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技量と実力

某格闘漫画の主人公のような特訓を……。

名乗りはこれでいいでしょうか?


次は十五時に投稿します。

 迷宮。


 それは、ここレーレシアに数多く点在している自然発生した洞窟や森などのことを言い、そこは空間が捻じ曲げられ、見た目よりも広大な面積を誇るところらしい。中に出てくるのは魔物だけではなく、魔力を秘めた魔剣や魔道具、入手困難な薬草などが手に入る。最奥部にある核を破壊すれば消滅するらしいが、軍事利用や一攫千金も狙えるということから態々残しているらしい。


 それでも、しっかり管理していないと魔物が溢れ返り外の世界に出てくるようだ。下手をすると魔人が生まれることもある。最近はこれ以上管理が難しいので早期発見早期消滅が流れのようだ。そうならないように適度に中の魔物を倒しているらしいがどうしても最奥部まで到達することが出来ず、最奥部では魔物がひしめき合い、高ランクの魔物が生まれている可能性が高いとのこと。上層部の魔物をある程度倒しておけば下の階から出て来ないようだが、その辺の仕組みがどうなっているのかよくわからない。


 金銀財宝を手に入れ死ぬまで遊び尽した者、魔道具を手に入れ更なる深層に挑んだ者、踏破し名声を手に入れた者等たくさんいるが、逆に数多くの者達がその命を散らせている。夢を追い駆け自身の技量以上の階層まで潜り魔物の餌食となった者、欲を出し過ぎて安全確認を怠り罠に掛かって死んだ者等星の数ほどいる。


 迷宮は大きく分けて二種類からなる。一つは迷路型や森型などと呼ばれる階層の迷宮だ。これは普通に階段があり、下の階へと降りていくものだ。もう一つは知恵型や試練型と呼ばれる迷宮で魔物よりも迷宮自体に仕掛けがあるものだ。例えば、罠ばかりの迷宮、明かりを吸収する暗闇の迷宮、鏡の迷宮等がある。


 そういった危険と隣り合わせの迷宮に挑む者達を探索者といい、それほどまでに彼らの目から見ると魅力的な宝庫となるのだ。


 そんな迷宮にはとある伝説が探索者の間で囁かれている。


 この世界には古代時代よりも古い時代、神がこの世界を創造した創世時代よりある最古の迷宮が存在している。その迷宮を踏破したものは更なる力と伝説級のアーティファクトが手に入ると。それは神に合うことも叶うとか……。


 その迷宮は世界に六つ存在し、それぞれを『断罪の大雪原』『轟雷の巨塔』『灼熱のラビリンス』『死水の大遺跡』『暴風の天空球』『魔竜の巣窟』と呼ばれている。未だに踏破されたという話を聞かない前人未到の大迷宮なのだ。


 今日もまた腕に自信のある者がこの最古の迷宮へ挑み散っていっていることだろう。



         ◇◆◇



 僕が気を失った日から二か月ほどが経とうとしていた。


 この二か月でステータスは魔力を除いて平均50ほど、魔力は400まで上がっていた。魔力操作についてはまだ習得には至っていないが体内の魔力を感じることが出来るようになった。それが大体魔力が350を超えたあたりの頃だ。


 結論から言うと魔力は体全体を血液のように循環しているものだった。血液のように流れているものだから感じ取るまでに時間が掛かり、僕自身が丹田あたりにあるのではないかという固定概念に捉われていたのがいけなかったのだろう。切っ掛けは魔力がある程度まで増えたことで感じられる魔力の幅が広がり、精神集中の座禅を組んでいる時に体が暖かくなり、ウルフの肉を食べた時の様な味が口の中に広がったことだ。


 精神を集中しなければ魔力を感じないわけだが、口の中に魔力の味を感じるようになるとは思わなかった。だが、これで魔物以外が魔力操作を使おうとしない理由もわかる。魔物の技能や魔法は毎回この味が口の中に広がっているだろうから、適性が無以外の生物にとっては不味い味覚が広がり、この魔力が体にも悪いのだろう。


 どうして魔力の味がして体が悪くなるのかと思うが、もしかすると精神統一又は魔力操作をした時は魔力が体から漏れるのではないかと考えた。体が悪くなるのは血液として流れている時は血管という管の中にあるため害がなく、噴き出た魔力を食べた場合体が吸収して害が出るのだろう。その点僕はおいしい味が口の中に広がり、満足感も得られるからとても嬉しい。まあ、これが合っているのか分からないが。


 これで魔力を捉えることが出来るようになったわけだが、この魔力を操作するにはどうしたらいいのだろうか?


