彼方の冒険3
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今年もよろしくお願い致します。
春子を見送りし一息つく彼方。体は空腹を訴え、ふと時計をみると丁度昼時であった。最近喫茶店マスターとして調理スキルを鍛えられた彼方は、自然と自ら料理をする習慣を身につけていた。慣れた所作でエプロンを身につけ、冷蔵庫に向かい扉を開けた。冷蔵庫の中身は真っ暗闇。違和感から反射的に扉を閉めた。
「……見間違いかな?疲れてるのかな?」
数秒前の記憶をなかった事にした彼は、再度勢いよく扉を開けた。しかし目の前に映る冷蔵庫の中身は数秒前と変わらず、扉を開けたまま呆然としてしまう。
「朝はあったのに、…なんでない?」
呆然とする彼に追いうちをかけるように、クエスト発生のアナウンスが無情にも脳内に流れたのだった。
クエストが発生しました
《物流路の確保と契約》のクエストを受けますか?
このクエストは、受理しないと今後持ち込み以外での食材調達ができません
このクエストは、期間限定クエストです
「物流路の確保?え、何、Help!」
Helpを開きます
検索ワードは、物流路で良いですね?
「YES!」
検索中
検索中
「おそっ!」
展開速度はバージョンアップをすると改善されます
展開速度はバージョンアップをすると改善されます
バージョンアップを選択しますか?
レベルが足りません
バージョンアップはできません
レベルが足り
「何くそ!」
検索完了
ステータス画面のメッセージ受信箱を確認して下さい
「ふむふむ」
ダンジョン喫茶店のサービスは世界一最高のサービスを誇る。喫茶店マスターのサービスも然り、提供される飲食物も然り。よって、物流路も最高品質のモノが契約先から転移路を通じて喫茶店に運ばれている。ダンジョン喫茶店マスターは、後継者に全ての権限を明け渡すまでダンジョン外にでる事ができないため、物流路の確保はアーシュラ神の管轄にある。
しかし喫茶店マスターをダンジョンメイカーが兼任する場合は、アーシュラ神の管轄を外れる。よって先代の手が完全に去ると同時に、物流路は閉鎖され亜空間だけが残るのである。
「なにこれ、無理ゲ―?」
クエストを受けますか?
このクエストは期間限定クエストです
このクエストは受理に時間制限があります
「は、初耳!」
残り1分
「え?あ、やっ、ちょ」
10、9、8、7…
「受ける受ける受けるってば―!」
クエストが受理されました
詳細はステータス画面で確認して下さい
数十分後、彼方は旅装で身をかため喫茶店にいた。喫茶店のカウンターには幾つもの小箱とシンプルな腕輪がある。そしてクエスト詳細画面を視界上に展開していた。
「えっと、これが転送キューブか。これは、四次元バッグに入れてっと。管理の腕輪は左腕でいいかな。で、問題はどの項目で、どの候補へ跳ぶかだなぁ…」
契約先に置かれる転送キューブは手の平サイズの正方形をしていたが、スイッチによりミカン箱サイズにも冷蔵庫サイズにも変化自在なアイテムだった。その機能だけでも素晴らしいのに、商品を入れると瞬時に対価がキューブの手前側に付いている窪みに支払われるという優れものだった。株式会社トリッパーはオーバーテクノロジーを異世界人にも提供していた。
「う~ん、面倒だからてきとーに野菜!野菜ならどの地域でも大丈夫だろう!……って候補は3つだけ?………あれ?注記?スター商会と契約している所は元々候補から除外?ガガ―ン!もういい!ランダム転移を選択だっぜ―!」
珍しく不運だった彼方だが、強運で様々な難関を乗り越えてきた経験からポジティブに転移陣に乗っていった。
針葉樹が広がる森、見渡すかぎりどこまでも木々に囲まれた場所の地面に頭を突き刺している1人の青年がいた。
「あいたたたた、何コレ、着地失敗しすぎじゃん!」
頭を手でなで、傷が無いことを確認する彼方。どうやら無傷であったようだ。初めてみる風景に好奇心旺盛で辺りを見渡す。
「てか、ここはドコ?候補の近くに転移されるって書いてあったけどさ―。世界地図みても、地名とかちんぷんかんぷん!」
