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メカニカル ~命に応える機械の物語~  作者: 平田公義
第一章 脱兎追われて、少年と出会う
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 読み返してみるとルビが多く、煩わしいと感じまして、勝手ながら登場人物のルビを減らさせていただきました。また何か、読みにくい、改善してほしい個所などありましたら、ご指摘のほどよろしくお願いします。

 長谷部(はせべ)駿護(しゅんご)はメガネのブリッジを上げて、目の前に立つ〔ラビット・キャップ〕を見た。


 怯えたようにアンテナの耳は垂れ下がり、センサーアイが弱々しい発光をしている。しかし、柔術のようなどっしりとした構えをとって威勢らしいものを見せていた。


「まさか、米軍に厄介になってるとはね」

「仕方ないだろう。アメリカには、アメリカのメンツがある」


 無線で聞こえる大城(おおき)直次(なおつぐ)の野太い声に、駿護は肩を竦めて答える。未確認の〔MB〕が来たとあっては、どんな軍隊でも警戒はするだろうし、焦りもする。


 駿護の操る〔ドッグ・シャドー〕が、脅迫するようにアサルトライフルを手にして〔ラビット・キャップ〕に向ける。戦闘ヘリを撃墜したのは、望遠映像で見ていた。丸腰とはいえ、〔ラビット・キャップ〕に戦闘意思があるなら、戦うしかないのだ。


「おい、手荒な真似はするな」


 直次の〔ドッグ・シャドー〕は脱出した米兵に近寄って、手のひらに乗せているところだった。すれ違いになった戦闘ヘリからの要請で回収してくれと頼まれたのだ。


 駿護はそんな彼のお人よし加減に呆れて、肩を竦めた。


「わかっている。ここは俺一人で何とかするから、そいつらを送ってくれ」

「本当だな?」

「疑うなよ。なるべく、穏便に済ませる」


〔ドッグ・シャドー〕二機は顔を突き合わせて、アンテナの耳を引くつかせる。


 その間、〔ラビット・キャップ〕も長いアンテナを張って聞き耳を立てているようだった。


「…………わかった。よろしく頼む」

「ああ、任せとけよ」


 駿護はモニタで、直次の〔ドッグ・シャドー〕が飛翔するのを見送って、改めて〔ラビット・キャップ〕を睨んだ。


「フンッ。どうせなら、こいつの性能を試したいな……」


 駿護のつぶやきを吸ったように、〔ドッグ・シャドー〕は鋭いセンサーアイに攻撃色の赤を光らせて、一歩前に踏み出した。


〔ラビット・キャップ〕が一歩後ずさる。足に当たった瓦礫が音を立てて崩れる。


 その様子を見て、駿護は不敵な笑みを浮かべて、コンソールを操作する。オープン回線の無線を開く。


「聞こえているか、お嬢ちゃん? 俺だ。〔ハヤトマル〕の長谷部(はせべ)だ」


 その呼びかけに、〔ラビット・キャップ〕はぴくんっと耳を動かすと、上げていた腕を少し下げて見せた。間違いなく無線は届いている。でなければ、銃口を向ける機体に対してそんな反応は示さないだろう。


 駿護(しゅんご)はさらに一歩、自機を進ませて続けた。


「抵抗しないで戻るなら、手荒な真似はしない。が、もしまだ逃げ出す気なら、ここで殺す」

『ガガッ、ピーー、ザッブ――』


 無線に聞こえるのは、甲高い電子音ばかり。


「慣れていないのか?」


 駿護は耳元を押さえて、忌々しげに言った。その雑音に苛立ちが湧いて、思わずアサルトライフルを空に向けると、空砲を上げた。


 ドッと鈍い音が大気に響き渡る。


 それだけで、耳障りな無線がやみ、〔ラビット・キャップ〕が耳を垂らして、縮こまっていた。まるで怒鳴られた子供のように、様子を窺っている。


「こんな奴に、アメリカは何をやっていたんだ……」


 駿吾はさらに苛立って、銃口を怯える兎に向けた。すぐにでも破壊してやりたいのをぐっとこらえて、努めて平静を装った声で語りかける。




『無線はいい。抵抗の意志がないなら、両手を上げろ』

「なんて身勝手なやつだ。この機体を女の子のように呼んだくせに」

「逃げ出したくも、なるよね……」


 士依(しい)璃瑚(りこ)は〔ラビット・キャップ〕のコックピットで、銃を構える〔ドッグ・シャドー〕の動きに警戒する。手元が震え、ついには全身にまで怖がりの波は押し寄せた。


「銃まで、持ってるし」


 璃瑚は黒い犬のような〔ドッグ・シャドー〕が持つ銃の方が、恐怖思考を呼び覚ますアイテムだった。実物は始めてみたが、〔MB〕の巨体が持つ銃だ。一発でも喰らえば、人間の体などバラバラにしてしまう破壊力があると直感した。


『トウコウ、シマス』

「まだ、話はできてない。無線がダメなら、直接言う。ハッチを開けてくれ」

『…………』


 士依が要求すると、〔ラビット・キャップ〕は困ったように三点リーダーを連ねる。


「やめようよ、お兄ちゃん。危ないよ」

『どうした!? 来るのか、来ないのか!?』


 無線から怒鳴り声が聞こえて、璃瑚はびくりと肩を跳ねた。確かな怒りを持って、殺しに来ると思えてしまう。


「頼む。お前だって、何か事情があってこうなったんだろう? 話もできないで終わるのは、きっと辛いぞ?」


 士依はそんな妹の背中を宥めながら、〔ラビット・キャップ〕に語りかける。


〔ドッグ・シャドー〕がまた一歩詰め寄って、〔ラビット・キャップ〕が思わず後退しようとする。


「下がるな! 胸を張って、向かい合え!」


 士依がペダルを思い切り踏み込んで、〔ラビット・キャップ〕は下げようとした足を逆に前に出した。コックピットの強い揺れが伝わり、ザックが跳ねる。


 それから、士依は璃瑚と入れ替わるようにシートから腰を浮かせて、正面のパネルモニタにしがみついた。立つ足もがくがくで、体を動かすのも辛い。妙な痛みすら背筋を這い上がってくる。


