食の迷宮
スティーニャさんとの会談を終えた僕達は宮殿を後にすると食王通りに向かった。来た時に見た珍しい食材を買い付けることと『食の迷宮』について詳しく知るためだ。
冒険者ギルドへ行けば詳しいことが分かるだろうが、食材に関することはそれを扱っている商人に聞いた方がいいかもしれないと思ったからだ。まあ、あとで冒険者ギルドにも確認に行くが。
「『食王』が女の人だとは思わなかったよ」
僕がしみじみと感想を言った。
二人は立ち止まると僕にジト目を向けてきたので、頬を引き攣らせてしまう。
「そうだよね。大人びてたし、綺麗な人だったし、胸も大きかったもんね」
「私ちっちゃい」
ユッカは片頬を膨らませるとプイッと横を向いて怒り、ソフィーは自分の頭を触り胸に手当てるとそう呟いた。
僕は冷な汗を流しながら、二人に笑いかける。
「だ、大丈夫だよ。スティーニャさんは僕の趣味じゃないから。僕は二人みたいに可愛い方が好きだよ。それに胸が大きいとかは関係ない。可愛ければ良いし、僕が好きになればそれでいいんだよ」
「ふ、ふーん。じゃあ、レイ君はスティーニャさんのことをどうも思ってないんだよね?」
若干機嫌を直したユッカが頬を染めて言った。
「うん、それは断言できるよ。僕はスティーニャさんのことをどうも思ってない。ユッカとソフィーがいてくれればそれでいいよ」
僕は二人の手を取って重ねると軽く振ってそう笑顔で答えた。
二人もそれで満足したのか頬を朱色に染め上げる。
「でも、レイヤガン見してた」
ソフィーがもう一度自分の胸に手を当てて言った。
ユッカもそれを聞いて思い出し、僕に再びジト目を向ける。
な、なんでこうなるんだ。
「そ、それはしょうがなくないかな? 僕だって男だし、つい目がいっちゃうんだもん……」
僕は気まずくなり頬を掻きながら、二人から目を離してしまった。
「「レイ君!」」
二人は声を揃えて怒ると僕の腕を取って引き摺るように連れて行かれた。
このあといろいろな服屋や装飾店に連れて行かれたことは言うまでもなく、スティーニャさんに対抗するためか扇情的な服ばかりを着て僕に感想を聞いてきた。
もう、勘弁してよぉ~……。
精神的に疲れながらも僕は商人達から情報を得ることに成功した。冒険者ギルドでも裏付けが取れているので確かの情報だろう。商人以外にも調理をしたことがあるという料理人の元を訪れ、実際にどうだったか尋ねることが出来た。
商人達が言うには『食の迷宮』の魔物は強くても精々赤鬼レベルらしい。まあ、それでもこの世界の人からすれば倒せないレベルの魔物となるんだけどね。
目的の食材があるのは十層以下らしく、生息範囲は意外に広くて見ればすぐにわかるようだが、そのおいしさに誘われ魔物が近寄りやすいみたいだ。
料理人からは調理する時のアドバイスと、その食材の特徴を教えてもらった。
ギルドに初めて入った時は小説のような展開になるのかと思ったが、食材が多く持ち込まれるということで清潔感が漂っていた。酒もギルドでは禁止らしく、普通の食事しかできないようだ。
折角だから僕達もギルドに登録しておいた。
依頼の数でランクが決まるらしく、ランクは初心者のFから始まり化物のSまであるらしい。
ギルドには僕達のことを伝えられているらしくCランク扱いとなった。王様の計らいで帝国のギルドにしか伝えられていないらしい。僕達が来たらCランクにするようにとある程度の事情を汲んで伝えてくれていたようだ。
ここが教会を快く思っていない帝国だから出来たことだろう。王国のギルドだと事情説明も上手く出来なければ、教会の手が入ってくる可能性もあったからね。
準備を整えた僕達は『食の迷宮』のある帝国から東の森に向かった。その森には大きな洞窟があり、その洞窟が『食の迷宮』へ繋がるっている。
洞窟の周りには『ボルボナ大空洞』と同じく露店があり、多くの人達で盛り上がっている。特に違うところは周りに料理店や出店が多いところだろう。
探索者が持ち帰った食材を買い取ることで調理し、調理した料理は探索者が食べていく。そういうようにここでは循環が起こっているようだ。
