食の迷宮3
第二十層。
ここの階層は『食の迷宮』の最下層だ。
【純白小麦】があった十六層より下の三層には食物性油からサラサラ油、各食材に合わせた数十種類の天然の油が泉のように湧き出していた。火山地帯で温泉が各地に湧き出るように油が出ているところだった。
危険そうに感じるが油の温度はそこまで高くなく、火山だといっても形だけで、山の中はマグマの代わりに油が流れているようだ。
その次の階層は粉とは呼べない胡麻や胡椒などがあったが、どれも磨り潰して粉として使うことがあるからいいだろう。
さすがに加工された食材はないが似たような食材を見つけることが出来た。チキン粉と呼ばれる鳥ガラのスープの粉末のようなもの、ブイヨンの様なスープの出汁などもあった。
その次は液体系の調味料が多くあった。
下に行くほど調味料系統などの食材が多くなるが、上層にも調味料は存在している。そうでないと市場に出回らないだろう。
違いを言うと純度だろう。この辺りにある食材はどれも最高級品、最高品質のものばかりだ。さすがに幻の食材には勝てないがどれも中毒性の様な深い味がある。これを使った料理はどれも高級になるだろう。
まあ、階層も下にあるためそれ相応の値段が付くと思うが。
そしてこの階層は降りた瞬間からこれが幻の食材の一つ【隠し味】かと、思い知らされた。
この階層には何と言えない極上の香りが漂っているのだ。まるで空気を料理しているかのような感じだ。
「お腹が空く様な、お腹いっぱいになるような不思議な感じがする」
ユッカが匂いを嗅ぎながらお腹を擦った。
可愛い子が鼻を引くつかせる仕草や脚をクロスさせる仕草っていうのはなんだかそそるね。
まあ、こういうのは人それぞれだからあれだけど。
「んぅ、お腹……空いた?」
ソフィーもユッカ同様お腹が空くのか膨れるのかよくわからないと首を傾げている。その仕草もあっていて可愛く思う。
だけど二人が言っていることがおかしくて笑いが漏れてしまった。
「「むぅ」」
「ははは、ごめんごめん。可愛かったから」
「「か、可愛い(だなんて)」」
二人は頬に手を当ててもじもじと照れた。その仕草がまた可愛くて笑みが浮かんでくる。
匂いを嗅ぎながらこの匂いが強い方向へ進んでいく。恐らく、そちらに【隠し味】があるはずだからだ。
ここに出てくる魔物はさすがに最下層なだけある強さを持っている。平均的なステータスは2500ほどと現在のユッカのステータスと同等だ。それを丁度修行にも食材集めにもいいと考え、魔物を見つけてはユッカを主体に戦わせている。出てくる魔物もいろんな種類がいて、いろんな状況を作れるのだ。
この場に出てくるウルフ系のガイアウルフはウルフの中では動きこそ鈍いがステータスが高いためものともせず、筋力と耐久が高い。
そういう相手は動きで翻弄してくるか数で攻めてくるため、最低でも複数の相手を視界に収めて戦うことが重要だ。倒すとすれば立体移動する瞬間や着地した瞬間など身動きのとり難い時に狙うのがいい。
僕やソフィーみたいにステータスが上回っていれば追いかけたり、かかってきた瞬間に倒してもいいが、同等の場合はそんなこと出来ない。それはどの魔物でも同じだ。
必ず数体で隊列を組むゴブリン系も同じく視界に入れ背後を取られないようにすることが大事だ。だが、メイジやアーチャー以外は遠距離攻撃ができず近距離で攻撃するため近づいてくる。だから、遠くから魔法で狙い、常に一定の距離を保つことが大事だ。
言うのは簡単だが実行は難しい。
