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イジメと企て

次は明日の午後から投稿します。

 昼食を食べ終わった僕は木刀を腰とベルトの隙間に挟み、食器を部屋の外に置かれたカートへ戻す。そのまま訓練場を目指して廊下を進む。途中メイドや兵士に出会ったが僕を見てひそひそと話したり、嫌そうな蔑むような目を向けられた。


 今は僕の方が確実に弱いから我慢するけど、強くなったらこんなところ出て行ってやる。もう、人族の滅びとか、魔族を魔王を倒せとかどうでもいい。僕は僕が生きたいように生きる。そのために今は我慢してやる。食事が不味かろうが、皆から蔑まれようが、暴力を振われようがな……。


 訓練場に着くとすでに数人の生徒が談笑していたり、剣を振って訓練を開始していた。だが、僕が訓練場に入った瞬間全てをやめて僕の方へ向き、舌打ちに睨み、侮蔑、苛立ち、嫌味……人が不快だと思うことを平然と行った。地球にいた時よりも激しいが、まだマシな方だ。


 僕は訓練場の隅っこへ行き木刀を取り出して素振りを始める。思考と体が一致しないのでまだぎこちないが、最初のころに比べるとだいぶ良くなっていた。さらに僕が習った剣術と騎士団の剣術の構えが違いその分慣れるのに時間が掛かっていた。

 本来の構えをすればいいと思うだろうが、現在体と思考が一致していないためその構えを見せることが出来ない。いや、構えを見せることは出来るがそこからの技や型を繰り出すことが出来ないでいる。だから、騎士団の人に見せて認めさせることが出来ずにいる。


 正眼に構えた木刀を真っ直ぐ頭の上まで振り上げ振り下ろす。少しでも違和感があるとすぐに修正して出来る限り最高に近づける。これはどの武術でも同じだ。常に最高の一撃を求めて繰り出す。常時繰り出せるようになった時は既に、そこは通過点となっていて新たな最高の一撃を求めているのだ。


 それは武術に限ったことではない。両親の会社デザイン会社でも常に流行の先取りを求めて作っていくし、季節の先取りもする。ライバル社よりも先にいい作品を出そうと社員が一丸となって努力している。常に最高のものを追い求めているのだ。


 僕は訓練中素振りをしている時だけがとても楽だ。もちろん、寝る時や夜の食事などもっと楽な時間がある。だけど、素振りをしている時は最高を求める以外何も考えなくていいし、僕は集中すると周りの声が聞こえなくなるから嫌味が聞こえなくなって丁度いい。


 僕は一心不乱に木刀を振り続ける。

 それから百近く振ったであろう所に邪魔をしてくる者がいた。


「フッ…………フッ……ッ! っつぅー!」


 某苦闘を再度振り上げようとすると背中を思いっきり蹴られ、顔面から思いっ切り顔面から地面へ激突した。これが地球にいたころなら普通に受け身を取っていたか逆にビクともしなかっただろうな。


 っつー、鼻血は……出ていないようだな。はぁー、またあいつ等か。言いかげん飽きて来ないのだろうか。毎日毎日飽きもせず良くやるよ。


 鼻頭を押さえて僕を思いっきり蹴った人物を見据える。僕が持っている武器が木刀だからいいものの、これが真剣だったらどうするつもりなのだろうか。いや、その場合僕が自滅したってでっち上げられるから考えるだけ無駄か。


 僕の目の前には制服の上に簡易胸プレートと腰当を身に付けた戸間達がいた。いつもの戸間四人衆だ。ステータス事件があってからこの四人は毎回僕にちょっかいを掛けてくる。しかも急に力が付いたことでその力に飲み込まれていないものの酔い痴れていた。他の皆も同じで多少の暴力をどうとも思わなくなっていた。


