赤鬼3と真の実力
ちょっと長いです。
目の前で魔方陣の光の残滓が消えていくのを茫然と見つめていた。地上へ帰れる筈だったのにどうしてこうなったのか。僕は止まっていない微かな思考でそれだけを考えていた。
絶望、恐怖、憤り、憎しみ、怨み、殺意、今までに感じたかとのないほどの負の感情に支配された僕の耳には何も届いていないが、この狭い部屋の中では三メートル級の巨人である赤鬼が何かに拘束されて暴れまわっているのだろう。
ドガアアアァァン
大きな破壊音であろう音が微かに僕の耳に届いた。そのあと大容量の者が歩いているのだろうか鈍い足音と振動が足と手から伝わってくる。
「ア、アア、コエガモドッタカ。ウデハ……モウムリダナ」
先ほどまで対峙していた赤鬼の声が今度は間近で聞こえた。それでも無の底にいる僕には微かにしか届かず、その意味を理解するのに時間が掛かっていた。いや、それよりも先に理解しなければならないことがあるからそちらに思考を割かないようにしているのだ。
「ナンデオマエカエッテナインダ? アア、ソウカ。マニアワナカッタンダナ」
赤鬼は僕の背後まで来るとニヤついているのが分かる声音で僕にそう言った。
「……がぅ……」
「アアン? キコエネエヨ。モットハッキリイエ」
「違う、違うって言っているだろうがぁ!」
僕は立ち上がると同時に赤鬼の方へ振り向き殺気をぶつけるが、赤鬼は柳に風と言った感じだ。やはり完全には肉体が戻っていないため殺気もそこまで威力がないのかもしれない。
「アアソウダッタナ。オマエハ、ミステラレタンダッタナ。イヤ、ジャマモノアツカイサレタノダッタナ」
「――っ!?」
「イヤハヤ、ニンゲントイウノハチエガアルクセニ、オレタチイジョウニゴウマンデ、ミニクク、ジソンシンガタカイ。ソレニ、シュウアクダ。コンナジタイニオチイッテイルノニモカカワラズ、ドウゾクヲキリステルトハ、ヤハリニンゲンダナ」
赤鬼はニヤついた顔で僕に事実のように言う。いや、これは事実なのだろう。たった今僕がされて経験したことなのだから。今まで味わってきたことも全部人間の汚い部分だったんだ。
更に赤鬼は続ける。
「オマエハユウシャノコゾウタチニジシンノツゴウガワルクナルカラステラレタノダ。コレデハチカラガスベテデアルワレワレノホウガイクブンマシダ」
赤鬼はそう言って高笑いをする。
赤鬼の言葉が全て理解できると僕の中で長年くすぶっていた負の感情が爆発的に表へ出てきた。
僕がイジメられていたのは誰のせいだ。僕が誰かに助けを求めなかったからか? 否、皆が僕をイジメていたから違う。では誰のせいだ。それは……僕を此処に置いてけぼりにした五人のせいだ。あの五人がいなければ僕は平和に暮らせていたんだ。高校では自分の思うように過ごせていたはずだ。ユッカとは誰の邪魔なく付き合えていたはずだ。涼風さんとは趣味の話で花が咲いていたはずだ。それが出来なかったのは誰のせいだ。あの五人だ。あの五人さえいなければ……。
戸間、宇津木、近藤、天樹、そして、腐れ勇者の遊馬……。この五人はいずれ報復してやる。
だが、僕がここに置き去りにされるようなことになったそもそもの原因は何だ? ……それは異世界召喚だ。それまでは我慢しながらも幸せな時を過ごしていた。その現況を作ったのは誰だ? 遊馬か? あの四人か? 人族か? 魔族か? この世界の住人か? どれも否だ。そもそもの原因はこの世界に呼び出した『セラ』という自分勝手な神のせいだ。
僕に力がないのもその神のせいだ。
何が異世界人は無条件で強くなるだ。ならないじゃないか。衣食住を保障するだ。全く保障されていないじゃないか。服は洗い回しの装備品なし、食事は一般人レベル以下の栄養バランス無視、住むところでは厄介者扱いされ殺されかけた。何が保障するだ。全く保障されていないじゃないか。僕が死んでも家族の元に行けるわけじゃない。亡骸も行かなければ遺言も行かない。僕が消えたという事実しか残らない。この世界で僕のことを覚えていてくれるのは片手で数えるぐらいしかいない。
このような事態に落とした元凶は誰だ……。
報復対象は誰だ……。
僕が抹殺しなければならないニンゲンドモハドイツラダ……。
トマにウツギ、コンドウにアマギ、それに腐れ外道の汚物勇者ことアスマとこの世界の頂点であるオブツ(かみ)かぁぁぁぁぁぁッ!