 魔力を感じることが魔力操作ではないことは誰でもわかる。だって、感じ取れるようになっただけで操作ではないからね。これをどうにかして止めるか形にしなければならないということだ。


 体の方はある程度慣れてきたため、動作は遅く感じるが違和感がなくなってきた。こけることがなくなり、最近は普通に歩いたり走ったりすることが出来るようになった。


 結果、王都の外でスライム以外にウルフやウォームを倒すことが出来るようになった。白須さんは僕を不安そうに見ていたけど、僕がウルフを倒すと抱き着いて来て振り回された。これもステータスの弊害だというのか……。


 動体視力や中身は地球にいたころと同じで反射神経や動体視力がいいため、振り回される最中も辺りの様子がはっきりと見えていた。その時に見えた遊馬君の顔は今でも身震いするほど覚えている。憎しみと怒り、妬み等の負の感情を抑えることなく僕にぶつけていたと思う。


 白須さんのたわわな二つの甘い匂いのする柔らかい果実を名残惜しく思いながら、表には出さずに離してもらった。遊馬君をちらりと見るとまだ僕の方を睨んでいた。やっぱり、彼女が他の男の子と仲良くしていたら怒るよね。しかもお胸様を堪能していたらさ。


 だけど、地球にいた時はあそこまで露骨に嫌そうにはしてなかったと思うんだけどなぁ。遊馬君も力に溺れ始めてるのかな? そうだとしたら気を付けないといけないな。


 最近は遊馬君のやっていることが過激になり始めたからクラスの中がギスギスしてるんだよ。遊馬君は訓練が終わった後に強制的に訓練を続けさせているって聞いたんだ。まあ、全員っていうわけじゃないみたいだから大丈夫みたいだけど、本人の意思をちゃんと聞いているのかな? 遊馬君はちょっと思い込みと自意識過剰なところがあるからなぁ。こっちに来てからそこら辺が激しくなった気がする。


 僕はあれから訓練場に一度も行っていないからそんな目に遭っていないんだ。ロイ団長がいい感じに言い含めてくれたらしいんだけど、何かあっさりしすぎているっていうか、呆気ないっていうか、僕がいるところに絡んで来てもおかしくないと思うんだよね。まあ、来ないのならそっちの方がうれしいからいいけどね。


 あ、でも、あの四人は来ないけど白須さんと涼風さんは来るよ。あの二人にはどこで訓練しているって伝えてあるから。




 そして今、僕は二か月ぶりに訓練場へ来ていた。いや、呼ばれたので自分から進んできたわけではないな。


 皆は僕のを見て舌打ちや蔑みの目を向けている。二か月経っても懲りていないし、変わらないものだな。二か月前よりも酷いんじゃないかな?


 目の前には十人ほどの騎士団員とロイ団長が立っている。今日は重要なお知らせがあるということで僕も強制的に呼ばれたんだ。


「皆集まったな? 今から言うことをよく聞いてほしい。明日からは実践訓練として『ボルボナ大空洞』という迷宮に挑むこととなった。必要なものはこちらで準備をしているから安心しろ。ただ、迷宮の魔物は今まで倒してきた魔物と一緒にするな。一線を画していると思って、全力且ついつでも余力を残して戦え。互いに命を預けるわけだから前にも言ったがお互いを尊重して行動するように! いいな!」

『はい!』


 ロイ団長は僕を見て皆に厳しい声でそう言った。隣の方を見ると何人かは気まずそうな顔をしていた。


「あと、迷宮にはいろんな素材や薬草などが生えている。それを採取するのはいいが周りを気を付けること。背後から魔物に襲われれば気づけない恐れがあるからな。最低でも採取する者と警戒する者の二人で行え。いいな! それでは今日の訓練はここまでとする。明日に備えて英気を養っておけ! では、解散!」


 ロイ団長がそう言うと同時に僕は訓練場から飛び出て自分の部屋に戻った。いつまでもあんな居心地の悪いところにいてらんないもん。




 『ボルボナ大空洞』とは『ハーナス』と呼ばれる宿屋街が近くにあり、ハーナスには『ボルボナ大空洞』の名声や財宝を追い求める多くの探索者が訪れるところだ。


 また、『ボルボナ大空洞』は全七九層からなる迷宮と言われているが、一層一層の面積が広く毎回階段の位置が変わるようで完全に攻略されていない迷宮だ。それにしても中途半端な数字だな。下に行くほど魔物が強力になっていく。最初の階層はほとんど強くないため新兵の訓練や冒険者、傭兵、トレジャーハンター等が多く訪れている。