こういう魔物には命令を出すリーダーがいる。そいつを真っ先に見つけ出し、倒すことで連携を封じることが出来る。そうすれば簡単に倒すことが出来る。
一個体で出てくるベアー系は基本的なステータスが高く、食物連鎖の頂点に立つ者が多い。例えばドラゴンなどがそうだ。
そういう相手は常に死角を取るように動き、相手の得意な攻撃が来る場所には絶対に行かないようにすること。ベアー系なら背後を取れば攻撃をされないが、正面にいると強烈な一撃が来るのでいかないようにする。ドラゴンは側面がいいだろう。背後は尻尾の一撃が来るし、正面は防ぐことが困難なブレスが来る。
他にもいろいろな魔物がいるため良い修業となっている。
「はぁ、はぁ。これで終わりよ! 『風爆』」
「ギャイン」
圧縮された風の塊が敵にぶつかり周囲を巻き込む爆発を起こす。敵は皮膚を切り裂かれ、爆ぜるように倒れていった。
ユッカは肩で息を整えながら上体を起こし、僕に「どう?」というように笑顔を向けた。
「大分動きが良くなったね。周りをしっかり見れてるし、状況も判断できてる。まだ甘いところがあるけどそこは僕とソフィーがいるから大丈夫だろう」
僕は手を叩きながらユッカに近づく。
ソフィーも僕が言ったことに頷き賛同している。
「ユウカ、動き良くなった。ステータスもたくさん上がってる」
「ありがとう、ソフィーちゃん」
ユッカはソフィーの手を取って上下に振る。ソフィーも嬉しそうに頬を緩めている。
魔力感知で調べてみたところ周りには反応がないためいったん休憩した方がいいだろう。
「それじゃあ、少し休憩してから【隠し味】を採りに行こう」
「ふぅ~。……その後は迷宮ボスだよね」
ユッカは額に浮かんだ汗を拭き取る。
ボックスから水の入ったコップを取り出すとユッカに手渡す。ユッカはお礼を言って受け取ると喉を鳴らして飲む。
コクコクと可愛らしい音が鳴り、耳を自然と傾けてしまう。
「むぅ」
これ以上見ているとソフィーに怒られそうなためやめておこう。
「この先に【隠し味】があるだろうから、その後は迷宮ボスだね。僕とソフィーは戦ったことがあるからまあわかるけど、ユッカは初めてだからね。気を付けて行こう」
「『ボルボナ大空洞』の迷宮ボスはドラゴンだったんだよね?」
「うん。ステータスは勝ってたから負けることはなかっただろうけど、ブレスを吐かれたときは冷や冷やしたね」
あの時はソフィーの援護があったから無傷でブレスの効果範囲から逃げ出すことが出来た。もう一度戦うとなるときちんとした作戦を練って戦わないといけないな。
「ここのボスもドラゴンかな? 小さいワイバーンみたいなのは見たことあるけど、大きいのは見たことないからなぁ」
ユッカは岩の上に腰を下ろして足をぶらぶらしている。
ソフィーも隣で同じようにしている。
「さすがにドラゴンはないんじゃないかな。あの時はずっと討伐されていなかった場所で、魔人が生まれるほど魔力が溜まっていたからだと思うよ」
僕も岩の上に座りながら水を飲む。
「魔王の影響もあったと思う」
「それは今のよね? ソフィーちゃんを追放するだなんて」
ユッカは心配そうな顔をするとソフィーを抱いて頭を撫でる。ソフィーも満更ではないようで顔を綻ばしている。
「大丈夫。ユウカもレイヤもいる」
「あぁ、嬉しい。一緒に頑張ろ!」
「うん」
「レイ君も」
「僕も嬉しいよ。諦めずに頑張ろう」
僕達は一緒に話しながら休憩をして時間を過ごした。