「ホウ、イイカンジニマリョクガクロク、ネバク、オセンサレハジメタカ。オマエガオチルノモジカンノモンダイカ? ソウナレバドウホウダ。サキノケンハミズニナガシテヤロウ。ソレニ、オマエハステータスガヒクイワリニハツヨイ。オレノブカニシテヤル」
……ナ、二……?
僕が、闇ニ、堕ちてる、ダト……。
……アア、そうだな、確かニ闇に堕ち掛けてイル。これでハ、お爺ちゃんニ、申し訳が立たない。
『武術を人に使わないこと、人に手足を上げないこと、怒りに身を任せてはならぬ、暴力に身を置いてはならぬ、己を高め精進し続けることこそが真の武芸者、全て己の拳を信じ道を切り開く者こそが真の雲林院無心流の後継者だ』
『零夜よ、闇に堕ちてはならぬ。闇に堕ちて振う技は武術にあらず。それは暴力だ。信じるは己が拳のみ。友を護り、悪を挫くことこそが雲林院無心流古武術の継承者なり』
『立て。立ち上がるのだ、零夜よ。お前にはまだ出来る。お前は此処で死ぬわけにはいかぬ。護るべき者がいる。約束を違えるな。最愛を護り、返って来い!』
ハッ! お、お爺ちゃん!?
僕は一体何を……。
確かにあいつらは憎い殺してやりたい。だけど、いつもの僕ならそんなことを思わなかった。なぜこんなことを考えていたのかはわからないが、もう大丈夫だ。体の痛みを感じるし、意識もはっきりしている。思考も正常だ。
「ナニ!? フジョウノマリョクガセイジョウカシタダト!? アリエナイ……! オ、オマエハナニモノダ? ニンゲンニマリョクノソウサガデキナイハズダ。オチテシマエバソノママノハズ。ソレガ、ソレガナゼ……モトニモドッテイルノダァァッ!」
赤鬼は僕の身に起きた現象が理解できていないのか狼狽えはじめた。意識が正常となり、思考が柔軟となった今の僕は赤鬼が零した言葉に興味を持った。
「……ああ、これが魔力操作というやつなのか。出来てしまえば簡単に出来る。今までの苦労は何だったのだろうか。まあいい。不浄の魔力とやらは魔物の魔力を指すのか……いや、変異させる魔力のこと、さらに言えば世界に漂っている魔力のことを言うのではないか?」
そう考えれば赤鬼が僕のことを同朋と言ったのが理解できる。恐らく、世界に漂っている魔力は全ての源であると共にそのまま使うと生物に異変を起こしてしまうものなのだろう。それが動物を魔物にしたり、魔力から魔物が作られる原因となっているはずだ。生物に害があるものだから不浄の魔力なのだろうな。
だけど、それらを常時吸い込んでいる人達はどうなのだろうか。
それは多分吸い込む量が少なく、適性というものがその吸い込んだ魔力を変えていくのだろう。そして、その魔力で消費した魔力を回復させている。僕の場合は適性が無であるため、他の人達よりも不浄の魔力に近く不浄の魔力も無である。よって、その魔力を大量に取り込み変換することが出来す『堕ちる』という現象が起こったのだろうな。
そして、魔力操作とは体内にある魔力を操作する魔法ではなく、世界に漂っている魔力を操作して変化させ、魔法にするもののようだ。これは先ほど魔力操作を得たことで知識が勝手に流れてきたからわかったんだけどね。
