調査官とアグス村
予想外にPVが多くて恐縮です。
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コツコツ コツコツ
カツカツ カツカツ
コツコツ コツコツ
カツカツ カツカツ
東京の一等地、丸の内のビルに向かって東京駅前の道を颯爽と歩く男が1人。朝の8時過ぎ、出勤途中の大衆に紛れても、彼は一際目立つ。顔は童顔、しかし彼から放たれるオーラは若者のモノではあらず。灰色のスーツが、彼の体のラインを浮かばせる。程よくついた筋肉と、プリッとしたヒップ、スラックスの上からも重量感がよくわかる男の象徴。すれ違う女性も男性も、彼の魅力にあてられて、暫し惚けるのが日常だ。
コツコツ コツコツ
カツカツ カツカツ
コツコツコツッッ
大衆は道路を渡ると、各々の勤務先に向かっていく。それでも道は多くの出勤者で溢れていた。彼の勤務先も、丸の内のビルにあった。皇居が見渡せるとあるビルの一室。
「みんな、おはよう。」
「「「おはようございます、局長」」」
そう、ここは株式会社トリッパー日本支局である。『彼』とは日本支局長である、神崎だ。神崎 彰、58歳バツ1、子どもなし。トリッパー歴43年の恩恵か、見た目年齢・肉体年齢共に20歳を毎年維持している、化物である。
「さて、今日のスケジュールは、っと…」
神崎が指を机の上に翳すと、局長の机の上にA3サイズの半透明の画面が浮かぶ。空中に浮かぶタッチパネルを、慣れた操作で扱う神崎。同じように、空中に浮かぶタッチパネルを操作する社員や、画面に投影された人物と話す社員が神崎の視界に入る。
これは株式会社トリッパーだからこそできるオーバーテクノロジー。多種多様な世界の恩恵を最大限駆使、良いとこ取りをして創られた技術だ。株式会社トリッパーのどの支局にも、導入されている。もちろん部外者への対策も万全で、部外者は扉を開けた瞬間にダミー会社に転移されるのであった。
「ふむ、今日は新人ダンジョンメイカーの評価面談か。まずは人物調査書を……」
新人の人物調査書とは、新人の人間性を客観的に評価するもので、トリッパーになるまでの人生の軌跡を調査したものだ。要は履歴書と同じようなもの。PDFを開き、ペラペラとページを捲る神崎であった。
田中 彼方
1993年3月20日生まれ
静岡県出身
私立星都高校普通科卒業
2011年4月より某私立大学教養学部入学予定
家族構成:両親と8歳の弟とゴールデンレトリバーのポチ
………
……
…
「と、まぁ平凡だな。
……………ん?なんだ?」
田中 彼方、別称バカナタと同級生のみならず、肉親の弟からも評されている。無論、彼の授業態度も試験結果及び内申書は酷いもの。しかし、彼は某3流私立大学に指定校推薦で合格。両親は一般的なサラリーマンで裏口入学するほどの資産も、コネもない。ならば何故合格できたのか。多方面からの調査により、田中氏には類い稀なる強運の持ち主で、それまでも全て運で乗り切ってきたと判明。
………
……
…
「ふぅん、強運ねぇ………」
「局長、転移門の準備ができました!」
「ありがとう。じゃあ帰りは夕方になると思うから、よろしく。」
光輝く水溜まりに踏み込むと、輝きが広がり神崎を包む。
「「「いってらっしゃいませ」」」
太陽が真上に昇った頃、北の大森林の奥深くに閃光が走った。光は何もなかった場所から生まれ、光が大地に突き刺さると1人の男が現れ、光は飛散した。
「ふぅ、毎度ながら転移される場所がランダムってのも嫌になるな。座標を確認………。ふむ、北の秘境、大森林か。ならばとりあえず誰かに見つかる心配はないか。だが、スーツ姿は目立つなぁ。
………変身!」
誰もいない森の中、呪文を唱えるのは神崎。神崎の体は光輝き、耳は細長く伸び、鼻は高く、髪は銀髪に、服装も中世ヨーロッパ調に変化した。