草原を越えて先にある丘の上に上るとススキのような草が生い茂っている場所に出た。ススキをよく見ると小さな実のようなものが実っている。大きく息を吸ってみると追い風に乗ってこの階層に来た時と同じ匂いがした。どうやらこの実が目的の食材のようだ。
想像では【純白小麦】があった階層の様に砂漠のような状態で広がっていると思っていたが、どうやらこの実が丸々【隠し味】のようだ。いや、もしかしたら茎もそうなのかもしれない。
早速近づいて確かめてみると思っていた通り実の殻は砕けばアクセントになりそうで、中にある粉は調味料になりそうだ。茎の方は煮込めばいろいろな出汁が取れそうで、引き抜いて確かめた根っこには球根のようなものが付いている。
無駄なくどこまでも使えるこの食材はまさに【隠し味】というのが正しい気がする。
「丁寧に根っこから引き抜いて持って帰ろう」
根っこを傷つけないように綺麗に引き抜くと土を払ってボックス内に仕舞っていく。
引き抜き始めて三十分ほど経ったところで結構な量を集めることが出来た。
「そろそろ迷宮ボスに挑んで地上に帰ろうか」
「わかった。最後だからこそ身を引き締めないとね」
「了解」
僕達は再び緊張感を持つと最後の敵である迷宮ボスの部屋に向かう。
森を抜けていくと次第に魔物の頭数が少なくなっていく。迷宮ボスの威圧が漏れ出て恐れているのだろう。
この辺りの魔物が恐れて近づかないということは、ステータスは倍の5000はあるだろう。ユッカの平均よりも少しだけ高いぐらいだが、ユッカは援護なのでどうにかなるだろう。
迷宮ボスは数百年倒されず、この辺りには探索者が来ないから魔人が生まれるのではないかと思うかもしれないが、この迷宮は食材も魔力で作られているようで魔力が濃密になるほど溜まることがないようだ。
なら、食材に魔物肉のように魔力が籠るのではないかと感じるかもしれない。そこは、解明されていないというか魔物肉のことを知っているのは僕達だけのためそういうものだと理解されているようだ。恐らく、地上の食材と同じく微量の魔力しか籠らないのだろう。
「いよいよ、ボス戦だね。緊張しちゃうなぁ」
ユッカは持っている杖を抱き込んで息を何度も吐いてハラハラしているのが分かる。
「大丈夫だよ。僕が護るから」
「レイ君……」
ユッカの肩を抱いて安心させるように優しい笑みを作る。
過ぎた緊張は動きを鈍らせるという。だが、抜き過ぎというのも問題がある。スピーチで言うとミスや馴れ馴れしくなり、今回の場合判断ミスや思考の鈍りに繋がるだろう。
武術の世界でも試合前に精神を集中し落ち着かせるが、闘志だけは萎えさせないように内に秘めている。それは勉強でも同じことだ。過度な集中は逆に疲労が溜まりすぐに疲れるが、適度な集中力というのは疲労が溜まり難く覚えやすくなる。
「私も護ってくれる?」
ソフィーが腰を曲げて上目使いでそう言った。
「もちろん。二人に怪我なんてさせないよ。大事な、大事な二人だからね」
僕は二人の頭を撫でてにっこりと微笑んだ。
二人は顔を赤らめて緊張を解した。
「それじゃあ、行くよ」
そう言うと二人は再び顔を引き締め戦闘モードに移った。
大きな扉に手をかけ前へ進み開け放つ。
数百年間閉ざされていた重厚な扉が錆びつき響く様な音を立て、地面を擦りながら開け放たれていく。
迷宮ボスのフロアに光が洩れ、あの時と同じように柱の台座の上に真っ赤に燃える炎が点いていき、最後に迷宮ボスを照らし出す大きな炎が点いた。
「ゴアアアアアアァァ」