露天は武器や防具の整備、魔物の素材買取などを行っている。
いくら食材の迷宮といっても普通の魔物は出るし、食材以外の採取場所もある。ただその場所が少なく数も少ないだけだ。
「ここが『食の迷宮』……」
僕達の目の前には大きく口を開いた洞窟があった。見上げるほど高い石造りの洞窟には多くの人達が出入りしている。
「『ボルボナ大空洞』に似てるね」
ユッカは僕の手を強く握りしめる。
恐らく、『ボルボナ大空洞』で起きた悲劇を思い出したのだろう。
その顔にはいつもと変わらない優しい笑みが浮かんでいるが、瞳の奥には心配や恐怖といった感情が隠れている。
「大丈夫だよ、ユッカ。ここには罠はないみたいだから。それに、もう離れたりしない。ずっとこの手を握ってる」
僕はユッカの握っている手を目の前まで上げると強く握りしめてユッカに微笑んだ。
ユッカは体を強張らせると僕を見てにっこりと笑った。
「もちろんソフィーもね。二人とも何があっても離さない。ずっと一緒だよ」
「レイヤ……。私もずっと一緒にいる」
ソフィーはそう言って僕の腕に両腕を絡める。
「あ! 私もずっといるからね」
ユッカはソフィーの後れを取ったと焦り僕の腕に抱き付く。
ああ、もう少し身長が欲しいなぁ。
僕が少しだけ悲観していると周りの冒険者達から嫉妬の念を受けた。
慣れっこになっていたこの視線だけど今まで感じていた嫌な気持ちはなく、どちらかというと自分のものという意識が働いているからか優越感が来ている。
まあ、このまま肉欲に溺れていく気はない。
自身が武道家であることを忘れずに、二人を最後まで護り切ってみせる。そう言うのは全てを終わらせてからだと思うしね。
「さ、行こう?」
「うん、早く行って帰ってこよう」
「うん」
僕達は『ボルボナ大空洞』で行った時と同じように入り口でステータスプレートを出して登録をすると洞窟の中に入って行った。
洞窟の中を進んでいくと目の前に大きな転移陣が出てきた。恐らくあれが『食の迷宮』に続いているのだろう。
『食の迷宮』は一層ごとに地上への転移陣があるらしくいつでも帰還することが出来る。一層も十数キロ四方と大きく、あらゆる食材が実っているらしい。
罠については先ほども言ったがほとんどない。保護色や食材に擬態した魔物や魔物を呼ぶ罠などはあるらしいが、落とし穴や矢等といった完全に罠だといえるものはないらしい。
「わああぁ! 本当に迷宮の中なの?」
転移して外に出るとそこは一面に緑色に生茂った畑が広がり、瑞々しい赤色や黄色い花が広がっていた。
よく見るとキャベツやダイコン、レタス等の野菜からトマトやトウモロコシ等が見えることから、この迷宮には季節が関係ないようだ。
不思議なことだが、ここは異世界と迷宮の神秘ということにしておこう。
ユッカは迷宮の中に別世界と太陽が空に浮いていることに驚いているようだ。
そういえば五十層の階段が消されていたんだったな。ということは、ユッカは迷宮内にそういうものがあることを初めて知ったのか。
「ユッカは知らなかったんだったね。『ボルボナ大空洞』の五十層以下は大体こういうところだったよ。あそこは食材より素材が多かったけどね」
僕は近くの野菜を手に取って服で汚れを拭き取ると一口齧り付いた。
口の中に野菜の甘みと繊維が切れる感触が歯から伝わってきた。水分が喉を潤し瑞々しさが分かる。
「そうなの? そういえば、どうして五十層に降りる階段がなかったの? 探しても探しても見つからないから私どうしていいかわからなくて心配だったんだよ」
ユッカは僕の肩に震える手を置いて不安そうな顔になった。
ユッカの追い立てを優しく上から重ねると事情を説明する。
「ソフィーのことは話したよね? 五十四層で会ってユッカを助けに行くまでのこと」
「うん。魔族で元魔王でもあるんだよね」
「ソフィーはね、現魔王にあの迷宮に閉じ込められたんだ」
僕はソフィーから聞いた事情をユッカに説明した。
ユッカはソフィーの境遇を聞いて悲しい思いと現魔王に対する憤りを口にした。
