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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

シンデレラ探偵

作者: ハルキ

デモ版なので粗っぽい書き方になってしまいました。

でも実際に解いてみてね♪

ヒント――――奇抜なオチではない。

 埃取り、掃き掃除、雑巾掛け。

 今時、それこそ今やロボットがしてくれるこのご時世に、こんな古風な掃除を一日中、しかも毎日しているのは、恐らく世界中探しても私くらいなのだろうと思う。

 それが苦しいと感じたことはない。

 …………いや、それは嘘だ。

 とある町の住宅街の中でも豪邸に入るこの家は、お世辞に言ってもかなり広い。にも係わらず使用人が一人もいない。

 そう、使用人はいないのだ。

 では私は誰なのか。

 この家の娘の一人である。

 三姉妹の末っ子である私は、しかし彼女らと血の繋がりはなく、故に日々の雑業を全て押し付けられているのだった。それは姉妹として、ありがちなことなのかもしれない。たとえ彼女らの母――――私にとっては継母がそれを助長していたとしても、現代社会で、どころか遥か太古の昔から、人類以外の種族の間でも、なんら不思議なことではないはずだ。

 私がその標的に位置付けられてしまったに過ぎない。嬉しいことなど一つもないけど。

 けれどそれも最近、結構苦しさが和らいできていた。

 彼女のおかげだ。

 暖かい季節だというのに、真っ赤なストールを首に巻いた、彼女。

 それが最近の悩みの種ではあるのだけれど…………。

 今日も今日とて彼女は、大抵は面倒事を常備して、玄関掃除をしている真っ最中の私を訪ねてくるのだった。

 こんな台詞を皮切りに。

「シンデレラっ、シンデレラっ!謎だよっ!ミステリーだよっ!エニグムだよっ!」

 シンデレラ、 シンデレラ。 謎だよ、 ミステリーだよ、 エニグムだよ――――とか。

 ……………………いや、別に彼女のことが嫌いなわけじゃない。むしろ親友として、活発な彼女のおしゃべりをお茶を飲みながら聞いていたいのだけれど、如何せん、インドア派の私とアウトドア派の彼女では、どうにもそのあたりの趣向がまるで噛み合わない。

 しかも今は掃除中である。掃除は休日で最初にする業務であり、このあと三人が起きてくるまでに洗濯物を乾かし、お朝兼お昼ご飯を作らなくてはいけない。もしどれか一つでもできていなければどんなお仕置きが下るか、わかったものではない。彼女らの寝付きの良さが唯一の救いだけど。

 しかし彼女にそんな都合はお構いなし。私が箒を手に突然の登場に戸惑って、一体なんの話なのか訊き返す前に、強いては忙しさを伝える前に、彼女は要件を言ってしまうのだ。

「シンデレラっ、いっしょに来てくれっ!事は一刻を争うんだっ!」

「えっ?でも、今、掃除が――――」

「そんなのいいからっ!」

 と、強引に手を掴まれ、現場へと連れていかれた。



 連れていかれた場所は幸いにも、以前連れていかれたような険しい山道ではなかった。今や慣れ親み、勝手知ったるペロー家、その台所、リビングだ。

 こんな場所でどんな謎があったというのか。突然過ぎて箒を持ってきてしまった。あと先考えずに物事に取り組む様は、一体ご両親のどちらから授かったのだろう…………。

 仕方ない、親友の窮地だ。私のような凡人に頼ってくれる彼女に、私は万難を排してその力となろう。今回も力になれるかわからないけど。

 まずは現状把握だ。事情聴取が先とみえる。

 それに、事は一刻を争うどころか、すでに手遅れの状態だったようで。

「…………アレン、どうしたの…………?ここでなにか起こったの?」

 やる気のない口調なのはご愛嬌。今までの事件を鑑みるに、アレンが騒いだものは一つも深刻だったためしがない。

「ああ、実は…………」

 アレンは雰囲気を持たせ、言葉に十分な間合いを置いた。

 ……………………。

「僕の大事なケーキが、何者かに盗まれたんだ…………」

「帰る」

「いやっ!待て待て待て待てっ!!お願いしますっ、シンデレラっ!!!これは重大な大事件なんだっ!!!!」

「知らないよっ!なんでそんなことが一刻を争う大事件で、エニグムなのっ?ケーキぐらいまた買ってくればいいでしょっ?!」

「高がケーキだと言うのかっ!?あれは苺恋堂で買ったっ、僕がとても楽しみにしていたショートケーキだぞっ!!!」

 苺恋堂っ?それは貴重だ…………。いや、知ったことかっ!

