。もしかしたら罅が入っているかもしれないが、今は痛みを放棄して目の前の赤鬼から時間を稼がないといけない。
「雲林院無心流拳術一の型……『破掌』」
もう腕の感覚がなくなり意識も消え始めている僕は、受けから攻撃に転じることにした。赤鬼は目を血走らせ僕に単調に振り回す攻撃しかしなくなったからだ。僕は筋肉が膨張して動きが遅くなった突きを懐に入ることで避け、右手の掌底で鳩尾を下から抉るように撃つ。赤鬼の突進してくる勢いも加わり僕の肘まで体内へ食い込む。
拳術の一の型は単発技だ。そして、『流れ』の……。
「……三の型……『三連潰』」
刹那の時間の内に赤鬼の顎を裏拳で横殴り、喉に腕を戻しながら全指を揃えた貫手、左脚で金的を蹴り上げた。本当なら目潰しなのだが、手が届かないのでしょうがない。
そのまま後ろに飛び去って赤鬼の動きを見守る。今にも膝を着いて崩れ落ちそうになる体を何とか持ち堪えさせ、僕の突いた左腕を見てみると指の骨が折れて肉を貫通し、腕の骨に罅が入って所々から内出血した血が流れ出て浅黒い肌を血で真っ赤に染め上げていた。やっぱりステータス差のせいで皮膚に攻撃が通らないみたいだ。
「グ、ブッ、グブァ、ゴハァ……ギザバァ、ゾグボ、ゾグボ、バッデグベダアァァッ。オバベバケバァイガジデオガネェェェェッ! 『鬼無双』『魔爆』」
「しまった! 皆離れろぉ!」
「か、解析終了しました! 皆さん、すぐに転移します! こちらに集まってください!」
『鬼無双』とは鬼系の魔物固有の技能で十分ほど筋力を倍にする。それに加えて範囲攻撃技の『魔爆』も使うようだ。腕の力と魔力を使うこの技は『鬼無双』と併用することで二倍以上威力が上がるだろう。
僕は皆に退避を促すと魔方陣の解析をしていた騎士団員から解析終了の報告が出た。僕の指示に従ったのかどうかわからないが、一斉に魔法陣へと群がっていく生徒達。重傷を負っていない者は動けない者に手を貸しているが、それでも間に合いそうにない。
僕自身は腕を顔の前でクロスさせると気を体に循環させて防御姿勢を作り上げ、白須さん達の前に立ち塞がる。これ以上下がることが出来ないため少しでも彼女達に行く衝撃を和らげるためだ。まあ、僕は身体が小さいから防げる範囲も小さいんだけどね。
「ジネエエエェェェェェェェェェェッ!」
ズガガガガガガガガガガァァァン
ブオォン、と大気を唸らせ手振り下ろされた両腕から魔力の奔流が巻き起こり地を掘り返しながら破壊が進んでいく。爆弾でも投下されたかのような爆音と破壊が目の前に起こり、衝撃波が僕の全身へ襲いかかり吹き飛ばそうとしてくるが、その時僕の背中を押す力が加わった。後ろにいた白須さんと涼風さんが僕の背中の体全体で押して支えてくれているのだ。
「レイ君、私達が支えるから踏ん張って。さっきはありがとう。嬉しかったよ」
「護られている私が言うのもあれだけど、支えは私達に任せて踏ん張りなさい」
二人には風圧がそれほど言っていないため話すことが出来たみたいだが、僕にはそんなことをしている余裕はなく、少しでも気を抜くと状態が後ろに反れ吹き飛ばされてしまう。僕はブーツの中で食い込むほど指を踏み締め、腕にさらに力を込め、腰を反らせないように前に傾け、あらゆる筋肉と関節を締め、足は内股に構えて衝撃に耐える。
衝撃が僕の服や皮膚を切り裂き流血が増えていく。このままでは耐えきれないと思ったその時、背中から暖かく優しい力が注がれ始めた。
「癒しの女神よ、母なる恵みよ、傷付き者に祝福を…… 聖治癒。……回復は任せて」
それに気が付いた白須さんが僕の背中を支えながら残り少ない魔力を使い回復魔法を掛けていく。怪我が治るスピードの方が速く次第に僕の気力も戻っていき防ぎ切ることが出来るようになる。周りにいる皆は騎士団の人や重戦士の人の後ろに隠れて堪えきる。
