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幸運は続く


迷宮ダンジョンに潜りたい?」


 エミリアは朝食に手を伸ばしながら、怪訝な顔を浮かべた。


「うん。昨日の夜、色々考えたんだけれど、故郷に帰るにしても、こっちで生活するにしても先立つものはいるだろう? これでも腕にある程度覚えがあるし、入り口まででいいから案内してもらえないかな」


 急に【星砕きの迷宮】という名前を出すと怪しまれる可能性があったので、とりあえずは迷宮ダンジョンに潜りたいということだけを表面に出すことにした。


「その細腕と綺麗な手で云われても説得力がないよ。だめだめ。お兄さんみたいな人はもっと真っ当な仕事をして稼いで下さい」


エミリアは僕の発言を蹴っ飛ばして、そのまま黒いパンのようなものに齧り付いた。

 朝食はこのパンのみだった。日本人の感覚から云うと、すごく素っ気ないもののように感じるが、朝食のサービスがあるだけありがたいと考えるべきだろう。


 しかし、このパン、やたら堅くて、水でふやかしながらでないと食べられないのだ。味も、もそもそしていて美味しくない。

 僕は一つを食べた時点で「朝食はもういいかな」という気分になっていた。


「ぐぬぬ。ぐうの音も出ないほどの正論」


 そう云って、僕は自分の腕をまじまじを見る。

 出不精で日光にあたる機会も多くなかった肌は生娘のように白い。

 手には傷の一つもなく、苦労の形跡が感じられない。

 何より中肉中背といった僕の体格は明らかに荒事に向いているようには感じられなかった。


「けれども諦めるわけにはいかないんだな、これが。僕は根っからの日陰野郎でね。太陽が大嫌いで、三日に一度は迷宮ダンジョンに潜らないと禁断症状が出てしまうんだよ」


「どんな禁断症状が出るの?」


「強い匂いが駄目になって、雨粒にあたると激痛が奔り、血とかそういうのにすごく興奮するようになる」


「それ吸血鬼だから! 日陰野郎がどうこうじゃないから!」


 ああん。もう。律儀に突っ込みをいれてくれるエミリアが可愛くて仕方がない!

 仕方がなさすぎるので、猫耳を撫でる。柔らかい体毛を手の平で感じる。

 いっそ一時間でも二時間でもなで続けたかったが、エミリアが顔を赤くして抗議するので渋々やめた。


「もうッ! マスターからも何か云ってよ」


 エミリアは息を荒くして、仏教面のマスターに云う。

 マスターは小さく考え込む仕草を見せた後、口を開いた。


「まあ、エミリアちゃんの云うとおりだ。ヤクザな商売をやるこたねえ。探索者なんざ、脛に傷のある奴や、それしか出来ない能なしがやるもんだ」


「私、能なしだったんだ……」


 エミリアがぽつりと呟く。


「探索者を好きこのんでやっているような奴にまともなやつはいねえ。迷宮ダンジョンも汚ねえし、くせえしで、まあ不潔だ。命がけでそんなところで小銭稼ぎをしに行くやつなんて、まあ、もう頭がおかしい」


「もう、やめてあげてぇ!」


 エミリアはずんと落ち込んでしまっていた。

 猫耳はしゅんと垂れ下がっているし「マスターが私のことそんなふうに想っていたなんて……」とかぶつぶつ呟き初めてしまっている。

 マスターはそれを見て笑う。


「なんだ、エミリアちゃん。自分が世間様とはおかしいって気づいてなかったのかい。好きこのんで探索者やっているエミリアちゃんは変わり者だよ」


「ううん。わっかんないなあ。迷宮ダンジョンってすごく楽しいのに……」


 いじいじと机にのの字を書き始めたエミリア。

 苦笑を浮かべながらマスターは僕の方にむき直す。


「それに規程が変わってよ、単独ソロじゃあ迷宮ダンジョンに潜る許可が降りねえ。ボウズみたいな、ボンボンをパーティーにいれる物好きはいねえよ。どのみち無理ってこった」


「じゃあ、エミリアと潜るよ。ねえ、エミリア、パーティー組もうよ」


「え、やだ。素人と一緒に潜るとかそんな危ない真似したくないし」


 あっさり一蹴されてしまった。

 やばい。なんか知らないが詰んだ感が出てきてしまった。


 ここで「もういいもんね。ぷりぷり」と云って、自分一人で迷宮ダンジョンへ潜る方法を探ることも出来るが、二人の態度を見ているに僕の話をまともに聞いてくれる者がいるとは想えない。

 最悪ゴロツキを手元のお金で雇って、許可とやらをいただきにいくことも出来そうではあるが、迷宮ダンジョンへ潜るに当たってどんな手続きが必要になるのか僕は解らない。恐らく無知のままで行けば、僕はカモられるに違いない。


 最悪、その知識を得るために色々と行動することから始めなければならない。この世界の基本的常識も欠如している状態で、それを行うのはかなり時間がかかりそうだ。出来ればここでエミリアの協力を取り付けておきたい。

 しかし、何と説得したものか。そんなことを考えていると、想わぬところから口添えがあった。


「でもまあ、どうしても潜りたいってなら、エミリアちゃん、いいじゃないか。パーティー組んでやりゃあ。一度潜ればそんな舐めたことも云わなくなるだろうし、エミリアちゃんも単独ソロ潜り禁止の煽りをくらって休業中だろ?」


 マスターすてき! 抱いて!

 想わぬ援護に感涙の涙を流しそうになる。

 けれども、当のエミリアは渋い顔をしていた。


「えー、そりゃあ、ちょっと……。街の観光程度だったらいくらでもしてあげるからさ、お兄さんも諦めなよ」


「嫌だい嫌だい。迷宮ダンジョンに潜るんだい」


「本当にお兄さんって良い性格してるよね……。素人抱えて潜れるような迷宮ダンジョンなんて行っても、収支マイナスになっちゃうよ。せめて護衛の報酬もらえないと」


「それなら出す出す。喜んで出しちゃう。銀貨一枚じゃだめ?」


「いや、十分すぎるけれどさ。お兄さんのその金銭感覚を見ていると本当に頭が痛くなってくるよ。貴族か何かかと想ったけれど、態度は全然そんなんじゃないし。そんな調子だといつかカモられて痛い眼みるんだからね」  


「よし、じゃあ、決まりだな」


 マスターは奥からいそいそと何やら紙切れを取り出してきた。

 軽く流し読みをしてみると、探索者としての登録用紙らしかった。


「これに記名捺印だな。拇印でいいぞ。内容の説明は特にしなくてもいいだろ。ようは、死んでも文句は云わない。迷宮ダンジョンからとれたものは登録店で売る。売った分の10%は税金がかかる。これだけ押さえておけばいい」


「なんだかすごい適当だなあ。まあ、記名捺印しちゃうけれど」


 マスターに云われるがままに記名と捺印を終わらせる。


「よし、これで登録はおしまいだ。正式に探索者として登録されるのは二週間後だが、仮登録でも迷宮ダンジョンには潜れる。この街には駆け出しようの迷宮ダンジョンもいくつかある。おすすめなのは修練用迷宮【星砕きの迷宮】だな」


 なんというご都合展開。

 僕はそんなことを想った。

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