「それなら縁がなかったんだよっ!大方、妹さんが知らずに食べたんじゃないっ?それか自分で食べたことを忘れたんじゃないっ…………?」

「いや、それはない」

「はっ?うわっっ!?」

 服の裾を掴んで私を引き留めていたアレンが、突然手を離し、拍子に倒れてしまった私を意にも介さず思案し始めた。

 急に離さないでよ…………もう。

 そしてこのモードに入ってしまうともうアレンからは逃げられない。それを言えばアレンの前に謎が降って舞い降りた時点で、私の逃亡という選択肢は消えてしまっているんだけど。文化系と体育会系の差別的な違いを、ここで恨まざるを得ない。

 ここでの不審点というのは、アレンがあらかじめケーキに目印を残しており、妹さんがそれを無視して食べたのか――――というところだ。

 一見仲のいい兄弟姉妹ならば取り立てて気にするほどのことではないとは思うけど、彼女、アレンの自分の妹さんへの仕打ちと、実年齢より懸命な判断ができるその子のことを考えれば、それは眉を顰める、れっきとした不審点となり得るのだ。

 仲はいいけど、食べ物に対するアレンの執念は恐ろしい。

 はぁー…………。お昼までに帰れるかな。

 すでに中断された掃除等の作業を諦めている今日この頃である。

「アレン。ケーキはいつ買ってきたものなの?」

 私はこういうとき、腹を括って状況に身を投じる覚悟がある。逆に言えばアレンに失望されるより、家族に罵られ、意地悪される方がまだマシだと判断したためである。

 友達がいない歴というのは、彼氏いない歴以上に更新したくない乙女心とでも謂うべきか。ぶっちゃけトーク。

「ケーキは昨日、部活の帰りに、自分へのご褒美として、お小遣いを奮発して買ったものだ」

 さらりと自分自身を労ってみせる超人類。

「じゃあ、ケーキがなくなったのは昨日の夕方から今日の朝までの間ということなんだね」

 私は仕方なく、犯行推定時刻を予想から捜査を始めた。しかし、これは次のアレンの証言で大幅に絞り込むことができた。

「いや、今日のジョギングのときにアイスコーヒーを飲もうと冷蔵庫を開けたから、その時に箱があったのは確認済みだ」

「そうなんだ。じゃあ今日の朝だね、なくなったのは」

 いや、それでも箱のみを残されていたという可能性もある。とはいえこの家族はアレンも含めて几帳面な性格だ。それに優しいから、現時点のケーキの箱の状態のように決められた場所へゴミは捨てるし、確信犯的に発覚を恐れて偽装したというのも、おかしな話だ。

 ではその可能性は除外して、と。

 そうなると、たぶん気のつくアレンのお母さんは空の箱を見つけて捨てたことになるから、彼女は容疑者から外れてもいいかもしれない。

 私は辺りを見回した。

 まったく掲示物はおろかマグネットすら貼られていない冷蔵庫、シンクに皿が一枚とコップが二つフォークが二つ、テーブルにも置かれているものはなにもなく、折りたたまれて冷蔵庫の隣にある紙布ゴミに捨てられているケーキの箱。

 皿は恐らくケーキを食べるのに使ったもので、犯人はアレンのものとは知らずに食べたんだろう。その後、その事実を知ったかどうかはわかりかねるけど、それとコップはまだ少し濡れていたから、もう犯行時間はつい先程、具体的に言ってアレンがジョギングから帰ってくるまでの間だとわかる。

 ジョギングが終わってケーキがなくなったのを知ったアレンが私の家まで辿り着く時間は、私を連れて帰って来るまでの時間より速いはずだから、そこまでの時間は経ってないはず。

 アレンは今、そのままでも走りに行けそうなラフな服装だけど、たぶん着替えている。水分補給の重要性をまだわかっていないアレンはそのままシャワーを浴びるけど、そこまで長い時間浴びるタイプじゃない。

 つまり犯人は、アレンが帰ってきてから、ケーキを見つけ、皿とフォークを用意し、食べて、アイスコーヒーを飲み、空になった皿とコップを洗う、のは不可能ということだ。この一連の流れがすべて終わる前にアレンと出くわしてしまうはず。

 コップ一つは、アレンが使ったもので、ん?