 現在攻略されている歴代最高の階層は五六層みたいで、完全な地図が出来上がっているのは三四層までのようだ。一層ごとに魔物の強さが上がっていくため自分の技量に合わせた階層で戦うことが出来る。


 また、三〇層辺りから魔石の質が地上の魔物の魔石と同じくらいとなり、四十層以下はほとんど上回るとのこと。現在三五層へ行ける人は一握りの人材しかいないそうで僕達、いや、僕以外の皆が期待されているそうだ。皆はそういったお願いや迷宮のお宝などに心躍らせているが、僕は死なないように無事帰還することだけを考えている。強くなったと言っても微々たるものだから。


 そして現在、僕達はハーナスに到着していた。僕達の他にロイ団長と熟練の騎士団員が付いて来ている。街に到着すると騎士御用達の宿屋に無料で泊まり、明後日からの迷宮挑戦に備えるのだ。


 皆は複数人で泊まる中、僕は一人部屋を分け与えられ部屋の机の上に荷物を置き、手袋とブーツを外すとベッドへ死人のように横になった。ふかふかの毛布が肌を刺激し、歩き疲れた僕の身体を癒してくれる。ああ、気持ちいい……だけど、白須さんの方が……。いかんいかん、疲れて思考がおかしくなってる。


 僕は馬車にほとんど乗れず、一日中歩いてここまで来たのだ。それを五日ほどだ。足指に肉刺(まめ)は出来なかったが腫れて慣れないブーツに靴擦れも起き、ふくらはぎはパンパンに膨れ筋肉が硬直し、腿も同じようになっている。腰と肩は凝り痛みが残り、水分不足で頭痛が起き、疲れがピークに達して体が鉛のように重い。


 まるでおじいちゃん達との鍛錬を終わらせた後のようだ。久しぶりに明日は筋肉痛かなぁ。


 今頃皆街に出かけているころだろう。中には休んでいる者がいるかもしれないが極少数だろうと思う。ステータスが高いっていいなぁ。僕も強くなったら疲れなくなるんだろうか。


そのまま僕は強力な睡魔に襲われ眠ってしまった。




 ……ん、んん。

 あれ? 僕いつの間にか眠ってた? 今何時だろう? 外は既に暗くなっているからもう夜なんだろうな。誰も起こしてくれないのは気を利かせたのではなく、僕がいないのに気付きもしないって言ったところかな。白須さん達は起こしに来たんだろうけど僕が眠っていたから起こさなかったんだろうね。久しぶりにおいしい料理が食べられるかと思ったけどまあいいか。疲労が溜まってあまり食べる気がしないし。後で、ボックスに入っているウルフ肉を食べればいいや。


 疲労は溜まっているが眠気はないので窓の外を覗いて体を動かせる場所を探す。丁度宿屋の隣に開けた場所があり、そこで二日後の迷宮挑戦のための最終確認をすることにした。二日後なのは慣れない旅で疲れが出ているということと初迷宮にその疲れを残したまま挑戦させないためだ。


 僕はベッドの端に無造作に脱ぎ捨てたブーツを履き、グローブと木刀を持つと音を立てないように忍び足で外に向かった。


 外に出てまず行ったことは準備運動だ。疲れの溜まった体の筋肉を解し筋を伸ばす。眠気覚ましに丁度いい。その後は軽く走り、最後に木刀を握って型を一通りなぞる。雲林院無心流剣術は基本両手で持ち行うもので、中には片手で行うものもあるが僕の筋力が足りないため型をなぞる程度しか出来ない。一通りの型を終わらせると木刀を置いて宿屋の壁に縋って汗を拭く。


 月が雲で隠れているため外は薄暗く、明かりもないため本当に辺りが見えない。地球と同じ真ん丸お月様なんだけど、色が若干青色なんだ。だから辺りも少しだけ青く光っている。


「ふぅ~。三か月前よりは大分楽になってきたけど、まだまだ動きにくいのは変わらないな。でも、体が馴染むようになったから新しい練習が出来る」


 僕は拳を握って雲に隠れている月に突き出すと木刀を隅に置いて先ほどの位置まで戻る。戻った後は拳術を行うために左脚を前に腰を落として構える。目を閉じて仮想の敵、己自身を思い描く。しっかりと思い描いた後はゆっくりと目を開けて相対する。


