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一、二階層

キャラが増えてきて混乱しそうです。

作者なのにキャラの名前を覚えられないという、何とも言えない感じが……。

 太陽の光が届かず薄く、じめっとした空気が肌を撫で、水晶の光がぼんやりと辺りを照らす。

 『ボルボナ大空洞』と同じ光石? いや光貝とクリスタルのようだ。


 緩やかにカーブを描きながら深海へと進んでいくこの洞窟は、次第に深海の冷たさで寒くなっていく。

 ユッカとソフィーは肌を擦り寒さを堪えている。


 今回二度目の古代迷宮に挑むということで、武器は『ボルボナ大空洞』で手に入れたアーティファクト『ヤマシロ』を装備している。

 能力は衝撃波とシールド機能、身体能力向上だ。

 一応試してみたが、衝撃波は手の先からというより空気上に漂っている魔力を固定して押し出しているような感じだ。だから武器を持っていたとしても問題なく使える。

 シールドは長さ百五十センチ、幅七十センチほどの薄い魔力の壁が出来る。『マテリアル』と似ているが、違うところは大きさが固定されることと展開には魔力がいるが、展開し消し去るまで魔力を使わないことだ。

 強度もそれなりにあり、魔法に対して絶大な防御力を誇る。


 腰には刀を差し、背中に弓を背負っている。

 槍と棍は長いので邪魔になる可能性もあるため、ボックスの中からいつでも取り出せるようにしている。




 しばらく歩いて下へ向かっていると、目の前に年代物の扉が見えてきた。

 誰もがこの扉の奥が目的の場所だと理解する。


 モビルさんが片手を上げ静止の合図を送った。

 そのままこちらに振り向くと大きく息を吸って声を張り上げた。


「いよいよ、古代の迷宮に挑む! 再度確認するが、気を引き締め、且つ頭に血を上らせるな! 一戦一戦、一秒一秒が大事であり、命がけだと思え! いいなッ!」

『オオッス!』

「それでは、扉を開ける! ――お前達、頼んだぞ」

「はい。任せてください」


 僕は拳を、ユッカとソフィーは杖を握り直す。

 モビルさんが振り返り、扉の取っ手に手を掛けた。

 義賊団の参加メンバーは緊張に喉を鳴らし、流れ出る汗を拭い去る。

 闘志は滾っているが、緊張は計り知れないようだ。

 これが最後になるかもしれないのだから尚更だろう。だが、僕達は全員生きて帰還するつもりだ。


「フンッ!」


 モビルさんが四股に力を入れて重厚な扉を開け放っていく。

 隙間から部屋の中の光が漏れ出る。


 部屋が完全に開くと僕達が部屋の中に警戒しながら入り、部屋の中に魔力感知を広げ魔物を索敵するが、辺りには魔物がいないようだ。


「大丈夫です」


 僕は後方に顔を回し、言葉と手で安全だと教える。

 ほっとしたように肩を落とし、再度緊張して部屋の中に入ってくるモビルさん達。

 モビルさんは巨大な斧、ヒューストさんは短剣と弓、ファナスさんは鬼包丁、テェリーナさんは杖だ。

 他にも暗器使い、剣士、槍使い、大盾持ち、魔法使いがいる。人数は二十人ほどだ。


 部屋の中に全員が入ると扉が閉まり、何かが落ちる音が前後に部屋に響いた。

 振り返ってみると扉が閉められ檻が降りていた。前方には下へ続く階段が見えるが、そこにも檻が降りて下へ行かせないようにされていた。


