『死水の大遺跡」2
後2話ほどで帝国辺が終わります。
第三層。
下へ降りていくにつれ、海の香りと微かに潮の匂いが鼻に付いてきた。
どうやらこの先は海のフィールドのようだ。
階段を全て降り第三層へ足を踏み入れると、そこは第三層の階段を中心とした半径百メートルほどの綺麗な砂浜と見渡す限り青、青、青一色の海ばかりだ。
「テメエら、気を付けて周りを確認しろ」
モビルさんの声に武器を構えると慎重な足取りで海まで近づき何かないか確認する。
見渡す限り青い海で次へ降りる階段はどこにもない。
上空には真夏の太陽の光が燦々(さんさん)と降り注ぎ、雲一つない海と違った青色の空。
上空にも扉は見当たらない。
「チッ、また閉じ込められるのか……」
「だが、この階層は少しやばいな」
「そうですね。召喚魔法陣と海から来られたらさすがにきついですよ、これは……」
「だけど、やるしかない」
降りてきた階段も全ての人が出た瞬間に消えてしまった。
これが戻れないということだったのだろう。
暫く探し、海の中の様子を見ようという話が出てきたところへ、どこからともなく不気味なしわがれた声が轟いた。
『カッカッカッカッ……。よくぞこの第三層まで来られた。前回来た者から実に千年以上の時が経つわい』
「どこから聞こえる! 姿を現せっ!」
声に合わせて上空が薄暗くなり、お化けでも出るのかというような不穏な空気が流れ始めた。
『そう急かすでない。すぐに姿を現してやる』
何とも楽しそうに聞こえる声が周囲に反響すると、海の端から巨大な船と水飛沫が見えてきた。
近づいてくる船影に目を凝らすと、船の先に大柄なぼろのローブを纏った老人が立っていた。手を後ろに組んでいるが頭から突き出ている杖は身の丈よりも大きい。
そして、何よりも感じるのは異様な圧力だ。
先ほどの言葉とこの威圧感は以前にも感じたことがある。
「な、何者だ?」
誰かがそう呟いた。
その声が聞こえているのか老人は再び笑った。
『カッカッカッ、儂の名は『不死海王マリンリッチ』。この海で作られし深海の王じゃ』
「リ、リッチ……リッチだって!」
リッチと言えばアンデットの中でも上位に位置する魔物だ。更に喋っているところを見ると魔人のようだ。
『鑑定』で調べてみると固体名こそないが、基本的なステータスは軒並み高く、魔力、魔耐、精神にいたっては5000以上ある。その代り体力や筋力、耐久は2500ほどしかない。
完全な魔法型の魔物だ。
『この階層に人が訪れるのは久しい。まだまだ話したいことがたくさんあるが、お前達にはここで死んでもらわなくてはならん。魔物と人の関係なのだから当然じゃな』
リッチはそう言って杖を上空に掲げた。
杖から黒色の光が迸り、海面からブクブクと泡が出始めた。
次第に泡が増えていくと『魔力感知』に無数の反応が出始め、海面から魚の魔物や腐った死体、スケルトン、リビングナイト等のアンデット系の魔物が顔を出す。
砂浜にいる皆は蒼い顔になり、恐慌状態へと落ち始める。
『カッカッカッ、まだまだ出るぞい』
再び杖から光が迸る。
「モビルさんは僕があいつの相手をします! 義賊団の皆さんにはこの場を任せます!」
「ああ、任せろ! ――テメエら、聞いたか! この砂場にあの魔物達を近づけるな! 円形に広がり、お互いにカバーしながら戦え!」
『オオオオッス』
僕は次に二人の元へ向かい指示を出す。
「二人は全体を見ながら援護をお願い」
「レイ君、気を付けてね」