 敵は僕と鏡合わせのように右脚を前に腰を落としている。互いに微動だにしないまま時間が流れ、その時間が何分にも長く感じる。辺りに聞こえるのは優しい風が(なび)く音のみ。

 雲に隠れていた月が顔を出し、僕を照らし出す。その瞬間戦いの火蓋が切られた。


「ハッ、フッ……クッ」


 先に動いたのは僕だ。

 僕が左手でジャブを放てば敵は上へ打ち上げて軌道をずらす。そのまま僕へ左脚を踏み出しショートアッパーを放ってくる。僕は体を仰け反らせたと同時に左腿を胸に引き寄せて爪先一点を敵の脇下へ蹴り込む。敵は僕の真っ直ぐ蹴り込まれる足を逆の手、右手の掌底を脇下に横から打ち込むことで僕の蹴りの軌道を外側へ逸らした。


 上体を逸らしている僕は外側へ足が逸らされる反動を利用し、体を左回転させ右手を地面の方へ振り抜く様にして左上段廻蹴りを顔の側面にサッカーボールを蹴るように蹴り込む。敵は振り切った右腕を方から内側へ締めるように蹴りが迫る側面をブロックする。


「ぅ……らああぁっ!」


 全体重の乗った一撃が敵の腕を()し折る勢いでぶつかり、数メートルほど吹き飛ばした。敵は身体が宙に舞い一回転して着地した。そのまま地を蹴り低姿勢のまま僕に肉薄する。


 僕は急所を打ち抜いてくる敵の突きを右手で受け、背中を蹴り抜く勢いで迫る蹴りを受け流す。お返しに受け流した瞬間体重移動で蹴り返す。


「ハッ、フッ……クッ、らあっ」


 僕だけに聞こえる衝撃音が辺りに木霊し、僕に腕に足に体に存在しない反動と衝撃が訪れる。汗が滝のように流れ地面を黒く濡らしていく。


 何度となく打ち合い互いに疲労が濃くなった所で後方に飛び去り、すぐに衝突する。


 先に攻撃を仕掛けたのは敵だ。僕の顔面を捉えた右突きを左脚を重心とした体捌きで右脚を相手の股の下に入れながら、左手で敵の手首を取って捻りながら腰まで引っ張り、右手で近づいてくる顔面に裏拳を放ちすぐに拳を引いて下向きに回転させると鳩尾を小指から打ち据える。相手が怯んだところで右肩から相手の股を掬う様に体を入れ込み、同時に左手を自身の頭の後ろを通るような感じで回して上半身を起こすことで後方へ放り投げる。


「シュッ、ハッ……そりゃっ!」


 空中で左手を引き敵を地面に叩き付け、横腹を思いっきり蹴り抜く。


「…………ふぅー」


 敵を倒し終わった後は心を散らさないように最後まで残心を心がける。構えをゆっくりと解き自然体へとなり始めて一息つく。


「疲れたぁ~。うわぁ、汗びっしょりだ」


 意識が周りにもいくようになったことで自分の着ている服が汗でずぶ濡れになっているのに気が付いた。服が異様に重くなり、歩けば濡れて足跡が出来る。僕はタオルを引っ掴むと近くの井戸に向かい水をくんで体を拭く。


「あぁ~、ひんやりして気持ちいぃ~」


 井戸水は湧き水のようでひんやりとしていて火照った体を冷ましてくれる。上に着ていたシャツを脱ぎ捨ててブーツも脱ぐ。ズボンの裾も腿まで捲り上げると冷たい夜風が濡れて敏感になった肌に当たり気持ちがいい。


 ボックスからウルフ肉を取り出し一口齧る。二か月もこれを食べ続けるとさすがに飽きてくる。早く迷宮に入って違う魔物を食べたいものだ。もしかしたら味が違うかもしれないしね。


 地面に腰を下ろして風に当たり寛いでいると宿屋の入り口から誰かが出てくる音が聞こえてきた。


 ギィー……ザッ、ザッ、ザッ


 古びて立付けの悪くなった扉が開く音と足音が聞こえてきた。僕はすぐに上体を起こし、木刀を取って構える。月が再び雲に隠れ辺りを暗くし始めた。

 宿屋の角になっていて誰が来ているのか分からないが足音からして複数人だ。もし戦闘になったら、今の僕だと勝ち目はほとんどないだろう。


「止まれ! そこにいるのは誰だ!」


 足音は僕の警告に一瞬歩を止めたが、すぐに歩きだし近づいてきた。僕は焦った心を静めてこの場所から出来るだけ広い場所へ移動して木刀を構える。技能がないから発動するか怪しいが、とりあえず殺気もぶつけてみる。