「お兄ちゃんっ!」

「黙ってろっ!」


 士依が力の限り怒鳴って、シートに座る璃瑚は口籠った。


 それは同時に、〔ラビット・キャップ〕に強い衝撃となって機体を揺さぶった。微振動がコックピット内に駆け巡る。


『抵抗するのか? これが最後の忠告だ。投降しろ、お嬢ちゃん!』


 男の強い口調がコックピットに流れ込む。


「それでいいのか、〔ラビット・キャップ〕?」


 士依は再度呼びかける。


 すると、バッと目の前のモニタパネルがつなぎ目を縫うようにして開かれた。


 ぶわっと潮風が入り込んで、磯の香りがコックピット内に満たされる。風が頬を撫でる。疲れていたはずの心に、すっと染みわたる。


 士依は急いで足をハッチの裂け目にかけて、体を晒した。そして、肺いっぱいに空気を吸い込んで、腹の底から叫んだ。


「話を聞いてくれっ!!!! そこの機体!!!!」




 駿護は驚いて、〔ドッグ・シャドー〕の動きを止めて、メガネのブリッジを上げた。


「何? 人を乗せていただと? いや、だからか……」


 人を、パイロットを乗せたからこそ、戦闘ヘリと戦う気になったのか。でなければ、破壊されていただろうし、そもそも撃墜させようとはしないだろう。


 しかし、それは軽率な判断だ。


 駿護は外部スピーカーの電源を入れて、出てきた泥まみれの学ランを着た少年に言った。


「どういう経緯で乗ったかは知らないが、それは特別な機体だ。知ったからには、君にも投降する義務がある」

『そういうことをっ、聞きたいんじゃない!! こいつは俺たちを助けてくれたんだ!! 何も銃で、脅す必要はないだろうっ!!!!』


 学ランの少年はハッチの縁を片手でつかんで、もう片方の手で〔ラビット・キャップ〕を仰いだ。


 その必死な仕草は、本当に恩を感じているようだった。だが、その何とも滑稽な姿に駿護は笑いそうになってしまう。


「特別な機体だとは言ったが、機械に恩を感じるなど――――」

『笑いたければ、笑えばいいっ!! だがな、武器で脅して殺すとかいうお前なんかより、ずっと優しいんだよ!!』

「ガキがっ!! お伽噺みたいなこと言うな!!」


 駿護は無礼な少年に怒鳴って、トリガーを押した。


〔ドッグ・シャドー〕が瞳を赤く発光させると、構えていたアサルトライフルを発砲し、炸裂弾が〔ラビット・キャップ〕の横間に跳んでいく。


 パリィンッと〔ラビット・キャップ〕がなけなしの力を振り絞って、その弾丸をライフ・ライトの障壁で防ぐ。壊れたガラス片のような光が飛び散り、少年がその風圧に体をよろけさせていた。


「ライフ・ライトを纏った弾丸を弾くまでに――」


 発射された炸裂弾はライフ・ライトによって撃ちだされている。同時に、実包を包み込んで敵性のライフ・ライトを突き破る役割を果たすようになっている。プラスマイナスのような反発作用を持つライフ・ライトを突き破るエネルギーは互いに相当量を要求される。


 そして、駿護の撃ちだした弾丸よりも、弱り切っている〔ラビット・キャップ〕の方がまだ力を持っている証明でもある。


 少年が、その光に目を細めながらまっすぐにまた〔ドッグ・シャドー〕を睨んだ。その後ろで何かが動いているのを駿護は確認した。


『そうやって、自分の意見を通そうとする!! 子供なのはどっちだ!! 俺はこいつがちゃんと整備とか、メンテナンスを受けられて、大切に扱われるなら文句はない!! だけど、今はっきりわかったよ!! そうやって機械だからと、酷い扱いをしたからっ!! 嫌になって、こいつは逃げたんだ!!』

「黙れっ! わかったような口をきくな!」


 駿護は内に溜まっていた不満をぶちまけるように、〔ドッグ・シャドー〕のアサルトライフルをフルオートで発砲する。頭にあった回収任務など吹っ飛んで、ただ学ランの少年の口を黙らせたい衝動が唐突な攻撃衝動に変わった。


 空気を突き破る鈍い音があたりに響き渡る。地面が揺れる様な反動がコックピットに伝わってくる。


「目障り、耳障りに、俺に指図するなぁあああああ!!」


 駿護が絶叫するとともに、〔ラビット・キャップ〕の周りでいくつもの光が弾け、視界を覆って行った。舞い散る燐光は鮮やかに、昇天していく。


 何も知らない子供が、上から何かというのは腹立たしいことだ。不満の中で生きる彼には、その無神経なものいいを、我慢できるほどの余裕を持っていなかったのが不運だった。




 耳鳴りがする中、士依は背中を引っ張られて、〔ラビット・キャップ〕のコックピットに転がり落ちた。背中に人肌の柔らかさを感じつつ、落ちた拍子に何か固いものとぶつかった後頭部を摩る。