「そうだったんだ……。その魔王は許せないね。ソフィーちゃんをこんな目に遭わせて」
「だから、僕達は何時か北大陸に渡ってその魔王を止めないといけないんだ。魔王は王国襲撃の犯人でもあるし、人族排斥のトップでもあるからね。それを変えるには今の魔王を倒してソフィーを魔王に戻すしかないんだ。魔族全体の協力なしではセラに勝てないだろうしね」
「それで、ソフィーちゃんを魔王に戻そうとしてるんだ」
「そうだよ。まあ、どうせ古代迷宮の攻略のためにいずれ北大陸に行かないといけなかったんだけどね。行っても最初にそっちを先に片付けることになると思うけど」
僕は隣で野菜を齧っているソフィーを見て微笑ましく思いながら、これから待ち受けていることは困難だと改めて思う。
まだ旅は始まったばかりだし、古代迷宮を一つしか攻略していない。こんなところで躓くわけにはいかない。
それに、考えないといけないことはこの二つだけではなく、教会の動きとセラの神兵にも気を付けないといけない。
今のところ動きが見れないが、すぐに僕が帝国にいるという神託が降りて捕まえに来るだろう。そうなる前に『死水の大遺跡』を攻略する必要がある。
教会ぐらいなら包囲されたとしても大丈夫だが、セラの神兵というのがどの程度の実力になるのかよくわかっていない。
神の兵だということからこの世界の人では太刀打ちできない実力だろう。魔王クラスだと考えていた方がいいと思うな。
魔王に関しても今の状態では完勝できると断言できない。
魔王のステータスは高いものでも15000で技能と武器の能力を足して50000近くになるはずだ。そんな一撃を食らえばさすがの僕でも死んでしまう。
だが、上がるのは筋力だけだからスピードを主体にして戦えば十中八九僕が勝つだろう。敏捷度に関しては僕は倍あるからね。
僕の現在のステータス平均は13000ほどまで上がっている。北大陸に行く頃には平均を25000以上に上げ、敏捷度を40000近くに上げておきたい。
因みにソフィーの平均は9000弱で、魔力と精神力は13000近くになっている。
ユッカの稽古をつけ始めて三週間ほどが経つ。ユッカにも僕の弟子の称号が付き、ステータスに大幅な補正が付いた。また、傷付く度に回復を使ってきたため治療の極みというものが付き、魔力と体力と精神力に400加算された。
僕にもユッカの弟子というのが付いているから補正が付いている。
こう考えると弟子を育てて補正を付けるのと称号を得てステータスを上げればいいかもしれない。
だが、教えたからといって全ての人にそういった称号が付くとは限らない。なら、この世に誰々の弟子やしようという称号で溢れているだろうし、ロイ団長にも付いているだろうからね。
称号に関してもまず手に入れる方法を考えないといけない。恐らく戦闘系の称号はステータスに補正が付くだろうから、片っ端からいろいろといぇっていこうと思う。
例えば魔物を一瞬で倒すとか、百人切りとかしたら手に入りそうだ。
僕達は帝国で手に入らなかった食材をボックスに入れながら、次の階層へと転移していく。探索者とすれ違うたびに食材の場所や特徴などを教えてもらった。
ここが普通の迷宮ではなく食に関する迷宮なため、探索者もいろんな情報を与えるのだろう。これが普通の迷宮だと早い者勝ちの宝箱や魔物がいるからだ。その分この迷宮だと採る端から生まれてくる食材に罠の少なさ等の影響で気さくな探索者が多い。
「この先をずっと行けば上が見えないほどの崖がある。その崖を上り切った所にコッカチキンという巨大な怪鳥が住んでいるんだ。そいつの産む卵が幻の食材の一つ【ワンダーエッグ】だ」
親切な探索者が目の前を指さしてそう言った。
その先には上が雲で隠れた壮大な茶色い岩肌が見える。ここから十キロほど離れていることから相当高い崖だろう。反対側には坂があるみたいだが、そこには無数の魔物が徘徊しているらしくどちらも困難な道みたいだ。
崖は上りやすく完全な絶壁ではなく、やや斜めっていて頑丈な突起と穴ができている。そこに手と足を掛ければいいのだろう。まあ、僕には空中を蹴ることの出来る『空歩』と停まることの出来る『空停』がある。落ちそうになれば『マテリアル』で魔力の壁を作ればいい。