バックから照らし出されると同時に部屋の中を揺るがすほどの大咆哮が轟いた。空気の震えが肌を伝って全身に鳥肌を立たせる。感じる威圧感はこの迷宮の度の魔物よりも強く、この威圧感はグリム並でラストまでは届いていないだろう。大体5000から6000と言ったところだな。
ボスは身の丈十メートルほどの一つ目の大男キュクロプスだ。ギリシア神話に出てくる巨人で額に大きな目が一つだけあり、野蛮でサイクロプスとも呼ばれる。
見上げても見えない顔にパーマ状のくすんだオレンジ髪、盛り上がった筋肉には極太の血管が浮き上がり脈を打つ。黒光りする硬そうな肌の上には簡易な白く汚れた布を纏い、巨大な棍棒を持っている。
「……ボスって感じだね」
ユッカが呟くように感想を述べた。
未だに動く気配のないキュクロプスはゆっくりと棍棒を上げて肩に担いだ。
「動きはそれほど速くはないけど、力は強い。絶対に射程内に入らないように外から攻撃をして」
「わかった」
「肌も相当硬そうだ。魔法も通じるかわからない。出来るだけ一か所を狙い、出来れば柔らかい目を狙ってほしい。僕はスピードを生かして翻弄する。隙を突いて攻撃を加えるからね」
「気を付けてね」
「うん。二人もね」
「「わかってる(了解)」」
キュクロプスは僕達の話が終わるのを待ち構えていたかのようにいきなり走り始め、棍棒を振り下ろす。僕は飛び上がるとボックスから刀を取り出し、両手で打ち上げるように斬り上げた。
「はああああぁッ」
「グオオオオオォ」
ガンッ、と鈍い音が鳴ると手から全身へ衝撃が流れ、手が震える。衝撃波が周りに広がり柱の炎を揺るがす。
キュクロプスの棍棒は打ち負けて上へ弾き飛ばされ、僕は勢いを殺して地面へ着地する。着地した頃には二人ともキュクロプスの射程外の側面に立っていた。詠唱も始めいつでも放てる準備をしている。
大分連携が取れ始めている。
僕は二人を一瞥すると再び僕に棍棒を振り下ろしてきたキュクロプスに近づき、今度は上空へ飛び上がると腕を伝って顔まで接近する。
キュクロプスは大きな目で僕を睨み付けると腕を振るって僕を振り落そうとするが、僕は腕を蹴り付け反対側の肩に着地しこちらを見た瞬間に目を斬り付けた。
「グオオオオオオォォォォ」
手で振り払われる前に空中を蹴り離れる。
その直後に二人の魔法が放たれ、キュクロプスのバランスを崩す。
「『獄炎球』」
「『爆風烈弾』」
ソフィーから放たれた黒く赤い炎の塊が膝裏に当たり上体を崩し、ユッカの暴風の極大の弾丸が鳩尾にぶつかり背中から倒した。
僕は再び飛び上がるとキュクロプスの腹に着地し刀を突き立てると顔まで走る。手にかかる力が徐々に小さくなり、刀の切れ味が上昇しているのが分かる。それでも気を抜けば刀を手放してしまいそうだ。
ズバッと斬れていく皮膚から噴き出す赤黒い血。
顎まで近づくと刀から手を離し、両拳を腰溜めに構え気を蓄える。
「雲林院無心流拳術……『極・連撃拳』」
上体を起こし顎が近づいてくるところに上へ打ち上げるように連続突きを食らわす。秒間十数発にも及ぶ連撃はキュクロプスの上体を揺り動かし再び地面に崩れ落とす。
「来い! 『神蒼雪』」
そう叫ぶと僕の目の前に青白い光と共に刀が現れる。柄を掴み取り、喉を横一文字に切り裂く。
「雲林院無心流剣術……『一閃』」
神速で斬り抜かれた一撃は硬いと思わせる前に皮膚を切り裂き、噴水の様な血飛沫を撒き散らす。
その血が降懸る前にその場から飛び上がり、空中を蹴って遠くへ着地する。
「『発火蛍』」
「『岩石牢獄』」