「早くどいてよぉ」


 甲高い音の中で、低音気味の璃瑚の声がした。


「お、う――」


 士依は気怠い体を起こして、振り返る。


 そこには、ペダルに小さなお尻を乗せた璃瑚がいた。鼻頭を押さえて、むっとした表情を浮かべている。どうやら、兄を引き込んだ際にぶつけてたようだ。


「バカっ! 死んじゃうところだったじゃん」

「悪かったよ。それから、ありがとな」


 士依は重い腰を上げて、璃瑚の頭にぽんっと手を乗せる。また、払いのけられると思ったが、璃瑚から払いのける手は来なかった。だから、妙な違和感を覚えつつ、シートに体を投げ出すしかなかった。


 正面モニタから、炸裂弾の嵐が見えた。


〔ラビット・キャップ〕は障壁を張って防護するも、やはり不完全な状態では防ぎ漏らすものもあった。


「そもそも、なんで相手を挑発するようなこちょ――――っ、言ったの?」


 予期せぬ激震に身を竦ませた璃瑚は、慌てて這うように士依の膝元に座った。噛んでしまったことで、さらに思考は空回りする。


「つい、カッとなって……」

「だからって、攻撃されてる状況をどうするの?」


 士依は顔を顰めながら、〔ラビット・キャップ〕が障壁で防いでいることにいまさらながら気付いた。そして、話し合いで解決するという言葉を嘘にしてしまった。それが彼にとって一番許せない事実だった。


「すまない」

「すまない、じゃないよぉ」

『イ、イエ……』


 HUDヘッドアップディスプレイに表示された文字を見て、士依はようやく調子が戻ってきたと実感した。本音を吐き散らしたのが、胸につかえていた不安感を取り除いてくれたようだ。


 いまだに続く〔ドッグ・シャドー〕の猛攻。迸る光の破片が、コックピット内に鮮やか映る。防眩処理がなければ、目が焼けていただろう。


 士依はもう一度操縦桿を握り締めて、じっと燐光の向こうに佇む〔ドッグ・シャドー〕を睨み付けた。


「こうなったら、逃げるだけだ。けど、武器は壊していく」

「できるの、お兄ちゃん?」


 不安そうに璃瑚がぎゅっと学ランを掴んで、身を寄せた。


「俺はド素人だからな。〔ラビット・キャップ〕に頑張ってもらうしかないが、俺の命を懸ける。それしかできないのは、情けない話だけど……」


 士依は結局〔ラビット・キャップ〕の助けにはなれなかった。その悔しさが募って、それでも、できることをしてやろうと覚悟を決めていた。


 だからもう一度、今度は両手で操縦桿を握った。彼の中に熱い奔流がなだれ込んでは、〔ラビット・キャップ〕に還元されていく。


 璃瑚もその兄の細くもしなやかな腕に力籠っているのを見てしまっては、何も言えなかった。息の詰まるような思いを抱いて、寄り添うことしかできない。


「すまない、本当に……」

『イエ。アナタハ、ステキナカタ、デス』

「ありがとう」


〔ラビット・キャップ〕の気遣いだろうHUDヘッドアップディスプレイの文字に、心から士依は感謝の言葉を発した。


                    1


〔ラビット・キャップ〕は心強いものを得て強く瞳を光らせると、地面を力いっぱいに蹴りだした。襲ってくる炸裂弾の嵐を掻い潜るように、海底を這う魚のような地面すれすれの宙を舞う。


 グオンッと大気が歪む音とともに、土くれを巻き上げて、猛攻する〔ドッグ・シャドー〕に低空から体当たりして、掬い上げる。


「ぐお――――っ」


〔ドッグ・シャドー〕のパイロット、長谷部駿護の呻き声が響いた。機体は突き上げられるようにして、空高くに放り上げられた。


 そこに、士依は追い打ちをかけるようにして、ペダルを踏み、操縦桿を押し込んだ。


〔ラビット・キャップ〕はピクンッとアンテナの耳を揺らすとそのまま地面を蹴り上げ、〔ドッグ・シャドー〕に肉薄。


「このっ、調子に乗るなよっ」

「どっちが!?」


 無線を聞いた士依が叫ぶと、〔ラビット・キャップ〕は向けられた銃を掴み、〔ドッグ・シャドー〕に空中で回し蹴りを決める。


〔ドッグ・シャドー〕の胴体にめり込む様な鋭い蹴り。しかし、ライフ・ライトでコックピットが潰されることはなく、反発作用で青い空を吹き飛んでいく。その拍子に、手元からアサルトライフルが抜ける。


「こんなものっ」


 士依は奪ったアサルトライフルを睨み付けて、操縦桿を内側に捻った。


 すると、〔ラビット・キャップ〕はその意思を継いで、大きな両腕で力任せに歪めて見せた。砕けた弾倉からばらばらと弾薬が落下していく。


 クッキーのようにぼろぼろに崩れるアサルトライフル。カバーは重金属でコーティングされているためにはじけ飛んだが、銃身兼装薬触媒である気息鉱(いぶきこう)は石膏が砕けたような崩れ方をする。これは、気息鉱が粘土に近しい性質だからだ。


