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異世界の説明

敬語が怪しいです……。

 机に突っ伏すように目を庇い、目をギュッと閉じていた僕は、突如両腕にかかっていた体重とお尻の下になっていた椅子の感覚がなくなり、盛大に尻餅をつきそうになった。体が前に倒れそうになった瞬間に右脚が咄嗟に前へ出て踏ん張ったのだ。


「いてっ!」


 何人かは僕と同じようにとはいかず、尻餅をついたようだ。周りにいた四人は立ち上がっていたから尻餅をつくことがない。何やら呆然と同じ方向を見ているから僕もその方向を見てみることにした。


 そこには太陽の光輝く陽をバックに地面まで着くほどの長髪を風に揺らし、耳にかかった髪を右手で掻き分け、こちらを見ている女性が草原の上に立っている壁画がある。

 その女性は顔がなく、いや、目がなく口角が上がっていることから微笑んでいるのだろうとはわかるが、僕の本能は警戒信号を発している。その警戒に従って目のパーツを入れてみると天使のような女性から悪魔のような女性に変わってしまった。

 僕はハッとして意識を戻すと大量の冷汗を掻き、激しい動悸に見舞われ、今にも崩れ落ちそうなくらい足が震えていた。そのまま顔を背け、もう一度恐る恐る顔を上げてみると先ほどの想像が嘘だったかのように神々しく美しく見えた。


 い、今のは何だったんだ。この世のものとは思えないものを見てしまった気がする。


 もう見たくないと思い辺りに視界を広くすると金で装飾された巨大な柱、陽の光で照らされた石彫りの壁と紋様、綺麗に磨かれた大理石製の床、床には幾何学模様の装飾が施されていた。

 更に視線を伸ばすと僕達は大きな台座か段差の上にいることが分かった。そしてそのまま誰も動かないようだから僕は台座の端まで行ってみた。


 そこには白色のローブとゲームに出てくるような錫杖と杖を持った人達が平伏していた。錫杖と杖はどれも豪華で終盤に出てくる効果付きのようなものだ。着ているローブはよくわからないが一番手前にいる白髪のおじいさん? のローブはこれでもか、というほど装飾が施され、羽衣のような薄い布を巻いている。


 僕はそこまで確認すると立っている三人を見た。茫然と固まっているようだが、それ以外に怪我がないようだからよかった。


 この場にはざっと見た感じ四十人弱の生徒と大沢先生がいる。生徒は購買に行った者やトイレにいった者がいるようで見知った顔が見当たらない。中には隣のクラスの人がいるようだ。幸い上下の学年は遊びに来ていなかったみたいで皆二年生だ。


 そのまま数分経つと白髪のおじいさんが顔を上げて口を開いた。


「ようこそいらっしゃいました、異界の勇者様と同朋の皆様方。心より歓迎致します。この世界はレーレシア、国をオーレライ。私は聖光教教会の教皇の地位に就いておりますランバルト・シュへーゼンと申します。以後、お見知り置きを」


 そう言って立ち上がったランバルトさんは値定めするような目つきから好々爺しい笑顔になった。そのまま後ろで平伏していた数十人の神官? が立ち上がり、僕達を台座から降ろし始めた。そのまま、訳も分からず事態を飲み込めないまま豪華な装飾施されたところへ連れて行かれた。



         ◇◆◇



 僕達が連れて来られた場所は、十数人単位で座れるテーブルと背凭れがやけに高い木製の椅子がずらりと置かれた広間だ。

 この広間には細部まで丁寧に作られた蝋燭立てや今にも崩れそうなほど細かい作りのシャンデリア、金メッキされた柱の装飾、床に敷かれた高級そうな赤い絨毯、職人達が魂を込めて作ったかのようなものばかりだ。テーブルの上には真っ白で細かい刺繍の入ったテーブルクロスが敷かれ、椅子の前にはナプキンと豪華な花が生けてある花瓶が置いてある。


 とりあえず、大沢先生から座らせ次に入ってきた順に席へ座っていく。なぜか僕の隣には笑顔の白須さんが座り必然とあの二人が近くに座るようになる。おまけに睨みと嫉妬と侮蔑の籠った視線を受けた。