 これも僕が速くここから出たくなる理由の一因だ。


「よぉ~、雲林院ぃ~。お前、何してんの? そんな棒切れ振り回してさぁ~。お荷物が何をしても無駄なんだよ。いいかげんそこに気が付け。な」

「あひゃひゃひゃ、戸間素直に言い過ぎ。もっと包んでやれよ! 本当のことでもきちぃよ!」

「なんで強くなんねぇのに訓練に出てくるわけ? はっきり言って目障りなんだよ」

「まあまあ、お前ら落ち着け。俺にいい考えがあるからよ」


 戸間は僕の髪を掴んで引き寄せながら言い、それを聞いた近藤は馬鹿笑いし、隣の天樹は僕に唾を吐きながら吐き捨てるように言った。最後に宇津木が三人を(いさ)めて肩を組むように招く。僕は戸間に髪を握られたままだから逃げることすらできない。しかもこの一か月で僕と戸間のステータス差がさらに開いてしまっている。


「(ゴニョゴニョ)……ってどうよ」

「よし! 宇津木、お前頭いいな。雲林院よぉ、お前弱いからさぁ、俺達が稽古をつけてやるよ。嫌だとは言わないよなぁ?」

「そうだぜ。お前を俺達が鍛えてやるって言ってるんだ。感謝してくれてもいいんだぜ?」


 何やら不穏な空気が流れ始めた。髪を掴んでいた手を離し、僕の顎を掴んで頬を圧迫する。どうやら僕には否定を選択肢がないようだ。周りにいる生徒も気が付いているようだが見て見ぬふりをし、面白そうに見ている者もいる。本当に最低な奴等ばかりだ。


「なんとか言えやぁッ! 雲林院ィィッ!」

「ガッ、ゴホッ」


 どうせ断っても同じようにしてくると思って黙っていたら思いっ切り顔面を殴られた。更に起き上がろうとすると脇腹を蹴られ、痛みに息が詰まる。だけど、こういった肉体の苦痛は慣れているから悲鳴を上げることはない。


 ステータスが高いせいで一発一発が痛いが、それは喧嘩や暴力の範囲でだ。武術を通じて本当の痛みを知っている僕としてはどうといったこともない。こいつらは急所を外し、スピードは合っても体の芯に残らない小手先だけの攻撃なんかいくらくらってもすぐに痛みが引く。それに比べておじいちゃんの一撃は速くて正確で体の芯に直接ダメージを与えてくる一撃だった。今はその一撃が懐かしくもある。


 まあ、ステータスが上がり、次第に戸惑いがなくなっていく思春期まっさだ中の戸間達は何時か取り返しつかないことをしてしまうだろう。まあ、そんな矛先が僕に向くのは堪ったものではないけど。でも、反抗できる力がないため大人しくされるがままにしている。力があってもおじいちゃんとの約束があるから手は上げない。


 そのまま反抗として殺気を込めた視線で戸間を見てやれば戸間はビクリと体を震わせた。


「――ッ!? チッ、胸糞悪いやつだ。(キョロキョロ)おい、立て。今から魔法を教えてやるよ」


 僕の上から足を退けた戸間は訓練場の隅を指差してそう言った。僕は痛む鼻頭を押さえようとしたが両脇から腕を掴まれ引きずられるように連れて行かれた。


「立てよ!」

「……ぐっ、く。ックハ……」


 戸間が僕の頬に張り手をかましてそう言った。僕は仕方がないので自分で立ち上がったが、すぐに腹を殴られ息が詰まった。お腹の痛みに体がくの字に曲がった背中に魔法が放たれた。