「了解」
刀を抜き放つと地を蹴りリッチに肉薄する。
リッチは僕を窪んだ赤い双眸で見つめると杖を向けて魔法を放ってきた。
『黒き稲妻、死への誘い、悪魔の囁き! 『死黒雷』』
黒い稲妻が僕目掛けて襲いかかる。
その稲妻を『心眼』で見極め、『空歩』を使って避ける。
今度はこちらの番だ。
「雲林院無心流剣術……『連刀飛燕』」
雷が止んだ瞬間を狙って空を蹴り付けると一瞬で接近し、刀を前後に操った。
『カッカッカッ、甘いは童』
高速の二刀はリッチの持つ漆黒の杖に防がれてしまった。
伊達に数千年もこの階層を守っているというわけではなさそうだ。
僕は身を翻させると綾指を人差し指に掛け指弾を放つ。それをリッチは杖を両手で横に掲げ謎の障壁でやり過ごし、障壁を消し去ると横薙ぎに振ってきた。
『大いなる死の風、滅びを持て! 『腐食の旋風』』
さすがにこれを受けるわけにはいかず、ガントレットのシールドと巨大な『風刃』を作り出して防ぐ。
上空でドンパチしている間地上では、義賊団が抑えている間にソフィーが詠唱を唱えて魔法を当てるということが繰り返されていた。
ユッカは負傷したものに駆け寄りすぐに回復と補助魔法を掛ける。
「大地の怒りよ、地に眠る者達の刃よ、女神に怒りを! 『大地の猛死針』」
ソフィーが大地に手を付き強い口調で放つと巨大な魔法陣が広がり、魔物の下から巨大な針が何度も突き出す。
肉に穴が空き、眼球を穿たれ、勢いで宙を飛ぶ。
義賊団は一瞬だけ怯むが押し寄せる魔物を見るとすぐに闘志を剥き出し抵抗を始める。
「ぐああっ」
「癒しの女神よ、母なる恵みよ、傷付き者に祝福を…… 『聖治癒』」
ユッカは負傷者の声を聞くとすぐに近寄り、刃毀れしている剣で斬り付けられた傷口に両手を翳して回復魔法を唱える。
切り裂かれたというより引っ掻かれたような傷口は、逆再生するかのように治っていく。
「す、すまねぇ」
「お礼はあと! すぐに持ち場に戻って皆の援護よ!」
「お、おう!」
ユッカの優しい笑みと強い言葉に心を打たれた義賊団は再び猛攻に移る。
これならひとまず安全だ。
僕は地場から目を離し、リッチに殺気を込めた視線を向ける。
『カッカッカッ、怖いのう。童は相当できるようじゃ。儂も本気を出させてもらうぞい』
リッチは全身から強烈な魔力を噴出させて、真っ赤な双眸をルビーのように輝かせる。
僕は刀を握り締め、気を蓄える。
『カアアアーッ!』
「はあああーッ!」
お互いにぶつかり合い、激しい衝撃と轟音が轟く。
リッチの放つ魔法が切り裂かれ、杖の一撃を刀で弾く。刀の一撃を杖で防ぎ、蹴りを謎の障壁で防ぐ。
お互いに一歩も譲らないが、ステータスの差で僕の方が徐々に押し始めた。
『ぐ、ぐぬぬぬうぅー……。やはり、ステータスは童の方が高いようじゃな。ならば、これでどうじゃ』
リッチは杖を輝かせると幻を作り出し錯乱して来ようとした。
そのまま突進してくるのを先ほどよりも速い動きで捌き、『心眼』によって本物を探し出す。
『カッカッカッ、無駄じゃ無駄じゃ! どれが本物かわかるまい!』
リッチの言う通り、この幻は有幻術らしく攻撃も魔力も全て通っている。気配もあるため本物を探し出すことが出来ないようだ。
「チッ」
僕は舌打ちと共にその場から急降下し海面に降り立つ。
そして、僕に向かって来るリッチに向かって刀を構える。
「雲林院無心流剣術……『気剣・一閃』
