彼方の冒険2
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ダンジョンを探索していると、稀にとある喫茶店が現れるという。喫茶店の壁にはA国やB国の勇者パーティーの肖像画が飾られ、店主とマブダチになればダンジョンのマル秘情報を教えてもらえるという。喫茶店には魔物が何故か近寄らず、安全地帯だ。そして、その喫茶店は各地のどのダンジョンにも同じ姿で出現し、多くの謎に包まれている。また喫茶店に遭遇できるのに高層階であるとか、レベルが高い等の条件はなく、純粋な《運》に頼るだけだった。
「毎度御贔屓にありがとうございます。冒険者の皆様の強い味方、スター商会でございます。そこの戦士のお兄さん、ハイオークに苦戦されてますね!腹部の出血も酷いですね。……ん?助けて欲しい?私、商人ですので護衛の依頼は承っておりません。しかし御安心を。どんな傷もキレイに治すフルポーション、今なら通常10金貨のところを1金貨で販売します。オマケでもう1つ付けちゃいますよ!
……毎度あり~またのご利用をお待ちしております。」
アグス村では蘇生に近いぐらいの回復力をもつフルポーションは売っていない。そもそも、フルポーションの生成技術を持つ人間は少なく、市場にあまり流通していない。それでも通常価格が金貨10枚とは、ありえなかった。質が高くても500銀貨といったところだ。ちなみに金貨1枚あれば、平民は1年遊んで暮らせる。
スター商会では商会内でフルポーションを量産できる体制が整っており、材料費と技術料を含めても1個に10銀貨しかかかっていない。危険なダンジョン内の戦闘で疲弊し、冷静な判断を下せない冒険者に近づいては巧みな誘導で、ぼったくりを繰り返していた彼方であった。
「ぐふふふふっ。今日も儲かった儲かった。この調子で、次の階に行くかな~
………ん?なんだ、この扉?」
彼方の道を阻む扉が目の前にあった。自分が作ったダンジョンにこんな仕掛けをした覚えがなく、不思議に思いつつも扉をあける。すると、そこは喫茶店だった。
「あら?いらっしゃい?」
声をかけてきたのは、カウンターの中に立つ女性。色艶鮮やかなストレートの黒髪を腰まで伸ばし、小顔で真ん丸の大きな瞳で、笑った時に見える八重歯が印象的な清楚な女性だった。
「憩いの隠れ家へ、ようこそ。新人ダンジョンメイカーくん♪」
「ほぇ!?」
驚きのあまり奇声をあげる彼方を無視して、コーヒーを用意する女性。
「突っ立ってないで、座ってお飲みなさい。」
喫茶店の店主の名前は「八木春子」といった。明治生まれの、大先輩トリッパーであった。道理で古風な名前である。以前は株式会社トリッパーで、後進の指導にあたっていたらしい。見かけは兎も角、実年齢が高齢になったため引退し、株主特典をフル活用し、趣味の喫茶店を異世界営業しているとの事だ。
「株主特典?」
「私以外にも、社員時代に稼いだお金で大株主になって、異世界で第2の人生を満喫している人は多いわよ。」
「すげぇ~。…でも何で、ダンジョンで喫茶店なんですか?」
「……………はぁ。言わなきゃダメ?」
首をコテンと横に傾け、甘い声をだして尋ねる春子に胸打たれる彼方だったが、必死に「明治生まれ明治生まれ」と心の中で呟いた。
「だ、だめです!お、教えて下さい!」
「ふっ、ふっふっふっ!やった、やったわ~!」
「え?」
ピコーン
クエストが発生しました。
このクエストは破棄できません。
古風な美少女は黒い笑みで高笑いし、クエスト発生のアナウンスが流れ、彼方はただ呆然とするしかなかった。
「ウォッホン!………少々取り乱してしまったわ。田中くん大丈夫かしら?」
「は、はい。」
「とりあえず、クエスト内容をステータスで確認して読み上げて頂戴。」
「はい。………ええと、
ダンジョンで喫茶店を経営しよう 1/100。
ダンジョン喫茶店本支店の経営をしよう 1/100
ダンジョン喫茶店の後継者を育てよう 0/100
ダンジョン喫茶店を後継者たちに委譲しよう 0/10
ダンジョン喫茶店本支店の全権を後継者に委譲 0/1
※店舗の委譲は分割か一括に限る
喫茶店ギルドに加入 0/1
喫茶店ギルドで新クエスト受理 0/1」