森の中を勘で適当に歩きつつ、街を目指す彼方。迷っても勘と強運で生存してきた経験則から全く不安な様子はなかった。数十分歩き続けると、近くから女性の叫び声が聴こえてきた。
「これはテンプレ?わくわく♪」
彼方が女性の声を辿って駆けつけると、目にしたのは一組の男女がいた。女性は2mはあるだろうか、とても背が高く肩幅も大きい。顔は好みではないが、体育会系の綺麗系の美女といった印象で頭に角がある。手には彼女の背丈程ある大剣をもち、男性に迫っていた。急いで駆けつけたものの、状況がわからず戸惑い足を止めた彼方と、ふと男性の目が合う。
「きゃ―冒険者様、お助け下さぁい!」
男性はいわゆるジャニ系という部類だろうか。華奢な体つきだがモテそうな容姿だ。だが残念なことに、体をクネクネさせて甘えるような甲高い声で迫られても正直気持ち悪い。彼方は嫌悪感を面にだし、男を突飛ばし拒絶した。
「寄るな。気色悪い。………そこの女性、邪魔して悪かったな。仕事を続けてくれ。」
「あ、ああ」
女性は大剣を男性に振り落とし気絶させると、何やら手錠と口枷を男にはめて男を運び始めた。
「あ、待って!」
「何か?」
「もしかして近くの街に行きます?よかったら一緒に連れて行ってくれませんか?」
「ん?冒険者ではないのか?」
「えっと―、転移装置の不具合でこの森に飛ばされちゃいまして、実はここがどこかも分からない、みたいな?」
「はぁ?ここは北の大森林だぞ!奥地へいけば凶暴な魔獣や竜もいる危険地帯。そんなヘラヘラしたお前だとすぐ殺されるぞ!私に会えたから良かったものの…」
「だ、大丈夫です!これでもダンジョン商Aランクだし」
「はぁ?嘘も程々にしとけ。」
「え―?スター商会のカナタ・タナカって言っても、伝わらない?」
「スター商会だと!………そういえば……」
「理解してもらえました?」
「ふん、一応な。だが私は目で直接見た情報の方を信じる主義だからな。………私はシュエラだ。見ての通り、鬼人だよ。」
「ふぅん。とりあえず街までよろしくお願いします!」
街まで2時間程歩くとの事だった。道中お互いの事を話したり、途中で遭遇した魔獣を倒してダンジョン商Aランクだと認めてもらえたりと、シュエラと親しくなった。
「そういえば、この男、一体何なの?」
「あぁ、コイツは特殊体質を悪用した犯罪者で男娼だ。」
「男娼?道理でクネクネ…」
「あのクネクネも手法だ。守ってあげたくなるような甘え方でフェロモンを倍増して放出し、数々の男をおとしてきた。コイツの毒牙にかかって、逆に骨まで搾り取られた冒険者も数多い。そんなだから数百年もコイツを捕まらなかった。」
「数百年!?」
「コイツは人の生気を吸いとって若さを維持し、骨まで搾り取って証拠を残さず財産を奪うとんでもない奴さ。」
男娼は世界規模での指名手配犯だった。ある国では王族を滅亡させ、ある国では有望な若者が散っていった。
ただ彼は元々犯罪を犯すような人間ではなかった。しかし壮絶な環境が、彼を苦しめ狂わせた事は彼と愛し合った者達の手記により明らかになっている。
彼は極々平凡などこの国にもある人間の家庭に生まれた。不幸にも先祖に吸血鬼やサキュバスのような異人がいたのだろうか、彼は特殊な遺伝子を持って生まれた。
彼が生まれて初めて目にしたのは、父親の憎悪の瞳だった。そう、生気を吸う体質の最初の犠牲者は母体。彼は母親の胎内でスクスクと育ち、外にでると同時に母親の生気を骨まで搾り取り産まれ出たのだ。
はじめは父親に何故疎まれるのかわからず戸惑い生活するも、成長と共に己の特殊能力を知る。嘆き哀しんだが、まだ彼の心は闇に堕ちる事はなかった。能力を隠し、うっかり吸ってしまっても搾り取る事なくコントロールし成人した。そして彼は人並みに恋をし、1人の女性と愛を育み子宝にも恵まれた。
「コイツはこの時が一番幸せだったんだろうな。」
「あのクネクネから全く想像つかないな。」
遺伝という知識のない世界で、特殊体質は自分だけだし子どもも胎内で健やかに育っていると安心しきっていた彼に再び悲劇が訪れる。
特殊な遺伝子は子どもにも遺伝したのだ。愛する妻が産気づき、陣痛を始めた彼女の手を握り応援していた彼の目の前で、ソレは起こった。愛する子が産まれでた瞬間、握っていた温もりは一瞬で霞になり消えた。ベッドには元気よく泣き叫ぶ赤子。ソレを見た瞬間彼は悟った、己の体質は受け継がれるのだと。