リッチの大群の中心を見極めて横薙ぎに振う。より多くを巻き込んだ気の一閃がリッチを飲み込んで広がっていく。
『カァァアアアァッ』
一番奥にいたリッチは巻き込まれる前に謎の障壁を全身に作り出し、気の衝撃が届く前に防ぎ切った。
呼吸をしているのかは謎だが肩で息をし、整えると高く笑い出した。
『カッカッカッカッ。童、強いのう』
「あんたもステータスのわりには強いな。それも年の功か?」
『カッカッカッ。そうじゃな。生れて数千年は経つからのう。生れて百年もしない童に負けてたまるものか』
再びぶつかり合う僕とリッチはお互いに攻撃手段を変えた。
リッチは完全魔法主体に替え、僕は刀を鞘に戻してアンデットに有効な気功術に替えた。
先ほどとは違い魔法を完全に避けなくてはならないが、『硬質化』と『鉄爪』で防御力を上げほとんど振り払っている。
あとは大型の魔法を避けるぐらいだ。
リッチの懐まで侵入をすると蓄えた気を一気に放つ。
「雲林院無心流拳術……『気爆掌』」
気を右手拳に送り、空中で静止すると共に勢いを乗せた強烈な一撃を鳩尾に放った。
魔法が消え、赤い双眸が揺れ動き、くの字に折れ曲がる上体に追撃を放つ。
「……『双龍脚』」
体を仰け反らしつつ右脚を左に回しながら踵で顎を穿ち、今度は上体を戻しながら左脚の踵落としを右肩に食らわす。
『グウゥ』
リッチは上空から海へ叩き落され、大きな水飛沫が昇る。
が、その水飛沫が向きを変え、僕に向かって大きな槍となって襲い掛かって来た。
僕は背後に飛び去り、刀を抜き放つ。
「……『居合・暁之光明』」
キンッ、と甲高い音が鳴り、目に捉えることの出来ない一閃が放たれすぐに刀は鞘に戻った。
襲い掛かってくる巨大な水は動きを止めて光り轟き、海へと戻っていく。
水が戻ると海面が盛り上がり、リッチが飛び出してきた。
そのまま杖に闇を纏わせると大振りに叩き付けてきた。
『『暗黒掌』』
攻撃をいなしながら闇を放つ杖を刀で防ぎ、反撃とばかりに蹴りを放つ。
蹴りは顎に当たり、先ほどの一撃で痛めているのか大仰に仰け反った。
『ガッ……。小癪な!』
リッチは仰け反った状態を無理やり起こし魔法を放つ。
だが、僕は刀を抜き放ち両手を斬り伏せ、杖の魔法が掻き消え両手首から先と共に海の中へ落ちていく。
リッチは驚愕と共に怒りに染まる。
『童ァァァッ!』
それでも掴み寄って来ようとするリッチを見据え、刀を斬り下ろす。
リッチに体は真っ二つに切り裂かれ、海へ落ちる前に砂のようになり風に攫われ消えていく。
僕は刀を拭き鞘に戻すと、被害が出ないように離れていたのを思い出してすぐに皆の元へ戻った。
リッチが消えると薄暗かった空も元に戻り、迫り来る魔物も次第に数を減らしていった。
「これで終わり。『水撃砲』」
水の砲弾が十体ほど固まっている魔物に放たれ砂煙を巻き起こしながら飛んで行く。
どうやら全ての魔物を倒し切ったようだ。
上空を跳び回りながら海の中に潜んでいないか確認するが、どうやら本当にすべて倒し切ったようだ。
リッチがこの階層の鍵だったようだな。
僕は皆の元へ戻り、回復と休憩の準備に移る。
「レイ君、無事だったんだね」
「そっちはどうだった? 上から見ていたけど、途中からリッチに目を向けてたから」
「大丈夫だったよ。ソフィーちゃんが近づいてくる魔物を全部倒してくれたから」
ユッカはソフィーに抱き付いてそう言った。
僕もソフィーに近づき、水を差し出しながら頭を撫でた。
「ありがとう。どうやら死人もいないみたいだね」
