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簒奪のスヴァルトアールヴ  作者: 銀丈
第一章 妖精、来たる
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第二話 機魄覚醒

【一】

「暇だ」

 相模白郎(さがみしろう)のつぶやきに応えはない。

 ティマイオスのコックピットは薄暗い。計器類がなく、全方位型のスクリーンなども存在しないため、光源といえばシートの肘掛け部分に相当する部分に設置され白郎自身が手を置いている制御球くらいのものだ。

 ガンスレイヴやティマイオスの搭乗者は、機体と知覚系が同調するため、自分本来の目や耳を使うことがあまりない。今も白郎にとってコックピットの薄暗さは意識の外にある。

 しかし結局、白郎の周囲は薄暗いのだ。

 白郎の駆る機体〈撃震(ゲキシン)〉は航行中の航空母艦「ゼノアーク」の格納庫に収められており、居住区域ではないそこは当然照明も抑えられている。加えて、あくまでも荷物として搬送中の〈撃震〉は全身を拘束された状態にあり、機体と感覚を共有している白郎も必然的に身動きがとれない。実にストレスフルな環境であった。

「おい艦橋(ブリッジ)

 つぶやく白郎の間近に、即座に仮想ウィンドウが現れる。

〈はい、艦橋です。どうかしましたか、相模副隊長〉

「オレ、いつまでこうしてればいいんだ? 着いてすぐ戦闘ってワケでもなさそうなのに、なんでずっと乗ってなきゃなんねーのさ」

〈その……着くまで、です。え、あ――〉

 気まずげに言葉をつなぐ女性オペレーターが、ふと横を向き、席を立つ。代わりに席へ着き仮想ウィンドウを占めた壮年の男に、白郎は目を見開いた。

〈よう〉

石動(いするぎ)のおっさん! なんで乗ってんの!?」

 石動草太(そうた)。≪XENON≫ティマイオス整備班を束ねる、言わば「格納庫の主」だ。機体に染みた搭乗者の細かな癖まで把握している彼を欠けば≪XENON≫本部の機体整備は立ち行かない。そんな重鎮がなぜ、地球の裏側を目指して航行中の航空母艦の艦橋にいるのか。

〈今回は新システムの試運転には絶好の機会だからな。D型装備のためのハイブリッドフレーム艤装(ぎそう)も終わってるし、技術屋としちゃ付き合わずにゃいられんだろ〉

「新システム?」

〈お前さん『精霊石』は知ってるな?〉

 言われて、白郎はしばし悩んだ末にうなずいた。正直な話、実技訓練を除けば、ある種の特殊部隊員の端くれとして受けさせられている座学はほとんど頭に入っていない。その単語は辛うじて記憶の片隅から引っ張り出すことができたのだ。

「ティマイオスのエンジン、だっけ?」

〈そうだ。チェンジリングの存在に呼応して膨大なエネルギーを生み出す、オリハルコンフレームの中枢。これがなければ機体の伝達系も機能しないし、そもそも仕組みがわからないから新しく作ることもできない。まさにブラックボックスってやつだな〉

「それが、オレが今カンヅメになってんのとどう関係があるんだ?」

 問われ、石動はにやりと笑った。

〈お前さんは、電池なんだよ〉

「は?」

〈モード・エーテルライナー。今このゼノアークは、精霊の力を受けて、通常の倍近い船速で進んでる。精霊石のエネルギー利用にはチェンジリングが必要だが、数の限られた精霊石とチェンジリングをゼノアーク専属にゃできんからな。起動してるティマイオスを活用するのが一番早いってわけだ〉

 要するに、白郎は今、新システムに組み込まれているということらしい。

「なんでオレ!?」

天城(あまぎ)の嬢ちゃんを除けば、零番(れいばん)隊ではお前さんの精霊指数が最高値だからな〉

「最高とか持ち上げてる割に扱いひでーなオイ。あと天城は男だ」

 白郎の言葉に、石動は渋い顔でかぶりを振った。

〈あの美形を男扱いするのは、おれの精神衛生に悪い。目の保養になるのが男とか考えたくないぞ〉

「気持ちはわからなくもないけどな」

 青い髪の美形には美丈夫や男前といった形容が当てはまらない。単純に女性的な美しさの持ち主なので、それと意識して白郎をからかうとき以外、言動に女々しさが伴わないのが不自然にすら思えるのだ。外見がもたらす先入観とは、実に恐ろしいものであった。

〈私は、目の保養にならないの?〉

 声と共に、石動が掛けている背もたれの上から両腕が伸び、石動の首をつかまえる。ちょうど仮想ウィンドウの上限になっていて顔だけ見えないが、白郎としては聞き間違えようがない。碧紗(へきさ)の声だ。

〈お前さんは娘みたいなもんだからなあ〉

 上を向いた石動が、これまた上へ手を伸ばす。大方、いつものようにわしわしと頭をなでているのだろう。顔立ちに留まらず猫じみた表情で目を細める様は今更見えずともよくわかる。

