表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
簒奪のスヴァルトアールヴ  作者: 銀丈
第一章 妖精、来たる
4/9

第三話 隔絶光刃

【一】

 這い断つ光。

 白く縦横無尽に走るそれは、何者をも源へ寄せ付けない。

 黒い機体〈撃震(ゲキシン)〉が巨躯に似合わぬ足を高く上げるスプリントフォームで俊敏に走り回り、碧緑の機体〈非天(ヒテン)〉が緩急の激しい獣じみた機敏さで回避に専念する。

『ちっくしょう、どーしろってんだこんなもん!』

『首、落としちゃダメ?』

『ダメ!』

 上空へと跳ね上がる光線を背中から巻き込むように三次元的な機動で回避しながら、有翼の赤い機体〈厭輝(エンキ)二式〉が〈非天〉に応えた。その首が、光源であるもうひとつの黒い機体〈ザルゥスモルティア〉へとめぐる。

『落ち着きなさい! あたしたちは敵じゃない!』

『黙れ偽物! 顔は同じかもしれないけど、戦士ユギンクゥアルがそんな優しくしゃべるもんか!』

 幼さの残る声が返り、場に沈黙が下りた。

 ユギンクゥアルとは、今〈厭輝二式〉を駆っている緋影(ひかげ)がチェンジリングとして覚醒してしばらくの間、心身を支配した、古代人の人格だ。その口調は苛烈――というより粗野。年頃の少女が「俺様」という一人称を振りかざし暴れまわった事実は、他ならぬ緋影本人の精神に深刻なダメージを残している。

「おい、呼んでんぞ」

 動きを止めた〈撃震〉のコックピットの中、白郎(しろう)はあえて外部スピーカーを介さず仮想ウィンドウの向こうの仲間に呼びかけた。だが案の定、目は合わず、こわばった表情も動かない。

〈イヤ。あたし二度と「俺様」とか言わないし〉

「おまえのこと知ってる感じだし、話合わせるくらいできないのか? あんなもん説得なしに押さえつけるのって、相当骨だぞ」

 ティマイオス同士の戦闘にバリアのような都合のいいものはない。少なくとも白郎たちが扱う≪XENON≫所属の機体には搭載されていない。

〈でも……〉

「だいたい、あいつ何者なんだ――っ危ね!」

 再び白い光線が間近を這い、白郎は機体をのけぞらせた。

『ここどこ? 何が起きてるの!? なんで……なんで、わたしが「いない」のッ!?』

 叫びながら頭を抱えて左右に振る〈ザルゥスモルティア〉の頭上から全方位へと光線が放射され、荒れ狂う脅威の数が増す。しかしもはや〈ザルゥスモルティア〉の顔は伏せられ、何も見ていない。乱射としか言いようのない状態だった。

「くっそ……何言ってんだ、あいつ?」

 あわただしく回避行動を再開しながら首をかしげる白郎に、緋影は〈ザルゥスモルティア〉から目を離さず機体を空中で旋回させながら口を開いた。

〈あの機体のコックピットに生体反応はなかったんだ〉

「……なんだって?」

〈なのに、搬送のための固定作業を始めようとしたら、埋もれていた岩盤から自力で出てきた〉

「は?」

 白郎が間抜けな声を漏らしたのも無理はなかった。その言葉を信じるなら、搭乗者なしにはエネルギーを宿すことのないティマイオスが、無人で動き、挙句自ら考えしゃべっていることになる。

〈ついでに言えば、あの子は日本語なんか話してない〉

「じゃあ、なんでオレらはあいつの言ってること分かるんだ?」

〈精霊石は人の意思を拾うシステム。だから元々ティマイオス同士の間には通訳がいらない。あたしは言葉自体を知ってるから、あの子が動き出した時に驚いたんだけど。……あの子はたぶん、何かの要因で、生身の体は死に絶えたのに、機体そのものを体として永らえてしまった存在〉

〈だから、ミーティアタイプのように無力化しようとすると、それ自体で本当に殺しかねない……緋影が無傷で動きを止めたがっていたのはそういうこと?〉

 割り込んできたのは〈非天〉の搭乗者、碧紗(へきさ)の声だった。無秩序な射線をかいくぐって機体を維持しつつ、きっちり白郎と緋影の会話を拾っていたらしい。その問いに、緋影も肯定を返す。

〈そういうこと〉

 ミーティアタイプとは、世界各地で無差別な破壊活動を行う国籍不明のティマイオス群「アンノウンナンバーズ」の中でも、何者かの手引きによって一般人が搭乗しているものを指す。対ティマイオス戦闘組織≪XENON≫の実動部隊である白郎たちは、このミーティアタイプを相手どる際に限っては機体の撃破ではなく、四肢や頭部を破壊する等無力化した上で機体から搭乗者を引きはがすことを主眼に置いて対応していた。