「ま、待ってくれ。俺だ、団長のロイだ。その殺気を収めてくれ」


 宿屋の陰から誰かが出てくると同時にスポットライトが当たるように月に光がその人物を照らし出した。


 へ? ロイ団長だったのぉ!? しかもロイさんの後ろに見えるのは白須さんと涼風さんじゃないか! 遊馬君は……いないようだ。

 僕はすぐに殺気を収め木刀を下して構えを解いた。


「威圧の技能を持っていないのにここまでの殺気が出せるのか……。凄まじい技量だな。よく眠れたか? レイヤ」


 ロイ団長は出ていない汗を拭きとると呟くようにそう言い、僕ににこやかな笑みを浮かべて聞いてきた。


「はい、疲れていたのでぐっすり眠れました。それにしてもこんな夜中にどうしたのですか? もしかして煩かったですか?」


 ロイ団長達は僕の方へ近づいて来た。三人はラフな服装で白須さんと涼風さんはちょっと過激な服装をしている。ネグリジェとまではいかないがワンピースのような服を着ている。


「いや、寝ようとして窓を開けたら丁度レイヤが稽古をしているのが見えてな、珍しかったんで見に来たのだ」

「私達は夕食を持って雲林院君の部屋に訪れたら雲林院君が居なくて」

「それで外から声が聞こえてきたから窓から覗いたら零夜君が外で稽古してるんだもん。久しぶりに見たよ」


 二人はそう言って僕に白いパンと水を差し出してきた。白須さんは若干鼻息を荒くして興奮して僕に言う。


「夕食を持って来てくれたんだ、ありがとう。白須さん、涼風さん。柔らかいパンを食べるのなんて何日振りだろう」


 最後の言葉は聞こえないよに呟くように言った。

 こちらに来てからの三か月間黒っぽいパンと具の少ない薄味のスープ、萎びたサラダだったからね。僕でもウルフの肉が無かったら堪えられなかったと思う。


「稽古はもう終了か?」

「ええ、これ以上はさすがに無理ですから」

「そうか。一度俺と戦ってほしかったのだがな」


 ロイ団長は僕の身体をじっくり見ながら、顎を擦ってそう言った。

 え? 僕とロイ団長が戦う? 今俺と戦ってほしいっていったよね? 何で? 僕、何かしたかな? もしかして弱いからここで待っておけとか言うのかな? それはそれでいいかもしれないけど、僕の栄養源がぁ~。


「いや、一度レイヤの実力も知っておきたかっただけだ。先ほどの動きを見たところ、皆とあまり遜色がないように思える。まあ、アスマやスズカゼの様な戦闘職や上位のものには敵わないだろうがな」


 へ? そうなの? でも僕のステータス、まだ平均50だよ? そんなので勝てるわけないじゃん。回復職の白須さんでさえ、僕の三倍はステータスがあるんだよ?


「そんなわけないじゃないですか。動きは遅いですし、力もないですし、ステータス差なんて三倍以上あるんですよ? 買被らないでください」

「買い被ってなどいないぞ。確かにステータス差は皆と隔絶した差がある。だがな、最初にも言ったがステータスは客観的なものだ。その人の技量や経験は影響されないのだぞ? お前達の世界で剣を習ったスズカゼと習っていない者では全く違う。その点を言えばレイヤの技量と経験はステータス差を補うぐらいはあるだろう。まあ、それでも差は精々100前後と言ったところだろうが」


 そんなに離れてても僕は互角に戦うことが出来るんだ。最近は訓練場に行っていなかったから皆の技量がどのあたりなのか知らないなぁ。まあ、知っていたとしてもあまり意味はないかもしれないけど。


「それで、一度迷宮に入る前に実力を把握しておこうと思ったのだ。それ次第で潜る範囲も変わってくるからな」

「ああ、そういうことでしたか。なら、その話を受けます。今日はもう無理なので明日でいいですか?」

「お、受けてくれるのか。いや~、助かる。では明日の午後この街の外に開けた場所があるからそこでしよう。そこは魔物も出ない安全な場所だから安心して思いっ切り戦えるぞ」


 ロイ団長は戦闘狂の毛でもあるのだろうか? それとも純粋に僕と戦ってみたいとか、古武術が気になっていたみたいだから戦ってみたいとか……って、どれにしろ戦闘狂みたいだな。まあ、自分の技量がどの程度かわかるのならいい機会かもしれないな。


