第一節 妖精発掘
かつて戦いがあった。
巨大な力を持つ者たちが世界を二分し争った果てに、空は裂け、陸は沈んだ。
勝者はいない。担い手を喪った文明はただ遺産として残された。
彼等の存在を知った、遥か後世の生物……ヒトは、彼等を「妖精」と呼んだ。
まるで彼等自身であるかの如く遺産を扱える者がヒトの中にも現れたために、ヒトの子どもが妖精のそれと入れ代えられる取り替え子という伝承が想起されたのだ。
彼等は姿を消した。
しかし滅び去ったわけではない。力も、意思も、未だ此岸にある。
故に、嵐は約束されていた。争うのは、生者だけだからだ。
◇ ◇ ◇ ◇
簒奪のスヴァルトアールヴ
◇ ◇ ◇ ◇
「ふあ……」
霧生緋影は、両手を組んで真上へ伸ばした。ついでに両脚を投げ出し、背中の翼も広げて伸びをする。
ポニーテールに結った長い髪が真っ赤なことや、背中から白い翼が生えていて感覚も通っていることにはもう慣れた。生まれ育ってつい最近までは単なる黒髪の女子高校生だったのだ。本格派のチェンジリングはそれが発現する際に姿まで変わってしまうから厄介な話である。
ともあれ、羽毛が散ることに神経質にならずくつろげるのは、他に乗客のいない貸切のチャーター機ならでは。一昔前までは空想の産物だったであろう汎用人型作業機械「ガンスレイヴ」が普及している世の中ではあるが、有翼の存在はまだ認知されていない。
『霧生さん』
機内のスピーカーが不意に緋影の名を呼んだ。緋影もつい反射的に「はい」と答え居住まいを正す。
『間もなく着陸します。座席ベルトを締めてください』
「了解です」
こちら側の音声が拾われることはないと分かっているものの、ついつい返事をして、指示に従う。
それにしても、と緋影はため息をひとつ。
長旅だ。ジャンボジェットでこそないものの、スペースは十二分に余っていて、心置きなく伸びができるのはありがたいが、それで疲れないというわけでもない。
富士山麓の学園寮から地球のほぼ裏側へ。着陸後、更に陸路を数時間オフロード車に揺られる強行軍が待っている。
「仕方ないといえば仕方ないんだけど、さ」
隣席に放り出したままの資料に横目を向ける。
報告書の束には、岩肌から人の腕のような意匠が露出している様の写真が添付されている。一緒に写っているのはパワーショベルやガンスレイヴを始めとする重機で、不明瞭ながらも浮かび上がろうとしている人型はそれらより明らかに大きい。人体を文字通り拡大する、いわゆるパワードスーツに近い存在であるガンスレイヴとは、規格が大人と子供ほどに違っているのだ。
ティマイオス。
超古代文明の遺産、早い話が巨大ロボットである。動かせる者こそ限られるが、いざ動き出せば人類には止める手段がほとんどない。それに関する知識を有する者は現代に数えるほどしかおらず、緋影がその数少ない一人だった。
緋影も頭では解っているのだが、そのためとはいえ恋人から引き離されるのは少々耐え難いものがある。
「……帰ったらキスしよう。ディープなやつ」
衝撃。ぐっと座席に押し付けられる感覚が続いたかと思うと滑走路上の疾走に転じ、やがて静止する。
アナウンスを受けるまでもなく、ベルトを外して立ち上がる緋影。
「パイロットがいないのにエネルギー反応がある、っていうのが、引っかかるのよね……」
タラップを降りながらのつぶやきに、応える者は無論いなかった。