 ミーティアタイプはなぜか別のアンノウンナンバーズからも攻撃を受けることがあり成果は上がっていないが、四肢や首を落とすなどの強行措置をとってもその時点で搭乗者の命に別状はない。あくまで「機体」と「搭乗者」の二者は別個の存在だからだ。

 しかし「生きた機体」はどうなのか。破壊しても修理すれば元通り、で済むのだろうか。

「だいたい、そんなこと本当にあるのか?」

 機体を相変わらず走らせ、光線を危ういところでよけながら白郎は問う。

「調べた後でパイロットが息を吹き返――っと危ねえ、そんなことないのか?」

〈ティマイオスのエネルギー源は、簡単に言えば搭乗者そのものよ。死んでしまった搭乗者の体を機体が維持したり蘇生させたりはできないの。でも、あの状態の前例は存在した――まずい!〉

 会話を断ち切り急降下に転じる〈厭輝二式〉。遅れて白郎もそれを追った。光線がいつの間にかやみ、〈ザルゥスモルティア〉が前のめりに倒れ込んでいたのだ。その機体は細かに震えていて、それ以上動きを見せない。急だったのか、そもそも動かすことすらできないのか、腕で上体を起こそうという様子もない。

『大丈夫――』

『近寄るなッ!』

 叫びざま〈ザルゥスモルティア〉は跳ね起き、無警戒にそばへ降り立った〈厭輝二式〉へ肩から体当たりを食らわせた。動くと思ってはいなかったのだろう、機体の体格差に加えて虚をつかれる形で〈厭輝二式〉は大きく後方へ弾き飛ばされ、動かなくなる。

『待て藤堂(とうどう)!』

 白郎の一喝で、背後から〈ザルゥスモルティア〉の首筋に食い込もうとした刃が停まる。わしづかみされていた首の後ろを放され、再び〈ザルゥスモルティア〉は倒れ込んだ。

『止めるの?』

 声と共に首をかしげる〈非天〉。

『こいつさ、怖がってるだけなんじゃねーか? そのつもりならオレらをまとめて攻撃できたのに、狙ってる様子もなかったし』

 歩み寄り、機体に間近で膝をつかせると、白郎は改めて言葉をかけた。

『オレ、相模(さがみ)白郎。おまえは?』

『……何のつもり』

『おまえがオレらをどう思ってるかはわかんねー。でも、調子悪そうだし、できれば助けたい。ダチに一発かました分には後で落とし前つけてもらうけど、それにしたってまずは名前知らないと始まんねーだろ』

 今度こそ動けないのだろう、白郎の問いに対して〈ザルゥスモルティア〉は動かなかったが、言葉は返した。

『シェールクウェイラ』

『……よろしくな』

『訊いたくせに、どうして呼ばないの』

『長えし。とりあえずはじめまして、だな。――大丈夫か霧生(きりゅう)

『なんとかね』

 振り返る〈撃震〉に、背後で仰向けになっていた〈厭輝二式〉が立ち上がり、応える。

『こいつ、どうしてこんなことになってんだ? どうすりゃ治る?』

『力を分けてあげて。どうやら属性も同じみたいだし、相模ならこの子を回復できると思う。(ドリル)ユニット使う時みたいに、手からエネルギーを流し込むのをイメージすればいいから。……たぶん一気に精霊石の力を使い過ぎて、自分の維持に回す分もなくなっちゃったんだ。生身の体がない以上、最低限のストックも使い切れちゃうのかもしれない』

『――らしいぜ。まあ文句は後で聞くわ』

 反応を気にせず、白郎は倒れたままの〈ザルゥスモルティア〉の肩に〈撃震〉の手を置いた。

 その矢先、白郎を始めとする三人のそばに仮想ウィンドウが開く。巻き添えを避けるため後退していた母艦ゼノアークからの通信だ。オペレーターの表情は険しい。

〈皆さんのすぐそばに精霊反応を感知しました! 空間転移です! 警戒してください――来ます!〉

『なに!?』

 果たして、程近い青空が黒ずんだかと思うと不自然に歪む。現実味のない黒い円は盛り上がって球となり、引き裂かれるように左右に分かれて中に収めていたものを吐き出し、そして消えた。

 空間転移。オリジナルのティマイオスの中でも一部にしか搭載されていない、物理的な距離を無意味なものとするオーバーテクノロジーだ。

 現れたのは、三体のティマイオス。

 銀と白のツートンカラーで装飾の少ないシンプルな人型の機体と、青を基調に節々が黄色で彩られた流線形の機体、並び立つその背後には放熱板のような直線的な突起物を一対背から生やした黒い機体。