「閉じ込められたか……」


 モビルさんがそう呟くように言った。

 僕達は警戒しながら周りに何かないか確かめる。

 檻を殴ってみても甲高い音と火花が散るだけで傷一つ出来ない。

 そのまま壁伝いに移動すると壁が柔らかくなり情報通り膜のようになった。

 外は深海のため薄暗く良く見えないだろうが、僕の技能の『夜目』にははっきりと見えている。凶悪な魔物と巨大な魚がうようよと動いているのだ。


 これは気付かれても終わりだな……。

 だが、この膜に近づいてこないということは、本能的に恐れているのかもしれない。

 それかこの膜が壊れるのを待っているのか……。

 どちらにしろ、教えて怖がらせる意味はないな。


「真っ暗だねぇ。水族館みたいなのを想像してたんだけど……」


 ユッカが幕を突っつきながらそう言った。

 水族館か……。

 確かに大概こういうときは水族館の様に魚の大群や巨大な鮫が近くを通るよな。

 だけどここは恐らく深海二千メートルは超えている。

 圧迫しているとか、息苦しいとか感じないのは迷宮がそういう働きをしているのだろう。

 耳鳴りもしないしな。


「あまり強く突っつかないようにね。この辺りはもう陽の光が届かないんだよ」

「結構深いんだね……」


 逆側にいるソフィーを見るとぷにぷにした膜を撫でて遊んでいる。

 確かにこの膜は肌に吸い付くようですべすべという訳の分からない感じだ。不思議と癒される感触が面白い。


 暫く僕も膜で遊んでいると部屋全体が明るくなった。


「な、何が起きた!」

「部屋の中央から魔方陣が浮かび上がりました!」

「すぐに退避しろ!」


 モビルさんの質問に一人の男が急いで答える。

 指示が飛び徐々に大きくなっていく魔法陣を囲むように逃げる。

 この現象はどこかで見たことがある……。

 ……そう、これは僕達が召喚されるときと同じ感じだ。

 なら……。


「モビルさん! この魔法陣は召喚魔法陣です! 恐らく、すぐに魔物が出て来ます! 皆に準備を!」

「何っ!? わかった! ――聞いたか! 全員戦闘準備ィッ!」

『はいッ!』


 僕も刀を抜き放ち、二人を護るように立つ。


 魔方陣は大きくなることを止めると輝きを増し始め、あの時と同じように強い光が辺りを包み込んだ。

 目を眩ますこの光を両手で庇って防ぐ。

 光が消える前に部屋の中央から恐怖をそそる幾重もの雄叫びが木霊した。


『グアアアアアアアアアアァ』


 僕はすぐに弓を片手に魔力を通すと弦を出現させて引き絞った。

 矢が出現し、矢に魔力が籠り始めたところで光が消滅し魔物が姿を現した。


 魔物はマリンフィッシャー、アクアベアー、マリンスライム、ギャザー等々たくさんいる。

 中には凶悪な爪を持ったライオンや長い角を持った兎等、膜に近づけられない魔物も多数存在している。


 僕はそう言った魔物が密集しているところへ引き絞った弦を離し、魔力の矢を放った。

 勢いを増しながら数を増やす矢は、周りに飛び掛かる前に魔物へと突き刺さっていく。

 あの時の教訓を生かし、今回は突き刺さって止まるようにしている。

 今回は絶対に貫通させるわけにはいかなかったからだ。


「何してるッ! 今の内に敵を倒せ!」

『オ、オオオォッ!』


 矢の一撃が数十体の魔物を仕留めたことに驚き固まった義賊団の皆にモビルさんの声が轟く。