崖に上り切った後は上に転移陣があるらしく、下に降りるか、次の層に行くか、地上へ戻るか選べるらしい。この情報は一度上り切った探索者が行っていたそうで確かな情報みたいだ。
「それはありがとうございます」
「コッカチキンのステータスは2000ほどだ。確実に勝てないだろうから岩に隠れながらこっそり採るんだぞ。あいつらは飛べないし、遅いし、良く寝るっていうらしいからな」
「わかりました」
まあ、そのぐらいのステータスなら普通に倒せるけど、言うと面倒なことになりそうだから忠告を受け入れる。
僕達は手を振って別れると目の前の崖に向かって足を進めた。
「うわぁ~。これを上るのかぁ……。まあ、空を飛んで行くからいいんだけどね」
僕は絶壁となりかけている超急坂を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「雲に隠れて頂上が見えないよ~」
「首、痛くなる」
二人も僕と同じように上を向き、ユッカは地球ではお目に掛かれない光景に驚き、ソフィーは首を揉んで解している。
「それじゃあ、行こうか。途中で魔物が出てきたらお願いね」
僕は二人の腰に手を当てて抱きかかえるようにすると二人は僕の腰と首に手を掛けてガッチリと体をくっつけた。
女の子の柔らかさと独特の甘い良い匂いが鼻に突いて心が安らぐ。長い髪が僕の腕をくすぐり、二人が動く度にいろいろと当たって危ないかも……。
二人は頬を染めると嬉しそうに僕にくっつき、手で頬を撫でたり、頬擦りしたりと嬉しいことをしてくれる。ユッカの顔には極上の笑みが浮かび、ソフィーは無表情ながらも嬉しそうだ。
「魔物のことは任せて。何が来てもレイ君には近寄らせないから」
「レイヤ、護る」
二人は頷いて了承した。
それを聞いた僕は一つ満足して頷く。
「お願いね。出来るだけ揺らさないように気を付けるけど、危ないからしっかり掴まっててね。あと、下は絶対に見ないように」
「「うん! (了解)」」
僕は二人の返事を聞くと思いっきり地を蹴り付けて上空に飛び上がった。その後は減速したところで『空歩』を使って再び飛び上がり、魔物が出てきたところで『空停』で一時的に止まって撃退する。
出てくる魔物は上空を飛んで向かって来る飛行型と崖から飛んで出てくる地中型の両方がいる。両方とも魔力感知で察知できるが、わかっていても地中から出てくるのは急すぎて心臓に悪い。
まあ、二人だけは離さないようにギュッと力を入れて抱いてるから落すことはない。
何度か繰り返していると雲が目の前まで迫り、その中へと突入することになった。
雲が白いところを見ると大丈夫だろうが、気流の乱れによる強風や豪雨等が起きているかもしれない。遠くから見た時はそれほど厚くない雲だったからそこまでではないと思うけど。
「一気に抜けるからしっかり掴まってて。あと、目も瞑って魔物が来た時だけ教えて」
「倒さないの?」
「うん。雲の中がどうなっているかわからないからね。安全だったとしてもいきなり強風が吹くかもしれない」
「不測の事態に備える」
「そうだよ。視界も悪くなるからね」
そう言うと二人はしっかりと目を瞑って僕の首に近づける。
僕はそれを確認すると『マテリアル』で透明ゴーグルを作り、目にゴミが入らないようにする。これで視界が悪くなることもないだろう。
僕は再び力強く空気を蹴り付けると雲の中に突っ込んでいく。
雲の中はじめじめとしていて肌にくっつく感じがする。進む度に服が湿り肌に吸い付き不快感が増し、肌に触れる二人の髪も湿り始めている。
想像よりは気流の乱れが良く風も強くない。
魔物も雲の中は危ないと理解しているのか出てくることはほとんどない。出てくるとすれば地中型と雲の中に住む魔物だが、それもこの高さまで来るとほとんどでなくなり始めている。恐らく、コッカチキンがいる頂上が近くなっているからだろう。
数分間空を蹴り続けていると上空が明るくなり始め、雲の中の旅の終わりと頂上に着いたことが分かった。