「ふっふっふっ、森の民エルフ。異世界と言えば、エルフだな。ハッハッハッ…」
誰もいない森で高笑いを堪能する神崎。人も獣も現れず風が吹くだけだった。
「さて、とりあえずアーシュラ神に挨拶でもするか。
…よっこいせっ!」
神崎が指1本を立て空を切ると、空間が歪んだ。慣れた手つきで歪んだ空間を開き、その中へ入っていく神崎。足を踏み入れた先は、真っ白い空間。視線の先に大きなベッドがあり、金髪金目に6枚羽の10歳程の少年が横たわっていた。
「何奴!」
「御無沙汰してます。」
「ん?エルフの知り合いなんて…………あ!神崎だな?」
「はい。アーシュラ神もお変わりなく。」
「昼寝の邪魔をするな。」
「そんなこと言わずに。まずはこれをお納め下さい…。」
嫌そうに神崎を追い払おうとするアーシュラ神に差し出されたのは、浅い長箱1つ。
「おぉ!こ、これはっ!」
「伊豆のあの旅館の温泉饅頭でございます。旅館でしか買えず、大量生産されず、日持ちしないものを、アーシュラ神のためだけに確保してきました。」
「おぬし、わかっているじゃないか。ふっふっふっ。」
「さっ、薄茶もどうぞ。」
「お薄もだと!」
「おや、もしや京都に行かれました?お薄って地元民ワードですよね?」
「ぎっくん!」
「アーシュラ神ともあろう方が、管理世界から離れるなんて馬鹿な事するはずないですよね?」
「そ、そうだと、とも!」
「…私、この後で天帝の御茶会に出席するのですが、もしかしたらうっかり口が滑って天帝の耳に入ってしまうかもしれませんねぇ。」
「うぐっ!……………望みはなんだ!」
「おや?私は疑問を投げ掛けただけでしたのに。
ありがとうございます。では望みは新人ダンジョンメイカーから聞いてきましょう。」
「くっ、な、何故だ。何故儂は毎度この手に引っかかるのだぁぁぁぁぁ―」
アーシュラ神の嘆きの声をBGMにして、神崎は空間にあった白い扉を慣れた手つきで開いてくぐった。
神崎が開いた扉は、アグス村の公衆浴場の女子トイレに繋がっていた。扉を開いた神崎の目にまず飛び込んできたのは、大きな桃…、ではなく女性の尻だった。扉が開いた音で女性が叫び声をあげると同時に、神崎は咄嗟に扉を閉め、叫び声に駆けつけた兵士の目に留まらない速さでその場を後にしたのであった。
「ふぅ―…あぶないあぶない。あのまま誰かに見つかったら、変態の烙印を押されるところだった。アーシュラ神め、覚えていなさい、私を敵に回すとどうなるか。
ふっふっふっ…」
その日、アグス村の外れの丘で高笑いする神崎の姿は、多くの村人に目撃された。後日、「イケメンなのに残念なエルフ」という称号を村人につけられていたと知った神崎は、次回は姿を消して潜入しようと誓ったのだった。
黒い笑いを終えた神崎は、村の中心部にあるギルドに向かった。ギルドは、2階建ての小さな事務所といった印象だ。小さくて古めかしいが、魔力が籠められた石材や接着剤を用い、地球の現代建築と遜色ない建物だった。さぞ力のあるギルドマスターと職員で切り盛りされているのだろう、と神崎は感心した。
建物の中へ一歩踏み出すと、騒がしい声が飛び交い、掲示板の前や食堂の席は人で溢れていた。食堂の混み具合から、まずは受付に行くか、と神崎がカウンターに視線を動かすと、そこには驚愕の光景が視界に入ってきたのだった。
受付で対応しているのは、受付嬢と思われる女性と壮年男性の2人だ。まぁ、ここまでは弱小ギルドなら職員が少ないから、普通の光景と捉えよう。だが受付の後ろで事務作業をしているのは、骸骨。闇の衣を纏い動いているアレは、《ナイトスケルトン》だ。何故魔物がギルドで働いているのだろうか。
「ん?兄ちゃん、どうしたんだい?」
有り得ない光景に、突っ立っていると、厳つい壮年男性に声をかけられる。
「あ、あぁ…」