「うん。だけど、回復魔法で治したのはいいけど、血を失いすぎて貧血気味な人がでてきたんだけど……」
「そっかぁ……。閉じ込められるかもしれないからその人には付いて来てもらわないといけない。戦闘に関しては支援に回って貰おう」
「わかった。じゃあ、弓とかポーションを渡しておくね」
ユッカはそう言って増血剤等を手に取り横になっている人の元へ向かった。
下へ向かう階段も出現したということで、一旦ここで休憩をすることになった。
ボックスから予め入れておいた料理を取り出し、皆に鋭気を養ってもらう。ボックス内の料理は出来立てで熱々だ。
一時間ほど休憩を挟むと次の階層へ足を踏み入れた。
海の匂いがなくなり、次は滝のように多くの水が落ちている音が聞こえてきた。階段も煉瓦造りから石造りに変わり、まるで地下室か洞窟を下りているようだ。
「気を付けろよ。この先から今までにない危険な匂いがプンプンしてやがるからな」
モビルさんが先を睨み付けるように全員に忠告を飛ばす。
僕の肌と直感にもビリビリと伝わってきている。
この威圧感は恐らく魔人だ。しかも半端な奴ではなく個体名付きの本物だ。
「この先には魔人がいるね。しかもリッチ以上の」
「うん」
ソフィーも感じ取ったようで頷く。
「大丈夫なの?」
ユッカは今まで戦ってきた者の中で一番強いというように聞こえたようで不安そうになってしまった。
「大丈夫だよ。キュクロプス並だと思ってくれればいいと思う。それでも気を付けて行かないとね」
緊張を張りつめ階段を少しずつ降りていく。
第四層。
そこは何とも言い難い威圧感と重苦しい空気が張り詰めた場所だった。誰かが目の前にある生き物を見て喉を鳴らし、冷汗が噴き出てくる。
後退りする地面と擦れる音が落ちる水の音に掻き消えていった。
「……こ、此処はボス部屋か?」
この言葉は迷宮ボスか、と聞きたいのだろう。
だが、まだ四層であり、迷宮ボスの部屋は二度見たがどちらも同じ作りだった。
「いえ、迷宮ボスの部屋は入れば明かりが点く仕掛けになっているので違います」
「そ、そうか」
ボスと見間違えるほどの威圧感を放つ生き物が目の前に鎮座しているのだ。
周囲に水玉の浮かんだ三又の槍を携え、体は半身半魚で全身の鮮やかな水色の鱗が覆い艶やかに濡れている。手足の指の間には水掻きがあり、座っている武骨な椅子の肘置きに手を付いてペチペチと叩いている。
名を『海荒王キングマーマン』、個体名を『三又のギャナボラス』。
平均のステータスは7000弱。キュクロプスより若干高いステータスとなる。中でも耐久と魔耐は高く、防御型の魔物だとわかる。
技能は『水流操作』や『水切』等水関係の技が多くあった。
「あ、階段が!」
皆が水上舞台へ出ると階段に檻が降り、一階層の時のように閉じ込められた。
ここまで何度も死と隣り合わせになった皆は恐怖と戦いながら腹を括り、舞台の中心へと足を進めた。
僕は先頭を歩きながら、ボックスから槍を取り出し雷を纏わせる。
恐らく、水タイプだろうからこの雷の槍が有効だろう。見た目も魚だし、体は濡れているみたいだしね。
「う、動き出した……」
マーマンはゆっくりと椅子から立ち上がると黄色い目で僕達を見下ろし、三又の槍を向けてきた。
死神の鎌を首に突き付けられたかのような錯覚を覚え、ビクリと体を震わせる面々。手に持つ武器に汗が滲み、何度も握り直す。