〔ドッグ・シャドー〕は空中で態勢を立て直すと、〔ラビット・キャップ〕がぼろぼろになったアサルトライフルを海に落っことしていくのを目撃した。


「いとも簡単に、壊してくれる。いくらすると思っているんだ?」


 駿護の苛立った声が聞こえる。風に乗って来たような声だ。


 アンテナ耳を揺する〔ラビット・キャップ〕は真っ赤に染まった瞳を向ける〔ドッグ・シャドー〕に怯えて、瞳に弱気な青色を見せる。


 それは、コックピットにいる士依と璃瑚にも伝わった。凍える様な息を耳元に吹きかけられている気分だ。璃瑚の体がぶるりと震えた。


「落ち着いてくれ。戦うのが、本当に嫌なんだな? その気持ちはわかるつもりだ」

「お兄ちゃんが、無理言うから……」

「だけどな、ああいう分からず屋は一度殴られた方がいいんだ。じゃないと、いつまでたってもわかってもらえない」

「支離滅裂じゃん。話し合いしといてさ」


 士依の乱暴な発言に対して、璃瑚は呆れといら立ちを含んだ言葉を放った。


〔ラビット・キャップ〕は短剣を抜き放つ〔ドッグ・シャドー〕を見て、胸の内に沸き立つ暖かなものを信じた。盲目的に従うだけでは、きっと得られない暖かさ。彼の強い理念というか、志が機体に活力を与えてくれる。


「もういいっ! パイロットごと、殺してやる」


 駿護の震えた声が、士依たちに届いた。


〔ドッグ・シャドー〕から一気に橙色のライフ・ライトが吹き出し、〔ラビット・キャップ〕目がけて突進してきた。


「お前は――――っ!」


 士依は喉が詰まりそうな緊張の中で、必死に操縦桿とペダルを操作する。ほとんど反射的に押し引きをしているだけで、本当に信号となって作動しているか疑わしいところではあった。


 それでも、〔ラビット・キャップ〕は不安定な橙色のライフ・ライトの風を受けて、自機もライフ・ライトを発生させて、沖合の方へと飛んで行った。羽衣のように纏う青い光は空気抵抗を歪めて、速度減衰することない。


「速い? そこまで、制御できるのか?」


 駿護が手元を震わせながら、〔ドッグ・シャドー〕を追随させる。しかし、彼の揺れた気持ちが生み出すライフ・ライトは、機体をただ猪突猛進に進ませる推力しか生まなかった。


 しかし、彼の胸に秘めた憤りを直接に受けた機体は、風を切って加速していく。


「あいつも、怯えているのか?」


 士依は内に伝わってくる、妙なざわめきを感じ取って言う。


『オソラク。らいふ・らいとノ、カンショク、カラシテ』


〔ラビット・キャップ〕は胸の内に脈打つ二つの鼓動のほかに、外から伝わってくる波動をそう受け取った。〔ドッグ・シャドー〕の放ったライフ・ライトの風が、冷たさや肌寒さを運んできたのを恐れや、苦悩を意味していると思えるのだ。


「命の光って言うだけに、誤魔化しが利かないってことか……」

「お、オカルトだよ」


 璃瑚は揺れる士依の体にしがみつきながら、身をさらに縮こまらせる。霊的なものを信じる方ではないが、事実として目に見える現象に恐れを抱いているのだろう。


〔ドッグ・シャドー〕が〔ラビット・キャップ〕の頭上に無理やり回り込む。


 太陽に隠れて、〔ラビット・キャップ〕も士依も目がくらんで、動きが単調になる。しかし、高度を取っているがゆえに、短剣の突撃は回避できそうだった。


「こいつは、どうかな?」

「何? 〔ラビット・キャップ〕!」


 士依は無線から聞こえた駿護の荒い息と不敵な言い回しに鳥肌が立った。恐れを超越した、エクスタシーを抱いているのではないか、と思うのだ。


〔ドッグ・シャドー〕がその犬のような頭部、尖った口先を開放した。まるで、大口を開けて吠えかかるかのようだ。


〔ラビット・キャップ〕はその動きにアンテナ耳を張って、強力なエネルギーの流れを感知する。強い意志を伴って、攻撃衝動が凝縮されていくイメージが沸き立つ。


 コックピット内に警報が鳴り響いた。


「な、何!?」

「————っ!」


 息を止めてモニタに映る敵影に目を見張る璃瑚。


 士依はそんな妹を片腕で抱きしめると、操縦桿とペダルをがむしゃらに操作した。体から、一気に力が吸い取られる。冷えていく士依の手に、柔らかく暖かい感触が伝わる。


 そして、咆哮が横浜の海に轟いた。


 ワァアォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンッ!!!!


〔ドッグ・シャドー〕の開かれた口より、強力な衝撃が空気の壁を突き破って飛来。海を爆発させた。


                    2


 大城直次は米兵を駐屯基地に送り届けたまさにその時、沖合から犬の遠吠えを耳にした。


「まさか————っ!」


 直次が自機の〔ドッグ・シャドー〕のコックピットで驚いていると、沖合に巨大な水のドームが膨れ上がって、爆発した。沿岸の駐屯地から観測しているとはいえ、軍艦一隻を軽々と飲み込む規模のものだと予測できた。


 続いてきた荒れ狂う突風。駐屯地にいる米兵たちが、そのあまりの衝撃に地面を転がり、テントの屋根が吹き飛んでいた。


 しかし、恐ろしいのは爆発による海の流れだ。


「高波が来るぞっ! 避難民はちゃんと高いところに逃げてるんだろうなっ!?」


 直次は爆発で生まれた水柱が霧散していくのを見ながら、外部スピーカーで訴える。すでに避難警報が出ていたが、この高波に対してのものではない。まだ、低いところにいるのではないか、と心配なのだ。