「…………ォォォオオオオアアアアアアアアッ!」
知らず知らずの内に腹から声が漏れていた。
次第に衝撃が収まり始め、僕達は誰一人掛けることなく耐え凌ぐことが出来たようだ。僕はある程度衝撃が弱まった所で腕の隙間から赤鬼に標準を合わせた。
「ッ!? 二人共僕の体にしがみ付いてッ!」
「え!? え!?」
「いいから早くッ! 赤鬼が来るッ!」
「キャッ」
僕は強引に二人を脇に抱えその場から横へ緊急回避する。二人の足が掠りそうになると気づき、肘を下に回転させながら二人の背中を押して投げ出すが、その反動で今度は僕が前に飛ぶ力が減速し赤鬼に体を左腕を肩ごと持っていかれた。
「レイくうぅぅぅんんんッ!」
白須さんが振り返って僕の名前を叫び呼ぶ。僕は身体を回転させながら地面に叩き付けられた。何とか受け身だけは取ったが左腕の関節が外れ、骨が完全に折れたため衝撃を逃がすことが出来なかった。
「ガハッ、ぐぅぅ、あぁ、く、そぉ」
僕は無事だった右脚と罅の入った両足で何とか立ち上がり、突進をしてきた赤鬼を視界に入れる。白須さんが僕に駆け寄りすぐに回復魔法を掛けてくれるが、折れた骨や外れた関節までは治せない。僕は回復魔法を掛けてもらいながら左腕の関節を入れた。先ほどまで感じなかった激痛が走り崩れ落ちそうになるが涼風さんが僕を支えてくれたから何とか耐えた。
赤鬼は僕達がいた背後の壁に体半分以上が埋まっている。この間に僕は回復を掛けてもらいながら引き摺られるように魔法陣へと急ぐ。
「魔方陣起動します! 皆さんは早くこちらへ!」
「赤鬼が埋まっている間にレイヤ達も早く来い!」
ロイ団長、無理な願いを言ってくれますね。もう体の感覚がほとんどないっていうのに。だけど、何としても魔方陣まで行かなければ……せめてこの二人だけでも。
「ダメだよ。レイ君も一緒に帰るんだよ」
「ユッカ……」
「雲林院君にはこれから主力になるだろうから絶対に帰って来てもらわないとならないわ」
「涼風さん……わかったよ。早く、魔方陣まで急ごう」
やっと魔方陣まで着いたというところで後ろにいる赤鬼をちらりと見てみるとボゴンッ、と音を立てて壁から抜き出ていた。そのまま幽鬼のように僕を黄色く光る双眸で見据えて怒りの咆哮を発した。
「グラアアアアアアアアァァァァッ! ゴロジデヤルゥゥ」
「くぐぅ、皆いるか! 起動させるぞ! やれ!」
「はい! 魔方陣起動します! 残り十秒、九……」
狭い部屋に響き渡る大咆哮に耳を押さえたロイ団長が魔方陣起動の合図を出し、魔法部隊の魔法師が起動させてカウントダウンを始めた。誰もが「これで助かる」「地上に帰れる」と思い安心したその時、赤鬼に攻撃する馬鹿が数人出た。
「あいつばかりに良いところを持っていかれて堪るかァァァッ! 業火炎球ヤアァァァ! 死ねェェ!」
「「「そうだそうだァァァ! 俺達がやる! あいつにできて俺達にできないわけがない! 真空烈波ァァァ! くたばりやがれぇぇぇ!」」」
「俺は勇者だァァァ! あんなカス野郎に劣っているわけがねぇぇぇぇ! 神よぉ! 全ての悪を滅ぼす聖なる祝福ぅ! 光よぉ! 魔を祓いし悪を滅する浄化の光ぃ! 源よぉ! この一撃を以て全てを無に帰せえぇぇ! 神罰ノ剣ぃぃぃ! 滅しろぉぉぉ!」
戸間の両手から極大の火球が生まれ大気を焦しながら放たれ、近藤達三人からうねりを上げる大気の刃が放たれ、遊馬からは今使えるものの中で最大の威力を誇る勇者専用の奥義魔を断つ断罪の一撃を放った。
「馬鹿者ぉぉぉぉぉ! 何をしておるかぁぁぁぁぁ!」
攻撃をした馬鹿は五人は魔方陣の外から技を放ち、その誰もがズボンを暖かく濡らし、異臭放ち、涎を撒き散らし、鼻の穴を膨らませ、目を血走らせている。もう自分達が何をしているのか判断も付かないのだろう。