「ソレ以降、コイツは同性に走ったのさ。」
「…その子どもはどうなったんだ?」
「コイツは自分と同じ人生を歩ませないために、吸いとって殺したそうだ。」
「なっ!?」
その後、彼は世界中を放浪した。家族に疎まれて育ち、特殊体質で迫害されて生きてきた彼はこれといった技術もなかった。愛する妻がいた頃は、妻の家族や友人に助けられ生活していたが、妻の死で疎遠となった。放浪中に辿り着いた手段は体を売る事だった。
彼の本性は優しい男だったから、持ち前の気質で多くの顧客を抱えた。仕事を続けるため、ほんの少し生気を吸って美貌を維持する事はあったが罪悪感から積極的に吸う事はなかった。そんな日々が続く中、彼は1人の精霊使いの人間と出会う。精霊使いは彼と交わり、彼の特殊体質を知り指摘した。だがそれは悪意ある言葉ではなく温かみのあるものだった。次第に彼と精霊使いは愛を育むのだった。
「精霊使いは魔力や生気を対価に精霊魔法を使うからな。生気を吸われる感覚を知っていたんだろう。」
愛を育む事を半ば諦めかけて快楽に身を任せていた彼に、再び幸せが訪れる。しかしそれも長く続かなかった。
「なんで?」
「知らなかったんだよ、コイツはさ。」
「だから、何で?」
発情期、という時期が種族によってはある事が知られているが人間にはない。しかし人間でありながら、その種族に近い遺伝子をもつ者はどうだろうか。不幸にも彼が愛を育んでいた頃、彼は発情期を迎え体質をコントロールできなかった。悲劇的に愛する者との闇の時間に、発情期が始まったのだ。発情期を終えて彼を待っていたのは冷たい寝具だけであった。こうして彼は狂い狂い、犯罪者として世界を闊歩したのだった。
「ほわ―壮絶!……ん?あれ?手記って残らなくない?」
「ふふん!」
話に続きがあった。彼が全て搾り取ったと嘆いた精霊使いの霊魂は奇跡に精霊に保護されていた。霊魂は彼を助けるために、霊格を上げるため奮闘し、彼の守護霊となった。その頃には何百年か経っていたが、世界では冒険者ギルドが発達し、彼の事も手配されていた。そこで守護霊は手記を完成させ、各地ギルドへ持ち込まれるよう力を駆使した。また、彼の心を救いたい一心から、彼のフェロモンが効かない魔具を冒険者に与えた。
「魔具?」
「あぁ、だから私はコイツを捕らえたんだが。そういえば彼方には効いてなかったな。」
「あ、たぶん精霊の加護アイテムつけてるからだよ。あはははは」
彼のフェロモン放出は、淫魔の加護によるスキルのようなものだ。ダンジョンメイカーの職業特典で神の加護やスキルが効かないなどと口が裂けても言えないと、冷や汗をかいた彼方であった。
数時間後、彼方はシュエラに案内されて街に着き、宿屋の個室で一息ついていた。
「なんだか今日はいろんな事があったな―
あ―癒されたい癒されたい癒されたい。あ、そうだ!」
何かを閃いた彼方は左腕にはめた管理腕輪のスイッチを押した。すると腕輪から円形の闇が展開され闇の先にコンピュータ画面がみてとれた。ベッドから重い腰を上げた彼方は、コンピュータに向かって闇の中を歩き進む。辿り着いたのは見慣れた部屋だった。
「やっほ―」
管理腕輪とは旅の最中でもダンジョン管理ができるようにした特殊アイテムである。他人の居ない個室であれば転移路を展開しダンジョン管理室に行く事もできる。道端で管理画面を展開して操作ができる。最下層に冒険者が侵入してくると、アラームで知らせてくれるのだ。彼方の趣味全開の癒しキャラ達とも旅中でも会え、ダンジョン管理・作成も滞りなく行える。
「みーちゃん、今日はね……あのね………でね………」
「はいはい、ん―……あ―……うん……うん……あ―」
「みーちゃん、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてますよ聞いてますよ。なんでしたっけ、ゴリラみたいな大男の男娼にクネクネと迫られてお漏らししちゃったんでしたっけ?」
「全然違うし!混ざってるし!追加されてるし!」
「えぇ―マスターお漏らししちゃったの?さいってぇ~やだ近づかないで!」
ダンジョン管理室は普段通り、賑やかな様であったとさ。