 皆、状況には付いて来てないのにそこはやるんだね……。


 座っていると神官たちがこの場から立ち去り、僕達だけが残された。その時間が僕以外の人達に事態を吸収されることとなり、結果騒がしくなった。


 僕は皆から発せられる声を遮断し、今起きたこととこれから起きるであろうことを考える。


(この世界の名はレーレシアといい、国をオーレライという。教会のトップが平伏していたことから察するに僕達の地位はそれなりに高いようだ。そして、先ほど異国の勇者とその同朋方と言ったはずだ。なら、勇者は一人でその同朋も認知されている。いきなり勇者以外はいらないと言わないみたいだな。まあ、これからどう自体が動くかわからないから慎重にいるべきだな)


 座って待っていると扉が開きいい匂いのする料理が乗ったカートを押したメイドさんと執事が入ってきた。

 でも、メイドさんの服はあまり可愛くない。はっきり言って地味だ。

 白と黒が基調なのはいい。だけど、作りがなっていない。一昔前に流行った黒くて長いスカートと長袖の上に白いフリル付きのエプロンを着ているという感じだ。シンプルイズべストとは言ったもののシンプルすぎて僕は好きではないな。顔は可愛いし綺麗だけど、もう少し服がどうにかならないのかと思う。


 メイドさんの服を観察していると隣に座っていた白須さんが僕の視線先に気が付き僕の方を向いてきた。僕にはわかる。今彼女の顔は般若のようになっていてバックに燃え盛る炎が現れているに違いないと。そして、振り向いたら殺されるとも。

 僕はすぐさま視線を外して目の前に置かれていく料理に落とした。隣で赤いオーラを撒き散らしている白須さんのオーラが徐々に収まっていくのが分かる。どうにかやり過ごせそうだ。


 周りの男子生徒は生のメイドと可愛く綺麗な女性に鼻の下を伸ばし、女子生徒はそれを凍るような冷たい目で見ている。


 先生は生徒に静かにするように言うと背筋を伸ばして今はっきりと事態を飲み込んだようだ。聞かなかった生徒も先生の言うことを聞き背筋を伸ばす。僕は変わらない姿勢でこの後の展開を見守る。


 全員分の料理を並べ終えるとメイドさん達は扉で一礼をして去って行った。その後はランバルドさんが立ち上がり説明を始めた。


「皆様方、突然のことで混乱されていることでしょう。一から説明させて頂きますので、私の話をお聞きください」


 ランバルトさんはそう言って一昔前のRPGゲームの冒頭のような話を始めた。内容は結構自分勝手な話だった。


 話は長かったのでこちらで要約しておいた。


 この世界の名をレーレシア、国の名前をオーレライという。この世界には大きく分けて人族、魔族、亜人族の三種類がいるとのこと。人族は西大陸を、魔族は北大陸を、亜人族は東大陸をそれぞれ支配している。大陸と言っても東大陸と西大陸は繋がっていて、東にある大森林と大樹海に亜人族がひっそりと住んでいるらしい。国境は大陸を隔てている山脈みたいだ。


 人族と魔族は古代時代から仲が悪く、数千年間戦い続けているようだ。お互いに疲弊した時代の節目には戦争を中断し、回復し始めるとまた戦争を行ってきたそうだ。魔族は繁殖能力が低く人族に比べて数が少ないものの個体の力が凄まじく、その力だけで人族と渡り合っているようだ。戦争はいつも拮抗しているため、大規模な戦争が起きてもお互いに疲弊するだけだとわかり、ここ五百年程は大きな戦争は起きていないそうだ。


 だが、最近人族の大陸で異常事態が多発してきそうだ。魔族側では魔王の代替わりが起こり、その魔王の影響で魔物達の活動が活発化し始めたそうだ。今代の魔王は歴代最強らしく、並外れた魔力と統率力を持っている。歴代の魔王が出来なかったことを簡単にしているとのこと。


 魔物とは魔力溜りと呼ばれる特殊な場所で自然発生するものと、野生の動物が魔力を取り込んで体が変質化したものをいう。まあ、本当かどうかは分かっていないそうだ。詳しく調べる技術もないためこの世界ではそれで通っているらしい。また、魔物には固有の魔法があるらしく、その魔法を使って強力な技能を使ってくるらしい。