「そういえば、アレンが使ったコップって、まだ濡れてるよね。走る前に洗ってなかったの?走ってる間にママさんに洗ってもらったとか?」

「ん?そういえば。いや、洗ったはずだから、また誰か使って飲んだんじゃないかな」

 と、アレンは冷蔵庫を開けると、中からアイスコーヒーのボトルを取り出した。

「ほら、ちょうど僕の分を除いて、二杯分なくなってる」

 わかるか。

 私はその前段階を知らないし、そんなちょうど二杯分なんて細かい分量を目測、あるいは手に持った感覚でわかるわけがない。それができるのが、アレンのすごいところなんだけど。

 冷蔵庫の中は、なんだか空いてるな。甘味はアレンのケーキで最後なのか。

「うーん、まとまらなくなってきた。まぁケーキはアレンが家にいる時間には食べられていないことはわかったけど」

「さすがだなぁ。それってどうして?」

 …………先述の文章を改めて口で語れと?メモしとけばよかった。

 カクカクシカジカ。

「なるほど。確かにそうだな。うん。それで間違いない」

 アレンの呑み込みの良さは助かる。しどろもどろな私の言葉をキチンと理解してくれるのだ。

「では僕が一時間のジョギングに行っている間に、犯行は行われたということだなっ!」

 ビシィッ!

 なぜか意気込みを込めて台所を指差す友人に、私は微笑むことしかできないのか…………。しかも一時間も走ってたの…………?よくぶっ倒れないね。

「じゃあ妹さんのアリバイ確認でもしようか、アレン」

「よし。妹は私のケーキを食べるような、無粋で出来の悪いことはしないっ」

「でも知らずに食べたっていうのもあるよ?ケーキを見つけてお皿を用意し、食べた。食べたところでアレンのものだと気づき、なんらかの証拠隠滅を図った」

「うん?捨てられた箱はどう辻褄を合わせるんだ?」

「アレンのお母さんが空箱を見つけたとか?」

「なるほど、なくはない。しかし」

「ん?」

「妹は僕より少し前に出掛けてる。ジョギングで擦れ違ったのを覚えてるから」

「え?そんな時間に?休日にっ?小学生がっ?」

「ああ。と言っても八時頃だけど。友達と映画を観に行くとか」

 友達…………。映画をいっしょに…………。

 ああ、おっと、今は十時だから。

「じゃあアリバイは確実ではないけど、信用していいかな。次にアレンのお父さん」

「仕事だ」

「…………そうだね」

「残るはママか」

 そう。アレンのママさん。

 けれどもう手詰まりだ。

 彼女が娘の嫌がることをするはずがない。

 娘の…………嫌がることを。

「そうかっ!」

 びくぅっ?!

 突然アレンが何かを閃いた。

 やばいっ!まずいっ!捜査撹乱だっ!濡れ衣が誰かにっ!食い止めないとっ!

「犯人は妹だっ!」

 遅かった…………。

「今日、友達と映画に行くというあの子の言葉は嘘だったのだっ!」

「…………その心は?」

「手短に済ませるぞっ!まず今日の朝っ!早くに目が覚めた妹は冷蔵庫を開け、朝ご飯を何にするか考えたっ!するとどうだろうっ?目に飛び込んできたのはかの苺恋堂の箱っ!当然これを食べんがために皿とフォークを用意するっ!」

「へー」

「しかしさらに目に飛び込む僕の目印っ!これは諦めざるを得ない、だが何としてでも食べたいっ!そうして策を練ることにしたんだっ!」

「どんなのですか…………?」

「偶然僕が走るための支度をしていたのを知った妹はそれを策に練りこんだ。僕の不在中に食べてしまえば、誰が食べたのはなどわかるまい、と。そして一芝居をうったっ!計画の実行だっ!」

「うんうん」

「僕が出る時間を見計らって少し前に家を出ると、僕が通りそうなルートに向かってゆっくりと歩き始めた。後に戻ってきやすいようにっ!」

「ほー」

「そして僕はそのルートを通ることによって、あろうことか妹のアリバイを確実にしてしまったというわけだっ!なんて狡猾で無慈悲な犯行っ!僕は必ずあいつの仇をとるっ!」

 ……………………。

 終わった。

「どうだったっ?シンデレラっ、完璧だろうっ?」

 …………うん、辻褄は合っている。あの小学生なら思いつきそうだ。

「今思えば、途中でお隣さんと出くわしたのは計算外だったと見える。どうりで僕が挨拶をしている間、あの子もいっしょにグズグズしていたわけだ。僕がその場を去るまで、じっと待っていたんだろう…………。そしてまんまと食わされたということだっ!食われたのは僕のケーキだがなっ!」