 打って弾かれた様に目の前で固まっている魔物に飛び掛かっていく義賊団達。


 僕は弓を戻すと後ろに振り返らずに声をかけた。


「ユッカ、ソフィー。解ってるね?」

「うん! 援護は任せて!」

「レイヤも気を付けて」


 僕は刀を握り直して構えると『鑑定』を使って強力な魔物から仕留めに掛かる。


 この場にいる戦力の平均は400程度。

 それに比べて魔物の平均は1000だ。ランクとしてはC、Bに分類されるだろう。

 強力な個体は2000以上あるみたいだ。


 全員死ぬ物狂いで戦っている。


 僕は地を蹴り付けると目の前にいるアクアベアーに向かって刀を振り下した。

 アクアベアーは僕の一太刀に気付くことなく頭から真っ二つにされ倒れる。


 今度はその場から飛び上がりウォータライオネルに飛び膝蹴りを側面に叩き込み、周りの魔物を巻き込んで吹っ飛ばす。

 丁度部屋の中央に降り立つと刀を横に構えて魔力と気を送り込むと飛ぶ斬撃を放つ。


「雲林院無心流剣術……『秘剣・飛斬』」


 刀を高速で振り魔力と気が入り混じった真空の斬撃が飛ぶ。

 魔物の首、胴、足をスパッと切り裂き、血が噴き出る。


 後ろから襲い掛かってくる魔物の回転しながら鞘で横殴りにし、その後ろにいる魔物を気功術で吹き飛ばす。


「……『気功蹴烈』」


 回転する力に身を任せ、左腿を胸に寄せると右脚で急制動をかけて足刀を放つ。

 気の色である黄金色に光る左脚は見事魔物の中心を捉え、気の力で増幅した蹴りの勢いは衝撃波となって魔物を爆ぜさせる。


 そのまま飛んで二人の元へ戻る。


 二人は近寄ってくる魔物と援護が必要となっている義賊団の魔物に的確に魔法を当てていた。

 火は使えないため、幸い下は土ということで地面を隆起させたり、風で吹き飛ばしたりしている。


「あとは雑魚だけだ! 畳みかける!」

「うん!」

「了解」


 再び弓を取り出すと今度は魔力をほとんど込めることなく弦を引き、矢を放っていく。

 放たれる矢は的確に魔物の急所に当たり、避けようとした魔物には追尾機能で動体に突き刺さり動きが鈍る。そこを義賊団に囲まれてたこ殴りにされている。


「ユッカ、そろそろ終わるから回復に移って。ソフィーは残党の討伐を」


 ユッカは僕の指示に従って腕を抑えているものの元へ直行して回復魔法を唱える。

 ソフィーも同様に土を隆起させて魔物を倒していく。

 僕は矢を放ち、危害を加えようとしている魔物を優先的に仕留める。




 暫くすると最後の魔物が義賊団の手によって刺され、今度は何かが開く音が部屋に轟いた。

 どうやらすべて倒すことで次の階層へ行けるようだ。


 全員が座り込んで荒い息をしている。

 怪我人はいるようだが、幸いにして死者は出ていないようだ。


 ボックスから水の入った樽を取り出すと皆に分けて休憩に入る。

 よく分からないが一度討伐し、次の階層へ行くまでは檻が下りないようだ。

 しっかりと休憩して次の階へ行こう。


「テメエら、手当ては終わったな!」

『オッス』

「休息もしっかりとったな!」

『オオッス』

「じゃ、第二層行くぞ! ――お前達もよろしくな」

「はい、任せてください」


 少しでも破れて修復が必要となった膜には濡れると固まる粉を降り掛けて塞ぎ、少し大きめな膜には石を置いて塞ぎ粉を大量に降り掛けた。