痛みでのた打ち回るように動くキュクロプスの身体に点々と蛍の光のような高温の炎が灯っていく。肌へ落ちるとソフィーの岩の檻が作り上げられ、隙間一つなく囲まれていく。正しく牢獄だ。キュクロプスは暴れて破壊しようとするが、ソフィーの魔力で作られた檻は強固でビクともしない。
「『爆炎』」
完全に囲まれる前にユッカが火種となる爆発を起こし、岩に囲まれたと同時に中から鈍く轟く爆発音が何度も響き渡る。強固な岩の檻も崩れていき中のキュクロプスを覆い尽くした。
「やったかな?」
「ダメージはある」
二人は僕の元へ戻って来た。
ユッカ、それはフラグだよ。
と、思いながら瓦礫が崩れていく音を聞いて待つ。
「ガアアアアァアアアアアァァァ」
「『マテリアル』」
やはり生きていたようで怒りの咆哮を上げながら棍棒で瓦礫を吹き飛ばす。僕は魔力の壁を展開し、瓦礫の雨を防ぎ切る。
キュクロプスは上半身を起こすとそのまま棍棒を横薙ぎに振り抜き、僕達を吹き飛ばそうとして来た。
「『マテリアル』」
今度は側面に展開すると棍棒の勢いを殺し、僕達は背後へ飛び下がる。棍棒を受け止めたのは数秒で、棍棒の根元にも亀裂が入った。ぼろいが頑丈だった棍棒も、この激しい戦闘で疲労が溜まっていたようだ。
『マテリアル』の強度は込めた魔力に相当するようだな。
「『崩落岩』」
棍棒が目の前を過ぎ去っていくとソフィーの魔法が放たれた。瓦礫と化した檻の破片が浮き上がり、キュクロプスに向かって巨大な雨が降注ぐ。
キュクロプスの肌をよく見ると高速自己回復能力を備えているようだ。斬り付けた痕が治りかけている。
「二人とも、そろそろ終わらせるよ」
「うん!」
「了解」
キュクロプスは棍棒で降注ぐ岩を振り払う。更に棍棒の根元に罅が入る。あと少しで折れそうだ。
僕達は再び動き始める。
刀を右手に構え駆け出すと地面に突き刺さっている岩を蹴り付け、キュクロプスの頭上に飛び上がる。キュクロプスは血が流れ、怒りと共にどす黒く染まった顔で僕を睨み付けると棍棒を叩き付けてきた。
来た!
僕は空中を蹴り付けると進む方向を変え、迫り来る棍棒に突っ込む。
「『魔・刺紫電』」
右肘を曲げて剣先を棍棒の中心に捉えると肘から高圧力の魔力を噴射させて神速の突きを放つ。
ドレイク戦では失敗した技だが、今回は当たる!
ズガンッ、とけたたましい音が鳴り響き、衝撃波が辺りの瓦礫を吹き飛ばす。僕も押されそうになるが柄を握り締めると魔力の噴射力を強くし、膝を曲げ空中を蹴り付けた。
「はああぁぁぁああッ」
気合と共に棍棒に入った罅が大きく広がり、根元から折れ吹き飛んだ。
「今だ!」
僕は空中を蹴り、二人の方を向いて合図を送る。
キュクロプスは自慢の棍棒が折れたことに憤り、僕を掴もうと襲い掛かってくる。
そこへ二人の魔法が突き刺さる。
「『黒炎獄』!」
「『烈風』!」
漆黒の炎が地獄を見せているかのように広がり、強烈な竜巻が黒炎を巻き込んでキュクロプスに襲い掛かった。
「グガアアアアアアアアア」
今までにない大絶叫を上げてもがき苦しむキュクロプス。黒炎は消えることなくキュクロプスに纏わり付き、風によって威力を上げる。
僕は上空へ再び上がるとボックスから槍を取り出し、魔方陣によって魔力を注ぐと槍全体を雷が纏う。
「止めだ! 『雷神槍』」
振り翳すと頭に向けて投げつけた。
僕の手から離れた槍は纏っていた雷を放電し始め、辺りに被害を出しながらキュクロプスの頭に突き刺さった。
激しい放電がキュクロプスの身体を襲い、空気を鳴らす破裂音が何度も轟く。赤い炎が照らす迷宮ボスの部屋を電球のような明かりが数秒だけ支配した。
放電を放たなくなると全身から焦げた匂いとプスプスと焦げる音だけが部屋に鳴り響く。