「お隣さん」

「そうっ!確かママがいるかどうか訊ねられたな。いると言ったらその場を離れたが」

 …………。

「お見事でした…………、アレン」

「当然の結果だ、シンデレラ」

 これについては、覆す余地がない。とばっちりのような気もするけど、妹さんが帰ってきたと時に行われる取り調べに私も同席させてもらって、できるだけ刑が軽くなるように弁護を――――。

 ちょっと待って?

「アレン。お隣さんはそのあとどこに向かった?」

「僕とは逆方向に。散歩だったのかな?」

 いや。

「ママさん、今いないみたいだけど、それに心当たりは?」

「ない…………が、あれ?そういえば家事が疎かだな。で、それがどうかした?」

「ママさんとお隣さんの付き合いって、どんな感じかな?」

「お互いに家に招待するほどだぞ」

 …………。 

 ケーキの行方。

 アレンのジョギング、空白の時間。

 妹の不在、友達と映画に。偽装。

 母親の動向。

 二つのコップ、同じくらい濡れている、同じ時間に使われた、相手がいた、家にはアレンも妹もいない。

 皿が一つ、フォークが二つ、同じものを二人で分けた、親しい人間。

 来客。

「アレン」

「なんだ?シンデレラ」

「犯人は君のママさんとお隣さんだよ」


「…………どうしてそう言える?」

「うーん。説明が…………」

「どうして、お隣さんが、僕のケーキを…………っ?」

「ち、近いよ…………。顔が近い、アレン。とりあえず何から話せばいいか」

 こういう時に刑事が何から話すのか、まったくわからない。

「とにかく、ケーキはママさんとお隣さんが分け合って食べたんだよ。妹さんはケーキを食べてない。それはあとから確認がとれるはず」

「しかしどうだ?妹なら僕への報復を兼ねることで動機が成立するが、お隣さんとはなんのイザコザもなかったし、ママにも苦い想いをさせたことはない。意地悪にしては、人物、キャラクターが不適切じゃないか?」

 その通り。

 ていうか妹をイジメていることと、歳上を敬っていることを同時に自覚している…………。末恐ろしいナルシストだ。これで性格も良いっていうんだから、よくわからない最強だ。