『大丈夫だ! 確認はとれているっ』

「そうか。信じるからな!」


 米兵の一人が日本語で言ったのを、聞いて直次は急いで機体を飛翔させる。橙色のライフ・ライトを纏い、海水が降りしきる空を駆けあがった。


 と、通信をキャッチしたアラームが鳴り響いた。


 直次はコンソールを操作して、回線を開いた。


「こちら、大城。どうしました?」

『大城少尉っ。先の爆発は何だ!?』


 切羽詰まった〔ハヤトマル〕艦長、草薙(くさなぎ)大輔(だいすけ)の声が響いた。どうやら、同じ水の柱を目撃したようだ。


「おそらく〔ドッグ・シャドー〕のハウリングを長谷部少尉が使ったものと推測されます。今、現場に急行中」


〔ドッグ・シャドー〕は海水でずぶ濡れになりながら、短いアンテナ耳を小刻みに動かし、駿護たちの行動を感受しようとする。


 視界は海水の靄に阻まれ、それだけが頼りだった。


 コックピット内のスピーカーから、大輔の唸り声が漏れ出す。彼もこの事態には、頭にきているようだ。


『なぜ、別行動をしていた?』

「救助要請のあった兵士を送っていました。とはいえ、自分が離れていたばかりに、彼の暴走を止められなかったのも事実です。申し訳ありません」


 直次は真摯に謝罪の言葉を口にしながら、機体の高度を上げて行く。このまま靄の中を突っ切るのは、時間の無駄だと判断した。


 少しの間をおいて、大輔がげんなりした声を出した。


『いや、君の責任ではない。それよりも、そっちに杜屋(もりや)博士が向かった。奴は本気であの機体を破壊する気だぞっ!』

「————っ! 了解」


 直次が疲労感を覚えつつ、モニタに太陽の光が映り込み目を細めた。




 霧が晴れていく。重くのしかかる水の音が止み、ぱらぱらと小雨の海水が降り注いでいる。


 駿護はこれまでにない虚脱感を全身に感じながら、大きくうねる海を見下ろしていた。〔ドッグ・シャドー〕は口を閉じて、ゆっくりと水面へと降下していた。


 それは彼の生命エネルギーの消費に他ならない。


〔ドッグ・シャドー〕の最大の武器であるハウリングは、いわば高周波加熱だ。分子振動したライフ・ライトによって、対象を加熱する電波兵器。


「ハハハ……。マシーン・ボディってのは、確かにすごいな」


 駿護はニヒルな笑みを浮かべて、髪を掻きあげる。髪につていた汗が飛び散った。


 荒れる海を見て、〔ラビット・キャップ〕が蒸発したものと考えた。広範囲に及ぶ高周波だ。避けることは困難。〔ラビット・キャップ〕のライフ・ライトが分子共振して、辛うじて軽減した可能性もあるが、それほど器用なマネができるとも、思わない。


 しかし、彼の心情を読み取った〔ドッグ・シャドー〕が海面すれすれで浮遊し、アンテナ耳を下げて、鋭い指を開閉していた。


「変に抵抗しなければ、あの小僧も死ぬことはなかったろうよ……」


 全身から噴き出す汗に戸惑いながら、駿護はハッチを開けて、直接海を見下ろした。


 さざ波の音が聞こえ、潮の香りが鼻を突いた。ほのかに湿っぽい空気が頬を撫でると、気持ちまでじめじめしてくる。自動操縦で浮かぶ〔ドッグ・シャドー〕も水面を見下ろしている。


 特殊コンデンサーに備蓄された生命エネルギーで浮かんでいる機体は風に揺られて、揺り籠のように上下左右にたゆたう。


 駿護は暗い水面に、映る自身のやつれた顔に自嘲する。冷静さが戻ってくると、自分のした行いの愚かさに頭が痛くなる。


「俺だって軍人さ。いずれは、こういうことだってするはずだったんだ……」


 言い訳。そうでもしなければ、駿護のちっぽけな良心が納得しない。


 と、疲れ切った彼の顔が浮かぶ水面に水泡が上がってくる。ちっぽけな水泡が映っている顔を歪ませるようにして弾ける。


「…………?」


 次第に増えていく水泡は、まるで海底火山が活動しているかのような力強さがあった。


 そして、大きな水泡が次々と音を立てて水面で弾けると、淡く光微粒子が舞った。青白い、光り。この世のものとは思えない、強い輝き。


「まさかっ!?」


 駿護が驚いて、コックピットに転げ落ちると、水面が盛り上がった。


 グォオン、グォオン、グォオオオン!


 活力をみなぎらせた駆動音とともに、〔ラビット・キャップ〕が水面下からあらわれ、〔ドッグ・シャドー〕の肩に掴みかかった。


「あ、ああ——っ!」


 コックピットを強く揺する衝撃が走る中、駿護はあんぐりと大口を開けて呆けていた。メガネがズレて視界が霞んでも、目の前に映るものがなんなのか理解できるのは、その特異なアンテナ耳があったっからだろう。


〔ドッグ・シャドー〕のハウリングを〔ラビット・キャップ〕は耐えきったのだ。その証拠に、ハッチから見える胸部装甲は溶けて気泡が浮かび上がっており、滴る海水がその合間を縫って流れ落ちている。間一髪で防いだ様子があった。


 すると、〔ラビット・キャップ〕のハッチが開き、あの学ランの少年が顔を出した。乾いた泥が張り付く顔に汗の筋がくっきりと浮かび上がっている。


「あんたは、本気で俺たちを殺そうとしたのか?」


 息も絶え絶えな少年の声。激しい疲労感と怒りを含んだ息遣いが、さざ波にかき消される。


 駿護はよろよろと立ち上がって、ハッチに再度近づいてまじまじと様子を窺う。幽霊ではない。靡く短い髪や学ラン、〔MB〕によって陰る日差しの中でもはっきりとした輪郭を持っていた。