さらに、魔力操作だけだと体内の魔力はほぼ減らないが、技や魔法として放った場合は体内の魔力を使って変換するらしく減っていく。そのあたりは魔方陣に勝手に吸収されるのと同じような原理らしい。ただ、魔力操作で使う技や魔法は威力が桁違いであり、消費魔力はそれぞれ一定で操作できる量が多いほど威力が上がり、任意で魔法を放てる分魔法陣よりも効率がかなりいい。
新しい技能を得た時はこうやって頭の中に勝手に知識が増えるんだな。だけど、それ以外は分からないようだ。新しい技能の得方や魔物の技能の使い方等のことだ。いろいろと試したいがまずは……。
「クソガアアァァァッ! オマエハモウイランッ! ココデシネエエェェェェッ!」
「お前を倒さなければなぁっ! 『流』」
僕は赤鬼が突き出してくる右腕の拳に左手を合わせ、右手で曲がっている肘にひっかけ自分の方へ引く。そのまま右脚を軸に左脚を上げる体捌きで赤鬼の身体が弱い方へ転がし投げる。
「グッ、ガアアアアアァァァァ!」
赤鬼は左側に顔面から倒れ額に生えている角を強打し、痛みにのたうち回っている。数百キロの体重とスピードが乗っているのにもかかわらず折れない角はどれだけ硬いのだろうか。だけど、僕が勝つにはあの角を折るしかないだろう。魔力操作を覚えたとしても魔法が使えないのなら意味がない。
僕はのたうち回っている赤鬼の足から近寄り、腰のベルトに差している木刀を抜いて角目掛けて振るう。赤鬼は痛みと死角から近づいたことで僕に気付くのが遅れ、立ち上がろうとした瞬間に木刀が角を捉えた。
「雲林院無心流剣術『連刀飛燕』」
木刀に魔力を流して殺傷能力を上げ両手で横向きに構え、駆け抜ける脚を減速させることなく逆に加速させる。振られる腕を赤鬼の脇へ入り込んで掻い潜り、腹に足を掛けて頭まで飛び上がると肩に着地すると同時に木刀を左手で押し出して斬り付け、右手で刃を返して折り返し斬る。
燕が飛び交うように放たれる高速の返し二連斬り。カカンッ、と鋭く甲高い音が鳴り響き僕の手に金属を斬り付けたかのような痺れと反動が襲い掛かった。
肩を蹴って地面へ着地するとすぐに身を翻して、痛みと怒りに吠えている赤鬼に向かって再度走りより、人体の急所肋骨の下にある肝臓を狙って抉り込むように突く。
「……『刺紫電』」
駆ける速さに腿、腰、肩、腕、手首、指を回転させ速さを極限まで上げた突き技の一つで、さらに突く瞬間に左手で柄を押しさらにスピードを上げることで雷が通ったかのように見える一撃だ。
「ウッブ、カ、ハッ」
赤鬼は大きな口を開けて息を詰まらせると痙攣するかのごとくびくびくと震えている。
肋骨の下から突き上げるように半分以上入った木刀を引き抜くと赤鬼の苦痛で折れ曲がり下がった角に向けて再度『連刀飛燕』を上下に放つ。
「ガアアアアアァァァ! ギィザァマァ……。ゴ、ゴロジデ、ゴロジデ、ゴロジデヤブゥゥゥゥゥッ! 『鬼無双』『鬼瓦割』」
再び角の痛みに仰け反る赤鬼。だが、赤鬼はその痛みを耐え僕に向けて瓦割をするかの如く手刀打ちをしてきた。赤鬼の身体は『鬼無双』によって赤いオーラが立ち昇り、手刀は空気を切る途轍もない音が聞こえる。僕は木刀を斜めに構え手刀の起動を僅かにずらしながら、その反動で直撃を避けるが衝撃が体全体を襲い、砕かれた地面が飛び僕の皮膚を裂き打ち据える。
「ぐっ、くぅぁ。っつぅー」
「ゴロズ、ゴロズ、ゴロズ、ゴロズ、ゴロズ、ゴロズ、ゴロジデバズゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ! 『鬼砕鉄拳』」