「あ、もしかして、このギルドは初めてかい?そりゃ驚くよな、なんたってダンジョンで捕まえた魔物を使役して、ギルドで働かせる鬼畜マスターは俺ぐらいなもんだろう。ハッハッハッ」
「……使役?貴方が?」
「イヤイヤ、俺じゃねぇ。隣の娘っ子だよ。ダンジョンが見つかって忙しくなったから、コイツの服従のスキルを最大限活用した結果さ。魔物なら人件費かからねぇし、最高だぜ!」
「…そんなスキルが存在するんですね、初めて聞きました。でも、彼女が大怪我したり体調を崩すと使役力が弱まって襲ってくる、なんて事にはならないんですか?」
「ふふっ、安心してくれ。コイツはダンジョン最深部攻略パーティのメンバーなんだよ。魔法騎士のバルーが主に闘ってくれるから、そんな事態は起こらないさ。最新ダンジョン情報を流してくれる冒険者バルーの噂ぐらい聞いてるだろ?」
「そうなんですか、安心ですね。」
ギルドマスターの鬼畜っぶりを褒め称え、ダンジョン情報を絞りとり受付を後にする。丁度食堂が空いてきたので、適当に注文を済ませ席についた。
神崎が座ったテーブル席の斜め向かいのテーブル席に、一際目立つ美形の青年がいた。騎士の装備なのに、火精霊が彼の周りにまとわりついていた。恐らく彼が件の冒険者バルーであろう。しかし、まぁ、随分と高位な精霊じゃないか。蒼いし、人型かぁ。そりゃ、魔法騎士を名乗るだけはあるか。
神崎が思考に耽っていると、バルーの席に受付嬢が向かってきた。あぁ、あれは恋する乙女の瞳。無意識で服従のチャームを発動しているが、蒼い火精霊の加護に燃やされて無効化か。
「バルー、お待たせしました!」
「あぁ、お疲れ。いつもすまないな、仕事の後に。」
「いえいえ、愛しのバルーのためですもの。へっちゃらです!」
「そうか。」
「で、どうなんですか?状況は。」
「さっぱりだ。オールマイティーの上位魔法を使う妖精と闘える魔法使いが、わざわざこんな田舎までこないさ。」
「……妖精?」
「「!?」」
2人の会話に聞き耳を立てていた神崎は、想定外の魔物の種類に声を上げてしまった。神崎の声に驚き、2人は此方へ振り向いた。
「あ、あぁ、すみません。私、今日此方へ来たばかりの冒険者でして。ギルドマスターから御二方が最深部まで攻略しているパーティと御聞きしてまして、つい聞き耳を立ててしまいました。申し訳ありません。」
「いや、構わない。」
「なんだぁ、びっくりした―」
「それで、オールマイティーの上位魔法を扱う妖精がいるとは本当なのですか?」
「あぁ。10階のボスなんだが、このパーティには魔法使いがいないから、強力な魔法に手も足もでない。」
「おまけに、天使も召喚できるし、踏んだり蹴ったりよ。」
「…上位召喚もですか。化物ですね、その妖精。」
「まぁ、正確には妖精族ではないらしい。」
「彼女曰く、人工妖精だそうよ。可愛い容姿なのに、えげつない攻撃魔法を浴びせてくるのよね。はぁ…」
「…人工妖精。つまりは魔王でもいるんですかね、ダンジョンに。」
「わからない。だが魔王がいたとしても俺達が必ず倒す。」
「きゃっ、バルーってばカッコイイ!」
バルー達からダンジョン情報を聞き出している間に食事が出来上がり、彼らと別れた。
はて、オールマイティーの上位魔法を操る人工妖精ですか。恐らくピクシーと何かを合成したのでしょう。でも彼はまだ級なし。一体どうしてでしょうか。世界を渡る時に得る能力は、勇者トリッパーや魔王トリッパーに比べると、ダンジョンメイカートリッパーは役に立たない能力ばかりのはず。…いや待てよ、彼は強運の持ち主だ。使い様によっては、チートもありうるのか。うーむ、これはダンジョン探索が楽しみですね。田中くん、楽しませてくださいよ。
「お客さーん、食べ終わった後に、1人でニヤニヤしててキモいですぅ―」
食堂でも怪しい残念なイケメンの称号を得た神崎であった。