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猫耳少女

「いや、それにしても本当に俺TUEEEだとは想わなかったなあ」


 服を換金して得た銀貨3枚と数量の銅貨を、財布の中にいれながらぼやく。 換金と一緒に売りに出ていた服を適当に見繕ってもらったため、これで無用な争いに巻き込まれる可能性はぐっと低くなったはずだ。

 それに換金したことにより、この国の貨幣を何となく理解することができた。貨幣価値は当たり前だが金貨→銀貨→銅貨の順番になっていることを再確認。また、金貨銅貨に種類はないのだが、銅貨は3種類に分類されるらしい。

恐らく生活の中で一番使われるのが銅貨だから、より細分化されているのだろう。単純に銅の含有量で値段が変わるらしく、銅貨の大きさによって値段が推移するらしい。ひもを通してまとめるのが一般的らしく、真ん中に穴が空いているからどことなく江戸時代の銅銭を思い出した。


 それにしても――と、想う。先ほどの声は一体何だったのだろうか。

 街の壁に寄りかかりながら、この現状を整理する。


 とりあえず解っていることは次の二点。


 1,俺TUEEE

 歴戦の戦士レベルなのか、世界征服可能レベルなのかは解らないが、少なくともちんぴらの全力攻撃くらいは衝撃すら感じず、軽く押せば人体が吹き飛ぶくらいには強いみたいだ。

 これで一般人と同じくらい、もしくは劣っているなんてことはあるまい。

 それに謎の【声】が云っていた恩寵ギフトという言葉も気にかかる。

 漫画的に云えば風除けの加護とか幸運の加護とか、そんなものだろうか。少なくとも話し方から考えて僕に不利益を与えるものでないことは確かだろう。


 2,大妖精と呼ばれる存在が関わっている。

 僕のことをご主人と呼ぶ【声】は少なくとも自発的な意志で、僕をそのように呼んでいるような様子ではなかった。大妖精様と云っていたことから、この大妖精の指示に従って行動している可能性が高い。たぶん偶然に異世界にトリップしてしまったわけではなくて、この大妖精もしくはそれに関係する者によって僕は召喚されたのだろう。

 それならば、何で召喚主が目の前にいないんだよ、と想わなくもないが偶然であるよりは恣意的であると考えた方が、まだ異世界を渡るという非常識なことも納得がいくような気がした。


 【声】の主や大妖精様とやらが一体何の目的で僕をこの世界に呼びつけたかは知らないが、魔力線ラインとやらがどうのと云っていたので、早々にまた向こうから接触がある可能性が高い。

 焦らずとも向こうからやってくるのだから、こちらであれこれすることもないだろう。


 どこか適当な宿屋を見つけて、そこを拠点にこの世界の知識を高めていくのが当面の目的になるだろうか。この世界の雰囲気は中世ヨーロッパ程度の文化水準は達しているみたいだし、お金さえあれば生きていくのが難しいということもなさそうだ。

 それにこの街は恐らく大都市に分類される街だろう。この街を観光のように歩いてみるのも悪くない。


 そう思いながら街を散策していると、誰かに裾を引っ張られた。

 何だろうか、と想い振り返ると、そこには解れた服から小さな身体とは不似合いな大きな鞄をかけた少女が立っていた。身なりは整っているとはお世辞にも云えない。身体は汚れで黒ずんでいるし、髪は油で光っている。だが、そんな姿でも、その勝ち気な瞳と人懐こそうな笑みからは可愛らしい愛嬌を感じる。


 しかし、重要なのはそこではない。

 その少女には猫耳がついていた。

 よろしいか。もう一度云おう。

 猫耳である。


 猫耳とは神秘であり、誰にも冒すことの出来ない唯一無二の神聖なものだ。

 考えて欲しい。気になるあの娘に「お前きもい」などと云われて心が折れたとしてもだ。彼女が猫耳を生やしていたらどうであろうか。途端に拒絶の言葉がツンデレぽく聞こえてくる。