痛みと怒りで再び我を忘れた赤鬼は動かなくなった腕を振り回しながら、魔力を拳に集めて飛び上がると拳骨のように降り抜き落としてきた。僕はその場から慌てて飛び退き、衝撃に備えて頭を庇う。
ズガアアアァァァァン
『魔爆』と同じぐらいの破壊音が鳴り響き、地面が二メートルほど陥没した。赤鬼はそのまま僕の方へ走り寄り再び技を放ってくる。
僕は何とか捌き被弾を無くしているが今度の赤鬼は出鱈目な攻撃ではなく、しっかりと僕の急所と体の中心を捉えている。一撃でも当たれば再起不能となり死んでしまうだろう。その前に何としても勝機を見出さないと……。
「――っ!? しまっ――」
「バハハハ、ジデエエェェェッ! 『鬼砕鉄拳』ンンンンッ!」
僕は下にあった岩に躓きバランスを崩してしまった。くそっ、疲労が極限まで溜まっている状態で思考を割くべきじゃなかった。僕は毒づきながら立ち上がるが、赤鬼は血管の浮き出た顔に笑みを浮かべて先ほどの技を放つ。
「ぐぅッ、があぁッ――」
咄嗟に体を捻り直撃だけは避けたが、衝撃で体が舞い上がり、体を自由が効かないまま地面に叩き付けられた。完全に疲労が現れ始め、今の一撃で罅が入っていた骨が折れてしまった。徐々に心も俺始め、このまま死んでしまうのではないかと考え始めていた。
ユッカ、ごめんよ……僕はどうやらここまでのようだ……。
無事に帰れそうにない……本当にごめん。
僕の言いつけを守ってくれるかな? あの腐れ汚物勇者から逃げきってほしい。
僕はもうユッカを護れないから涼風さん、最期までユッカのことをお願いするね……。
「ぐあぁっ! ぐぅ、ぅ」
「ブハハハハ、ヤット、ヤット、ギザバヲヅガバエダァァ!」
赤鬼は僕の背中を踏み付けグリグリと捻り、僕の苦痛の悲鳴を心地よさそうに聞いている。涎が僕の顔の傍に堕ち異臭が鼻を刺激するが痛みでそれどころではない。もう動く気力もなくなり、思考も意識も停止し始めていた。
くそぉ……最後にあの五人の目の前に生還して反応を見たかった……。一発ぐらいなら殴ってもいいよね。いや、殴るよりも見下したほうがそれはそれでいいかも……。あと、セラとか言うクソ神は思いっきり殴ってもいいだろう。人じゃねぇしな。
「ユッ、カ……。ごめんよ……。最後に、一度でいいから……ユッカの、笑顔が見――」
「ゴ、ゴレデ、ヂジョブニジゲブゥゥゥ! アノオンナノモトヘイケルゥゥ! グベヒェヘヘヘェ。ヤッテ、ヤッテ、ヤッテヤリマクッテヤルゥゥ!」
ナニ!? 地上に出るだとぉ!? しかもユッカを犯すだとぉ!? 嘗めてんのかキサマァァァ! 絶対にこいつは此処で仕留める! 地上になんかに出させて堪るかぁッ! 勇者でも倒せないこんな奴が外に出たら魔族に滅ぼされる前にこいつに滅ぼされる! この世界の人間のほとんどがどうでもいいが、ロイ団長や騎士団の人、涼風さん、ユッカが殺されてしまう! それにユッカが、ユッカが……。絶対にこいつは此処で僕が、僕が殺す! この命に変えてでも殺してやるぅぅぅぅぅ!
僕は体重が熱くマグマのように滾り出し、体の底にある少しだけ開いた蓋が半分まで開き謎の力が全身に湧き始めた。筋肉が膨張し、気が体の中を駆け巡り、心臓の鼓動が聞こえてくる。だが、まだ足りない。もっと僕に力を、こいつを殺す力を、ユッカを護る力をくれぇぇぇぇッ!