「おい、倒れるなよ。しっかり避けねぇとまる焦げになるぞ! 撃ち出すは赤き一撃、『火撃』」

「グッガアアァ! う、うぅ」


 初級火魔法の火撃が僕の背中に当たり小規模の爆発を起こした。僕の背中から盛大な爆発音と爆炎が上がり、背中の肉は爆ぜ、焼け爛れ、焦げ付き炭と化した。


 さすがにこういった痛みには慣れていないため苦痛の声が漏れてしまう。更に風魔法が僕の身体を刻み、地魔法が腹部に突き刺さり嘔吐する。骨が軋み悲鳴を上げる。


 魔法の一撃はどれも凄まじく、骨に罅を入れるまではいかないものの連続で浴びれば気を失ってしまうだろう。僕は意識の混濁と共に痛みが薄れ始めていることに気が付き、此処で倒れるわけにはいかないと気を引き締め、禁を破ることにした。


 お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さん、お母さん、約束守れなくて、ごめんなさい……。だけど、これ以上は無理なんだ。この拳を人に向けることを許してッ!


「何か言えよ! 屑がぁッ!」


 僕は無理やり意識を戻し、気合と共に体を起こして構えを取る。重心を落すと左足を前に出し、右拳を小指からぎゅっと握りしめて腰へ溜め、左手で狙いをつける。出来るだけ無駄な力を抜き、爪先、足首、膝、腿、尻、腰、肩、首、二の腕、肘、手首、拳の順で回転力を付け威力、スピード共に増させる突きだ。当たらないかもしれないが僕を舐めきっている今なら確実に当たるッ! いや、当てて見せる!


 家族との約束とは『武術を人に使わないこと、人に手足を上げないこと、怒りに身を任せてはならぬ、暴力に身を置いてはならぬ、友を護り悪を挫く、己を高め精進し続けることこそが真の武芸者、全て己の拳を信じ道を切り開く者こそが真の雲林院無心流の後継者だ』というものだ。この中の前半部分を破ることになってしまうが、これ以上は死んでしまうため仕方ないと割り切る。


「……りゅう……じゅつ…………」

「はぁ? 今何か言ったか? ちゃんと聞こえるように言わねぇと止めねぇぞッ! ま、止める気ねぇけどなぁ」


 戸間達はさらに僕の体を痛めつけるが、僕は徐々に体の底から力が湧き上っていることに気が付き、戸間達の攻撃が効かなくなり始めていた。


 よく分からないが丁度いい。これなら確実にこの一撃が当たる。狙いは……お前だぁッ! 戸間蓮司ィィッ!


 今から放つ技の名前は……単なる突きだから特にない。強いて言うなら『右逆突き』か『正拳突き』だろう。


「おい! 聞いてんのかッ!」

「雲林院無心流……拳術……」


 一定のリズムの腹式呼吸で丹田に気を蓄えながら呼吸する。撃ちこむと決めた瞬間に息を適度に吐き出し、蓄えた気を一気に放出するかのように拳に持っていき、相手の身体の芯を捉え急所を貫く様に叩き込む。


 僕が生まれてきて初めて入門生以外の人に拳を放つ。多少の恐怖と戸惑いがあるが、これまでのいじめで溜まった怒りと今も受け続けている暴力には敵わないようだ。


 いざ打ち込もうとしたその時、(つんざ)く様な悲鳴と怒りに満ち満ちた女の子の声が訓練場に響き渡った。


「連夜君!? あなた達何をしているの!? 早くそこを退きなさい!」


 僕の魂を込めた一撃を止めたのはその声で、その声の主は僕をしょっちゅう構い僕に迷惑を掛けている天然さんだけど、心優しくて僕のことを一番理解してくれている幼馴染の白須さんだった。


 その声が聞こえたと同時に戸間達は攻撃をやめ「え、あ、こ、これは……」等と言い訳を始めていた。ステータス事件の時に気が付いたが、どうやら戸間達は、特に戸間は白須さんのことが好きなようだ。馬鹿だなぁ、白須さんにはかっこいい遊馬君が居るっていうのに。