 また魔物は魔物同士で争うことがあるらしく、そういった魔物は力が上がり進化するそうだ。それを魔人と呼び、力が増大し、知能が上がり人語を喋るようになる。

 本能のまま動く魔物と魔王が生み出す魔物がいる。前者がそうだ。そういった魔物は魔人になりやすく、強力な技を使ってくるらしい。


 その魔王が魔物を大量に生み出し、人族を滅ぼそうと準備をしているらしい。その準備期間中の今、影響で各地の魔物が狂暴化し、徐々に押され始めているらしい。数というアドバンテージを維持してきた人族だが、狂暴化し、頭数が増え始め、統率がとれるようになった魔物に手こずり、人族は滅亡の一途を辿っているとのこと。


「そこで皆様方を召喚して頂いたのです。皆様方を召喚されたお方の名は唯一神セラ様です。我々人族が崇め、聖光教会が祀り、世界と人族の守護神、この世界を御創りになった方であられます。数か月前セラ様から御神託が私にあり、人族はこの先滅びる、と。それを回避するにはこの世界よりも上位に位置する世界から勇者を呼ぶしかないということで皆様方が喚ばれました。上位に位置する世界の人間がこの世界に来た場合、例外なく強力な力を身に宿し、必ずや仇敵を撃ち滅ぼし、人族を救ってくださる。セラ様は最後にこうおっしゃられました。『この者達が人族の希望となる。勇者を筆頭に敵を撃ち滅ぼせ』と。勝手ながら皆方にはぜひとも身に宿した力を振い、セラ様の御意志と、我々の悲願、魔族を滅ぼし我ら人族の希望となって頂きたいのです」


 ランバルドさんは神託を受けたと言った途端に顔を緩め、両手を組んで祈り始めた。その姿は神を絶対と信じ、神のためなら命すえも投げ出しそうだ。人族のほとんどがそのセラ様とやらを崇め、聖光教会の信者となっているらしい。人族には他に神がおらず、その神の意志に沿っているらしい。しかも神託を授かったものは例外なく教会内で高い地位に就くらしい。それが奴隷であっても変わらないそうだ。


 僕はその神の意志で何もかもが決まるようなこの世界と、それが絶対に正しいと思っている人族が気持ち悪くなり、頭の中で盛大に警報が鳴っている。絶対に何か隠している。


 それを隠すために目の前に置かれた料理に目を向けようとした時、突如と立ち上がって猛抗議する人物が目の端に入った。


「何を言っているんですか! あなた方はこの子達に危険なことをさせようとしているのでしょ! 最悪戦争の道具として利用しようとしているのでしょう? そんなこと許せるわけがありません! 今すぐに私達を元居た世界に還しなさい! 私達にも家族がいるんですよ? それについて何か思うことはないのですか! 謝罪一つなく、いきなり自分達の都合が悪くなったから自分達の代わりに戦えですって! ふざけないでください! それに私達にそんな力があるとは思えませんっ!」


 顔を真っ赤にさせて立ち上がったのは大沢六花先生だ。

 勢いよく叩き付けたテーブルに置かれたワイングラスが倒れ先生の手を濡らすが、先生はそんなことを気にも留めずにぶちまけた。


 謝罪一つなく、悪気があるような顔色一つしないこの世界の住人の理不尽な召喚理由に怒り、首を締め殺さんとばかりにテーブルに敷かれたクロスを握る。それでも、あまり迫力がなく文字で表すとぷんぷんと言った感じだ。


「……お、お気持ちはお察しできますが、その……現在帰還することは不可能です」


 この場に静寂が流れ、重い空気が漂い、誰もが石像のように固まってしまった。神が手伝ったという時点でこうなるだろうと予期していた。


「ふ、不可能とは……いったい、どういうことですか……? よ、喚べたのなら、還すことも出来るのではないのですか!?」


 いち早く復帰した大沢先生がオロオロしながらそう言った。生徒の中にはそういった小説を読んでいるのか当然だなという顔をしている。一様に絶望している気もするが。


「先ほども言いましたが皆様方を召喚されたのはセラ様です。九割はセラ様のお力となり、我々がしたというと道具と人員のみです。我々にはこの世界に干渉する魔法も、ましてや他世界に干渉する魔法等使いようがありません。皆様方が還る方法はセラ様次第となります」

「そ、そんなことって……」


 大沢先生はそのまま虚空を見つめ、それを聞いていた生徒も魂が抜けたかのように背凭れに体を預けた。中には喜んでいる者もいるが、現状を深いところまで理解していないのだろう。