 怖い女教師に肝が冷える勢いで説教をされても、猫耳さえ生えていれば何だかホンワカした気持ちになってくる。


 素晴らしい。あまりにも素晴らしすぎるぞ異世界トリップ。


「……お、お兄さん。だ、大丈夫かい? 何だか目が怖いけれど……?」


「いや、大丈夫さ。ぎんぎらぎん大丈夫さ。絶好調すぎて怖いくらいだよフロイライン」


「ふろ……? ま、まあ、いいや。お兄さん。もしよかったら新聞を買わないか?」


 そう言うと、少女は肩からかけていた鞄からくしゃくしゃの紙束を取り出す。


「猫耳に生き猫耳に死することは我が喜びであり我が幸福。よかろうフロイライン。言い値で買おうではないか!」


「お、おう(なんだこいつ……)」


 少女は数歩後ずさる。

 その目には紛れもない困惑と恐怖の色が滲み出ていた。


「じゃ、じゃあ、チュウエン銅貨一枚でどうだい?」 


「もーまんたい。何の問題もない。受け取りたまえ、美しいフロイラインよ」


 僕は財布の中から一番大きな銅貨を取りだして少女に渡す。

 少女は銅貨を受け取ると大きな瞳を更に大きく見開いた。


「お兄さん! これはダイエン銅貨だよ。自分でこんなこと云うのもあれだけれど、流石にこんな場末のゴシップしか書いてないようなインチキ新聞でこんなにもらえないよ。チュウエン銅貨一枚だってふっかけているようなものなんだから」


 少女は慌てて銅貨を返そうとするが、僕はまだここの金銭の価値が解っていないので、その慌てようがなんだか可笑しく想えた。

 というか、これがダイエン銅貨なのか。そもそもチュウエン銅貨がどれか解らなかったから一番大きな銅貨を出しただけだし。

 このまま大人しくチュウエン銅貨とやらを渡す未来も考えたが、僕はどうしてもこの猫耳少女に対して格好をつけたくて仕方がなかった。

 少しばかり考え込む仕草をした後に、髪をかきあげ、爽やかな笑みを浮かべて云った。


「じゃあ、可愛らしいお嬢さんに出会えた奇跡の対価――というのはどうだろうか」


「うわあ」


 一世一代の格好いい台詞を云ったつもりでドヤ顔していた僕は、少女のドン引いた顔を見て精神的に大ダメージ。


「流石に痛すぎて見てられないよ、お兄さん……」


「……。うん。僕もね、ちょっとはしゃぎすぎたなって反省しているところだよ……」


「うん。反省してね。それで、この銅貨なんだけれど――」


 と言って銅貨を差し出してくる少女。

 僕はそれを首を横に振って制する。


「いや、いいよ。サービスみたいなもんさ。猫耳少女に出会えた感動に比べたらこれくらい安い安い」


「色々とお兄さんに云いたいことはあるけれど、そりゃあ、私も困るよ。こちとらこんな格好はしているけれど、お恵みだけはもらわないって決めているんだ。働いて得た金で飯を食う。お兄さんは私を乞食にしたいのかい?」


 うっ、と言葉に詰まる。

 なんとなく多くお金をあげた方が喜ばれるんじゃないかと想った自分の浅知恵を恥じる。こんなにも精一杯に毎日を生きている少女に対して礼を失しているにもほどがあった。


「ごめんね、えっと――」


「エミリア」


「うん、エミリア。僕は君に失礼なことをしてしまった。どうか赦して欲しい」


 僕の言葉にエミリアは少し狼狽えたそぶりを見せる。

 ああ、本当にいい娘なんだなあ。


「い、いや。いいんだよ。私もお兄さんの善意を踏みにじるようなこと云っちまったし……。ほ、ほら。チュウエン銅貨一枚でいいからさ、これ返すよ」


「いや、その銅貨は取っておいてくれないかな?」


「お兄さん――」


 少し怒気を籠もらせた少女の言葉を手で遮る。


「その代わり、今日から暫くこの街を案内して欲しい。君が対価として相応しいと想うまでの時間で構わないからさ。僕、この街に来たばかりで、右も左も解らないんだ」

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