「……………ふぅ、長かったわ。ダンジョンメイカートリッパー出身の私が異世界で喫茶店経営ができると聞いて、胸を熱くして株主特典を使ったのだけど。蓋を開けば、ダンジョンメイカートリッパーは、勇者トリッパーや魔王トリッパー達と違って、出発点はダンジョン。哀しみのあまり深く嘆いていたら、手を差し伸べてくれた男性がいたの。あの時は仏のように感じた笑顔の正体は、悪魔の微笑みだったわ。
……彼は、私にこの世界の各地に点在する喫茶店の全店舗を委譲してきたのよ。私はさらに嘆いたわ。でも涙を流す暇もなく、スパルタな指導をされたわ。何度あの男を鬼と思ったことか…」
「た、大変だったんですね。」
「それだけじゃないの。最初は嘆いていたけど、喫茶店経営は楽しかったわ。でもね、10年経てど、100年経てど、1000年経てど、ダンジョンメイカートリッパーは現れないじゃない!私はあの男を呪ったわ。やっと祈りが叶ったのかしら、貴方が来たわ。あの憎い男は死んだらしいけど、株主通信であの男の息子が活躍しているとあったわ。地上にでたら復讐してやろうと思ってるの。ねぇ、貴方神崎っていう日本人知ってる?」
「あ、ははははは…」
一方その頃、ダンジョン管理室ではお馴染みの3人が彼方をウォッチングしていた。
「あら、カメラの故障かしら?あの変な扉に入った後、全然映らないじゃない。」
「えっと―、映像が突然映らない時は、………54ページ参照。」
「何々、監視モンスターの生命力の確認。……特に変化はないってばよ。」
「特記事項は?」
「あ~、何あの女!すっごい美女がでてきましたよ、ミネアお姉さま!」
「あら、私に劣らないなんて…」
「素直に負けたって認めましょうよ。」
喫茶店の扉を彼方が潜ると、映像は扉しか映さなかった。この様な事態は初めての事で、慌てて説明書と格闘する3人。そうこうしている間に扉から、春子が出てきたのだった。
「ね、ねぇ?」
「なぁに、お姉さま。」
「あの人、見えないはずの監視モンスターと目線バッチリで、なんとな―く近づいてない?」
「なんとなーく、ではなく全くその通りかと。」
コツコツコツ
コツコツコツ
「ダンジョン管理室の皆さん、こんにちは?彼方くんは喫茶店で暫く預かるけど、命はとらない程度にビシバシ鍛えて帰すから安心して。私の事は説明書の特記事項85を参照よ。
和菓子の差し入れ持参なら、喫茶店に招待するわ。じゃ、またね。」
コツコツコツ
コツコツコツ
コツコツコツ
バタンッ
「なにあれ?」
「「ハッ!……特記事項85?」」
「何々、………トリッパーがマスターを務める喫茶店。世界各地に点在するが、ダンジョン店舗はダンジョンメイカートリッパーのOBGが定年後の第2の人生として務める事が多い。ダンジョン店舗は、その店舗が存在するダンジョンメイカーの管轄外であり、ダンジョン管理室の影響を受けない。ただし稀に現役のダンジョンメイカーに経営権が委譲された場合は、ダンジョン管理室での管理も可能とされる。」
「「って事は、あの女、相当なクソババ……はっ!」」
「どうしたの?」
「いや?何でもない何でもない。和菓子、そう和菓子を用意しなくちゃ!ね、お姉さま!」
「そ、そうよね」
ブーブーブーブー
ブーブーブーブー
シンニュウシャ アリ
シンニュウシャ アリ
ブーブーブーブー
ブーブーブーブー
「「「え、ナニ?え?」」」
突然ダンジョン管理室にサイレンが鳴り響く。緊急事態にあわてふためく、ミネア達だった。
プツッ
コツコツコツ
コツコツコツ
コツコツコツ
コツッ
「ごんにぢはぁぁぁぁぁぁぁ」
「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
ミネア達が慌てている間に光源が消え、暗闇になると現れたのは、長い黒い前髪を表に垂らし、鬼のような形相の春子であった。手には何故か鎌を持って、3人に迫ってくる。
「わるいごはいねがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
後日、3人は和菓子を持参して喫茶店に訪れ、春子の肩を揉んだり足を揉んだりと甲斐甲斐しく世話をした。彼女らの主人である彼方は不思議に思いながらも、彼女らから「春子様にはお世話になっていますから」と真顔で迫られれば、そうかと頷くしかなかった。
彼方が喫茶店に缶詰にされていた頃、冒険者達は現れるはずのないスター商会がいると信じてダンジョンを探索し続け、死闘を繰り広げていた。そんな事、もちろん彼方は知らない。哀れな冒険者は1人、2人と散っていった。