『よく来た人間共よ。この階層まで来た人間はお前達で二度目だ。凡そ五千年前振りとなるな』
五千年前と言うと丁度帝国が出来上がろうとしていた時だろう。当時でここまで来れそうだとすると先代勇者達しかいない。まだ動ける者が試しに入ったのかもしれない。
まあ、今となってはどうすることも出来ないが。
『この先に行きたくば、我を倒し、我に力を認めさせよ。死ぬ気で掛かって来なければ……死ぬぞ』
マーマンの殺気が荒れ狂い階層内が凍り付かされたかのように冷たくなる。
再び槍に力を入れ、魔力を流す。
雷が目に見えて発したことで、皆体を奮い立たせて鼓舞する。
『いいだろう。人間共、かかって来い!』
「テメエらァ! 怖気付くんじゃねえッ! 敵は一体だッ! 注意して戦えばかけることなく次へ行けるッ! 俺達を、レイヤ達を、仲間を、皆を信じろォッ!」
『オ、オオオオオォッ!』
マーマンは槍を戻し、モビルさんの掛け声に闘志を滾らせる。
口元を凶悪に歪め笑うと石突を地面へ突き、僕達は鼓舞するのをやめる。水が落ちる音以外の音が再び消え、一触即発の雰囲気が立ち昇る。
…………ゴクリ。
「行くぞッ!」
『オオオオオオオォッ』
『蹴散らしてくれるッ』
誰かの飲み込む音が切っ掛けとなり、皆がぶつかり合った。
僕はその場から一番に飛び込みマーマンの注意と槍を引き付け、他の皆が安全に攻撃を加えられるようにする。
黄色い目が僕を刺し、体の向きを変えると共に高速で繰り出される槍。槍捌きは達人級といっても差し支えなく、残像が数本見えている。
向かって来る槍を『先読み』で読み取り、『心眼』で危なげなく弾く。
激しい衝撃と手に痺れが伝わる。ぶつかり合うたびにスパークが起き、辺りに被害を出し、マーマンの槍を伝ってダメージを与える。が、自己回復が早くほとんどダメージになっていない。
お互いに槍を上空へ弾くと一歩下がり、マーマンは飛び交う魔法と矢を槍で振り払った。
『さすが、ここまで来た実力はあるということか。だが、お前だけが強くとも意味がない』
マーマンの体には傷一つなく、鱗が剥がれているということもない。体に纏っている水が魔法の威力を下げているのだろう。
「僕が足止めしている間に皆は比較的柔らかそうなところを集中的に! ソフィーは詠唱準備! ユッカは防御準備!」
「聞いたかテメエら!」
「了解」
「皆なるべく離れないで!」
僕は再びマーマンへ近づき、モビルさんは義賊団に指示を飛ばしながら隊列を組み、ソフィーは極大魔法の準備に入り、ユッカは被害が出ないように皆の中心に位置する。
先ほどよりも一段階早い突きが繰り出される。
お互いに槍を弾きながら技を繰り出し、激しい火花と轟音が轟く。水上舞台が揺れ動き、水面に波紋が広がり、天井からは微かな埃が舞い落ちる。
「雲林院無心流槍術……『双連』」
槍を勝ち上げると同時に槍を腰溜め間で引き絞り、神速の二連突きを肩の関節に放つ。マーマンは力任せに槍を戻し軌道をずらす。突きは両脇を通り虚空を突いた。
『ガアアッ』
一瞬の隙を付いて落した槍を横薙ぎに振って来るが、顔面に魔法があたり槍の軌道が上へずれ、バク転することで避け切る。
足を地に着けると片足で蹴り付け下から縫うように突き上げる。鱗が槍を阻むが力で捻じ伏せ肉まで食い込ませた。
その瞬間に魔力を流し雷を発生させた。
全身から止めどないスパークが起きマーマンの身体を痙攣させる。魚と肉が一緒に焦げるような変な匂いが辺りに漂い、眉を顰める者や口元を抑える者が出てきた。