「アレンの言う通りだよ。でもこの場合、キャラじゃないんだ」

「そうなのか?」

「そう。この場合、重要なのは‘おもてなし’だよ」

「……………………‘O’‘MO’‘T」

「やらなくていい。だからその手をしまって」

 メタ過ぎる。

「シンデレラ。納得した」

 やはり、これでもアレンは頭がいい。だからもう、わざわざ説明を一からするような、要領の悪いことは私にさせないはずだ。

 頼りになる。

「つまり僕の家を訪ねる度に僕がそこにいないことが、気に入らなかったんだなっ!」

 残念だった。

 アレン…………少しは私を助けると思って本来の力を発揮してっ。

「そんなことで友達の娘に嫌がらせする人がお隣なんて、あり得ないでしょうっ」

「常識で考えるからダメなんだ。常識だよ?」

「無限ループ?」

 ――――常識で考えないことこそが常識だ。

 なんて複雑なボケを…………。

 けれど、アレンの言うことももっともだ。お隣さんが猫を被っていないなんて証拠も、実際ないのだから。

 とはいえ、それを言ってしまえばこの謎は迷宮入りとなる。

 ここは少しでも真実に近い、ありきたりな答えを導きだそう。

「お隣さんとママさんは、お互いの家を訪ね合える関係なの。それはつまり、相手のことをもっと大切にしたいとも思っている、そうでしょ?」

「その通りだ」

 なんて男前な返事。

「だからこそ、冷蔵庫になにもない状況でも、最低限、最高のおもてなしをしてあげたかった」

「僕んちの冷蔵庫を勝手に覗き見たのかっ?!シンデレラっ!信じてたのにっ!」

「…………さっきアイスコーヒーを見せてくれたときにチラッと見えただけだよ」

「ん?なら不可抗力か。すまん、進めてくれ」

「そうさせてもらうね。まぁとにかく、主婦はおしゃべりをするにも、なにかおつまみがないとつまらない」

「なんだ、親父臭いな」

「それに見栄は張りたいもの。ママさんがそんな時に目に付けたのが、アレンのケーキだったということ」

「なにぃっ?ママはそんな脆弱さのために僕のケーキを食ってしまったというのかっ?自らの体裁を保つ、ただそれだけのために…………っ」

「そこまで絶望することかな…………?」

「いや…………ママにはそれでは済まないほどの恩がある。仕方なかったんだ」

 潔いけど、なんだろう?この違和感だらけの義理人情は…………。

「シンデレラ。つまりこの事件の真相は――――」

「――――って、真相っていうまでもない、ただのすれ違いだよ」

 真相。

 すでに語るまでもない内容も踏まえると。

 昨日、部活で自らを労うために、お小遣いを奮発して苺恋堂のケーキを買ったアレンは、楽しみをあとにとっておくという性分に従い、ケーキを冷蔵庫に保存した。

 しかしケーキの安否を心配したアレンは、誰が見てもわかるやすい、目印を残しておくことにした。アレンがよく使う目印――――赤い布を箱の取っ手に結び付けたのだ。

 これで誰も手を出すことはできない。もし指一本でも触れたなら……………………その人はこの先、一生立ち直れないトラウマを植え付けられることになるだろう。二度と赤色を真っ直ぐ見つめることは叶わない。

 それを承知している家族は、当然、アレンのケーキに指どころか、視線すらも逸らすよう努めた。

 そうしてその晩は平和に過ごすことができたのだった。

 次の日。

 良くも悪くも楽しみをあとにとっておくアレン。

 彼女は朝早く起きると、できるだけ美味しくケーキをいただけるよう、ジョギングに出掛けた。

 …………どうしてそんなにも限界に挑戦してるんだろう?小耳に挟んだ話では、アレンは修行をこなすことによって、不老不死の力を手に入れようとしている…………らしい。

 他にも、来る黙示録の日に備えて、日々身体を鍛えているとか、数々の噂が立っている。

 勉学に対しても同じだ、成績がいい。

 そのくせ、部活は文化部だという、若干矛盾した価値観の持ち主なのだ。

 さておき。

 鼻唄混じりに家を出たアレンは、帰ってきたときの楽しみをなるべく大きくすべく、ゆっくり、ゆっくりとした足取りで、約一時間かけてのジョギングに興じて行った。

 そのときにすれ違ったお隣さんに、偶然いっしょにいた妹と挨拶をするのを忘れず。

 さて。

 アレンはこの先帰って来るまで、ケーキがどのような目に合っていたかを知らない。

 その真実は、とても長閑やかなオチで幕を閉じる。

 ぺロー姉妹とすれ違ったお隣さんは、そのままある場所を訪ねた。

 彼女らの家だ。

 何の用事があったのか。家を訪ね合う関係というなら、さして疑問でもないだろう。

 そう、何も用事はなかった。遊びに来ていただけ、それで十分事足りる理由だ。

 けれど突然の来訪であったことは確かだ。約束されていたなら、冷蔵庫にもっと甘味があってもよかったはず。

 どころか、スナック菓子を極端に嫌うママさんの性格を鑑みる、棚の中にはたとえ保存食であろうと食品は入れない主義も含めて。

 そうであれば、その時間に残っていたお菓子は、必然、アレンのケーキの他にあるわけがない。

 そしてママさんはもてなしたのである。

 赤い布をほどき、箱を開け、中にあった一つだけのショートケーキを。

 割ってしまえば二人で食べれる、故に皿は一枚、フォークが二本、そして飲み物はアイスコーヒーがあり、わざわざ新しいコップを出さずとも、乾かしている途中だったアレンのコップを再利用。

