肉欲の果てに
御無沙汰しております。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
野菜契約を終えて一段落ついた彼方は、ダンジョン経営へ戻っていた。管理室のモニターには各階の映像が24時間流しっぱなしである。最近あるボス階の映像はモザイクで画面いっぱいである。何故なら、そこには禁断の桃色風景が広がっているからである。
彼方がアイリスにペンダントを渡していた同時刻、ダンジョン地下150階に新たなボスモンスターは配置された。さらに150階にはボスの眷属しか配置されていないため、ボスの独断場と化していた。
地下150階、そこは暗闇の空間。時に、紫と桃色が混じったような色合いのオーロラが頭の上を漂う。甘いような淫靡な芳しい香りで充満し、冒険者達にダンジョンにいることを忘れさせる。麻薬を吸ったかのような快感で、思考も身体も浮かれてしまう。己が何をしているのかとも、疑問に思わず浮かれていると甘い囁きが聞こえてくる。初めて聞く声に胸がときめき、恋人がいる者であっても、その声の主と比べれば月とスッポンだと思えてしまう。スッと心の隙間にやってきて愛しい気持ちを与える声は、次第に近づき冒険者達の身体も虜にしていった。
「ねぇ、お兄ちゃん。僕を置いていかないで。ね、ずうぅぅぅぅぅぅっと一緒だよ!」
「あぁ、もちろんだとも!お前は俺だけのものさ。」
冒険者の男を禁断の道へ引きずりこむ可愛らしい少年。彼は、ボスとピクシーの合成モンスターだ。永遠の少年、永遠の男の娘を体現した肉体を持ち、ボスから仕込まれた淫靡な術で男をおとす。時には女性冒険者を、少年愛に目覚めさせる。遊び心旺盛なのはボスの気質か、ピクシーの気質か定かでない。
「くっくっくっ、あーはっはっはっ」
階の奥で高笑いをして眷属の様子を眺めるのは、ボス1人。かつて世界中を指名手配され、傾国の美男子であった男娼。オリジナルスキル≪無に帰す波動≫にて多種多様な魔法やスキルを無効化し、精力を吸引することで戦力も防御力も殺いでいる。彼はダンジョンモンスターとして彼方と契約し、モンスター帳簿に登録された。それにより産み出されたコピーと合成することによる進化を遂げた。最強最悪のボスモンスターが誕生したのだった。
「うっ―――。」
今日もまた犠牲者が1人。精力を干からびるまで吸われた青年が、ボスの腹の上で臥せている。数時間しかボスと絡んでいないのに、数ヶ月も断食したかのように痩せている。武具は足下に散乱し、両者は肌着を乱している。
ボスは冒険者を玩具のように粗雑に転がし、ゆっくり立ち上がる。立ち上がると同時に股から脚にかけて、温かい体液がタラリと流れる。そんな事を全く気にかけないで、汚れた衣服をはたいて、身なりを整える。
「まぁ、今回はタイプだったから還してあげましょう。……感謝しなさい。」
ダンジョンの新たなボスが淫楽に耽り始まって数日後、彼方は『魔の大平原』と呼ばれる魔物が徘徊するエリアにいた。
野菜を得たならばと、次は肉を求めてある牧場に向かっていたのであった。情報通りであれば牧場や加工工場が見えてくるはずなのだが、見渡す限り魔物しかいない。
「おっかしーなぁ―……あれ?」
蜃気楼だろうか、大平原の奥深く鬼火山の麓辺り。宙に浮かぶ白い塔が見える。塔の天辺には何故か煙突があり、黙々と蒸気が吹き出ている。
塔は浮いているので入口は見当たらず、周囲には危険指定獣の『暴れ牛』がギラギラした目付きで平原を走り回っている。
「ま、まさか!あれが?」
大平原に最も近い集落で得た情報では、『鬼の牧場』と揶揄されている。なんで鬼なのか疑問を抱いた彼方であったが、遠目にみる風景から納得のいく表現であると感心する。
高レベル冒険者にならないと踏み込めない危険領域の奥にあり、一般人が足を踏み込めば命を落とす。「牧場」という平和な響きであるにも拘わらず、気軽に訪ねるなどできない鬼畜仕様。
集落から塔が遠目に見える位置まで徒歩でおおよそ2時間。ゴツゴツした岩場や沢を越え、時には服をも溶かす粘液を吐く芋虫と闘い、時には人を惑わす霧の魔物と死闘を果たした。並みの冒険者であれば、恐らく大平原についた頃には暴れ牛の餌になっていよう。