 第二層へと続くじめっとした階段を降りていく。

 降りていくに連れて背筋を凍り付かせるような不安と恐怖が冷汗となって現れ、第二層に対して不気味さという警戒が頭の中に鳴っている。

 皆も感じ取っているようで先ほどからしきりに喉を鳴らしている。


 ユッカとソフィーが僕の手を強く握り、寄り添うように僕の後ろに隠れている。


 そろそろついてもいいだろうというところで、階段の様子がおかしくなり始めた。

 木製になるのはまだいいが、年代物というより古くなり朽ちたような作りになった。

 所々からギシリ、と軋む音が鳴り響き、今にも下へ落ちるのではないかと身の毛もよだつような感覚に陥れる。


 さらに皆の周りに渦巻いている雰囲気も拍車をかけていた。


「先が明るくなった! 後少しで第二階層だ!」


 モビルさんの声が階段の通路に木霊する。

 誰もが再び緊張の糸を張り巡らせた。




「……な、なんだ、ここは……」

「ま、まるで、船乗りに噂、『船の墓場』じゃないか……」

「ふ、ふふ『船の墓場』だなんて、じょ、冗談きついぜ……は、ははは……」


 『船の墓場』とは言葉から分かるように、壊れた船や沈没船、幽霊船等の無人の船がどういうわけか一か所に集うところを言う。

 船乗りの間では穏やかな海に濃い霧と耳鳴りの様な音が聞こえ始めたら、霧の奥からぼんやりと大型船の陰が見えてくる。

 その陰に導かれるように動き始めた船が行きつく場所が『船の墓場』、というわけだ。


「レ、レイ君……」

「北大陸よりも怖い……」

「だ、大丈夫だよ。雰囲気に飲まれたら怖いものはもっと怖くなる。出てくるものは皆魔物だから」


 気休めにもならない言葉しかかけられないのが情けなく感じる。

 だが、僕も相当怖いので頭の中が真っ白なのだ。


「くくくっ、さすがのお前達も年相応だな。テメエら、絶対に下に落ちるなよ! この海に落ちたら一貫の終わりだ! 足場と周りに気を付けろ!」

『オッス』


 モビルさんは怖がっている僕達を見ておかしそうに笑うと海を覗き込み眉間に皺を作った。


 海は黒く濁り、その海に巨大な魚の陰がうろちょろ動いているのが見える。

 確かに落ちれば一溜りもないだろう。


「わかったな。恐らくこの船を越えた先に第三階層への階段があるだろう。出来るだけ船の真ん中を通っていく」

「それがよさそうですね」


 万が一落ちそうになった場合は『空力』でどうにかできるだろうが、どう見ても海までが近く助けに行くのが間に合わない可能性が高い。


 僕達は二列か三列になり、左右を特に気を付けながら船の中に入って行く。


 出てくる魔物は先ほどとは違うが、スピリットやスケルトンが中心なので急に出てくるのは同じだ。

 スピリットは魔法生命体で物理攻撃が通じない。もちろん魔剣や魔法なら攻撃は通る。僕の場合は気功術や『鬼火』等の技能を使えばいい。

 スケルトンは武器を持たない骸骨だが、死んだ者が骨だけになって甦る魔物のことを言う。冒険者が死んだ場合その時に装備していた者がそのまま装備となる厄介な魔物だ。強さも下がるが、元が強い場合その限りではない。


 だが、此処は迷宮だ。アンデットが出てもこの階層で死んだ者しかアンデットにならない。それにこの階層に来るには先ほどの大群に勝たなければならない。必然的にスケルトンの強さは迷宮の強さとなる。