槍を引き戻すとその場から飛び去り、ユッカの結界が張られると共にソフィーナ極大魔法が放たれた。
「――『死隕石』」
ソフィーの詠唱と共に上空に赤と黒の魔方陣が浮かび上がり、そこから真っ赤に燃える黒い隕石の塊が飛び出してきた。
ソフィーが手を下すと共に隕石はスピードを上げてマーマンへ降り注ぐ。
マーマンの悲鳴が階層内に響き渡るが隕石の破壊音が全てを飲み込む。水を蒸発させ、地面にクレーターを作り、マーマンを押し潰していく。
あの時よりは魔力量が増えているためソフィーがふらつくことはないが、それでも相当な魔力を消費しただろう。これで倒せていればいいが、恐らくまだ倒し切れていないはずだ。
現に微かに悲鳴が耳に届いているからだ。
次第に隕石が落ちなくなり、ソフィーが肩で息をする。すぐにユッカが魔力水を口に当て魔力の補給を手伝う。
「どうだ……」
「倒しただろ……」
「かなりきついぜ」
口々に疲労を吐露し、今にもへたり込みそうだ。
僕は確かめるために前へ歩き、槍を握り込む。
焦げた臭いが鼻に付く。
残り数メートルまで近づくと煙の中から影が現れ、僕の喉を突いてきた。それを見極めると上体を横に倒し、持っている槍で突いた。
ガンッ、と硬い音がし何かに阻まれたのが分かった。
『ガアアアアァッ。人間共ォ……』
飛び下がると一振りで煙が払われ、マーマンが現れた。体は焦げ、鱗は落ち、穴が開いている。
喉が焼かれたのかしわがれた漏れるような声だ。
黄色かった眼は真っ赤に変わり、口は裂け眉間に皺と顔に血管が浮き上がり醜悪な形相となった。体は筋肉が盛り上がり、高速で回復しようとしているのが分かる。
「あと少しだ! テメエら、根性見せろォッ!」
『オ、オオオオッス!』
疲労困憊の体に鞭打ち、姿の変わったマーマンと第二回戦を始める。
僕を先頭に突っ込んでいくが、マーマンは先ほどとは違い踵を返すと水の中に飛び込んでしまった。
僕達はその場に止まり、突然の行動に慌ててしまった。
「ぐあッ」
その隙を突かれ背後から悲鳴が上がった。
すぐにその場へ行ったがマーマンは水の中へ戻り、水中の中を縦横無尽に動き回っている。動きが速く弓でも捉えることは出来ないだろう。
義賊団の皆はこの四度の戦闘で疲労が溜まり、ソフィーは先ほどの魔法で魔力が尽きかけ、ユッカは防御と回復で手いっぱいだ。
「中央に固まるんだ! 中央にユッカを中心に回復・魔法師を、その周りを弓使いが、一番外に盾持ちが円形に固まるんだ!」
僕の指示に従い、皆が怪我人を運びながら舞台の中心へ向かう。全ての人が中央へ集まると外側の盾持ちが外を向いていつでも攻撃が来ていいように身構える。
僕は上空へ上がり槍を構えると目を閉じ『空間把握』でマーマンの位置を捉える。
今までにない緊張が皆の間に張りつめ、荒い息使いで守りのみを考える。
動きが緩やかとなり、水面まで近づくと顔だけだして中央に向かって何かを噴き出した。
噴き出したものは高速で飛び、盾によって防がれたが受けた人は後ろに倒れて腕が折れ、盾はもう使えなくなっていた。
再び騒々しくなるがモビルさんの一喝で静まり、すぐに治療と警戒に戻る。
僕はマーマンの動きに合わせて体の向きを変えると槍を携えて投擲の準備に入る。槍には魔力を流し雷をしっかりと纏わせている。
再び水面に顔を出したマーマンは先ほどと同じように水を吐こうとしたが、そこを僕は捉え槍を思いっきり投げつけた。
