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妖精のお願い

「世界を――救う、ね」

 ペトラ達にしたらきっと藁にも縋るような気持ちなのだろう、ということは容易に想像が出来た。自分たちの力ではどうしようもないから他者の力を求める。それも力を求める先が異世界ときているのだ。

 出生も、思想も、志も、能力も解らない相手に縋らなくてはならないというのはどういう気持ちなのだろう。


 けれども、異世界から救世主を求めて勇者を召喚するという、どこまでも手あかのついたシナリオがおかしくて仕方がなかった。

 しがない高校生が世界を救う。一昔前によく見た小説のストーリーか何かとしか想えない。


 スケールが大きすぎて現実感がなかった。まるで茶番のよう。それなのに――。


「いいね。うん。本当にいいよ」


 ――僕は静かに高揚していた。


 僕が世界を救うのだ。あのゲームや、あの小説や、あの漫画や、あの映画の主人公のように!


 誰もが一度は夢を見たはずだ。彼ら(主人公達)のようになってみたいと。


 それが、今、眼前にある。


 おかしい。何かがおかしいと想う。けれどもそれを上回る高揚感によって、疑問は四散してしまった。


(……ご主人が喜んでくれるようでペトラ達としては何よりだ)


 どこか無感情な声が脳に響く。


「それで世界を救うために、僕は何をしたらいいんだい? あれかな? クエストとか何かをこなしていけばいいのかな? それに、この街を見る限りだと世界の終わりが近いようにはとても感じられないけれど」


(うん。その為にはまずこの世界の現状を少しだけ説明しておく必要があるね。ご主人。この世界には大別して3つの種類がいる。人族、魔族、幻想種。ちなみに、ペトラは幻想種で風の妖精シルフだね)


 どうやら僕の召喚には妖精が深く関わっているようだ。

 大妖精がどうのという発言も前にあったし、三つどもえの争いでもしているのだろうか。


「あれかな、人族と魔族と幻想種が争っているというよくあるパターンかな?」


(その通りだよ、ご主人。厳密に言えば幻想種はその中でも人族側の立場を取る者がいたり、その逆もいるという状態だから、人族と魔族の争いとも云えるけれどね。ご主人に頼みたいことは、この戦争を終結させること。詳しい内情を説明している時間はないから簡単に云うけれど、ご主人にはまず、始まりの世界樹(ユグドラシル)を目指して欲しい)


「せ、戦争を終結……。あなた、いまさらりと云いましたけれど、ちょっと、まじで……?」


 すごく達成が困難な目標が与えられて、少し狼狽する。

 てっきり魔王を倒せとか、悪の枢軸を滅ぼせとか、そういう解りやすい展開だと予想していたのに。


(大真面目だよ。これをやってもらわなきゃ、本当に困ってしまう。ちなみに始まりの世界樹(ユグドラシル)はこの世界にマナを供給している大樹なんだけれども、ご主人、マナという言葉は解るかい?)


 困ってしまうってあなた……。

 えらく軽く云うペトラに文句の一つでもつけたくなったが、いつ終わるかも知れない会話のため、その気持ちをぐっと堪える。


「ま、まあ、何となくだけれど魔力的なものでしょ。こうファイヤーみたいな」


(……そうだね。それぐらいの認識で今は構わない。それに加えて、マナがなくなると生命は生きていけないということだけ理解しておいて欲しい)


「それを付け加えるということはユグドラシルに何らかの問題が生じて、マナが生成できなくなりつつあるとか、そういう話しなの?」


(目の付け所は悪くないけれど、そうじゃないんだ。ご主人のいる内地ではあまり戦争の実感がないかもしれないけれど、魔王が誕生してからこの10年の間にどんどん激化の一途をたどっているんだ。

 戦争では、火力の高さから魔法を主力として用いられている。その火力に対する対策にも魔法を使う。魔法で攻撃し、魔法で防御する。マナはどんどん消費されていく。

 その上、森は戦の準備のために切り開かれ、魔鉱石の採掘のために土壌と川が汚され、マナを配分する妖精が数を減らしている。マナが生成できなくなったんじゃない。マナの生成が追いつかないんだ)


「ちょっと待ってよ。争いの火種が何かは知らないけれど、それじゃあ共倒れじゃないか」


 ペトラは僕の言葉を肯定し、自嘲気味に笑いながら云う。


(その通りだ、ご主人。このままじゃ共倒れなんだよ。干上がった海と髑髏の山、乾いた大地の上に立つ覇者は誰一人としていない)


 まさか、と想う。

 流石に人類も、恐らくはそれと同程度の知能を持つ魔族とやらも、そんな展開は望んでいないはずだ。どうしようもなくなる未来が身近に迫っているのであれば、己の生存のために、戦争そっちのけで対策を講じるはずだ。

 戦争はある意味では獲得のために行われる。それは資源であったり、土地であったり、人であったり、権威である。戦争の中で培われた憎悪という炎が如何に消しがたかったとしても、その結果自分たちも滅びてしまうのであれば、それに身を投じることが出来る者が果たしてどれだけいるだろうか。

 だとすれば――。


「……誰も、気が付いていないの?」


(ご明察。マナを体感として認識できる種族は多くない。幻想種の妖精族を除いては、ね。そしてやっかいなことに、妖精族を視られる者もまた多くな――ご主人、申し訳ない。魔力線ラインが切れそうだ)


「ちょ、ちょっと待ったッ! これだけじゃ何がなんだか。ユグドラシルに向かうのは解ったけれど、それがどこにあるのかも、なんで行くのかも、というか戦争を止めろとか云われても何をすればいいかも解らないよ!」


(すまないご主人。兎に角、今は始まりの世界樹(ユグドラシル)を目指してくれ。ラクマニアにはかつての賢者ルーデストが造り上げた【星砕きの迷宮】があるはずだ。大妖精様の加護を受けたご主人なら、最下層にある魔法陣が起動できる。それをつかって――)


 ここで唐突に【声】がとぎれる。魔力線ラインが切れたのだろう。

 結局は何がなんだか解らないまま、会話が打ち切られてしまったことに対して落胆を隠せない。ついちょっと前まで高校生をやっていた僕を捕まえて「戦争を止めて下さい」とか、それなんて無理ゲー。


 あまりにも理不尽で意味の解らない状況。

 けれども、胸に沸き上がってくる高揚感だけは消せないでいた。


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