「二人とももうすぐ着くから、もうちょっと我慢してて」
二人は目を瞑ったまま頷いた。
それを確認すると思いっ切り空を蹴り付けて雲の外へと抜け出た。
じめついた感じがなくなり久々に感じる様な解放感を味わい、青い空に浮かんだ清々しいほどの太陽の光を浴び新鮮な空気を吸い込んで気持ちよくなる。
二人も雲の中を抜け出たのを肌で感じ取り目を開けた。
「うわああああぁ! きれぇい!」
「気持ちいい」
眼下を覆い尽くす絶景の雲の海に感嘆の声を出す。
心地よい風が頬を撫でソフィーは目を細めて気持ちよさそうにし、幻想的な景色にユッカは大はしゃぎだ。
僕も地球ではめったに見ることの出来ない景色に目を囚われてしまう。
崖のある背後を見るといくつも穴倉があり、その中に体長五メートルはあるかという大きな鳥が眠っていた。陽の光を浴びて心地よさそうに眠っているコッカチキンの下には藁があり、その大きな体と藁の隙間を見ると五十センチほどの白く薄い斑点のついた卵が見えた。
あれが、幻の食材の一つ【ワンダーエッグ】か。
「着地するから気を付けてね」
空の上を歩きながら着地する際にコッカチキンを起こさないように反動を無くして降り立つ。
コッカチキンは基本的に鶏の身体で黄色い鶏冠に硬い真っ赤な胸板、強靭な足腰が特徴だが、眠っているのをよく観察すると目元は眠そうに垂れ下がり、鼻提灯を作っている。聞いていた通り怠け者みたいだな。
「よし、さっさと卵を採って次の食材を手に入れよう」
近くのコッカチキンを見ながら言った。
「起こさないように慎重にね」
「面倒になる」
慎重に近くのコッカチキンの元へ行き巣の中を拝見する。中には大きな卵が柔らかい体毛の下敷きとなっていた。見えているだけでも十個以上はある。
「おいしそうな卵」
ソフィーが卵を見てそう呟いた。
確かにこの卵は何やらいい匂いがしておいしそうだ。薄い茶色の斑点も気持ちが悪くなく、アクセントとなって丁度いいかもしれない。
僕達は漫画のような古典的なミスを犯すことなく、無事数個の卵を手に入れることができた。何度かコッカチキンの鼻提灯が割れ、ビクリとする瞬間があった。
回収を終えた僕達はその場からすぐに離れて転移陣を探し出し、そこまで行くと安堵する様に一息ついた。
「ふぅー。意外に疲れた」
「そうだね。鼻提灯が割れた時は危うく卵を落しそうになったよ」
「心臓に悪い」
少しだけ休憩するとすぐに転移陣を起動させて次の食材を求めに下層へ降りていった。
下に降りていくにつれて探索者の数が減り食材の価値が高くなっていくが、出現する魔物が多く強くなり、食材を採取するのが難関になってきた。
僕達がいるのは十二層だ。
ここには【ジュエルフルーツリー】が生えているそうだ。生えている場所はこの階層の中央にある丘の上らしく、そこまで行くのに広大な森の中を突っ切らなければならない。
その森は果樹幻園と呼ばれ、薄い霧が出て方向を惑わす森だ。出てくる魔物は樹に擬態している魔物やスピリット系のアンデットが出てくる。
恐怖をそそる森だが、実っている果物は霧に含まれた特殊な栄養を吸い取ってできているため、一つ一つが大きく、ずっしりと詰まり、甘いそうだ。
それでも丘の上にある【ジュエルフルーツリー】の果物の方がおいしいのだから想像できないだろう。
森の中は霧以外にも風が吹き抜ける不気味な音が鳴り響き、魔物が動いて葉が擦れる音がして緊張させる。
僕達はそんな森の中を方向を間違わないようにちょくちょく上空へ飛び上がりながら中腹まで歩いていた。
「レイ君、お化け屋敷みたいで怖いよ……」
ユッカはそう言って僕の肩に両手を置いて怯える。
「北大陸の森の方が怖い」
ソフィーは僕の手を握ってそうでもないと言い張った。
「そうなの? ソフィーちゃん」
「うん。魔力感知では察知できない魔物、不気味に笑って来る魔物、人面の蝶、異様な効果を発揮させる霧、動き回る樹とかある。まだ、敵が分かるだけまし。アンデットもほとんどいない」
「そうなんだ」
