転移罠と赤鬼
すみません。少し長くなったので二つに分けますが、切りがいいところがおかしくなっています。
翌日となり、朝食を食べ終えた僕達は食休みをした後迷宮に挑んでいる。いまは第三四層、攻略されている階層の最後となる。次の階層からは一人一人がしっかりと注意を向けて行動しなければならない。
僕は騎士団の人に手伝ってもらいながら着実に魔物を一匹ずつ仕留めていく。魔物の速さも徐々に上がってくるが目が捉えているからそれほど大きな怪我は一度も負っていない。全て飛びついてきた瞬間に急所を打ち抜き、怯んだ瞬間に柔らかい部分を付いて殺している。
木刀に『殺傷能力向上』が付いているため魔力を込めれば込めるほど真剣に近づき超えていく。常時発動させずにあたる瞬間だけ魔力を爆発的に送る方法だ。そうすることで魔力の消費を抑えている。それを見た騎士団の人は僕に話しかけるようになり、段々と仲が深まっていった。それを見た皆が不機嫌になったのは言うまでもない。まあ、白須さん達は嬉しそうにしてくれている。
「よし、次は完全に踏破されていないエリアとなる。どのような魔物が出てくるか、罠がどこにあるか、どういった階層かほとんどわかっていない。今までと同じく気を抜かずに進むように。いいな!」
『はい!』
第三五層。ここは大空洞というよりはしっかりとした造りの壁に見える人工の大空洞のように見える。まあ、ありえないんだけどね。迷宮には驚かされてばっかりだ。
僕は最後尾辺りで騎士団の人に護られながらゆっくりと進んでいる。時折中衛にいる白須さんが後ろを向いて微笑んでくる。やっぱり昨日のことがうれしいみたいだ。気を抜いてはダメだといっても仕方のないことかもしれない。僕が気を抜けば確実にしになるからそんなヘマだけはしない。
現在の僕のステータスはこれだ。
雲林院零夜 男 人族 レベル:1 経験値:0
職業:
筋力:73
魔力:600
体力:68
耐久:57
魔耐:53
精神:103
敏捷:51
魔法属性:無
技能:ボックス、鑑定、言語理解
称号:異世界人
魔力を除いた平均が70近くになった。これも肉体に合わせることが出来るようになったことで、効率よくステータスを上げられるようになったからだ。更に迷宮に入ってから2、30レベル差ある敵を倒しているのだから上がって当然だ。それでもレベルアップしないから、微々たるものなのだが。魔力のおかげでもある。
因みに鑑定で見ることのできる現在の魔物のステータスはこれだ。
キラービー レベル:27 経験値:3978
系統:虫
筋力:129
魔力:258
体力:132
耐久:268
魔耐:195
精神:276
敏捷:348
魔法属性:無
技能:魔力操作、毒針、麻痺針、
説明:大型の蜂の魔物で集団で巣を作り、女王蜂の『クイーンビー』を中心とした群れで活動する。ビー類の魔物の中でも凶暴な分類に入り、お尻から出る針に刺さると一瞬で意識を刈り取られるほど強力だ。弱点は火、クイーンを倒されると統率が怪しくなる。
こういうように表示される。僕に数倍以上のステータス差がある。もちろん、正面から倒そうとは考えない。こういった蜂は針で攻撃することを主とし、視界に入れておけば避けやすいのだ。だから避けた瞬間に準備しておいたカウンターを関節部分に放てばポトリと落ちてくれる。後は飛ばれないように羽根を踏んづけて甲殻と甲殻の間に木刀を突き刺して殺す。
他にも蛇の魔物ジャイアントスネークは巻き付かれることに注意し、弱点の頭を噛み付かれる瞬間にカウンターで叩きこむ。もっと小さければ首根っこを持つことが出来るのだけど、これは丸太ぐらいの大きさがあり無理だ。慎重に頭を叩く、これしかなかった。
後はゴーレムは頭に飛びついて自滅させたり、リザードマンはフェイントを入れた体術と剣術で柔らかい腹を集中的に狙ったり、レッドスライムは抜刀術の応用で核を数回に分けて粉砕したり、マタンゴは胞子を飛ばすから古武術ではないが暗殺術の歩法を利用して背後から柔らかい傘を貫いたりして倒している。