「その、足を退けろ……」
「ブヒェヘヘヘ、ヘヘ、ヘ?」
「その足を退けろォ! 赤豚、その汚い足を俺の上から退けろって言っているんだァァァァッ!」
「ブヒャァァァァ。ブガ、バ、バ、バンガオギダンダ!」
僕は湧き溢れた力を全身に駆巡らせると破裂しそうな筋肉を無理やり引き締めて固定し、あらゆる筋肉を使って体を起こして僕の背中を踏んでいた赤鬼の足を吹き飛ばした。今の力を恐らく赤鬼と五分だ。このままでは疲労が溜まり、技能もない僕の方が不利だ。だけど、僕にはそんなもの関係ないッ!僕が信じるものはただ一つ!
『己が拳のみッ!』
僕はグッと拳を握り締めると骨が折れる音が聞こえたが今の僕には痛みが脳まで届いていないから気にならない。僕の頭には何としてもこいつを此処で殺す、の一つでいっぱいだからだ。
これ以上の力を得るのは危険だが、得なければ僕がやられる。そして、ユッカ達が犯され殺される。それだけは何としても阻止せなばならない。なら、この身が朽ちようともこいつを此処で殺してやる。それが地上に帰れない僕が最後にユッカにできることなのだからッ! これ以上の力を得る方法は一つ!
「僕の名は雲林院零夜! 雲林院無心流古武術、四九代目継承者雲林院零夜だぁ! 地上に災厄を振り撒く者よ! お前を地上には行かせん! お前が逝く所は黄泉の国、冥界の監獄、冥府が住まう死の国だぁッ! さあ、一方的な死合いを始めよう。その首、貰い受ける!」
ドグンッ、という効果音が心臓から聞こえたのかそれとも体の底から聞こえたのか分からないが、とにかくそんな効果音が聞こえると同時に、体の底から今まで感じてきた力よりも遥かに大きな力の奔流が湧き上ってきていた。いや、噴き出していた。
僕は赤鬼を退かすとゆっくりと立ち上がり、体に噴き出した力の感触を確かめる。今までのように肉体が思考に遅れることがなく、逆に早すぎて戸惑うぐらいだ。戦闘の疲労や肉体の痛みは変わらないが、体の倦怠感がなくなっている。腕が羽根のようにとはいかないが、少なくとも地球にいた時よりも早く動ける。
今度は試しに壁を殴ってみた。ドゴンッ、と破壊音が鳴り響き直径二メートルほど陥没した。他にも近くにあった岩を蹴り上げると粉々になり、掛けた石を拾って握りしめると砂と化した。そこで初めて自分の肉体を見てみると傷が治り始めているのに気が付き、体が若干黄金色に輝いていた。
何だこの光は? 魔力、ではないな。魔力はどちらかというと黒だからね。じゃあ何だろう? あ、もしかして、『気』か! まあ、今はそんなことどうでもいい。これがいつ切れるかもわからない今、早急に赤鬼を殺すべきだな。
最初っから飛ばしていかせてもらうッ!