 強い個体が出た場合はどんなに強くても僕なら倒せるだろう。


 年月と霧で朽ちた床を歩き、古びた立付けの悪い扉を何度となく開け、船から船へと乗り移る度に新たな船を占領している魔物と交戦する。


「これで十隻は渡ったかな」

「まだまだ先に階段は見えないね。本当にこの先に階段があるのかな?」

「いずれ、迷宮の端に着く。ユウカ、頑張る」

「そうね。こんなところで挫けてはダメだよね」


 どうにかソフィーの言葉で恐怖や不安に押し潰されそうになっていたユッカの心が取り戻ったようだ。


 それから暫く頑丈で大きな甲板で休憩を取りながら先へ進んでいく。

 だが、一向に終わりが見えない。


 目標はあっても、終わりの見えないこの階層に皆疲労が溜まり、進行速度と警戒心が欠け始めてきた。


「うおっ!」

「どうした!? 大丈夫か!」

「あ、ああ、ちょっと踏み外しただけだ」

「見せてみろ。……ちょっと腫れてるな。歩けるか?」

「……ああ、歩く分には問題ない。だが、激しい戦闘はきついな」

「そうか、分かった。――モビルさん、怪我人が出ました!」


 背後で誰かが足を踏み外して床に嵌ったようだ。

 尖った板が脚に突き刺さっていないのは幸いだが、これで進行速度がさらに落ちるだろう。


「わかった。もう少しで甲板に着くだろう。そこで休憩と治療を施そう」


 モビルさんの指示に安堵する面々。余程疲労が溜まってきているのだろう。




 甲板に着くとどさりと腰を下ろす皆。

 ユッカとソフィーも背中合わせに座り荒い息を整えている。まだ普通に動けるのは僕とモビルさん達幹部四人、残り三人ぐらいだ。

 これだけ疲れるのは迷宮という以上に終わりが見えないということだろう。


「レイヤ、ちょっといいか?」


 ユッカ達に水を差し出しているとモビルさん達が声をかけてきた。


「はい、なんでしょうか」

「この状況をどう見る。いくつもの迷宮に挑んできた俺達だが、こんな状況は初めてでな。よく分からんのだ」

「だが、お前は迷宮を二つ踏破しているだろ? 何か知っているかもと思ってな」


 四人は疲労よりも困惑の方が大きいようだ。

 確かにこの状況に僕もおかしいと考えている。

 この階層が広すぎるのだ。

 だけど、『ボルボナ大空洞』も『食の迷宮』も普通の迷宮と変わらないんだよね。確かに、罠の差や魔物の出現差等の差は確かにあるが、それだけだ。

 確実にこれはどうだと思えるのは……いや、違いはあるな。


「推測ですが、モビルさん達はこのような状況は初めてなんですよね?」

「ああ、終わりのない迷宮はな」

「では、第一階層のように閉じ込められたり、召喚用の魔方陣から魔物が出てくる場合はどうですか? あの罠は『ボルボナ大空洞』で見ましたが、あれは特殊な転移魔法陣でした」


 『ボルボナ大空洞』で体験した転移ボックスという罠について教えた。


「――という感じなのですが……聞いたことありますか?」

「……いや、ないな。その罠は集団を転移させたのだろ? 俺達も転移の罠は見たことがあるがそこまで巨大なものはない。閉じ込められるなんて初めての経験だ」


 そうか……。

 転移罠の時はもう一度起動させれば帰れる感じだったな。第一階層の時は魔物を殲滅すれば檻が開いたっけ。

 なら、この階層も何かしらの条件を必要とするのだろう。


「多分ですが、第一階層と同じで何かしらの仕掛けがあると思うのですが……」

「仕掛けか?」

「はい。第一階層は魔物を殲滅することで檻が開き、下の階層へ行くことが出来るようになりました。なら、この階層も同じように何かしらの仕掛けか条件があると思うのです」

「なるほど……。だが、この階層で魔物の殲滅はきつくないか?」


 確かにこの果てのない階層では無理な話だ。

 皆、終わりのない道のりに終わりのない討伐なんてものが加わったら死んでしまうかもしれない。


「では、特別な魔物がいると考えるのはどうでしょう?」

「特別な魔物?」

「ええ。例えば、この階層のボスみたいな存在ですね」

「階層ボスか……。あり得そうな話だな」

「だけど、そんなものどこにも見当たらない」

「そこが、問題だな」


 モビルさん達は甲板に座って考え込む。

 ここは仕方がないか。


「僕が見て来ましょう」

「どういうことだ?」

「僕の技能に空を跳ぶ技能があります。その技能を使って上空から見渡してきます。これなら落ちる心配もないですから。魔物を振り切れますし、この辺りなら相手にもなりません」

「そんな技能があるのか。お前達に頼り切るのはあれだが、お前にしか頼めないみたいだな。見つけたら知らせに戻ってきてくれ」

「くれぐれも先に攻撃を仕掛けるなよ」

「はい。何か見つけたら帰ってきます。では、行ってきますね」


 僕は『空歩』を使って空に飛び上がると、進行方向に真っ直ぐ飛んで行く。

 背後から「なんだ、あれは!」という声が聞こえたが、ユッカ達が上手く説明してくれるだろう。

 僕は兎に角何かないか目を光らさなければ。




 上空を飛ぶこと数十分。

 魔物との遭遇は起こったが、どの魔物も普通で階層のボスとは見えない。気になることも特にはなく、朽ちてボロボロとなった船しか見当たらない。

 微妙に大きな船が見えて入ってみても中は普通で、『魔力感知』にも手応えを感じなかった。


「何もないなぁ……。もしかして閉じ込められたのか? さすがの僕でも骨と幽霊では食べることは出来ないぞ」


 このまま閉じ込められたままでは皆餓死してしまうと思ったところに巨大な反応を『魔力感知』で捉えた。


「なんだ!」


 その場から逃げるように天井をぶつ破り上空へ向かい確認すると、海に巨大な影が浮上している最中だった。


「この影は……」


 確かこの迷宮に入った時に見た魚だ。

 もしかしてこいつがこの階層のボスか?