「い、いやだなぁ~、白須さん。これは雲林院のための訓練なんだ。雲林院も乗り気で……」

「そんなわけないでしょ! いいからそこを退きなさいッ!」


 戸間の言い訳を切って捨てた白須さんは、緊張の糸が切れ前のめりに倒れ込もうとしている僕を優しく抱き留めた。僕の顔は丁度白須さんの暖かく優しくふんわりともにゅっとする実りが良く甘いいい匂いにする胸の谷間に()まった。柔らかい低反発枕よりも柔らかくて、僕の頬を優しく包み込んでくれる。更に白須さんは僕の焼け爛れ、切り刻まれ、石の突き刺さった体を癒すためにぎゅっと抱き込んだ。息がし辛くなったが心地よくて意識が途切れだした。


「あれが訓練ね。あなた達の訓練は一対多でやるものだったのね。しかも弱い相手に対して数人がかりで。まあ、度胸はつくだろうけど。訓練にはならないわよね」

「い、いや、そ、それは……」

「はぁ~。君達は仲間になんてことをするんだ。訓練をするにしても限度がある。暇なら自分達を鍛えるべきじゃないのか?」

「そうね。私が相手をしてあげるわよ?」


 涼風さんから冷ややかに言われ、遊馬君からは軽い注意を受けた四人は僕をチラッと見てそのままそそくさと訓練場から出て行った。


 濁った視界の中白須さんの奥に見える遊馬君の顔は憎々しげに歪み、怒りのためか真っ赤に染まっていた。


 ああー、遊馬君が怒ってる……。白須さんから離れないと……。でも、体が動かない。……それに意識も消えてきた。ごめんね、遊馬君……。


 僕はそこで意識が途切れ、寒山に白須さんに身を任せてしまった。



         ◇◆◇



「零夜君? ちょっと、零夜君!? どうしたの、目を覚まして! ――香澄ちゃん! 零夜君が!」


 白須は回復が間に合ったのにもかかわらず死んだように眠りに就いた零夜を、優しく膝の上に寝かせて涼風を呼んだ。回復職の彼女が分からないのであれば涼風にもわからないものだが、今の白須には通常の思考を持ち合わせていなかった。零夜がいじめられ死にそうになっているのを目撃し、冷静ではいられなくなっているのだ。


 それはそうだろう。白須にとって連夜は幼い頃から掛け替えのない人なのだから。


 涼風はすぐに駆け寄り、零夜の喉に手を当てて脈を測り、口元に手を翳して自然呼吸を確かめ、瞑っている目を開いて対光反射があるか確かめる。


「生きているわ。すぐに医務室へ運びましょう」

「わかった!」


 涼風は零夜の身体をそっと持ち上げ医務室へ急ぎ、その後を白須が追っていく。遊馬は動こうとせず、顔を憎々しげに歪めて零夜のことを見ていた。



        ◇◆◇



 ……ん……んん、ん……ん?


「目が覚めたのね、零夜君! 私が誰かわかる!」


 僕が目を開けると目の前に目元を真っ赤に腫らせた白須さんがいた。その隣には涼風さんの顔が見える。……遊馬君はいないみたいだ。珍しいな。


「白須さん。僕は、どうしてここに……」

「雲林院君、覚えていないの? 訓練場での出来事なのだけど」


 訓練場……ああ、いつものあれがあったんだったな。それがいつもより激しくて抵抗しようとしたところに白須さん達が来てくれたんだった。その後は……(ボッ)。思い出しちゃった。白須さんのあそこに顔を……。そこから記憶がないから気を失ったんだろうな。


「零夜君の傷は全て治ったのに目を覚まさなかったから私、心配で、心配で……」


 白須さんは僕の右手を握りながら、また目元に大粒の雫を浮かべて嗚咽を漏らしながらそう言った。


「もう大丈夫だから。意識もはっきりしてるし、記憶もちゃんとある。体はほとんど動かないけど、疲労が溜まっているだけだと思う。だから、泣かないで。僕は大丈夫だから」

「レイ、くん……」


 久しぶりにその名前を呼ばれた気がする。


 どうにか慰めたいけど体が動かなくて白須さんの手を握ることしかできなかったが、どうにか安心させることは出来たようだ。


「それで、あの後はどうなったの?」


 僕は離せそうにない白須さんから目を外し、涼風さんに向けて質問した。


「あの後訓練自体はきちんとあったみたいだけど、全体にロイさんから説教があったそうよ。私達はその場にいなかったからわからないけどね。それとロイさんが後で来るそうよ」