ロイ団長が五人を止めに入るが五人の技は既に放たれた後でその行動は無念に終わり、赤鬼が折角咆哮を上げるだけで近づいてこなかったというのに今の五人の技でこちらに意識が向いた。
「キャアアアアアアアアァァァァァァ」
「こ、こっちを向いたぞぉ! は、早く起動をお願いします!」
「あ、あの五人なんてどうでもいい! 早く、早くしないと……」
「や、やったの、か……?」
五人の技が避けることなく正面から赤鬼にぶち当たり大音声の爆発音を部屋に轟かせ、脆くなった壁や天井が崩れ剥がれる。五人は魔力をほとんど使い果たし肩で息をしているがその顔には狂気の笑顔が浮かんでいる。
「……やった、やった! やってやったぞぉぉぉ! ほら見ろ! お前等見たかよぉ! 俺が、俺達が仕留めてやったんだぁ! 後でヤラせろぉぉぉッ! あははははは」
「これであいつより上に……。俺はカッコイイんだ。俺は伝説の勇者なんだ。俺が正しいに決まっている。逃げる? 馬鹿言うな! さあ皆、倒したのだから次に進もうじゃないかぁ!」
「きゃは、きゃははは、きゃはははははははは」
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……」
五人は壊れたレコードよろしく、と言った感じでさらに汚い液体を撒き散らしながら吠える。もうこの状況に追い込んだ元凶と支離滅裂な勇者の言うことを聞く者は限られているし、この疲弊しきった状況でさらに進むことも、相対した経験であんな攻撃が通じていないことは冷静な奴なら誰でもわかる。
「そこの五人! ボケっとするな! 早くこっちに来い!」
ロイ団長が五人に呼びかけるが五人は聞く耳を持たない。騎士団員は無理やり五人を連れて行こうとするが、なまじステータスが高いため捕まえても連れてくることが出来ないでいる。
「残り五秒」
「ガアアアアアアアァァァァァッ! コロスゥゥゥゥ! コロスゥゥゥゥ! コロスゥゥゥゥゥゥゥッ」
「「「「「ひ、ひいいぃぃぃぃぃぃ!」」」」」
煙の中から黄色い光がゆらりと人魂のように現れて煙が魔力の奔流によって取り払われると、先ほどの咆哮よりも大きな雄叫びとこちらも狂気じみた怒りの形相で物騒なことを口走っている。五人は騎士団員から抵抗をやめて蒼い顔になって悲鳴を揃ってあげる。
「魔法を撃てる者はすぐに撃て! あと五秒持ち応えさせるんだ! 何としても赤鬼を近づけるな!」
ロイ団長の掛け声に合わせて様々な属性の魔法が放たれていく、宛ら流星の花火と言ったところか。火の球に水の弾丸、不可視の刃、飛ぶ岩石、急所に向かう矢、魔法の使えない者は石を投げ、遠距離攻撃が出来るものは何でも使う。が、赤鬼は怒りで痛みも、というより全く効いている気配がなくこちらに突進してきた。
「ジャマダアアアアアアアァァァァァァァッ!」
「何をしとるかぁ! 早く魔法陣の中に入れ!」
「「「「「…………」」」」」
五人は気を失っているようだ。赤鬼は僕達から目を逸らし、一番近くにいる五人に目を付けると雄叫びを上げ腕を振り被って接近してくる。騎士団員は置いて逃げ出したい気持ちを押さえて五人を引き摺っているが、既に半日以上戦っている連戦とこの戦闘で肉体と精神共に疲労がピークとなり力が入らないようだ。僕達側にはそんな五人なんか置いていいから早く来て、と泣き叫んでいる。薄情かもしれないがこいつ等が攻撃を仕掛けなければ安心して転移出来ていたのかもしれないのだから仕方がない。
五人を引き摺っている騎士団員達に影が落ちた。赤鬼が接近してその振り上げた巨大な腕を振り下ろそうとしていたのだ。
はぁ~。最後まで人様に迷惑をかける連中だな。
「ごめん、ユッカ。死なないようにするから援護を頼む」
「え? レイ君。ちょ、レイ君!」
僕は未だに力が湧き出しているのを理解すると輝き出した魔法陣から飛び出し、ユッカを助けた時のように彼らの間に体を滑り込ませて赤鬼の攻撃をずらし投げ飛ばす。