「そ、それじゃあよぉ……お、俺達はずっとこの世界で暮らせっていうのか……」

「い、いや。か、還して……。還してよぉ!」

「戦う……。戦争をしろっていうのか!」

「……魔法があるのか。俺も無双を……」


 皆パニックを起こし始め、中には泣き叫び、茫然自失となり、虚空を見つめる。僕は冷静でいるが、内心この後どう言う展開になるか脳をフル回転させていた。大概こういう召喚モノは僕達が奴隷に落とされるとかいう最悪なパターンがあるけど、今はまだ大丈夫なようだ。こういった知識を持っているのと日頃の武術の鍛錬の成果でそれなりに冷静ではいた。


 半分ほど冷静な目でランバルドさんを見てみると僕達を睨み付け舌打ちを打った。恐らく、そのセラ様の言うことをしようとしない僕達が憎いのだろう。その目にはさっきまで僕に向けられていたものが多数込められている。


「い、いえ、そうではありません。皆様方のお役目が終わればセラ様がまたお力を御貸ししてくださるでしょう。ですから、自分勝手な言い方になりますが皆様方には、この世界、いえ、我々人族をお救い下さい」


 僕の視線に気が付いたわけではないだろうが、慌てるようにランバルドさんはそう言った。なんだか取ってつけたような物言いだが、今のこの生徒達にはもっとも有効なことだろう。どこまで本当かわからないが油断せずにいるに越したことはない。特に神に対して信用を置かない方が賢明だ。探せば他に帰還方法もあるかもしれないしね。


「じゃ、じゃあ、一応は還られるということなのね?」

「だ、だけど、戦争なんて……」

「いや、いや、いや……」

「ママ、パパ、じいじ、ばあば……」


 再びパニックとなる生徒達。僕も少なからず心が揺れる。それでも平常心を保っていられていることに感謝をする。


 これも全部あの拷問稽古のおかげだ。ありがとう、母さん、父さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん。


 隣にいる白須さんが僕の手を無意識に掴んで力強く握ってきた。僕はこれに一番動揺して、奇声を上げそうになったのを無理やり留める。

 僕も無意識のうちにあたりで誰か見ていないか確認をし、(もたら)された驚愕の情報にパニックになって誰も僕の方を向いていない。一息つくとそっと手を包んで外す。


「大丈夫だよ、白須さん」

「えっ? 連夜君。……あ、ご、ごめんね」

「まあ、気休めにしかならないけどね。ここで悲観になってもダメだよ。いつもの白須さんでいてね」

「れ、連夜君……」


 な、何でそこで顔を赤らめてもじもじするの!? 僕、何か言った!? 僕は脆弱だから隣の遊馬君に頼りなよって言ったつもりだったのに。

 誰かが気付いたのか嫉妬の視線と黒いオーラを感じた。


 僕はこれで冷静さを再び取り戻し、先ほどから目の前で騒いでいるのに一言も喋らず沈黙しているランバルトさんを見た。その目は冷ややかで格下、人として下に見ているような目をしていた。そこまでそのセラ様とか言う神を妄信できるとは呆れかえって尊敬できるよ。


 パニックが収まらないこの状況の中いち早く冷静さを取り戻した(僕を除く)遊馬君が、突然立ち上がって手を二度叩いた。その音は非常に大きく、皆の意識を集中させた。ビクッと体を震わせて注目する皆を尻目に遊馬君はランバルトさんに質問する。


「本当に私達に力があるのですか? 言っては何ですが私達はこの世界の住人レベルよりも低いと思いますよ? この世界の強さの基準と水準が分かりませんが、私達は戦いらしい戦いをしたことがありません。更に言えば、殴り合いの喧嘩もしたことがない人ばかりです。それでも私達に戦え、というのですか?」


 僕もそれは思った。まあ、僕や涼風さんだったら戦いの基礎ぐらいはできるかもしれないけど、他の人は無理だろうな。過度の己惚れは身を亡ぼすっていうから真面目に特訓するけどね。


「はい、先ほども言いましたが皆様方は上位に位置する世界の住人ですから、それ相応の力が宿っております。戦闘に関してはまだ時間がありますので、じっくりと時間を掛けて訓練を施していきましょう。もちろん、強制ではありません。衣食住も保証しましょう」

「敵は魔族と魔物だけですか? 聞いた話では亜人族は大丈夫なようですが……」

「ええ、その二つです。ですが、亜人族が攻めてこないとも限りません。ですがその可能性はないでしょう。ここ数百年間亜人族が攻めてきたことはありませんので」

「本当に帰還することが出来るのですね? 人族を救ったのにもかかわらず元の世界に変えれませんでは話になりませんよ? まあ、そのために喚ばれたので終われば帰れるとは思いますが。……そこのあたりはどうなのですか?」