「とりあえず『鑑定』」


 ふむ、平均2500ぐらいか。

 説明には普通に魔物の生態しか書かれていないのか。

 倒すにしても海の中にいられると厄介だな。


 とりあえず、この魚のことを伝えに皆の元へ戻ることにした。




 『空歩』を使って皆の元へ戻るとモビルさん達がどうだったかと近づいてきた。

 僕は甲板に降り立つとボックスから水を取り出して一口含み、例の肴について話した。


「あの時の巨大な魚か。確かに迷宮のボスみたいだな」

「一匹しかいなかったのですか?」

「はい。確認できたのは一匹です」

「だが、海の中というのはネックだな。どうやって討伐する?」

「海の中なら魔法も効き難い。出てきたところを捉えるしかない。だけど、激しいものを使えば船にも被害が出る」

「だよなぁ。レイヤ、何かいい方法はないか?」


 うーん、海の中ってことは雷だよね。

 ってことは『雷槍ボルティアランス』がいいだろう。だけど、雷を放って船は無事かっていうことだよね。

 まあ、木製でも濡れていれば感電するよね。

 なら弓しかないことになるな。


「良い武器が二つありますが、片方は危険なのでやめておきましょう。第一階層でも見せた弓でいこうと思います」


 僕は背中の弓を取り出してそう言った。


「確かにその弓なら大丈夫そうだな」

「戦闘方法は派手になるでしょうから、いつでも逃げられる準備をしなければなりませんね。特に船から船への移動を心掛けないといけないでしょう」

「確かにあれほど巨大な魚だと、体当たりだけで沈みそうだからな」

「ですので、今の内に魔物の討伐と直線で進めるように壁をぶち抜いておきましょう。壁も脆く武器で叩けば崩れますから」

「わかった。――聞いていたな、テメエら! この船を中心に五隻分通路を確保しろ!」

『オオッス』


 立ち上がると半分に分かれて船の中に入って行った。

 ユッカ達も魔物を倒すために分かれて付いて行った。


「戦闘は上空で弓を撃ちます。皆はあの魚が飛び出た瞬間に攻撃をお願いします。僕は逃げられないように囲います」

「攻撃できるのは弓と魔法だけか。なら、その他のやつは援護だな」


 この後モビルさん達は左右に分かれて船の道を確保しに行った。

 僕はこの場に残り、道具の準備とこの辺りにいる魔物の殲滅にかかった。




 それから三十分ほどして、僕は再び上空に跳び上がって魚を引き連れてくることになった。

 案外魚は早く見つかり、僕は上空に停まると弦を引っ張り、矢を放った。

 矢は吸い込まれるように海の中へ入り、魚の背中に命中した。


「ギョオォァアアァァァ」


 何とも不気味な声を上げる魚の名前はタイラントフィッシュ。

 巨大な体と鋼の様な鱗、背中には何の骨かわからないか巨大な骨で身を覆い、顔は竜が混じったような凶悪さで、鋭い歯が生えている。


 再び矢を放ち、僕に注意が向くようにする。

 本気で引き絞ればすぐに倒せるかもしれないが、そんなことをしたら巨大な津波が起こるだろう。

 それをする時は皆を護れる位置にいるときだけだ。


「こっちだ、魚の化け物!」


 矢を何度も放ちタイラントフィッシュを皆の元へ近づけていく。

 矢は突き刺さっているが、強固な鱗に阻まれそれほどダメージがあるようには見えない。だが、込める魔力を増やせばその問題もなくなるだろう。

 兎に角今は皆の元へ近づけるだけだ。




 暫く押して引いてを繰り返していると皆のいる船が見えてきた。

 僕は最後に矢を思いっ切り放つと背びれを破壊し、深々と肉を突き破った。


「ギョアアアアアァ」


 怒りの声を上げるタイラントフィッシュはひと潜りすると水の弾丸を口から吐いてきた。

 この弾丸は普通の物より巨大ですぐに回避しなければ間に合わなかっただろう。


 もう少し近づけたところで支援攻撃が当たり始めた。


「撃てええぇ!」