「グガガ、ナンダキザマ。タカガカラダガヒカリチョコットツヨクナッタダケデ、オレヲコロスダト? イママデシニカケテイタヤツガナニヲイウカ。ワラワセテクレルワ! 『鬼無双』『m……グ、ガ、ガバハァッ」
「僕の前でお喋りとは、余裕だな? それも演技か?」
僕は赤鬼が魔法を使う前に地を蹴り付けて一瞬で赤鬼の正面に迫り、そのスピードが乗った突きを腹部に叩き付けた。赤鬼は息を詰まらせ頬を膨らませると地を盛大に吐き出しビクンッ、と震えるとそのまま地面へ前のめりに倒れた。
「む、手加減が出来なかったか。思った以上に力が出ているようだな。――おい、起きろ」
「バハッ、ガハッ、ナ、ナンダ? ナニガオコッタンダ? ナッ、ナゼオマエガココニ……。ウゴケナイノデハナカッタノカ」
赤鬼の頭の角を持って持ち上げるとビンタを食らわせて叩き起こした。赤鬼は口の中に残っていた血を吐き出し、顔を動かすと目の前にいる僕を見て狼狽えてそう言った。
「お前のおかげで眠っていた力が呼び起せたみたいだ。そこのところは感謝する。――だが、お前は言ってはならないことを言った。お前が泣いて謝ろうが、泣き叫ぼうが、土下座しようが、俺は許す気はない。お前にはそれ相応の報いを受けて貰う。一発では殺さない。それに、僕がこの力になれる練習台に丁度いい。すぐに死んでくれるなよ?」
「グガガガ、フザケルナァァッ! オレガシヌダトォ! シヌノハオマエダァッ! 『鬼瓦鉄拳』」
赤鬼は僕の言葉に激昂すると無事な右腕を振り上げ僕の顔面を殴り付けてきた。僕はそれを左手で下から弾く様に軌道をずらし、そのまま右手で持っている角目掛けて手刀を放った。
「……『手刀斬』」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!」
血のように赤黒い角はスパッと切れ僕の右手に握られている。赤鬼は頭を押さえその身に襲い掛かっている激痛と戦っているのだろう。先ほどから激痛の雄叫びを止めることなく上げている。僕は角を一瞥すると何かに使えるかもと思いボックスの中に収納した。
「泣き叫んでいる暇はないぞ! 『旋風連脚』『羅刹十連貫手』はああぁぁぁぁッ!」
のたうっている赤鬼に地面を縫うように近づき足払いのように右脚を踵から回転させて赤鬼を瓦礫ごと宙に浮かすと、そのまま体を縮込ませて足裏が赤鬼の腹を向くように構え腕の力で蹴り上げる。その後、僕自身も飛び上がり、神速の貫手を放つ。神速で放たれた十発の貫手は額、喉、肩口、上腕二頭筋の隙間、心臓、肝臓、腎臓、鳩尾にほぼ同時に当たり、赤鬼の身体が陥没する。
僕は着地し背後へ飛び去る。すぐに赤鬼が爆音を鳴らせて地面に自然落下した。赤鬼の下から血が滴り流れでて地面を赤く染め上げていく。
「まだ死んでいないだろう? 早く立て」
「……ブハッ、グ……(ジョ)ョォ。ナ……(メヤ)ガッテ」
赤鬼は震えながら立ち上がり僕を黄色い目に恐怖と怯えを含んで見た。顔色は急所を突かれたことで蒼くなり、目尻に大粒の涙が浮かび、口元から止めどなく血が流れ、体のあちこちに横長の穴と打撃痕が見える。喉も潰れているため声がほとんど掠れている。
怯えているようだが、まだ闘志は消えていないようだな。これ以上はイジメになるから止めを刺すとしよう。僕も力の制御が大分出来るようになったわけだしな。
「放っておいても死ぬだろうがなにも出来ないで終わるのもあれだろうから、最後にお前からかかって来い。受けて立ってやる」
僕は赤鬼を見据えて手招きをしていった。赤鬼は舐められていることに怒り歯軋りで答えると動かない体に鞭打って最後に大口を開けて喰らいつこうとして来た。
「お互いに満身創痍であり、肩や絶望しているこの状況でそれでも消えない闘志、天晴。最後は武芸者として相手をしてやる」
赤鬼が迫ってくる中、僕は左脚をやや前にして腰を下ろし右拳の甲を下に軽く握って構える。目を瞑り赤鬼の木を読むと全身の無駄な力と雑念を捨てさり、自然体となる。左手は赤鬼に伸ばし、反動をつけるための布石とする。
潰れた喉で精一杯大きな声を上げて突進してくる赤鬼が僕の前で止まると同時に、一撃で食い殺そうと頭に齧り付いてきた。その瞬間僕も動き出す。