その間に皆は十体単位で倒していっているのだけどね。まあ、このステータスでよくやっていると僕は僕で思うよ。騎士団の人も倒した瞬間に歓声を上げたりしてくれるからいつも以上にやりやすい。
あと、マッスルラビットというマッチョ兎の魔物が出てきたんだけど、最初は大きくも可愛い兎だったのに立ち上がると強靭な脚と体が現れこちらにポーズを決めながら突進してきたんだ。その姿にやられた女子生徒と一部の男子生徒は恐慌状態に陥ってしまい、混戦になってしまったんだ。
やっぱり白須さんもダメみたいで僕の方に近づいてきたんだ。だけど、僕が弱らせてないこの辺りの魔物を倒せると思ってはいけない。僕も恐慌状態になり掛けたところへ案の定かっこいいところを見せようとした遊馬君が『聖光剣』という大技を放って倒したんだけど、その技のせいで壁を一部破壊して大変だったんだ。白須さんは僕の後ろに隠れて見ていなくて逆に僕が睨まれたんだ。災難だよ。
「全体止まれ! ここで一度休息を取ることとする。周囲の警戒を怠るなよ。休息は三十分間とし、その後階段を探す。見つからなければ前の階層へ戻り今日は終了とする」
僕はやっと一息つけると思い壁の方へふらふらと歩いて壁に背を付けてへたり込んだ。そこへ白須さん達が近づいて来て話しかけてきた。
「雲林院君は良くそのステータスで倒せるわね。私だったら立ち向かう勇気もないわ」
最初に話しかけてきたのは涼風さんだ。僕は顔を上げて疲れた笑みで答える。
「うん、まあ、昨日約束したからね。こんなところで躓くわけにはいかないよ。それに、お爺ちゃん達に立ち向かう方が勇気がいるね」
だって、僕より四十センチも高くて筋肉隆々で一撃が見えないときがあるんだよ? 煉瓦なんて普通に抜き手で破壊するし、瓦を菓子のように割るし、大の大人が殴られて空を飛ぶんだよ? ありえないでしょ。それに比べてこの辺りの魔物は武器を持ったり技を使ってきたりはするけど、しっかり見極めれば避けられるし攻撃を当てることも出来る。
「そうよね、零夜君のお爺ちゃん人間なの? って言いたくなるものね」
「それほど強い人なの? 地球に還ったらぜひ会ってみたいわね。それにしても約束のためねぇ。初々しいわ。優香はチラチラと後ろを見るし、もう少し隠したほうがいいんじゃない?」
涼風さんが悪い笑みを浮かべて白須さんを弄る。白須さんは顔を真っ赤にさせて僕の方をちらりと見た。僕はここで顔を真っ赤にさせたら皆から敵意を貰うと考え、頭をからっぽにさせた。幸い皆には聞こえていなかったみたいでよかった。
「香澄ちゃん! 変なことを言わないで! 恥ずかしいでしょ!」
「ごめんごめん、もう、見ていて悶えちゃうのよ。あんた達はラブコメの主人公とヒロインか! って言いたくなるわ」
「もう知らない!」
「あははは……」
白須さんは地球にいた頃に戻りそれ以上に明るく楽しそうに過ごしている。つられて僕も涼風さんも笑い、楽しい気持ちになっていく。
横目で皆を見るとやっぱり嫉妬と敵意を含んだ視線を向けられているが、僕が本気で戦ってきているところを見ているから言いたくても言えない。これで言って来たら騎士団の人が動くだろう。騎士団の人は僕の味方になっているのだから。
だが、その視線の中に微々たるものだが殺気が込められていることに気が付いた。すぐに目を動かして探るとやはりあの四人と遊馬君だった。僕と目が合うと舌打ちをして離れていった。
これは気を付けていたほうがいいな。恐らく次に仕掛けてくるはずだ。
迷宮に入ってから何度もこのような視線を受けている。負の感情が入り乱ったとても不快な視線だ。ねっとりと巻き付き、絡めとって確実に殺すというような殺気が込められている。
更に昨日の罠は確実に僕の方を狙ってきていた。ほとんどが矢関係のもので、僕が発射される方向を見ていたからいいものの当たっていたら死にかけていただろう。しかも罠を踏んだ奴は戸間達四人だった。