「あと、試合形式でお願いします。そういったもの以外で手足を出すのを禁じられているもので。まあ、命が関わっていない時だけですが」

「ああ、そうするつもりだ。ルールはどちらかが参った、続行不能となるまで。攻撃は打撲ぐらいまでだな。それぐらいならシラスが治してくれるだろうからな」

「はい、私も見に行くからね、零夜君。怪我をしてもすぐに治してあげるから安心して」

「私も見に行くわ。まだ、雲林院君の本気を見たことがないし、古武術というのにも興味があるからね」

「うん、それぐらいならいいよ。情けない姿を見せることになると思うけどね」


 その後詳しいことを決めてそれぞれの部屋に戻って就寝した。僕は明日の試合が不安な反面、久しぶりの対人戦闘に心が弾んでいた。




 昼食を軽く食べた後はロイ団長と白須さん、涼風さん、それに加えて遊馬君も一緒に街の外にある試合場へ向かった。


「いいか。攻撃は打撲まで、目潰し等の急所攻撃もなしだ。どちらかが降参若しくは続行不能となるまでとする。技能なし魔法なしの力勝負だ。武器は何でもありだが、刃物はなしだ。見たところ何も持っていないようだが……」

「はい、僕の武器は『これ』ですね。一番使いやすいですから」


 僕はそう言って自分の拳を握って答えた。剣を持てばリーチが伸びるから有利に感じるかもしれないけど、体格差や相手との技量差等がある場合は拳の方がやりやすく感じる。それに剣は懐まで入られた場合、攻撃が限られてくる。その点拳は近づくものだからね。体が元に戻ったら遠距離攻撃も出来るようになると思う。


「開始宣言はアスマ、お前に頼む」

「はい、わかりました」


 そう言ってロイ団長は僕達から離れていく。僕もそれにならってロイ団長と反対側には慣れていこうとすると白須さんの呼び止められた。


「零夜君! こんなことしてほしくないし、怪我もしてほしくない。本当なら迷宮にも潜ってほしくない。……だけど、だけどね、それは私が言うことじゃないんだよね。だから、怪我をしてもいいから私にかっこいいところを見せて。勝てなくてもいいから、今出せる最高の零夜君を私に見せて。お願いね」


 白須さんは真っ赤な顔で矢継ぎ早にそう伝えると全力で振り返って涼風さんの所へ戻った。僕はその行動にポカーンとしていたが、すぐに遊馬君が居ることを思い出してロイ団長に相対するところへ向かった。チラリと横目で遊馬君を見てみると憎々しいという言葉が優しく思えるほどの形相で僕を見ていた。


 僕、何か悪いことしたかな? 白須さんも白須さんだけど、遊馬君もちょっとやり過ぎだと思うんだけど。


「準備はいいですか?」


 僕は目を閉じて精神を集中させる。気を丹田に蓄えて初撃に自分の全てを出せるようにする。下手したら最初の一撃で負ける可能性があるからだ。出し惜しみをしている場合じゃない。相手はお爺ちゃんだと思うんだ!


 気を十分に蓄えた後ゆっくりと構えて遊馬君に返す。


「いいよ」

「ああ、いつでもいいぞ」


 ロイ団長は剣をオクスと呼ばれる西洋剣術の構え左脚を前に出し、切っ先を相手に向けた状態で右頬に牛の角のように構える構えだ。

 対する僕は左脚を前にしたいつもの構えと右拳の指を上に向けた構えだ。これは突きの回転力を上げるためだ。


「それでは、両者構え……」

「僕は雲林院無心流古武術、四九代目継承者雲林院零夜と申す者。いざ、尋常に勝負」

「……はじめぇ」


 僕が地球にいた頃と同じ試合形式の前口上を名乗った瞬間に体の底から力が湧き上って来る感覚を感じた。急に体が軽くなり、握っている拳に力が入り、開始と共に突っ込んできたロイ団長の動きが遅く見えるようになった。それでも、十分早いが。


 これは……あの時と同じ感覚だ。これなら……勝てるッ!


「……ハアアァァァッ……」


 僕も地面を力強く斬り付けロイ団長に向かって肉薄する。いつものスピードよりも数段早く思い描いた場所へ到達し、ロイ団長との距離が三メートルとなった所で突かれる剣を上体を右へ崩すことで躱す。さらに持ち手を片手にして首を狙った斬撃をロイ団長の懐に入ることで完全に防ぎ、蓄えた気と一緒に目の前絵柄空きとなっているロイ団長の腹に正拳突きを放つ。


「……ハッ!」


 ドガンッ!