「お前、どうやって————、生き残った?」

「は? そんなの海底にもぐってやり過ごしたに決まってるだろう。おかげでコックピット内でもみくちゃにされた」


 学ランの少年はそれがどうしたと言いたげな眼差しを射て、駿護を凄む。


「だとしてもっ! 一人だけの力で、お前は――――、あ」


 駿護は〔ラビット・キャップ〕の中にもう一人、ぐったりとシートに横たわる泥のついたセーラー服を来た少女を見つけて、息を飲んだ。彼女の生命エネルギーをも吸い上げて、防御に徹したというのか。


「妹にまで助けてもらって、俺は情けなく思うよ、本当にっ」


 学ランの少年は苦悶に満ちた表情で言った。そして、震える声で続ける。


「こういう体たらくだから、何もできなかった。結局、こうなる。あんたはそういう人間を相手にしていたんだ。どうだ? 少しは話し合おうって気になるか?」


 駿護は彼の言うことが、はっきり言ってわからない。


 自分自身の情けなさを暴露したかと思えば、話し合いを再度持ちかける。支離滅裂な思考をぶつける。この〔MB〕同志のぶつかりあい、その前には戦闘ヘリの空襲にも合っているから、混乱しているのではないか、と駿護は予測する。


「狂ってやがるよ、お前」

「死に物狂いにもなるっ。殺しに来た相手が、前にいるからな」


 学ランの少年はますます息を荒くして、憔悴しただろう体を必死にハッチの淵に寄りかからせて立つ。彼のどこにそこまでして、向き合う根拠があるのかわからない。


 駿護にとっては、その死に物狂いの生への執着心だけは褒めてやりたいところだった。そして、〔ラビット・キャップ〕にはもう戦えるだけの力は残っていないと判断する。


「悪かった。俺も、大人げなかったな」


 その言葉を口にして、自分の八つ当たりが招いて結果だと痛感させられた。しかし、少年の挑発を許せない気持ちは残った。悔しいことに、彼の言い回しは駿護の自尊心を傷つけるだけの的確さがあったからだ。


 それでも、互いが心のすべてを吐き出したのもあって、闘争心など湧いてこない。気持ちがゆっくりと沈下していく。


「抵抗できないなら、俺も破壊するつもりはない。その機体を回収できればいい。だが、お前たちには一緒に来てもらう。そこのところは、お前たちの落ち度だ」


 冷静さを取り戻す駿護に対して、少年はふと西の方、海岸と海の境の空を見た。まるで、囁き声を聞いたかのような動き方だ。


「何か聞こえる……」

「え……?」


 駿護もその方向を見たが、何も聞こえないし、何も見えない。すっと、少年の方に顔を戻すと、彼は変わらずその方向を見ていた。おかしな電波でも受信しているんじゃないか、と指先で頬を掻いた。


「疲れたんだろう。送ってい————」


 駿護が言い切る前に、〔ラビット・キャップ〕が〔ドッグ・シャドー〕を突き飛ばした。


「うおうっ!?」


 駿護はコックピットに戻ると、〔ドッグ・シャドー〕が自動でハッチを閉じる。同時に、機体が海に落ちた。


 青い水面を見上げる先で、光のカーテンが揺らめく。


 そして、影を落としていた〔ラビット・キャップ〕が横間に吹っ飛んでいくのを駿護は目の当たりにする。




 頭を揺さぶる激しい振動が襲い掛かる。


「くっ、おおお————」


 士依はシートに着いた瞬間、体が砕けそうな衝撃に歯噛みした。それでも、ぐったりと体の冷え切った璃瑚を抱え、操縦桿を掴んでいた。抱えた妹の体がずっしりと腕の中に沈み、その冷たさに不安が募る。


 士依の底を突きそうな生命エネルギーが指先から吸い上げられていく。


 そのおかげもあってか、〔ラビット・キャップ〕は横から飛来してきたものを受けることができた。


 正面に映るのは、白い狼のような〔MB〕だ。突きだされた力強い腕が、〔ラビット・キャップ〕の両腕によってせき止められている。だが、それでも突撃してきた勢いでなおも進んでくる。


「だ、誰だ……」


 士依は朦朧とし始める意識の中で、操縦桿を外回りに捻る。


 すると、〔ラビット・キャップ〕は狼〔MB〕の勢いを流すようにして体を翻す。狼〔MB〕はしかし、宙返りして反転。海の上で四つん這いになりながら、勢いを殺す。


 水しぶきが上がり、真っ赤に燃える狼〔MB〕の瞳が〔ラビット・キャップ〕を睨み付ける。


「危険な相手か? 〔ラビット・キャップ〕、逃げろっ!」


 士依はその揺らめくように宙に立つ狼〔MB〕を見て、声を振り絞った。


 シートに微振動が伝わる。〔ラビット・キャップ〕もまた相手の存在感に押されているのだ。


                    3


「臆病者が、よくもぬけぬけと……」


 白い狼〔MB〕、〔ウルフ・セブン〕のパイロット、杜屋(もりや)研隆(けんりゅう)は怒りに顔を歪めていた。追いついてみれば、〔ドッグ・シャドー〕は破壊どころか返り討ちにあっている。