「わかった、ありがとう。あの四人はどうなったの?」

「ああ、あの四人なら『そんなに訓練がしたいのならしてやる』ってロイさんが言って、今も訓練してると思うわ。遊馬もそれについているわ」

「そ、そうなんだ」


 ロイ団長は相当怒ってくれているのかな? だとしたらいいな。僕の味方がいてくれるだけでもうれしいから。


「零夜君はいつもあんなことをされているの?」


 目元の腫れが若干引いた白須さんが怒気を孕んだ声でそう訊いてきた。


「い、いや、いつもはあそこまでいかないよ。今日は何か気に障ることでもあったんじゃないかな。だから、もういいよ。それにロイ団長が扱いてくれているんでしょ?」

「そうだけど……」


 僕がおちゃらけて言うと白須さんの怒りが収まったが、まだ納得いかない様だ。


「零夜君もお人よし過ぎると思うわよ。ああなる前に……と言いたいけど、何かしらの防衛方法を持っていたほうがいいわよ」


 涼風さんが僕のステータスを思い出して難しそうにそう言った。


 僕も防衛方法が欲しいと思う。だけどその防衛方法がねぇ、ないんだよね。ステータスは軒並み低く、魔法は使えない、武器は使えるのに体が付いてこない。

 だけど、今回よかったことが一つだけある。それは、僕が技を放とうとした時のことだ。なぜかは分からないけど体の底から力が湧き上ってきた感覚があった。それで気を一時的に持ち直して、攻撃もほとんど効かなくなって、『放つ』という一点に集中することが出来たんだ。あの力が何かわからないけど、いつでも使えるようになれば防衛……いや、魔物と戦えるようになる。もうスライムで手古摺(てこず)るのは終わりだ。


 コン、コン


「俺だ、団長のロイだ。追加訓練が終わったから来たぞ。入ってもいいか?」


 これから先に少しだけ希望が出たその時、医務室の扉が二回ノックされてロイさんの声が中に響いた。


「どうぞ。零夜君も目が覚めています」

「お、それは朗報だな。レイヤ、今回は俺の目が届かなくて悪かった。これからは隅々まで目を光らせる。本当にすまなかった」


 ロイ団長はそう言って頭を下げた。僕はそれを見て慌てて頭を上げるように言う。


「あ、頭を上げてください。今回の件は仕方がないと思います。僕が弱いのも原因ですし・・・・・・。年頃の男の子が急に凄まじい力を授かったり、魔法なんて言うお伽噺の力が手に入ったら力に酔って増長すると思いますから」


 僕は苦笑と共にロイ団長に気にしないでほしいと伝えた。ロイ団長は一瞬呆けた気がしたが、すぐに顔を引き締めて軽く頭を下げた後いつもの調子に戻った。


「レイヤは強いな……。まあ、本人がそう言うのならこの件はここまでにしよう。それにしても、その年でそれが分かっているということはレイヤは何か嗜んでいたのか? それともあれか、実際は歳を取っています、とかか?」


 ロイ団長はお道化たように言ってくる。だんだんと調子が戻ってきて、倒れる前まで抱いていた悪い感情がなくなっていく気がする。

 僕はロイ団長の言葉に苦笑して半分肯定する。


「ええ、僕は武術を嗜んでいると言っていいのか分かりませんが、実家が古武術の道場を開いています。幼い頃から厳しい稽古をつけられていたので力についてはよくわかっています。ですが、これは今力がない僕だから言えるのかもしれません。僕だって大きな力があれば増長していたかも、ですからね」