「ぐふっ、ぐっ、くぅー、これは効いたぞ。だが、これくらいなら屁でもない!」


 金属を打ち抜く鈍い音が衝撃波と共にロイ団長を襲い、その大きな体を地に足を付けたまま数メートル吹き飛ぶ。地を擦る音が辺りに木霊し、ロイ団長が息を吐いてニヤリと口角を吊り上げた。


 力が湧き上った最高の一撃でもロイ団長にほとんどダメージを与えられていないことに軽くショックを受けながらも、ロイ団長を休めないように懐へ侵入して連撃を放つ。


「くっ、ちょこまかと……」


 肉体が僕の反射神経に合い始めたことで、見切った剣筋を捉えて避けることが出来る。だが、綺麗に避けることは出来ず大きく避けたり、避けるのが遅くなってしまい掠ってしまう。


 ロイ団長が下がれば僕は引き離されないようにぴったりとくっ付き、剣を振られれば軌道から外れるように体を入れて連撃を放つ。


「これでどうだ!」


 ロイ団長はステータスにものを言わせて背後に跳躍すると同時に剣を横薙ぎに振って僕を懐から追い出した。迫り来る剣先を僕はバク転しながらすれすれで回避する。


 あぶねぇ……。今のが当たっていたら終わっていたな。


 僕はバク転して地に足を付けると地を縫うように近づいてきたロイ団長を見て舌打ちを打つ。先ほどよりも纏っている空気と目付きが鋭いものとなった。もう懐に入ることは出来ないだろうな。


 これがステータスの差っていうやつなのか。


 僕は待ちを選ばずにロイ団長へと突っ込んで足払いを掛けるが、ロイ団長はそれに反応して軽く跳躍して躱すと僕を飛び越えて反転しながら剣を振ってきた。僕は気配を読み尻尾下がりながらしゃがむことでその剣筋から逃れ、同時に立ちながら裏拳を顔面に放つ。ロイ団長は僕の背中を押すことでそれを回避し、僕は押された勢いを殺さずにロイ団長から転がって離れる。


 だが、起き上がろうとしたところへロイ団長が急接近して僕の首筋に剣先を突き付けた。


「……降参です。やっぱり早いですね」

「いやいや、レイヤも想像以上に強かったぞ。十倍差があるステータスでここまでできるとはな。これで普通のステータスがあれば俺の方が負けていたかもしれん。だから、自信を持て」


 数秒の静寂の後僕は両手を上げて降参した。ロイ団長もそれを聞いて剣を下げ僕を引っ張り起こした。


「シラス、回復を頼む」

「あ、はい! 零夜君、動かないでね」


 白須さんは走り寄って僕に回復魔法を掛け始める。打ち付けた痣や打撲、切傷や赤い筋がみるみるうちに痛みと赤みが引き元に戻っていく。優しく暖かくふんわりとする白須さんのような魔法だな。


「ありがとう白須さん。――本当ならここまで戦えていなかったと思います。最初の一撃もあそこまで威力はないと思っていました」

「ん? どういうことだ? 言っては何だが、レイヤは魔法が使えないだろう? 予め魔法を掛けてもらっていたわけでもなさそうだが……」


 僕はロイ団長に先日の事件で起こったことと今回の試合の前に感じた謎の湧き上がる力を話した。皆僕が話したことを半信半疑のようだが、先ほど僕がロイ団長といい勝負をしていたから信じるしかないようだ。


 どんなに技術に優れていてもその威力が上がるわけではない。僕が最初に気を蓄えていたとしてもロイ団長が吹き飛ぶなんてことは絶対に起きないはずだった。精々息が詰まるぐらいだっただろう。


「そうか……。今もその力が湧き上っている感覚があるか?」

「いえ、もうないですね。丁度降参した時に切れた感じです」


 一気に力が抜けた感覚が訪れるから、前回のようにダメージを負っていないとしてもそれなりに疲労が来ていた。今は白須さんの回復魔法で癒されているから大丈夫だ。


「なら、プレートの方はどうなっている? 職業はないかもしれんがステータスや技能、称号が何かついてるかもしれん。確認してみてくれ」


 僕はすぐにポケットからプレートを取り出して確認をしてみたが、結果は朝見た時と同じで魔力以外は平均50だった。技能も称号も増えていない。経験値も未だに0のままでレベル1だ。


「その様子では変わりなかったみたいだな。……職業が空欄という初めての事例に加えて謎の力か。ますます分からなくなったな。その力がなぜ湧き出したかわかるか? 些細なことでもいいから思い出してみてくれ」


 最初は僕が大怪我を負っていたけど、今回は怪我すら負っていないから違うだろうな。気持ちも今回とは真逆だから関係ないかもしれないけど、どっちも強く思っていたのは確かだな。後は……今回はいつ溢れたっけ……?