マーマンはそれに気が付きすぐに水の中に潜ったが背中に突き刺さり、巨大な角が生えた。槍からは電流が流れ、雷が落ちたかのように轟音が鳴り響く。
マーマンは悲鳴と共に舞台の上へ上がり、僕に怒りの形相を向ける。息は絶え絶え、体を焦げ、今にも息絶えそうだが、感じる生命力は健在だ。
『き、きさ、まぁ……。はぁ、はぁ』
マーマンは肩で息を整えると背中に刺さった槍を無視し、手に持つ槍を構え僕に向かって突っ込んでくる。
僕は無手で構えると気を蓄え、槍を体捌きで躱しながら懐へ侵入する。
マーマンの槍捌きはダメージで遅くなり、『心眼』で見極めさえすれば避けられる。
「雲林院無心流拳術……『羅刹十連貫手』」
槍を引き飛び下がろうとするマーマンに一歩踏み込みながら人体の急所に貫手を放つ。
焦げた鱗は砕かれ、体の自由を奪われていく。
足が震え出し、膝が崩れる。
「……『覇・瞬正拳』」
拳を腰に溜めると目を見開いて赤鬼を倒した時と同じように拳頭に気を送り込み、マーマンの奥の壁を突き砕くように正拳を放った。
マーマンの腹部に突き刺さり、遅れ乾いた音が周囲に反響し、衝撃波が舞台を揺らし水面に波を起こした。
舞台が耐えきれずに罅が入り、そこから水が噴き出す。
マーマンは白目を剥いて泡を吹き、突き刺さった拳を引き抜くとグラついて倒れた。
死んだかどうか確認をすると拳に付いた血を拭き、マーマンの背中に突き刺さっている槍を引き抜き仕舞う。
皆の元に戻ると歓声は上がらなかったが、安堵した声がちらほらと上がった。どうやら相当疲れているようだ。
「お疲れ」
「ちょっと危なかったよ。ソフィーは魔力の方は大丈夫?」
ちょっと青褪めているから心配だ。
「大丈夫。ちょっと休む」
「うん。次はボス戦だからね。しっかり休息して次に進もう」
ソフィーの頭を撫でてボックスから果物と魔力水を手渡した。
「ユッカも大丈夫なようだね」
「うん。だけど、皆疲労が溜まって今にも倒れそう」
見渡せば食べ物も喉に通らず、水の入ったコップをもって座っているだけだ。
さすがにこの強敵との連戦はきつかったのだろう。
自分と同等の敵ならまだよかったかもしれないが、この迷宮で出てきたのは全て数倍近くある敵ばかりだった。この一日弱ずっと死と隣り合わせで、精神的に疲労が溜まり過ぎたのだろう。それが急激に肉体の疲労を奪ったということだ。
僕はまだ動けるが、それでも感覚が鈍りつつある。
迷宮ボスは恐らく平均10000はあるだろう。
動けない者が半数は締め、動けても支援のみがほとんどだ。
ソフィーとユッカにはここでしっかりと回復してもらわなければ少々きつい戦闘になる。
『神緑の苗木』の雫で回復させることは出来るが、今使って最下層で何かあれば取り返しのつかないことになる。
この雫は実験した結果、死んでさえいなければどんな傷でも癒してくれる。
だから、休める今は使うべきではない。
とりあえずこの場で皆の疲労が取れるように長い間休憩することになった。
長く休憩しすぎても体が恐怖し、動けなくなってしまうのでそれほど長くは休めないだろう。
その気持ちと緊張感、意志が保たれているのは次が最後の階層ということのみ。また、僕達に少なからず心の支えになっているのだろう。
次は最後の階層だ。
二つの流れからして恐らく、大型の魔物が敵となるはずだ。そして、水の魔物が多いことから水系の魔物だな。
僕は武器の手入れをしながら、次の戦いに身を引き締めた。