 僕は横になって動かない体を手で解しながら、天井を向いて地球にいたころの稽古を思い出していた。お爺ちゃん達の稽古は生半可な覚悟では出来なかったなぁ。気を抜いたら一瞬で意識を刈り取られるし、防がなかったら血反吐吐くし、防いでも完璧に防いで受け流さないと体の芯に残るからなぁ。


 今思い返すととても懐かしい。


「雲林院君の実家は古武術道場だったの? 私は初めて知ったのだけど」


 そう言えば白須さんしか知らなかったんだっけ。


「そうだよ」

「零夜君、教えてよかったの? 知られるの嫌だったんでしょ?」

「ん? まあ、そうなんだけど、この世界に居たらいずればれるかもしれないし、この世界ならおかしくないことだしね。それにそこまでして隠したかったわけじゃないから。でも、広めないでくれると助かるよ。それが原因で今回のようになるのは御免だからね」

「そう、零夜君がいいのならいいよ。私がとやかく言うことじゃないし」


 白須さんは椅子に座り直してにっこりと微笑んだ。


「レイヤ、コブジュツというのはどういう武術なんだ? この世界にはそう言う武術はないから少し教えてくれないか?」


 この世界には古武術はないのか。ああ、そうか、職業があっての技能制だから古武術っていうのが存在しないのか。


「古武術というのは剣術や柔術、居合術等の武芸をひっくるめて言います。技は試合や戦争などいろいろなところから生まれ、それぞれの流祖が生死を賭けて培ってきた闘争の技術となります。僕達の世界では武道といいますが、それはスポーツのことになります。ですが、古武術は完全に戦闘技能のことを指し、戦場で己の使命を果たすことを心情とします。こちらの世界で言うと剣術や槍術とかのことです。それ等をひっくるめて古武術と呼びます」

「ということは……仮にこちらでその古武術という技能が存在していたら、古武術の技能を持っている者は剣術も槍術も武術系統はほとんど使えるということになるのか!」


 ロイ団長は何か考える仕草をした後、僕に顔を近づけて捲し立てるようにそう言った。僕もそこまで上手くいくものかわからないけど、大体同じようなことになるだろうと考えてはいる。

 二人もそれを聞いて驚いている。


「ええ、多分そうなるでしょうね。まあ、その職業が存在しないのでわかりませんが」

「職業か……。職業が空欄なんていうのは過去にない例だからな。何かしらのはずみで就けるかもしれんが、気休めにもならんな。……とりあえず、生き残れるように少しでもステータスを上げるしかないな」

「ええ、ステータスもあまり上がりませんが、今できることを精一杯していくつもりです」


 ロイ団長の言い方は薄情かもしれないけど、実際僕が出来るのは少しでもステータスを上げて生き残れる術を身に付けていくことだけだ。今回の件が広まればクラスメイトとの間に亀裂が出来るだろうし、最悪国が裏切る可能性が出てきたから匿ってもらうわけにもいかない。まあ、ロイ団長はそんなことしないと思うけど、王様の言うことには逆らえないだろうからね。


「まあ、今回のようなことが起きないように目を光らせるから安心してくれ」

「あ、ロイ団長」

「ん、なんだ?」

「訓練の件なのですが、今度から一人で行ってもいいですか?」

「一人でか? それは今回の件のようなことがまた起きると思っているからか?」

「そうだよ、レイヤ君。強くなるのなら私も手伝ってあげるよ?」


 ロイ団長は眉を顰めてそう言った。白須さんは心配そうな顔をして言う。涼風さんは何も言わないが、心配してくれているのは伝わってくる。


「信用していないわけではありません。ただ、今回の件で皆は今まで以上に僕のことを憎く思ったでしょうから、僕が訓練に出れば空気が悪くなると思います」

「まあ、そうなるだろうな。だが……」

「それに、言い方が悪くなりますが騎士団の方が教えてくださる剣術が僕に合いません。多分、こちらに来てから体が思うように動かないからだと思います。これも職業がないことの弊害かもしれません。そんな状態で初めて習う剣術よりも十数年間習い続けた古武術を体に馴らせる方が楽だと思うんです。もしかしたら職業に就けるかもしれません。無理にとは言いませんが、一人で訓練させてもらえないでしょうか」