「あ、そういえば、今回は始まる前に小声でですけど名乗りました。『僕は雲林院無心流四九代目継承者雲林院零夜と申す者。いざ、尋常に勝負』と。これは元の世界で試合等で言っていた僕の名乗りだったので、今回も言わせてもらいました」

「では、その時に力が溢れてきたというのか?」

「はい、あの時も白須さんが間に入ってきてくれたので全て言っていませんが、『雲林院無心流拳術基本の型右逆突き』と言った瞬間に力が湧いてきました。後は『倒す』『勝つ』『全力』等と強く思っていたと思います」


 言い終わったと同時に白須さんも魔法を消したので、僕は「ありがとう」とお礼を言ってロイ団長を見た。


「うーん、よくわからん。その二回しかなかったのか?」

「はい。この二回しかありません」

「そうか。……魔物相手に名乗るのは感心しない。かといって名乗らなければ力が湧き上らないのでれば名乗るしかないのか……」

「はい。ですが、名乗って本当に力が湧くか分かりません。湧かなかった場合は殺されてしまいます」

「そうだな。とりあえず、強くなる切っ掛けのようなものが分かっただけでもこの試合を組んでよかっただろう。明日から挑む迷宮についてはよく考えて進むこととする。――アスマもそれでいいだろう? ……アスマ、聞いているのか」


 遊馬君の方を見てみると目を見開いて驚き半分、眉を細めて怒り半分と言った感じの顔をしていた。今回は悪いことしていないぞ。……多分だけど。ここ最近遊馬君僕に対して露骨な顔をするようになったなぁ。戸間四人衆も僕の前に現れなくなったし、何か企んでいるのかな? とりあえず用心しておいた方がいいな。


「えっ、あ、はい。俺もそれでいいと思います。雲林院が思った以上に戦えていたので驚きました。その力というのに興味が出ましたが常時出せないのであれば迷宮は彼に合わせた方がいいでしょう」

「わかった。アスマが言うのなら周りからの反応もそれほど悪くならないだろう。レイヤもそれでいいか?」

「僕はいいですけど……皆に悪くないですか? 僕は比較的安全な低層で戦っていてもいいですけど……」


 低層にはスライムやゴブリンといった魔物の中でも弱い分類の魔物しか出て来ない。罠も少なく凶悪なものは存在しない。探索者の人も多く、危険になれば助けてくれるかもしれない。それに……いや、これありえないか。僕と一緒にいてくれる人なんてね。


「いや、それはダメだ。お前達の顔は知られていないとはいえ、勇者や異世界人と存在は広く認知されている。何かしらのはずみでばれてしまった場合取り返しのつかないことになるかもしれん。すまないが皆に付いて来てくれ」


 ダメもとで聞いてみただけだからいいけど、怖いものは怖い。強者と戦いたいという欲求はあるけど、危険を冒してまで戦いたいとは思っていない。今はどんなものでもいいから力を付けたいんだ。まあ、死ぬような思いをすれば付くかもしれにけど、そんな主人公のようなことが起きるわけがない。


「わかりました。自分で出来る範囲のことをしていきます。危なくなれば皆を頼らせてもらいますしね」

「うん! 怪我をしたら言ってね。すぐに私が覚えている最高の回復魔法で治してあげる!」

「ええ、私も目を離さないようにしておくわ。もちろんあの四人からもね」

「ああ、安心しているといい。出来るだけ魔物が行かないようにしよう」

「ありがとう、皆。明日からよろしくね」


 この後は四人で迷宮について話し合ったり談笑をして過ごし、おいしい夕食を食べて就寝した。


疲れているのに訓練をするのはおかしいかもしれませんが、強くなりたいと思う気持ちと、日ごろの修練(日課)だと思ってください。

あと、気とか言ってますが実際はないです。技能としては存在した場合は感じられるようになる設定です。あれです、魔力感知があるものは魔力を感知できるという奴ですね。

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