魔物の襲撃が一度もない休息を終えた僕達は階段を目指して歩を進めていた。ここまで来た二十層ほどでわかったことは一層が最大六キロ弱で四角い箱のようなものに収まっている感じだ。ここは大体八割が攻略されているが二割は攻略されておらず、完全な地図を作るにはあと専門職の『地図師』が二週間は潜らないといけないだろう。
ここ三五層に入ってから半日が経とうとしていた。だが、未だに階段が見つからず、残すは未踏破エリアのみとなってしまった。
未踏破エリアは何も解っていないに等しく、魔物はそれほど変わらないにしても罠の種類に設置場所、階段の配置、通路の幅等々分からない事だらけなのだ。
未踏破エリアはさらに壁が綺麗になり本当に壁が出来たように思える。明かりは光苔と光水晶で照らされている。
僕達は今まで以上に慎重となり辺りに魔物が潜んでいないか注意をしながら進んでいたその時、生徒の一人である図書委員だった長谷千草さんが声を上げた。
「待ってください。こちらに隠し通路を発見しました。どうしますか?」
彼女の職業は『地図職人』で、地図師の上位職業だ。なぜ気が付いたかというと『マッピング』という自身を中心とした半径十数メートルを自動的に紙に書き写していく技能があるからだ。この技能によって壁の向こうに閉ざされた空間があることを知ったのだろう。
皆はそれを聞いて疲れが吹っ飛んだのか大はしゃぎでその部屋に行きたいと言い始めた。ロイ団長達は難しい顔をしているが溜め息を一つ付くとその部屋に入ってみること許可を出した。
「いいだろう。こういったことは早い者勝ちだからな。折角発見できたのだから入ってみるか。チグサ、最も薄い壁か仕掛けがありそうなところはないか?」
ロイ団長は長谷さんに作成した地図を見せてもらいながらそう言った。地図には十メートル四方と思える小部屋が壁に閉ざされた状態で書かれていた。また、部屋の真ん中には大きな箱の絵が描かれていることから宝箱があるのだろう。罠までは書けないそうで自分達で見破るしかないそうだ。
侵入する場所もなさそうだが、丁度正面の壁が薄く脆そうに見えるので、魔法で破壊してみることにした。だが、魔物が溢れてくる可能性もあるため穴を開けるのは小さくし、前衛が魔物に備えておくことになった。僕は邪魔にならないように反対の壁に寄り添っている。
「よし、シラスは回復専念しろ。アカリ、十分に威力を落した火魔法で壁に穴を開けてくれ。一度に開けなくてもいい数度に分けてやってくれ」
「わっかりました! 全ての源よ、真っ赤に燃える紅の炎よ、我が手に集いて力と成せ! 火炎球」
ドガンッ
と壁にぶち当たると爆炎を上げて破壊音を空洞内に響かせる。煙が晴れる前にロイ団長がもう一度指示を出す。
「アカリ、もう一度!」
「はい! 全ての源よ、真っ赤に燃える紅の炎よ、我が手に集いて力と成せ! 火炎球」
ドガンッ ドガンッ
その後二発放った所で一旦停止がかかり、煙が晴れるまで警戒態勢でいることになった。煙が晴れてくると壁から漏れる光がこちらに差してくるのが分かり、穴が開いていることが確認できた。
「よし、まずは部屋の中の確認だ」
過半数の生徒が群がるように空いた穴を覗き込んでいく。まるで異性の着替えを覗きに行っているようだ。中にある宝箱を見て誰かが声を上げた。
「すげぇー。あんな大きな宝箱初めて見たぜ」
「きっと、見たこともない財宝が入っているのよ」
「いえ、魔道具よ」
「いやいや、俺のための魔剣さぁ」
『いや、それはない。大体お前剣じゃなくて弓じゃん』
前に聞いたような会話があり、魔物がいないようだから壁を壊して中へ入ることとなった。壁の中はしっかりとした造りとなっていて中央の台座の上に横三メートル、高さ二メートルほどの巨大宝箱が設置されていた。
皆宝箱まで走り寄り囲むように眺めて歓声を上げる。僕は何か嫌な感じがしたので鑑定で調べてみることにした。
「『鑑定』」
――――――――――
名称:転移ボックス
この中には何かしらのアイテムが入っているが、取り出したら部屋の中にいる全員をこの迷宮の下層へ飛ばすトラップ付宝箱の一つ。アイテムも転移した後に消え去る。
――――――――――
何だって!? 宝箱を開ける前に皆に知らせないと!