 僕は動かない体を出来るだけロイ団長の方に向けて頭を下げる。


「……わかった、レイヤがそう言うのならそうしよう。だが、日に二度は顔を見せてくれ。朝と寝る前でいいからな。あと、どこで訓練するかも教えてくれ。何かあった時に駆けつけるのが遅れてしまうからな。これが条件だ」

「は、はい! ありがとうございます」

「で、でも、零夜君……」

「優香、雲林院君には雲林院君なりの考えがあるのよ? 優香が守るのもいいかもしれないけど、それじゃあ根本的な解決になっていないのよ。それに彼は男の子よ? 女の子に守られるのは嫌なんじゃない?」

「う、うん、まあ、そうだね。あはは……」


 涼風さんが僕を見て微笑んでそう言った。白須さんはそれでも僕のことが心配なのか、綺麗な顔を歪めている。


 この後、白須さんも何とか了承してくれたので僕は身体が治り次第一人で訓練することになった。これで朝から誰にも邪魔されることなく魔力操作の習得特訓が出来るようになった。



         ◇◆◇



 訓練場の一角では先ほど訓練が終了したのか豪華な装備品を身に付けた男の子達が寝転がっていた。その意気遣いは荒く今にも過呼吸になりそうだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、ったくッ! こうなったのも全部あいつのせいだ! クソッ!」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ああ、体動かねぇ! 俺達が何をしたっていうんだ!」

「ふぅ、ふぅ……そりゃあ、ちょっとはやり過ぎたと思うがよぉ、なんで俺達がこんな目に遭っているんだッ! クソがぁぁッ!」

「ひぃ、ひぃ、ひぃ……ゴホッ、ゲッホッ」


 白いシャツの上に簡易プレートを着け、黒いズボンの上に腰当やローブを着た男の子達がそれぞれ愚痴を言った。


「ああー、クソッ! 次に会ったら殺してやる!」

「それはやばくなるからやめろ。半殺しぐらいにしておけ」

「そうだぜ。ふぅ、お前のせいで俺達までとばっちりを受けるのは嫌だからな」

「ひぃ、ふぅ、はぁ、そう、だ」


 一番体が大きく見える男の子が血管が浮き出て顔色が黒くなるまで怒り物騒なことを言うと、周りで息を整えていた三人が口々に止めるがそれでも物騒だ。


 この場にはこの四人以外にもう一人かっこいい男の子がいる。その子はこの四人の殺人計画の様な会話を聞いているのにもかかわらず、顔色一つ変えずどちらかというと何か企むかのように口角を上げ黒い笑みを作ってこの四人に話しかけた。


「ああー、あいつを殺してぇッ! よえぇくせに粋がるなッ! それにあいつにばっかりし「ちょっといいかい?」……あん? まだいたのか。なんだ? 今俺は機嫌が悪いんだが」

「いやね、俺もその計画に加わらせてもらおうかと思ってね」

「は? お前何言ってるのか分かってんのか? それにお前はあいつと仲が良くなかったか? 友達とまではいかないかもしれねぇけどよぉ」


 大きい男の子は日頃からかっこいい男の子のことを知っているので、何を言っているのか理解できていなかった。周りの男の子三人も同じようだ。


 かっこいい男の子は肩を竦めると眉を上げて事情を説明し始めた。


「俺はあいつと仲がいいとは思っていない。『彼女』があいつと仲良くしているから、『彼女』の機嫌を損ねないように努めているだけさ。『彼女』いなければ俺はあいつに関心すら向けないだろうね。それはこちらの世界に来ても同じだったが、ついさっき事情が変わったんだ」