 軍人パイロットの弱さもさることながら、〔ラビット・キャップ〕が誰かを乗せていることに一層の怒りが燃え上がる。


〔ラビット・キャップ〕は怯えてアンテナ耳を下げて、震えている。足がすくんで動けない状態なのだ。


「この俺に逆らったくせに……。訳もわからん奴を乗せたくせに……っ」


 研隆は自機に、鞭を持たせるとコンソールを操作して、出力ゲージを最大限に上げる。バチバチと〔ウルフ・セブン〕の腕を伝って、鞭に生命エネルギーが送り込まれていく。


〔ウルフ・セブン〕が力任せに海へ鞭を振るう。しなる鞭が海面を強く叩くと、バチィッと電撃の閃光が炸裂。高圧電流を持っているのだ。


 それを見た瞬間の〔ラビット・キャップ〕は宙で肩を震わせて、何かを思い出したかのように頭を抱える。


「そうだろ? お前はいつだって、俺に逆らうなんてできなかったんだよっ」


 その姿を見て、研隆は口の端を吊り上げる。それから、操縦桿とペダルを操作すると、〔ウルフ・セブン〕が間合いを詰めて、帯電する鞭を振るう。


 縦横無尽、自由自在の軌道。


〔ラビット・キャップ〕がぎこちない動きで回避行動に出るも、鞭の強烈な一撃を喰らってしまう。ライフ・ライトのフィールドが弱まっているためか、面白いように電流が〔ラビット・キャップ〕に流れ込む手ごたえがあった。


 次第にぼろぼろになっていく装甲も、もはや〔ラビット・キャップ〕を守るほどの代物ではない。


 徐々に〔ラビット・キャップ〕が力を失って、床が抜けたように浮遊していた足ががくんと海に落ちては立て直すを繰り返す。どうにか、この鞭の軌道から抜け出そうと試行錯誤をしているようだが、回避することができない。


「乗せている人間が違えば、これくらいどうってことなかったんだ」


 さらに強烈な一撃が〔ラビット・キャップ〕の胴体に命中。


『ぐぉおおおおおおおおおおおおおんっ!!』


〔ラビット・キャップ〕が歪んだ咆哮を上げる。


 次の瞬間にはその脳天に鞭が襲い掛かり、高圧電流が怒涛の勢いで流れ込んだ。黒い煙を後頭部の排熱ダクトから吹き上がらせて、全身を痙攣させる。


 それで決着がついたらしく、〔ラビット・キャップ〕は重力に任せて海に落下する。


「逃がすかっ!」


 研隆はまだ痛めつけたりないとばかりに、〔ウルフ・セブン〕に背中に装備している銃剣を空いている手に持たせて、海に潜らせようとする。


 すると、コックピット内に警報が鳴り響く。


 屈んでいた〔ウルフ・セブン〕の背中で、いくつもの光が弾けた。機体が放つ赤いライフ・ライトが飛来物を消滅させて、甲高い音を響かせる。


 研隆は機体を空へと振り向かせて、銃剣の光弾を躊躇いもせずに発射。圧縮された赤いライフ・ライトが高速で空に浮かぶ機影に殺到する。それでも、制御が利かずに飛距離が伸びていくと燐光が散っていく。


 高度を下げてくるその影はアサルトライフルを構えた〔ドッグ・シャドー〕だ。軽やかに威力の落ちた光弾を避けて見せて、アサルトライフルを下げて空いている手を上げて待ったのポーズを取る。