「ーーありっ?」
塔に向かって大平原を進む彼方はいつ暴れ牛に襲われてもいいよう、気を張っていたが一向に襲われる気配がない。疑問と同時に不気味に思う。ここまで来る間、魔物に襲われる事が尽きなかった。
「ん――、うっすら青みがかってる所が境界線かな?」
彼方特製チート宝珠を使って目に魔力を纏わせてよくみると、大平原には結界が張られていた。一見平原を自由に走る暴れ牛は、平原のある一帯からでれないようだ。しかも「暴れ牛だけを」結界の中に押し込めているので、他の生物が踏み込めないという訳ではなかった。
単なる侵入させない結界ではなく、通過できないものを指定し、広大な平原に結界を張り続けるというのは高度な技能が必要である。
「それで『法師の牧場』か。単なる術師じゃ無理だもんね。」
カナタン博識~、と愛しい子達の歓声を妄想してニヤつく。
法師とは魔法職の技能階級の1つである。見習いから始まり、術師・法師・賢者となる。
この世界の魔法に決まった詠唱はないが、想像力と表現力により発現される。頻用される魔法は構成や表現例、発現模様の詳細が魔導書に載せられてきた。そうして多くの魔法職は、流通している魔導書にある魔法を使っている。
短縮詠唱や詠唱破棄ができる高レベルの魔法職がいても、その多くは魔導書に載る魔法を使うだけの「術師」に過ぎない。単に魔導書を更新させる魔法を産み出しても、「術師」止まりである。
ならば「法師」とは、なんぞやという疑問が生まれる。
「ふっ、俺ってカッコイイ?イケてる?イケてる?」
彼方の妄想は佳境に入っている。周囲に人がいないのは、幸いか不幸なのか不明である。ダンジョン管理室の面々がいれば「バカナタ」――と呆れる事であろう。
「法師」とは、魔法に複雑性を与えられる者を指す。既存の魔法であっても、効果対象だけを選択できたり、本来1つしか発現しない魔法を複数に多様化して発現できる。
例えば人質が多数の敵に捕らえられている時、人質に傷つける事なく殲滅魔法が放てる。
例えば多くても指の数しか放てない火矢などの属性魔法を、大雨の様に多量に降り注げる。
術師は魔力があれば何とでもなるが、法師は魔法を複雑に扱うだけの知性も必要である。そのため、ひとつの時代に20名いれば多い方な程、貴重な存在なのだ。
「ハッ!妄想してる場合じゃなくて~塔の入口探さないと!」
ツッコミ役がいないため、無駄に長い時間妄想に耽った。大平原に昼頃着いたのに、既に時間は夕方に差し掛かっていた。
結界の境界線に沿って歩き、入口を探すがなかなか見つからない。ついには大平原の端であり、樹海の入口に辿り着く。
丁度平原の端の端には、なんと、歴史を感じさせる扉が1枚立っていた。扉しかなく、とても不思議だった。よくよく注視すると、扉の左上にインターホンが浮いている。この世界にそぐわない、明らかに怪しいインターホンが目の前にあった。
「ま、まさか!これが?」
「ようこそ、法師の牧場へ!」
インターホンを押すと、牧場へ繋がった。訪問の理由を告げると、快く塔の中へ案内してくれた。扉は空間魔法で塔に繋がっていた。
牧場主はでっぷり腹がでた高慢なオヤジかと思いきや、細マッチョでフレンドリーな壮年の男性だった。契約交渉も、好反応で早く終わりそうであった。
「彼方くん、すぐにでも契約したいのだかね。ちと―、問題があってな。問題を片付けてくれたら、契約しようではないか!」
牧場が卸す最高品質の肉・乳製品の元はなんであろうか。それは「暴れ牛」だ。法師を輩出する家系でありながら食い意地はった結果が、牧場経営である彼ら。何代も昔から、常時3人の法師体制を維持してきた。野生の「暴れ牛」を卸すために、職員は皆、高レベル狩人。恵まれた環境である。それでも問題は発生する。
「最近強いダンジョンが生まれただの、魔王が復活しただの噂されているだろう?この辺りは元々危険地帯だから気にしてなかったんだが……。最近急に辺りの魔物も強くなってきてね。結界を通過してしまう強い個体も増えていて困っているんだ。」
要は結界の強化と狩人のレベルアップ、という商人には全く関係ない依頼をされたのだった。