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ヘルツ黄昏亭

 対価として三日間は街の案内をしてくれることになったエミリアの後をついていく。泊まる宿を探していないとエミリアに告げると、呆れ顔を浮かべられたが、適当な宿を紹介してくれることとなった。


「それにしてもどこの宿に泊まるかも決めていないなんて、お兄さん、無計画すぎるよ」


「思い立ったが吉日ってね。昔からその場の気分で色々と突き進んでしまう悪癖があるんだよ」


「短いつきあいだけれど、お兄さんのその性格はその通りだと想う」


 その後、とりあえず宿で一休みして、本格的な観光は明日にする約束になった。

 そのため、今日はこの街の大まかな説明だけしてもらう。


「えっと、この街は一番真ん中にお城があって、それを中心にして繁華街が広がっているの」


「ふむふむ」


「観光地として有名なのは、魔法図書館と旧勇者亭と冒険者ギルド。後、賢人達の大通りかな。まあ、昔はともかく今はただの露店街だけれど」


「旧勇者亭?」


「お兄さん知らないの? 智と勇気の街ラクマニアは、かの勇者ブレイヴ・ヘルツが産まれた場所だよ。絵本とかでもよくあるじゃない」


「僕の産まれた場所はさ、凄く遠い田舎街だったんだよ。知っているかな? ずーっと東にある二ホンって国」


「東? ずっと向こう? ――ということはカイザイ山脈の向こうッ!? 確かにあっちは開発が進んでなくて未知だけれど、お兄さん。凄いところから来たね。というかよく無事だったね」


「えっと……無事というか何というか。気が付いたらこの街の中にワープしていたんだよね、不思議なことに」


「あー、お兄さん。迷子者ロストだったんだね。たまにいるんだよね。そうやって辺り構わず人に悪戯する妖精が。お兄さんが宿の手続きもすませてない理由も分かったよ」


 ていうか、思い立ったも何もないじゃないか。

 エミリアはそう云いながら笑う。


「身分を証明さえ出来れば国の方で帰還の手続きをとってくれるだろうけれど、二ホンだっけ? たぶん国交すら開いてないだろうから難しいかなあ」


「いいよいいよ。今の状況も適当に楽しんでいるから」


「……お兄さんもタフだねぇ」


 エミリアはカラカラと笑った。

 笑うのに合わせて猫耳が僅かにぴょこぴょこ動くのが可愛らしい。

 僕が紳士でなければ小一時間はなで続けていただろう。


 そんな会話を楽しんでいると、エミリアはふいに足を止める。何事かと想えば、どうやら目的の宿屋についたらしい。なるほど。どんな宿屋だ――と建物を眺めてみるとそこはどこからどう見ても酒場だった。やや年期の入った建物に、でかでかと屋号と想われる文字が躍っていた。


 そしてここまで歩いてきて分かったことだが、文字に関しても言語と同じように何らかの力で脳内で翻訳されているらしい。文字は【ヘルツ黄昏亭】と書いてあった。


 ここが宿屋なのだろうか、という僕の不安もよそにエミリアは遠慮なしに酒場の扉を開く。扉にくくりつけてある鈴の音が鳴り、それに反応した主人の挨拶が飛び込んできた。


「いらっしゃ――と、誰かと想えばエミリアちゃんか。今日は迷宮ダンジョン潜りかい? 生憎閑古鳥が鳴きっぱなしで、まだ登録がないんだ」


「違う違う。マスター、お客さん」


「ん?」


 頭を僧侶のように剃り上げて、筋肉の鎧を纏う大男が、そこにはいた。

 悪鬼羅刹の如き顔立ちで、一睨みで人間を殺してしまえるのではないかとさえ想ってしまう迫力があった。

 明らかに接客業に向いている顔立ちではない。今も口調は優しいが、眉一つ動かさずに無表情だ。何だかその違和感がより恐怖心を煽っているような気がする。


 マスターはカウンターから身体を乗り出してこちらを見つめて、頬を歪ませた。

 獲物を見つけた山賊のそれにしか見えないが、恐らくは愛想笑いなのだろう。


「こ、こんにちは」


「お客さんとは珍しい。歓迎するよ。【ヘルツ黄昏亭】へようこそ。探索者登録ってわけじゃなさそうだし、宿泊か? ならこっちの台帳に記入してくれ」


「お、恐れ入ります」


 マスターの強面にびびりながらも、台帳に名前を記入する。僕の世界での文字を使用したが、特に反応はなかった。僕の字が不思議な力でこちらの世界の文字に見えているのかもしれない。


「朝食は七時。夜は酒場だが、昼からは夕方までは普通の飯を出す。基本的に探索者のギルドだから物騒な奴が出入りすることもあると想うが、まあ、それは慣れてくれ」


「出入りするほど登録者いないじゃん」


「余計なことは云わなくていい。……この上の階が宿屋になっている。202号室をつかってくれ」


 マスターは鍵を僕に向かって投げた。

 それを受け取ると、エミリアは僕の裾をひっぱる。


「さ、行こうか、お兄さん。ちなみにね――」


 ――私、203号室で隣だから。


「よろしくね」


 呆気にとられる僕に対し、エミリアはまるで悪戯が成功した童女のように笑った。    

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