「皆、その宝箱に触れちゃダメだ! 罠が付いている!」
僕は部屋に入って大声で宝箱を開けるのを止めるように言った。戸間が宝箱を手にかけていがまだ明けてはいない様でよかったが、やっぱり皆僕の話を聞こうとしなかった。
「は? 何言ってんのお前? これが罠? ロイさん、この宝箱に罠が確認できますか?」
「ん、あ、ちょっと待て……いや、確認できない」
「ほら見ろ! 雲林院、嘘ついてんじゃねぇよッ! あ、お前俺達に嘘ついて諦めた後に自分が手に入れるつもりだったんだな? ま、お前は弱いからその気持ちはわかるけどよぉ。それはないんじゃねぇかぁ?」
戸間は、いや、クラスメイト全員が僕を嘲笑い軽蔑する目で見てくるが今はそんなものに気圧されるわけにはいかない。皆の命がかかっているんだ!。
「そんなつもりはない! その宝箱の中身を絶対に……」
「うっせぇっ! お前に指図されるいわれはねぇんだよッ! ロイさんも罠がねぇって言ってるんだからよぉ。しかも、どうしてお前が分かるんだ? おかしいだろうが!」
周りの連中も僕に対して罵倒を浴びせるが、僕はここで折れるわけにはいかず、かといって部屋の外に出るわけにもいかない。どうするか迷っているとロイ団長が僕に事情を聞いてきた。
「レイヤ、あの宝箱が何だというのだ?」
「僕が『鑑定』の技能を持っているのは知っていますよね? 調べてみた結果あの宝箱は転移トラップ等罠で中にあるアイテムを取り出した瞬間にこの部屋にいる全員をここより下層にランダムで転移する罠です! 最悪、最下層やボス部屋、モンスターハウスなどの部屋に行くかもしれません!」
「なにっ!? 皆、その宝箱から――」
僕は早口でロイ団長に伝えロイ団長が皆に離れるように促すがすでに遅く、戸間が宝箱を開けて中の物を取り出そうとしていた。というより、戸間達はロイ団長が言うことを聞こうとしていなかった。
「おお! こりゃあすげぇ! 金貨が山のように入ってるぜ! 雲林院ぃ、何も起きねぇじゃねぇかぁ! 罰としてお前には一つもやらねぇ!」
「団長! レイヤの言う通りトラップです! あの宝箱は妨害もしていた模様!」
「ッ!? ぜんい――」
戸間は中にある金貨を抱えるように持ち上げその場で浴びるようにぶちまけた。僕はそんなことお構いなしに白須さん達の手を握って部屋の外へ行こうとしたが一歩遅く、魔方陣が部屋いっぱいに広がりこの場にいる全員の視界を真っ白に染め上げた。ロイ団長の退避命令も遅くなり誰一人この部屋から強制転移させられてしまった。
視界を真っ白に染め上げた魔方陣は僕達を強制転移させ終わると光を一気に失いうんともすんとも言わなくなった。僕達の眩んだ目が治り始め視界に入った所は先ほどと同じような部屋だった。唯一違うのは隣に三メートル級の巨人がいることだ。その巨人は血のように赤黒い肌と薄暗い部屋の中でも金色に光る二つの瞳、各所に身に付けた軽装のガードは汚れと傷が目立ち歴戦の戦士だと言わせている。
「……チッ、脅かしやがって。さっきと同じ部屋じゃねぇか。そういえば、金貨はどこ――」
「危ないッ!?」
ズガアアァァァァン
金貨に目が眩んだ戸間はその巨人がいることに気が付かず、台座の様な場所から飛び降りてばらまいた金貨を探し始めた。そこへ巨人が無音で動き巨大な岩石のような拳を戸間目掛けて叩き落としたが、危機一髪で近くにいた遊馬君が体当たりして救った。
「な、な、なな……」
「早くそこから離れろ!」
ロイ団長の叫びが二人に届くと弾けるように巨人から遠ざかった。僕達もそれぞれの隊列に並び巨人の攻撃に備える。巨人は拳を引いて軽く構えると唐突に喋り出した。
「アンナワナニヒッカカルトハ、バカナレンチュウダナ。カネニメガクライシモノドモヨ、オマエタチノハカバハココトナルダロウ。ワガナハ『鬼武者修羅門童子』マタノナヲ『赤鬼のシャラモンテ』キサマタチノイノチヲイタダク。カクゴシロ」