 片付けを含め約一時間にも満たない時間でお開きとなり、恐らくママさんはお隣さんを見送りに行った。

 かくして、アレンが帰宅した頃には、今の状況が出来上がっていたというわけ、

「なんだけど。どうかな、アレン?」

「むー」

 難しそうな顔をして、アレンは思案する素振りを見せた。

 そして十分な間を置いたあと、どうやら納得してくれたようだ。

「見事な推理だ、シンデレラ。矛盾点が見当たらない、覆すことは不可能なようだな」

 得意気だなぁ。まるで自分の部下の成果を喜んでくれているみたいな。

「だが証拠がない」

「是が非でも妹さんを咎める口実がほしいみたいだね。自重してよ、いい加減」

「だってっ、あいつ最近冷たくって、今日すれ違った時も僕の挨拶を無視したんだぞっ?」

「だとしたら日頃の行いを改善しなさい」

「むぅ、返す言葉がない」

「それに、証拠ならママさんが帰って来たときに証言をとればそれでいいでしょ?」

「それを言うなら、妹から証言をとっても同じじゃないか?」

「そんなわけないでしょ」

 どう考えても、帰ってくる順番はママさんが先だと思う。

「はー。シンデレラ。今日こそ僕の推理がいい線いってた気がしないか?」

「するような、しないような。どっちにしろ、いつもいつも妹を犯人に仕立てあげるのはやめてあげなよ」

「いつもじゃないっ。五回だけだっ」

「一回でもある時点でおかしいでしょっ!」

 しかも数えていた。

「ではシンデレラ、賭けをしようっ!ママが妹より帰ってくるのが‘先’か‘後’かっ!」

「‘先’で、お願いしますっ」

「では僕は‘後’だっ」

 ガチャリ。

「ただいまーですわー」

 ……………………。

「勝ったっ!」

「な…………っ!シンデレラっ、もう一度賭け直させてくれっ!」

「なんでっ?」

「アレンー帰ってきてるんですのー?あら、お客さん?今日は多いですわねー」

 このふわふわしたしゃべり方は、間違いなくママさんっ。

 純フランス人のママさんは、まだ娘たちよりまだ日本語が怪しい。

 そしてその見た目は、茶色い髪がゆるふわカールで、高いけどなだらかな鼻、涙が流れれば止めるのが難しそうなタレ目、控え目な厚さの唇。

「あらー、シンデレラちゃんっ。いらっしゃーいですわー」

 ニコニコ。

 ママさんは私をもてなしてくれた。

 いつもながらに思うけど、似てないなぁ。茶髪と鼻は母譲りっぽいけど、その他は曰く、父親譲りらしい。お父さんとは会ったことはないけど、ママさんとはもう顔見知り、下手すれば特別な関係かもしれない。

 ……………………深い意味はないです。

 しかし注目すべきは、ママさんの印象ではなく、彼女が手に持った箱だろう。

 見覚えのある柄。そう、ちょうど布紙のゴミ箱に捨てられていた、それと半分の大きさの箱と似通っている。

「アレンー、ケーキ食べちゃったから、代わりに買ってきたですわー」

「はっ、母上様ぁーっ!」

 ひしっ!

 豪快なハグ。まんざらでもないママさん。

 ……………………。

「じゃあアレン。私はこれで」

 役目は果たした。

 長居する必要は、ないと思う。親子水入らず、場違いな私は、家に帰って業務の続きをしよう。

 抱き締めてくれない家族の下へ。

「シンデレラの分もあるんですわー」

「……………………え?」

「そうだぞシンデレラ。せっかく家に来たんだからゆっくりしていけばいい」

「え?あ、いや、でも私、まだ家事を済ませてない――――」

「そんなこと、ほっとけばいいんだよ」

「そうもいかないんだけど…………」

「シンデレラちゃんはいつも頑張ってるですわー。今日ぐらい休んでもハチに刺されたりしませんわー」

「でも……………………ん?」

 バチは当たらない――――ではなく?ハチ?

「しょうがないなー、僕も手伝ってあげるよ」

 !?

「そんな…………悪いよっ」

「いいから食え」

「…………はい」


 今回の謎解きは以上。

 なんのことはない。これは私の自慢の親友の、とりとめもないのろけ話に過ぎない。

 今後私に降りかかる災難は主に彼女がもたらし、そして私が解決していくことになるだろう。


 最後に。

 物語の結末は案外、些細で当たり前で、もっと言えばガッカリする結果であることが多い。

 けれどそれを平凡かどうかなど、果たして決めつけてもよいのか。

 私自身、その答えは見つかっていない。

 けど、彼女――――かけがえのない親友と、頻繁に模索していこうと思う。

 アレンはこう言った。


 ――――。

如何でしたでしょうか?

最後がさっぱりですね。


本編を書くかどうかは決まっていません。

けどあえて言いましょう。


乞うご期待っ!

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