『奇妙な気配を感じて来てみれば、なるほど、まがいものか』

 つぶやく黒い機体。

星の子(サテライト)が一人、光が二人、水が一人、か』

『おれがまとめて片付けよう。光のどちらかはおれかも知れないからな』

 青い機体の言葉を継ぐように白銀の機体が一歩進み出る。応じて、他の二体は距離を置き傍観の構えに入った。

 友好的なものを感じさせない内輪(うちわ)の会話に、白郎は機体を立ち上がらせて〈ザルゥスモルティア〉を背後にかばい、同様に〈非天〉と〈厭輝二式〉も身構える。

『なんだ、あんたら?』

『話しかけないでくれるか』

 忽然。警戒もあらわな白郎の問いをはねつける白銀の機体の前に、縦長の白い線が無数に現れる。

 それはナイフに似ていた。ひとつひとつはティマイオスの顔くらいの長さ、手で持つ柄がなく、鋭利な造形は物質ではなく白い光の凝ったもの。そんなものが支えなしに空中に貼り付いているのだ。

『君らまがいものと分かり合うつもりはない。死んでくれ』

 言葉と共に「ナイフ」ひとつひとつが小さくなって見えた。刃の先端が一斉に白郎たちを向いたのだ。まさかという思考すら否定するように、それは躊躇(ちゅうちょ)なく飛来する。

『な……』

 高速紋章と呼ばれる、広域の自然現象にすら干渉する力に似ていると白郎は思った。

 かつて味方唯一のオリジナルティマイオス〈エレイユヴァイン〉が巨大なバリアを展開したり、ゼノアークを半ば強制的にキロメートル単位で退避させたりする様を一度だけだが見たことがある。それはもはや、単騎の機動兵器の兵装というより、魔法としか言いようのないものだった。

 そして今〈撃震〉の鼻先に迫るこれは、同様に現実離れしていて、小規模な代わり全く「ため」がない。確かなのは、害意を以って放たれた脅威であること。

 白郎の視界を埋め尽くそうとする白いスローモーションを――赤色が引き裂いた。

『せああああッ!!』

 シャンパングラスをダース単位で放り出したような、乾いた破砕音が響き渡る。前に飛び出した〈厭輝二式〉が、嵐のような拳撃で「ナイフ」を打ち、払い、余さず砕いてのけたのだ。白郎の〈撃震〉を始め、三体のティマイオスをかばう形で仁王立ちする後ろ姿、その両拳は全体的に白く輝いていた。

『光の属性で光の属性を弾いたのか。起源を持たない代わり全ての属性を扱える星の子(サテライト)の面目躍如というわけだ』

『――どけ霧生!』

 叫びながら白郎は機体を前傾させ、両肩に装備された〈エーテルブラスト〉の砲口を開放。目前の白銀の機体に照準する。出力は多少抑えた上で、この間合いで直撃させれば武装が何であれ問答無用で無力化できると踏んだのだ。

 タイミングよく〈厭輝二式〉が横へ飛んだ直後一筋に集束して放たれる白光が、二又に分かれた。

 白銀の機体の前にいつの間にかあった白い縦長の直線が、浮き上がる。それは巨大な剣だった。切っ先を下にして地面に突き立っていたのだ。

「まさか、ビームを斬ったってのか!?」

 つぶやいて、白郎は違和感に気付く。巨大な「剣」の切っ先が突き立っていたところから、自分の手前まで、深く細い溝が地面に刻まれている。それは〈撃震〉の足元まで続き、当の〈撃震〉の黒い装甲を這い上がり、左肩の砲口を破壊して抜けていた。

 ビームを、ではなく、ビームごと。斬られていたのだと認識したとたん、白郎の体を熱い痛みが走る。

『うおおおおおおッ!?』

 よろめきながらも、かろうじて、倒れたり尻もちをついたりはせず、耐える。

『相模!』

 緋影の声にかぶさるように、破壊音が響く。弾き飛ばされながらも一回転して着地し〈撃震〉の間近で膝を折る〈非天〉。その右足はすねから先がなくなっていた。

 そして、白銀の機体は今の今まで一歩たりと動いていない。

『何なんだ……圧倒的すぎる!』

 オリジナルのティマイオスと戦ったことはあった。しかしその時は、ここまで圧倒的な差を感じなかったのだ。

 持ち上がっていた「剣」が反転し切っ先を上に向ける様を見、白郎の背を冷たい汗が伝う。

 恐らく、次で終わる。

 白郎は、そばで身構える〈厭輝二式〉に直接回線をつないだ。

「霧生」

〈な、なに?〉

「藤堂と、そいつ、えーと……シェ……ルク? ルクでいいや、そいつら頼むわ。いくらなんでも複数まとめてぶった切れるとは思いたくねー」

 考えを察したのだろう、緋影の顔色が変わる。

〈ちょっと、何考えてんの!?〉

「天城におまえらのこと頼まれたし。おまえら盾にはできねーだろ、男の子として」

 言うだけ言って、回線を切る。以降〈厭輝二式〉と〈非天〉からのしつこい接続要求は全てカット。格好をつけた手前、これ以上口を開いていると弱音が出そうだからだ。

『ただじゃやられねえぞコラぁ!!』

 咆哮と共に〈撃震〉の左肩が爆発する。健在な右肩の砲口から放たれる〈エーテルブラスト〉に応じ、空中の「剣」が振り下ろされた。

 高く硬質な破砕音が、ひとつ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