「雲林院無心流合氣柔術……『流・腕挫廻投』」
赤鬼の左腕がスピードに乗り切る前に内手首を左手で取り右手で下から固定して内側に回転させながら、相手の肘を伸ばし曲がらない方向へ捻り上げる。自身を中心に相手が円を描く様に動かし、左手を外して急所ががら空きとなった脇と肋骨の下の隙間に貫手を打ち、力がなくなった所に肘を左手で下から関節を折るつもりで上へ突き上げ赤鬼が痛みで爪先立ちになるので右手を胸に固定して体全体を使って肘を逆側に折りながら投げ飛ばす。
ボキイィ
と、骨が折れる音が静かになった部屋に響き渡り、次に泣き叫ぶ赤鬼が壁に激突する音が響き渡った。僕はすぐに後ろを振り返り、先ほどの振動で意識を取り戻した五人を殺気を含んだ濃密な睨みをぶつけた。
「邪魔だァッ! さっさと逃げろォッ! 馬鹿者共がァッ!」
「「「「「は、はいいぃぃぃ!」」」」」
「残り三秒!」
五人はすぐに立ち上がり魔方陣の方へ走り出した。騎士の人も僕に頭を軽く下げながら慌てて魔法陣の方へ急ぐ。僕も魔方陣の方へ走り出そうとすると横から赤鬼が突っ込んできた。
「ジガゼブガ(いかせるか)アアアアアアァァァァァッ! オバベバゴゴデゴゾズ(おまえはここでころす)ウゥゥゥゥッ! 『鬼神・阿修羅突』ィィィィ!」
「くっ、間に合わない、かっ! 『無尽廻受』」
僕は後ろへ、魔方陣から遠ざかりながら全ての攻撃を極限まで集中することで見切り、赤鬼の連続突きをいなし躱し受け流す。
くそ……僕は、此処でリタイアなのか……。ユッカ、約束を守れそうに……。
もう自分が終わったと悟り全身の力が抜けてきたところで赤鬼の攻撃が止み意識が現実へ戻ってきた。一体何が起きたんだ?
「レイ君! 早くこっちに来て! あと一秒!」
「っ!?」
ユッカの声に弾かれるように痛む体を動かして魔方陣に向けて駆け出した。振り返る時間も惜しかった僕は赤鬼がどうやって止まったのか分かっていないがこれはチャンスだ。これを逃したら僕は……。いや、やめておこう。これはフラグになる。
「ガアアアアァァァ! ジャマダアァァ! コレヲドケロオォォォ! ニンゲンドモオオォォォォ!」
あと数メートルというところで皆が乗っている魔法陣が輝き始めた。僕は脚が絡まってこけそうになるのを無理やり重心移動でバランスを取って走り続ける。来た時の半分の光量となった所で僕も魔方陣へ無事辿り着き、奥で大粒の涙を垂らしながら笑みを浮かべているユッカを見て安堵した瞬間、魔方陣の輝きが一気に増し僕以外を包んだ。
「……え?」
僕は後ろにいた人物達に体を魔方陣の外へと押され出てしまっていたのだ。僕は慌てて魔方陣の方へ入ろうと振り向くと例の五人が薄気味悪い顔だけ光の外へ出して声を揃えて言った。
「邪魔者の、お前は、此処で、死ね。ざ、ま、あ、み、ろぉ……。あはははははははははははははは」
狂ったかのように五人は笑い声を上げ僕が魔方陣の中へ入れないように立ち塞がっていた。そして輝きが増し、同じ光量を発す瞬間に五人は背後へ下がりその身を光に包むその時、
「彼女のことは俺に任せろぉ。大事に、大事に、ヤッテやるからよぉ。お前は此処でくたばってくれやぁ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
顔は狂気の笑みに歪みその場に異臭を放つ汚物を撒き散らしている遊馬は、額に手を当てて上を向くと僕を横目で見下すように見下ろしてそう言った。
僕は何を言っているのか理解が出来ず、その場に立ち止まってしまった。我に返った時はすでに遅く、魔方陣の光は消え失せ始め、中にいた人全員が姿を消していた。
「アアアアァァァスウウウゥゥゥマアアアァァァッ!」
僕はその場で力なく崩れ落ち両手を地面に叩き付けて叫んだ。
さあ、勇者が下種になってきました!