「ほぅ、どういうふうに変わったんだ? それは俺達に関係あるんだろうな? じゃないと手は貸さねぇぞ」


 かっこいい男の子は四人に手招きするとあたりをキョロキョロと見渡して誰もいないことを確認すると小声で話し始めた。


「さっきロイ団長が……俺達は二か月後に……『ボルボナ大空洞』……らしい」

「で、その情報がどうしたんだ」

「気が付かないのか? そこには当然あいつも……。そこで……して、……巻き込んで……おう」

「はっ、そりゃあいい! お前に手を貸してやる! お前らもいいな!」

「おう! 俺も手を貸してやるぜ!」

「これであいつを……」

「そうなりゃあ、今から準備を始めるか?」


 五人は顔を話すとこれからの計画を話し合い始めた。ほとんど何を言っているのか聞こえなかったが誰かを陥れようと企んでいるのは分かっただろう。


「だけどよぉ、なんでお前はあいつを殺そうと思うんだ? やっぱり『彼女』のことか?」

「ああ、俺が隣にいるのにもかかわらず話題に出てくるのはあいつばかりだ。あいつが現れればすぐに飛んでいく。俺には決して見せない笑顔も見せやがる! 力もねぇくせに生意気なんだよ! あのくそチビはよぉ! 『彼女』もあいつがいなくなれば目が覚めるだろうよ」


 かっこいい男の子は口調と雰囲気ががらりと変わり手に持った剣を地面に叩き付けて亀裂を入れた。顔は怒りに染まっているが口元は上がり黒い笑みを浮かべている。


「ああ、安心しろ。『彼女』はまだ俺の彼女じゃない。だから、お前達にもチャンスがあるぞ。俺を出し抜けるのならな」


 その言葉を聞いた四人はガバッと顔を上げてかっこいい男の子をぎらついた目で睨むように見た。


「お、おい、その話はマジか! お前嘘ついて俺達のやる気を出させようとしてるんじゃねぇだろうな」

「嘘じゃない。嘘を付くならもっとマシなものをつく。一発ヤラせてやるとか、な。だが、俺は『彼女』を俺以外の奴で(けが)す気はない」

「へっ、そうかよぉ。ま、俺もそっちの方がいいな」

「俺もだ。新品を貰えるっていうことだな」

「勝負か。いいだろう、俺もその話に乗った」

「誰が勝っても文句を言うなよ。ま、勝つのは俺だけどな」


 五人は何を想像しているのやら涎を垂らしながらグヘグヘ言っている。


「よし、次にルールを決めよう。まず、これから結構日まであいつに干渉することを禁じる。お前らはこの件で眼を付けられているだろうし、なにより『彼女』に嫌われた。ご愁傷様。ま、この二か月間はおとなしくして品行方正にしてるんだな」

「チッ、仕方ねぇか。これ以上目を付けられるわけにはいかねぇからな」

「なにより『彼女』のご機嫌取りをしないとな」


 更にグヘグヘという二人の男の子。


「次に五人が五人とも迷宮の知識を入れておくこと。特にこれから話し合う絶対に必要な罠の場所はな。あと失敗に備えて出来るだけ多く備えておこう」

「ああ、それは俺も考えていたぜ」

「他はどこまで進むかで決めようと思う。それまでは誰にも気づかれるなよ」

「「「「ああ、わかっている」」」」

「よし、集合は夕食が終わった後にしよう。日頃は俺に話しかけるなよ。急にお前達が俺に話しかけ始めたらおかしいからな。基本夜中に行動する」


 こうして話し合いを終わらせた男の子五人はそれぞれが黒い笑みをこの先に訪れる自分だけの幸福に顔を綻ばせて自室へ帰っていった。


遊馬の黒い部分が……。

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