『抵抗はもうないんです。壊す必要はないですよ』

「知ったような口で、何を言うか……」


 研隆は味方だとわかって、〔ウルフ・セブン〕の射撃攻撃をやめてその様子を窺う。


〔ドッグ・シャドー〕が〔ウルフ・セブン〕の横に浮かぶ。


 研隆はパイロットである大城直次のお節介焼きに嫌気がこみ上げてくる。


『回収が我々の目的です。これ以上の損害は出せませんよ』


 直次の言葉は、横浜港のことを指しているとすぐにわかった。


 しかし、研隆の抱く怒りが収まるはずもない。そもそも、高波が発生した原因ではないのだから、責任を問われる理由がどこにあるというのだ。


「被害の責任など、草薙に取らせればいい」

『あなただって、開発責任者だ。この事態に対して、責任がある』


 海に潜ろうとする〔ウルフ・セブン〕を、〔ドッグ・シャドー〕が押さえつける。


「離せっ! 軍人風情がっ」


 研隆の怒りを吸って、〔ウルフ・セブン〕の尻尾がざわめく。鋭い牙をもった口が開き、狼が威嚇をする。


 対して、〔ドッグ・シャドー〕も口を開けて、重低音を響かせて唸る。


 縄張り争いをする犬同士のように、両機の瞳は赤く攻撃色を放ち、唸り声を鳴らす。張ったアンテナ耳や小刻みに震える四肢は、緊張と攻撃衝動の表れだ。


 研隆は直次が本気で咎めに来ていると実感した。そうでなければ、〔ドッグ・シャドー〕がこれほどまでに、動物的な反応を表出すことはない。


 と、絡み合う〔ウルフ・セブン〕と〔ドッグ・シャドー〕から少し離れた海面が盛り上がり、破裂した。


『すみません。〔ラビット・キャップ〕、回収しました』


 水しぶきを纏って現れたのは、長谷部駿護の〔ドッグ・シャドー〕だ。そして、ぐったりと動きの止まった〔ラビット・キャップ〕を担いでいる。


「…………、生きているのか?」


 研隆は〔ウルフ・セブン〕に絡んでくる〔ドッグ・シャドー〕を払いのけさせると、怒りを抑えた声で言った。


『おそらくは。搭乗している二名の生体反応も微弱ながらあります』

「二人も……」


 無線から漏れるノイズ交じりの駿吾の声はとても疲れ切っており、おそらく浮遊させているだけで精一杯なのだろう。


 研隆は力の抜けきった〔ラビット・キャップ〕を睨み付けて、ふと心の奥に落ちてくるものを感じた。納得と好奇心。


〔ウルフ・セブン〕が力みを解いて、鞭を巻き上げる。落ち着いた様子。


 それには、〔ドッグ・シャドー〕二機も警戒心を解いて、アサルトライフルを収めるなり、アンテナ耳を下ろしたりしている。


「まぁいい。バイオ・コンピューターの調子も気になる。おまけに、適性サンプルが二体あるなら、なおのことか」

『…………』


 直次の不満に満ちたため息が、無線に入り込む。


 これだから情に流される軍人は道具をうまく使えないのだ。研隆は操縦桿から手を放し、軽く手もみする。


「不満があるなら、草薙に言え」

『いえ、不満というほどではありませんが、この機体は――――』


 直次の〔ドッグ・シャドー〕が〔ラビット・キャップ〕を見据える。


 研隆はその視線が、憐憫を持っていることに気付く。


『妹さんの意識が、あるのでしょう?』


 研隆はそれには答えず、〔ウルフ・セブン〕を飛翔させる。



 大輔は〔ハヤトマル〕の艦橋で、不満顔を浮かべていた。というのも、横浜への入港願いを出すや否や、米軍が文句をつけてきたのだ。


『貴艦が出したマシーン・ボディで余計な混乱が起きている。どうしてくれるんだ?』

「それについては、行政を通して正式な謝罪をするとともに、避難民の援助を一考しまして——」


 大輔は艦橋にあるディスプレイに映る中年米軍人の怒鳴り声に辟易しながら、健気に応対する。


 しかし、相手方は横浜に我が物顔で居座る連中だ。国防軍と提携しているとはいえ、その傲慢なやり口は大輔たち〔ハヤトマル〕クルーにしてみれば、いけ好かない野郎どもだ。


『これだから、政東(せいとう)はのろまだの、クズなどと言われるのだ』

「はぁ、まぁ、そういわれましても、ね? とりあえず、担当の士官を呼んでください。お願いします」


 大輔は相手がどれだけ傲岸不遜だろうと、怒りを面出すことはない。すべてはこれ以上変に騒ぎを拡大しないため。でなければ、全責任を被されかねないのだ。


 すると、中年米兵はぐっと鼻を鳴らすと、通信を一度遮断した。おそらく、担当官を呼んでいるのだろう。


「あんの、豚オヤジ。偉そうに、しやがってぇ」


 大輔は通信が切れたのをいいことに青筋を立てて悪態をつく。


 その内弁慶的な態度に、艦橋クルーたちは深々とため息を吐き出した。苦労の絶えない部隊ではあるが、一番はやはり艦長の苦労性に比例した愚痴だろう。


 それに対応しなければならないのが、副艦長である笹森(ささもり)剛太(ごうた)だ。高い鼻を掻いて、呆れ気味に首を振りながら艦長の隣につく。


「艦長。クルーが困惑します」

「そうだとしても、米兵の文句に逐一対応してたらなぁ」

「わかってますから。とにかく、入港許可が下りるまで落ち着ける海域を目指しましょう?」


 剛太は大輔をなだめて、うんうんと頷いて見せる。


 大輔は制帽を直して、落ち着けと暗示をかける。副艦長の言うことももっともだ。とはいえ、立て続く問題処理に頭がパンクしそうなのも事実だ。


「艦長。杜屋博士が戻ってきました」


 観測士が控えめに通達するのを聞いて、大輔はふっと短く息を吐いた。


「わかった。着艦を許可しろ。逃げた機体はどうなってる?」

「現在、大城少尉、長谷部少尉が移送中とのことです」


 今度は通信士が今しがた入った連絡を口にする。


 それを聞いて、大輔はようやく問題の一つが片付いたと肩を竦める。


〔ハヤトマル〕の飛行甲板に向かってくる〔ウルフ・セブン〕を確認して、午後の日差しを受けて見える小さな機影が〔ドッグ・シャドー〕二機と〔ラビット・キャップ〕だと予測した。


「これで、ひと段落ですね?」


 剛太も安堵の声で確認する。


 しかし、大輔の中には新しい問題が近づいているのだと実感する。


「そうだが、民間人が二人も乗船するのはなぁ」

「艦長、愚痴はそこまでで仕事してくささい」


 さすがに副艦長の剛太も、大輔の弱音にいつまでも付き合う気はない。


 情けない艦長の背中をバンッと思い切りたたいて剛太は、持ち場に戻った。


「いっつー……」


 大輔は背を仰け反らせてひりひりと痛むところを摩りながら、恨みを持った目で鼻を気にする剛太を睨んだ。


「艦長、針路はどうしましょう?」


 見かねた操舵士が大輔に指示を仰ぐ。


「あ? 横浜港を左手に、沖合五十キロ海域に針路を取ってくれ。下手をすれば、陸に上がれんからな」

「了解」


 大輔はまだ静岡の沿岸が見える陸地を見ては、ため息が漏れる。この距離からでもわかった水柱や、爆炎はやはり部下の仕業だと認めざるを得ない。


 艦橋クルーたちも呆れてものも言えず、今は横浜を目指そう、といった雰囲気を出している。


〔ハヤトマル〕はゆったりと、力強い船足で海を渡っていく。突然の潮風を受けた船体は、甲高く鳴動する。


 余響が空へと溶けていく。寂しさと悔しさを忘れさせるように。

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