「ええ、セラ様も役目を見事終わらせれば無碍にされますまい。何かお礼もしてくれるかもしれませんな」

「「わかりました。他にも聞きたいことがたくさんありますが、それは後日聞くこととします。私は……俺は戦おうと思う。今目の前で滅びを迎えようとしている人達を放かっていられない。滅んでくと知って黙っていられるほど人を捨てていない。それに、俺に、いや、俺達にこの世界の人を救う力があるのならそのために使おうと思う。皆はどうだ? 俺に付いて来てくれないだろうか。……あ、いや、俺が勇者と決まったわけじゃないからあれだが、勇者のために力を合わせようじゃないか」


 遊馬君の演説を聞いた一部を除く女子は目をハートに変え、男子は妬みながらも言われた事が正しいので同意する。涼風さんは疲れたような表情をし、白須さんは……未だにもじもじしている。


「そ、そうだな。俺達には力があるんだろうから、この世界のために頑張ろう!」

「それに、救い終われば地球に、家族の元へ帰れるかもしれないのよね?」

「勇者が誰か知らねえが、そいつのために頑張ろうじゃねえか!」

「ハンっ、よくぞ決心してくれた。皆、僕のために頑張ってくれたまえ(ファサ)」

「「「「「いや、絶対にお前は勇者じゃない。精々遊び人だ」」」」」


 何人かが決意表明をし、それにつられて賛同していく。最後にクラスのお調子者が最後に髪をかきあげてそう言うと皆の突込みが入って項垂れた。

 いろんなことがあったがどうやらみんなの心は一つになったのかもしれない。少なくとも表面上は……。


「よし! 皆、この世界の人のため、俺達の帰還のために力を合わせて頑張ろう!」

『おう!(ええ)』


 遊馬君がギュッと音が鳴るほど拳を力強く握り占め、皆を見渡しえてそう宣言をすると、ランバルトさん達が演技臭い仕草で感動したかのように振る舞った。

 毎日特訓に明け暮れ、相手の仕草と挙動に敏感となった僕の観察眼からはどう見ても「いい駒が手に入った」と言っているような気がする。まあ、それがどうであれ早めに自分で動き出すべきだな。


 持ち味のカリスマ性を十分に引き出した遊馬君は既に十分な勇者だろう。どう考えても遊馬君が勇者で、仮に違ったとしても確実に勇者のような扱いを受けるだろうな。

 ああ、確実に何人かの女子は堕ちたな。だって最後にキラリンって音が鳴ったもん。歯と背景から。


 だけど、これで遊馬君を中心とした派閥のようなものが出来るだろう。ついてこれない人を無碍にすることはないと思うけど、確実に自分と同じことを許容するはずだ。


「はぁー、私もそうしましょう。……あなたのブレーキとして」

「う~ん、香澄ちゃんがそう言うのなら私もそうしようかな?」

「香澄、優香。……三人とも……ありがとうな」


 この二人も遊馬に賛同するようだ。

 僕はとりあえず中立の立場に居させてもらおう。どっちつかずはいけないかもしれないけど、今は冷静に判断した方がいい気がするからね。

 大沢先生は遊馬の宣言に驚きながら「それはダメです」と言っている。周りの生徒がいさめているから時間の問題だろうけど。


 先生は先生であろうとする先生だ。まあ、生徒を若干保育児のような扱いをする時があるけど、いい先生であることには変わらない。


 その場の流れで結局全員が参加することとなり、僕もその場の流れに沿って参加せざる負えなくなった。皆は戦争の意味が理解できているのだろうか。僕も理解はできないけど、闘いとは常に死と隣り合わせであることは知っている。じゃないと生き延びることが出来なかったからね。


 その後ランバルトさんは遊馬君が乗りそうな話をたくさんし始める。これまでの魔族の残虐さ、人族の悲劇、奴隷にされたものの苦しみ等だ。だけど、自分達にとって都合の悪いことは全く話さない。冷静であれば気付けるであろうことにも、この場の熱にやられた皆は全く気付かない。


 僕は昼食を食べ終わっていたからグラスに入った水を飲むだけにした。



世界にかえるは『帰る』と『還る』のどちらがいいでしょうか?


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