その言葉と同時に赤鬼から強烈な嵐が吹き荒れ始め僕達を吹き飛ばした。僕は地面に手をついて着地すると近くにいた白須さんと涼風さんの様子を確認する。二人は背中を打ったようだがステータスが高かったのが幸いして咳き込んでいた。
「『鑑定』」
――――――――――
名称;鬼武者修羅門童子 個体名:赤鬼のシャラモンテ レベル:182 経験値:17842867
系統:魔獣
筋力:3757
魔力:1593
体力:3237
耐久:2183
魔耐:1458
精神:2229
敏捷:2745
魔法属性:無
技能:魔力操作、鬼金剛力、鬼豪腕、鬼闘術、鬼無双、鬼の怪力、魔爆
称号:ネームドモンスター、魔人、五十階層の守護者
説明:朱鬼と呼ばれる鬼が激戦を熟し進化した魔人。自慢の肉体を生かした鬼闘術を使い、鬼の怪力で全てを吹き飛ばす。また腕に魔力を纏わせて振り下ろし自身を中心に大爆発を起こす『魔爆』を使う。自滅系統の技能となるがその破壊力は竜種のブレスに匹敵する。また、魔法はからっきしのため遠距離攻撃の術を持っていない。弱点は水と頭に生えた一本角。また、ネームドモンスターのためステータスが上昇している。
――――――――――
げっ!? 何だこのぶっ壊れステータスは! 僕の二十倍から三十倍あるぞ! 遊馬君でも平均800だ。半分にも満たない! と、とにかくみんなに弱点を教えないと!
「魔人だ! こ、こいつの弱点は魔法だ! 特に水属性に弱い! 後、頭に生えている一本角も弱点だ! 相手は遠距離攻撃が出来ない! 外から着実にダメージを与えるんだ!」
僕はこの状況なら誰でも聞いてくれるだろうと思ったがその考えは浅はかだったようだ。
「そんなわけがあるか! こいつは見かけだけだ! 皆でかかれぇッ!」
「ば、馬鹿者! レイヤの言うとおりにしろッ!」
戸間達は僕の言うこともロイ団長の言うことも聞かずに連携のなっていない出鱈目な攻撃をし始めた。赤鬼に剣が振られ、斧が振り被られ、拳打が叩き込まれ、弓が放たれ、各属性の魔法が飛び交うが全く聞いていない。と、いうより防御の体勢にすらならない。黙って加えられているだけだ。
「皆! その場から退避しろぉッ!」
僕は喉が潰れるほどの声量で叫ぶが誰ひとり聞こうとしない。僕は白須さんと涼風さんに後ろへ下がるように促した。
それと同時に赤鬼は徐に四股を踏むように片足を上げ、地面へ振り下ろすと先ほどと同じ鬼の怪力を使った。先ほどよりも激しい風圧と地響きが伝わり立つことが出来なくなる。
赤鬼はその巨体に似合わない俊敏な動きで近くにいる男子生徒を岩石のような拳で叩きつけた。
「ぐばッ……う、うぅ」
男子生徒はタンク職みたいでまだ死んでいないようだが、虫の息なことは変わらない。
「ロイ団長!」
「ああ、わかっている! 各自赤鬼から離れろ! これは命令だ! 魔法師・魔導師は遠距離から水魔法を主体に攻撃! 火魔法は使うな! 前衛は鬼を後衛に近づけさせないように取り囲め! 攻撃はしなくていい! とにかく近づけせずに避けることを中心にしろ! だが、不用意に近づくな! 回復職は傷ついた者をすぐに治療を! まずはあの男子生徒からだ!」
『は、はひ!』
一人の男子生徒が何もできない内に無残な姿に成り下がったのを見た突撃生徒達はロイ団長の指示に蒼い顔をしながら従う。本能はこの場から逃げ出したいと考えているだろうが、この部屋は密閉空間で狭く今のところ帰る手段が分からない。騎士団の魔法部隊が超特急で魔方陣の解析をしている。僕達はそれまでの間にこの赤鬼を足止めしなくてはならない。