「「「『風流弾』」」」

「「「『岩石砲』」」」


 タイラントフィッシュの口の中に無数の風と岩が着弾し、柔らかい皮膚を爆ぜさせていく。


「……『破気矢』」


 弓術には技がほとんどなく、こちら得た気功術と魔力を使って自分で作り上げた。

 『破気矢』は体内に蓄えた気を矢に溜めて撃つ一撃の矢バージョンだ。


 ガントレットの効果で衝撃波も生み、さらに加速した一矢がタイラントフィッシュの横っ腹に風穴を開けた。


『ウオオオオオォォ』


 援護組から歓声が上がる。


「こっちも行くよ! 『爆風乱』」

「「「『風流弾』」」」

「こっちも。『砂岩槍』」

「「「『岩石弾』」」」


 矢の一撃で飛び上がったタイラントフィッシュの身体に魔法が着弾する。

 ユッカ達の魔法でさらに舞い上がったタイラントフィッシュにソフィー達の岩の雨が降注ぎ、体に風穴を開けていく。


 鱗が罅割れ崩れ落ちボロボロとなり、身が傷付き滴れ落ち黒き海を赤黒く染め上げる。


 タイラントフィッシュは海の中に潜り込み、攻撃の嵐から身を護る。

 僕は『水走』を使って水の上に降り立ち、刀を抜くと精神を研ぎ澄ませて浮上してくるのを待つ。


「逃げやがった」

「レイヤ! 何をするつもりだ! 食われちまうぞ!」

「待て!」


 ぴちゃりと雫が落ちる音が聞こえ、波立つ海に波紋が消える。

 誰もが物静かに顔を出すのを待ち、緊張する。


 波も収まった頃、巨大な反応が真下から迫って来た。


「雲林院無心流剣術……」


 巨大な影が僕の下から現れた。

 刀の刃を右下に右手でグッと握りしめ、左手を沿えるように持つ。

 目を薄ら開くと同時に僕の下から剣山の生えた巨大な二つの山が現れ、丸飲みしようとして来た。


「レイ君!」

「レイヤ!」


 二人の声が聞こえる。


「ギャシャアアアァ」


 生臭い匂いが鼻に付き、口が閉じられていくにつれて夜の田張が訪れるかのように真っ暗となる。

 刃を横に持っていく。


「……『弧月・気翔陰』」


 飛び上がりながら弧を描くように一回転すると、口から飛び出て刀を下に振り抜いた。

 切っ先から気と混じり合った半月の衝撃波が放たれ、タイラントフィッシュの身体を真っ二つにした。


 僕はそのまま宙返りしながら皆がいる船へ着地した。

 皆僕を見て目だけでなく頭も動かして、姿を追う。

 ユッカとソフィーは若干頬を染めている。

 僕は皆の方へ振り返り、刀に付いた血を左右に振って落とすとくるりと回転させて鞘に戻した。

 そして皆に微笑む。


『オ、オオオオオオオオオォォォ!』

「レイくーん! 無事でよかったよぉ」

「レイヤァ。かっこよかった」

「ははは、ありがとう」


 不気味で不穏な空気が流れ、死が間近にある『船の墓場』に轟く歓喜の雄叫び。

 僕に抱き付く二人の頭を撫でると、周りの義賊団の人も僕の頭を叩いたり、肩を抱いたりして喜びに沸く。


「いやー、無事でよかった。何かやるつもりだとは思ったが、食われたときは驚いたぞ」


 モビルさんが僕の頭をワシャワシャしながら言った。


「それはすみません。潜ったときは船に攻撃されてはいけないとしか考えていなかったものですから」

「まあ、そのおかげで助かったから文句はねえがな。――テメエら、休憩して次の階層へ進むぞ!」

『オオオッス!』


 タイラントフィッシュを倒したことで前方の船が消え去り、船着き場と下へ降りる階段が現れた。


 本当に手の込んだ様な迷宮だな。

 さて、次の階層はどんなところで、どんな仕掛けがあるのやら。

 楽しみ半分、怖さ半分だな。


 僕達は武器の整備と休息を経て階段を下りて行った。

 今のところ重傷者はいるが回復魔法でどうにか回復し、脱落者は一人もいない。


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