「雲林院無心流拳術奥義……『覇・瞬正拳』」
カッ、と目を見開き、気を右手の拳の打点となる拳頭に送り赤鬼の身体を突き抜き奥の壁を砕くつもりで放つ。放ったと思った瞬間には赤鬼の腹に突き刺さっていて、その後にパンッという音が背後から衝撃波と共に起こり、最後に僕の目の前を扇状に赤鬼を瓦礫ごと吹き飛ばす破壊力の衝撃が起こった。同時に僕の右腕の服も破れ吹き飛んでいく。
代々雲林院家に伝わる正拳突きの極みである『覇・瞬正拳』は音を置き去りにした真の正拳突きだ。まあ、こちらの世界みたいにステータスがないと絶対に出来ないだろうことだけどね。お爺ちゃん達でも音が鳴って火を消すぐらいしか出来ないもん。
「グ、ガアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」
赤鬼は吹き飛ばずに体の真ん中に拳大の穴を開けて大絶叫を上げた。瓦礫が吹き飛び奥の壁にぶつかって砕けていき、最後に壁が陥没していき僕と同じ拳大の跡がくっきりついた。
「…………ふぅー」
僕は残心して構えを解くと一息つきながら、白目を剥き泡を吹いている赤鬼から数歩離れた。僕は赤鬼に背を向けて魔方陣が無事かどうか確かめに行く。疲労が溜まり、目が霞んできたがどうにか魔方陣のところまで辿り着き、状態を確認することが出来た。
「よかったぁー。魔方陣は無事だ。後はこれを調べるか、此処で救助が来るまで待っておこう。幸いボックスの中に魔物肉と焼くための道具も揃っているからね。あ、そういえばボックスの中に煙を入れてたんだっけ? 使えばよかったか……。まあいいや。無事倒すことが出来たし」
魔法陣には瓦礫が乗っていたがどこにも罅や削れが出ていないようだ。
「ああ、安心したら眠くなってきた……。まあ、此処は密室で、赤鬼も倒したことだし寝てもいいよね……ッ!?」
安心したことで疲れがどっと押し寄せ今にも崩れ落ちそうになったその時、僕全体を影が覆い尽くし首筋に危険を察知した時の反応がピリリときた。僕は慌ててその場から転がり逃げ、直撃は回避したが吹き飛ばされてしまった。チラリと腕の隙間から見てみると赤鬼が拳を地面に突いた状態で崩れ落ちようとしていた。
「な、なんだ!? 何が起きたんだ……まさか、まだ生きていたのか! はっ、ま、魔方陣は無事か!?」
砂埃が宙を舞い魔方陣と赤鬼の上半身を覆い隠す。痛む体を押さえて魔方陣へ急ぐ。
「ぁ、ああぁ、あぁ……帰れなくなった……」
砂煙が晴れて出てきた魔法陣は見事中心が抉り取られそこから広がるように亀裂が入っていた。誰が見ても利用不可能で修復不可能と判断するだろう。僕の頭の中では後悔の念しかない。
「僕は……僕は、なぜしっかりと止めを刺さなかったんだ……。クソッ! クソッ! クソォォォッ!」
僕は崩れ落ち両拳が血が滲むまで地面に叩き続けていた。少しして赤鬼がまだ生きているかもしれないと思い、今度こそ止めを刺すつもりで確認に入る。
「……グハッ、ヤッテヤッタ、ゾ……。オマエハコレデ、カエレマイ、ゴハッ……ハァ、ハァ。カエルニハ、メイキュウヲトウハスル、シカナイ、ゴホ、ゴホ」
な、なんだと……。
「ここは五十層なのだろ? ならこの階に地上への転移魔法陣があるはずだ」
「ソレハナイ。コレカラシタニハ、ガハッ、マホウジンハソンザイセン……。スデニハカイズミヨォ、ガハハ、ハハ、ゴホゴホッ、ゴハッ」
と、いうことは地上に帰るにはこの迷宮を踏破しなくてはならないのか! クソッ! こんな状態で踏破出来るわけがないだろう! もう動くのも辛いんだぞ! 折角赤鬼に勝ち、生き延びたというのに……。新しい力も得ることが出来たのに……。この力でユッカを護れると思ったのに……。
「くぅ、ぅ……。クソ……クソッ……クソォォォォ!」
僕は最後に赤鬼に近づくと地上に帰れなくなった無念さを晴らすために首に『手刀斬』を放ち完全に絶命させた。
そしてそこで意識が遠くなっていくのが分かり、前と違ってユッカが支えてくれないから痛いだろうなぁ、と思いながら膝から地へ崩れ落ちた。