前衛の剣士や重戦士等は盾を構えずに赤鬼から距離を取って常に動き回り攪乱する。中衛職の補助回復職は前衛の生徒が傷付き次第回復し、敏捷度と回避率の上がる補助魔法を掛ける。また赤鬼にステータスダウンの魔法を同時に熟すがなかなかかからないのはレベル差もあるのだろう。後衛職は早口で噛まないように水魔法を主体に攻撃をし、顔を中心に当てているが、あの角は硬いようでビクともしない。
「スバシッコイガオレノメニハトマッテミエルゾ! モットハヤクウゴケ! ニンゲンドモォ!」
「あ、あぁ、や、やめきゃぺッ」
「「癒しの女神よ、母なる恵みよ、傷付き者に祝福を…… 聖治癒」」
強靭足で踏み潰された男子生徒にすぐさま回復魔法が飛び傷を癒していくが間に合っていない。一度で治りきらない大怪我は端から増えていく一方で、前衛はその数を次第に減らしていき精神的な疲労が肉体疲労を倍増させる。動きが鈍くなったことで更に前衛が再起不能になっていく。治ったとしても目に焼き付いた一撃は忘れられないもので、すぐに戦闘に加われるかと言えば否だ。それこそここにいる生徒達は一部を除いてずぶの素人ばかりだ。それを求めるのは酷というもの。魔法は当たっているがほとんどダメージになっていない。どちらかというとしかい変わりだ。
僕がちゃんと動ければ前線で戦えるのに……。クソッ! 僕はなんでこんな大事な時に役に立てないんだッ!
「あああぁぁぁぁぁッ! お、俺の腕がぁッ!」
視界の端で戦っていた遊馬君の腕が踏み潰されてぐちゃぐちゃになっていた。すぐに回復魔法が飛び腕を治療するが回復職の魔力も切れかかっていて回復が遅くなり始めていた。それにキレた遊馬君は怒鳴り散らし始めた。
「テメエらさっさと俺を回復しろ! じゃねぇとお次はお前達なんだぞォォッ!」
「ひぃぃーッ せ、聖治癒!」
遊馬君の怒気に当てられた女子生徒は悲鳴を上げながら回復魔法を唱える。雰囲気の変わった遊馬君に誰もが呆気に取られるが、僕と白須さんと涼風さんはそこまで驚かない。僕はいずれこうなるだろうと思っていたし、二人には気を付けておいた方がいいと伝えていたから覚えていてくれたのだろう。
「グハハハハ、ニンゲンドモハコンナトキマデナカマワレカ? ソンナヒマガアルノナラオレヲタノシマセロォ! 『爆脚』」
「ぐッ、ガハッ」
治療中の遊馬君に向かって飛び膝蹴りを放つ赤鬼。蹴りは遊馬君が持っている盾を凹ませて水平に吹き飛ばす。余波が周りにいた生徒を巻き込み戦闘不能者を増やしていく。
赤鬼は須磨君の頭を鷲掴みするとそのまま持ち上げ地面へ叩き付けた。
「ガハッ、く、ぐぅ。ぐっ……はぁ、はぁ」
「ホウ、マダタチアガルカ。ニンゲンニシテハガンジョウダナ」
「ゴホッ、あ、当たり前だ! 勇者の俺がお前みたいな赤豚にやられるはけがない」
遊馬君は肩で息を整えながら額から垂れてくる血を拭き取り、口の中の血を吐き出して赤鬼に啖呵を切る。赤鬼はそれを聞いて口をニヤリと歪ませて「ソレハイイコトヲキイタ」と嬉しそうに、僕達には絶望の一途を辿った感覚に陥った。
残っている前衛はロイ団長を筆頭にした騎士団員数名と天宝治君を筆頭とした重戦士組と敏捷度の高い斥候や忍ぐらいで、残り十人ほどしかいない。回復職も魔力切れが多発し倒れている者もいる。魔法職もそろそろ魔力が切れそうだ。
僕は何をしているんだ! 皆が戦っている! 騎士団の人も戦っている! 天宝治君に遊馬君、涼風さんも死に物狂いで戦っている! それに、白須さんもだ! 僕はこんなところで何をしているんだ!
僕に何が出来る! 考えるんだ! あの力は気持ちと覚悟と名乗りがいる! でも、もし失敗したら、僕は……。いや、今はそんな場合じゃない! やらないと全滅するんだ! もしでなくても、赤鬼の動きは見えているんだ! 力を受け流すことが出来れば時間を稼げる! よし、僕も覚悟を――。