「今度こそやったかな?」
僕が着地するところに二人が駆け寄り声をかけてきた。
「多分ね。さすがにここまですれば生きられないはずだ」
僕はそう言いながら『鑑定』を使って確かめる。
生きているとかは調べることが出来ないが、生きていれば説明が変わる。どうやら死ねば素材や食材として認識されるようなのだ。
「うん、倒したみたいだね」
鑑定した結果を伝えると二人は安心しきったように顔を緩ませ、体に溜まった疲労に気が付きふら付いた。
「ふぅ。幻の食材も手に入れて、迷宮ボスも倒したから地上に帰れるね」
「疲労困憊。帰って寝たいぃ」
いつものような元気さだが疲れが見えるユッカ、無表情だが眠たそうに眼を擦ったソフィーを見て少し無理をし過ぎたかなと思ってしまう。だが、追手と『死水の大遺跡』攻略を考えると、これ以上時間をかけるわけにはいかないから仕方がない。
この後の作業は簡単なものをしてもらおう。
「それじゃあ、あの扉の先にある転移陣に乗って地上に戻ろうか」
迷宮ボスの身体を片付け、瓦礫を力任せに排除するとあの時と同じような巨大な扉が現れた。この先には地上への転移陣と迷宮の核があるだろう。
核の破壊などしたら帝国から恨まれてしまうから絶対に触らない。神の敵より、食の敵の方が手強そうだしな。
この扉も油が差されていないかのように重く金属が擦れる音が鳴り響いた。先には想像通り転移陣と核があり、あの時と違うのはアーティファクトと古代魔法のある部屋がないことだろう。
小説のように迷宮の最下層に宝箱があることもない。まあ、それまでの過程で多くの物を手に入れることが出来るし、迷宮ボスはこの世界の人では倒せないレベルだからあまり意味はないだろう。
「わぁ、最下層ってこんなに綺麗なところだったんだぁ。このクリスタルみたいなものが迷宮の核?」
ユッカが特殊な装置に囲まれ維持されている核を指さして訊いてきた。
僕とソフィーは二度目のためそこまでではないが、クリスタルの色が違うのは新鮮だ。あの時の色は赤紫色の様なピンク色で、目の前にあるのは青空のような濃い青色だ。
「この核が迷宮を作り維持し、魔物と食材を作り、探索者に夢を与えるんだ。特にここは人族にとって絶対に必要なもの、食糧事情を支えているといってもいい迷宮だよ」
「よく考えればそうなるんだね。ここがなくなったら帝国の食材のほとんどの食材がなくなっちゃうのかぁ」
「カレーなくなる」
「あははは、そうだね。カレーもスープもケーキも作り難くなるよ」
僕がそう言うとソフィーは核から離れて僕にしがみ付いた。
北大陸にはおいしいものがないのか知らないが、ソフィーは最近おいしいものに目がなく、何よりも食を優先することが多い。最近知った甘味と辛味を毎日のように食べたいと言っている。
「じゃあ、地上に戻ろうか。一日休んだ後、手に入れた食材をスティーニャさんに見せに行こう」
「そんなに早く会いたいの!」
「え!? そ、そうじゃないよ」
何気なく言った一言を拾われ、ユッカ……いや、ソフィーも頬を膨らませて僕を睨む。
この前も似たようなことになったなぁ。
スティーニャさんはスタイル良いし、大人の雰囲気あるし、妖艶だから目が惹かれちゃう。二人とは違うし、周りにもいなかったタイプだから尚更だよ。
「レイ君、何か失礼なこと考えてない?」
「レイヤぁ」
「え? え!? 何でええぇぇぇぇ!」
前回と同じようにジト目で睨まれると腕を二人に掴まれ引き摺られるように転移陣の中に連れて行かれた。