「いるのはいる。だけど、そこまではいない。この森と霧がそう見せているだけ」
「ありがとう」
ユッカもそれを聞いて少しだけ安堵すると僕の手を握って隣を歩き出す。
確かに感じる魔力は動きのないものが多く、これは擬態している魔物なのだろう。そういう魔物がいるところは避けているので遭遇していない。徘徊している魔物は半径数十メートルに数体といったところだ。こちらも回避して進むのは簡単だ。
途中に見つけた果物で喉を潤しながら奥を目指していく。やはり奥に行くほど【ジェルフルーツリー】の匂いに誘われた魔物達が多くなり回避しにくくなった。
お化け屋敷と違って早めに勘付くことが出来るため、その姿を怖がることはあっても突然現れて驚くことはない。そこが唯一の救いだろう。
数度の戦闘を繰り返しながら奥へ向かって行くと雲の上に出た時の様に前方が明るくなり、森を抜け出たことを知らせてくれた。
「やっと抜けたぁ! 怖かったよぉ」
森の外へ抜けるとユッカがへなへなと座り込み少しだけ目尻に涙を浮かべた。
僕はそっと肩を抱いて慰める。
「頑張ったね。いろんな果物も取れたし、帰りは空を飛んで帰るから安心して」
「レイぐ~ん」
僕がユッカの背中を撫でているとソフィーが呟く。
「私も怖かった。撫でて」
ソフィーはそう言って僕の隣に座り込んでくっ付いた。
僕は苦笑しながら頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めて頬を朱に染めた。
「もう大丈夫だよ。心配させてごめんね」
ユッカは目の周りを若干赤くしながら照れたようにそう言った。
「気にしないで」
僕は手を振って立ち上がると二人の手を取って丘の上に向かった。
丘にも魔物の反応が無数にあり、地中に隠れているものから木に擬態している者等いろいろ出てきている。中には大きな動物もいて【ジュエルフルーツリー】がどれだけのおいしさなのか理解できそうだ。
しばらく魔物を倒しながら進んでいると前方が明るくなり始め、果物独特の甘い匂いが漂い始めた。
「いいにおーい」
「こんなに甘い匂いがするのか。凄く期待できそうだな」
「食べてみたい」
匂いと想像で涎が口の中で溢れてくるのが分かる。
自然と歩いていく速さと魔物を倒す速度が上がり、すぐに丘の上へ着いた。
そこには太陽に光を浴びて七色に輝く宝石を付けた樹が何本も生えていた。ブドウのように房となって実っているイチゴ、大きめなオレンジがその重みで枝を曲げ、数十本も付いたバナナが風で揺れ落ちそうになる。
試しに近くにあったイチゴを一つとって食べてみると口の中にイチゴ独特の甘い香りと味が広がり、肉汁のように溢れてくる果汁が喉を潤す。力が湧いてくるような感覚に陥る果肉はすぐに吸収されるかのように溶けてなくなり、次々に食べてしまいたくなるほどだ。
「何コレ! こんな桃食べたことないよ! 柔らかくて甘くて果汁が凄い!」
ユッカは桃を食べたみたいでおいしさに頬を撫でている。
「こっちのバナナもおいしい。果肉が柔らかくて濃厚」
ソフィーはバナナの皮を剥いて齧りつき口一杯に頬張っている。
他にもいろいろと食べてみたが、どれもおいしく濃厚で果汁が溢れ出るようだった。
これだけおいしいのなら他の食材と一緒に使って勝ってしまうのが頷ける。【ワンダーエッグ】もこれに近いほどおいしいのだろう。
僕達は満足いくほど食べ終わると口元を拭いて採取に移った。ここにある果物は見ただけでも数十種類あり、どれもが樹になっている。スイカやメロンは強固な枝の股に付き、ブドウのように房となるイチゴやキウイ、桜の花の様に満開に実っているブルーベリーやキイチゴ、普通についているサクランボやオレンジなんかもある。
「どれも樹になっているのは不思議だね。特に房のイチゴっておかしい」
ユッカはそう言ってもぎ取ったイチゴを見て笑った。
僕もそれには同感だ。
さすがに房になっているイチゴはないんじゃないかな。サクランボならまだわかるんだけど、イチゴは見た目もちょっと不気味だ。
採取が終わると二人の抱き上げて次の階層のある転移陣へ向かった。