〈そう。お父さんみたいなもんがいるのは、私も嬉しい〉

「チクショウ、オレ放置でくつろぎやがって!」

 白郎が毒づいた矢先、石動の背後がにわかに騒々しくなり、唐突に仮想ウィンドウが消える。通信回線が切られたのだ。

 何が起きたのか問おうとして、ふと白郎は顔を上げた。

 精霊の気配がする。大きな、ティマイオス並みのものが、行く手にひとつ。

「おいおい、シャレにならねえぞ……」

 白郎の背筋を冷たいものが走る。

 目的地である≪XENON≫調査隊アンデスキャンプには、最新鋭のガンスレイヴ〈アリスⅢ〉九体、三小隊からなる護衛が配備されていると事前に説明があった。

 発掘現場には過分と言っていいレベルだが、それはあくまでも人知の及ぶ存在に対しての話だ。そして現地には精霊を扱えるチェンジリングもいることはいるものの、彼女の機体は自分たちが運んでいる最中。白郎が感じ取った規模の精霊反応を発しうる味方のティマイオスは、存在しない。

 そこにティマイオスがいるとすれば、敵である可能性は限りなく高い。

 白郎の〈撃震(ゲキシン)〉を取り巻く格納庫の照明が赤色に変わり、駆動音と共に機体を拘束するハンガーが移動を始める。明らかに戦闘態勢を示す挙動だ。

〈相模副隊長〉

 仮想ウィンドウが開き、少なからずこわばった表情のオペレーターが口を開く。

〈先程、調査隊と同行している霧生(きりゅう)隊員から救援要請がありました。遺跡が……暴走を始めたそうです〉

「暴走? どういうことだそれ」

 白郎は首をかしげた。

 搭乗者がいない限りティマイオスはエネルギーを宿すことはなく、動かないはず。だからこそ、彼は今の今まで電池扱いの()き目に()っていたのだ。発掘された遺跡の中で古代人が生き延びていたとでもいうのだろうか。

〈詳細は不明です。ただ、間違いなく調査隊のキャンプ付近からティマイオスクラスの精霊反応を観測しています。本艦は現時刻をもって第一種戦闘配置へ移行、〈厭輝(エンキ)二式〉を射出、続いて〈撃震〉〈非天(ヒテン)〉を射出しますので、霧生隊員と合流し対応に当たってください〉

「……わかった!」

 事情を問うよりは事態の収拾だろう。そう判断し白郎は頭を切り替えた。少なくとも現時点で、親友から任された相手は無事なのだ。今は一刻も早く合流しなくては。

 艦体を揺らす衝撃がひとつ、生じたと思ったときには消え去っていた。先にオペレーターが言ったとおり、搭乗者のいない機体が先に射出されたのだろう。

 航空母艦ゼノアークは、立体駐車場や回転式(リボルバー)拳銃の弾倉の要領で、格納庫を兼ねたコンテナに「装填」した機体を連続して射出するリボルバーコンテナシステムを搭載している。無人ならともかく、生半可な物理的手段では傷ひとつ付かないティマイオスは降下用の装備が必要ないため、これによって即座に作戦行動を開始できるのだ。

 程なく、白郎の〈撃震〉を加速度がわしづかみにした。

 抜けるような青空への浮遊感。

 まばらに緑の広がる不毛な起伏への衝撃。

 撒き上がる土埃の中、白郎は【租界】の射程を瞬間的に広げ、機体の知覚系に集中し索敵。着地の瞬間を狙っての攻撃を警戒する。

 続いて、鋭角な碧緑の装甲を有する細身の機体が間近に着地した。腰を落とし、白郎の〈撃震〉同様に周囲を警戒しながら立ち上がる。碧紗の駆る前衛型格闘戦仕様機〈非天〉だ。本来後衛型の砲戦仕様機である重装甲重量級の〈撃震〉と比べると、体格差が顕著に感じられる。

〈久しぶり。相模、藤堂(とうどう)さん〉

 白郎と碧紗それぞれのコックピットに仮想ウィンドウが開き、黒いパイロットスーツに真っ赤なポニーテールの少女が相好を崩す。既に翼を広げ、到着した二体に背を向ける形で滞空していた流線形の赤い機体〈厭輝二式〉からの通信だった。

〈緋影、怪我はない?〉

〈大丈夫〉

「無事ならよかった。状況よくわかんねえけど、他の人らはどうしてる?」

〈もうすぐ、全員避難が終わるわ〉

 言って、緋影は表情を引き締めた。その深い紫の眼は行く手の洞窟を向いている。

〈残ってるのは、あの子だけ〉

「あの子?」

 誰のことだ、と白郎が問い返そうとした矢先、轟音と共に洞窟が吹き飛んだ。弾けた土砂と岩の破片とが三人の視界を灰色にさえぎる。

 やがて、規則的な重い音と共に影が差した。

 現れたのは、想像に違わず人の形。配色は黒を基調に、シルエット全体がドレスを思わせる曲線で構成されている。

〈拠点防衛型〈ザルゥスモルティア〉タイプ。相模の〈撃震〉に似た、硬くて鈍くて一撃の重い機体よ〉

 白郎たちの姿を認めてか、〈ザルゥスモルティア〉は一歩前へ踏み出した。その全身が、白く輝く。

〈難しい注文なのはわかってる。でもお願い二人とも、どうにか無傷で動きを止めて〉

 胸元に集束した白い光が線状に放たれる。ほとばしるそれはなめるようなジグザグに地を這って伸びたかと思うと、彼方の山を斬った。

 接触した部分だけが瞬間的に加熱されたのだろう、山頂が()ぜたことを除けば、山肌は赤熱する様子も見せず、背景である空の青色だけが線として山に食い込んでいる。ただ射線上にあった全てが消えたようにしか見えなかった。


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