評価面談
お待たせいたしました(汗)
読んで下さりありがとうございます。
柳が生い茂る山地に、1人の青年がいた。彼は何やら鼻をくんくんとヒクヒクさせ、辺りに漂う香りを追い求めて歩き回った。
「桃だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
香りのもとは、淡い桃色に色付いたプリッとした桃。彼の視線の先には、沢山の桃が木になっていた。彼は涎を垂らし、たまらず手を伸ばした。
プニッ
プニプニプニ
プニ
「ん?」
彼が掴んだのは桃ではなかった。手で掴んだのは、女性の胸だった。
「おっぱいだぁぁぁぁぁぁ!」
その事実にハッとすると彼の周囲の風景は緑溢れる山地ではなく、お馴染みのリビングだった。
「カナタ~ン、涎垂らして何の夢見・て・た・の―?…もう、そんな触り方されたら感じちゃう~…キャッ」
青年の名前は、田中彼方。従者のミネアの膝を枕にし、ソファ―で昼寝をしていたのだ。彼の手は、未だにミネアの胸にあり、脳が正常に覚醒してないのか揉み続けていた。ミネアは珍しく嫌がる素振りもみせず、寧ろ頬を赤らめ恥ずかしがっていた。
「こ、これは?夢か?夢なのか?…おぉ、神よ!」
「もぅ~ミネアもぅ我慢で・き・な・い。カナタンの初めて、はやくちょ~だい。キャッ、言っちゃった。」
ミネアの大胆発言に彼の興奮は増し、彼は手を胸からミネアの顔を掴み唇をうばーーーう事はなかった。
「…………君、だれ?」
「え?」
彼は突然真顔になり、ミネアへ問う。女体への欲望で興奮し邪な表情は一転し、怒りのオーラを目の前の女性に発した。
「ミ、ミネアですよ、カナタン?」
「嫌、違う。みーちゃんなら、胸を掴んだ時点で雷が落ちるはずだし。そもそもさ~」
「そもそも?」
「本物のみーちゃんなら、俺が童貞じゃないって知ってるんだから、さっきのセリフは有り得ないんだよね。」
「……童貞じゃない。」
「そう。…あ、ちゃんと相手は地球人だよ。」
「…………………くっ、くっくっくっ、アーハッハッハッ!トリップ初心者は童貞処女が定番なのに、くそっ予想外の展開だ。だが実に面白い。存在が面白いぞ、田中くん!」
「へ?」
突然煙が発生し、目の前のミネアだった人物は黒髪の青年の姿になっていた。彼方が呆気にとられていると、胸元から名刺を取り出し差し出した。
「………株式会社トリッパー日本支局長、神崎彰、さ、ん?」
「はじめまして、田中くん。どうだい?異世界トリップ生活の方は順調かな。今日は突然悪いな。ダンジョンの評価面談日は、ダンジョンメイカーに事前通知しない決まりになってるんでね。冒険者に扮してダンジョンを探索させてもらったよ。中々よくできてるじゃないか。早速で悪いが、面談に入らせてもらうけどいいかい?」
「え、あ、はい。………あ!」
「ん?何だい?」
「あ、の―、名刺にある年齢は、本当ですか?」
「そうだよ。正真正銘の58歳だ。見た目が若いのは若い時からトリッパーだからだよ。………もしかしたら君もトリッパーを続けていたらいつまでも若々しくいられるかもね。」
リビングの椅子に向かい合わせで座った2人は、最初はぎこちなかったものの次第に打ち解け和やかに面談が進んだ。
「……ふぅ、長々と質問に答えてくれてありがとう。所で、今日の地下10階ボスは魔物じゃないよね?」
「あ、わかります?魔物じゃない者を配置しちゃダメですよね?」
「………カナイ~、イチコー、おいで。」
現れたのは妖精族を偽装した魔物のカナイ、そして神崎を此処まで案内したイチコだ。
「「マスター呼んだ?」」
「神崎さん、この2人が現在の10階ボスです。
カナイは家庭具作成のスキルで作った上位魔法書とピクシーの合成魔物です。イチコは家庭具作成スキルで作った上位魔法書と宝魔石の合成魔物を素材にして、家庭具作成スキルで作った市松人形を合成してできた生命体、即ち魔導人形です。」
「ふむ、イチコくんは何故魔物にしなかったんだい?」
「実は………」
「獣神の加護?」
「そうなんです。あれが有る限り、魔物であるボスだと不利なんです。」
「むむむ………」
「何とかならないですか?」
「…まぁ、安心しなさい。実は此処へ来る前に依頼主であるアーシュラ神にお会いして、君に1つだけ願いを叶える権利を頂いてきたのだよ。」
「神様に面会!すげぇ―!」
「だからアーシュラ神には、君から造り出されたこのダンジョンの生物に限り、神の加護は効かないようお願いしておこう。獣神の加護以外にも、何とか神の加護を持つ者が現れるかも知れないしな。」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
こうして面談は和やかな雰囲気で終わり、神崎はチャオ~と手を振って空間を裂いて去っていった。
神崎が向かったのはアーシュラ神の住む空間。神が持つ能力で造り出された空間は、地上にも宇宙にもなかった。人間の技術がいくら発展しようとも辿り着けない場所だ。だが、その場所の座標を知り、高位の転移魔法を使える者であれば、人間でも辿り着けるのだった。
その白一色に統一された空間で惰眠に耽る人型が1体いた。勿論、アーシュラ神に他ならない。ソファーに横たわっていたアーシュラ神は、ふとあるモノを思い出しニヤリと笑った。アーシュラ神が何もない目の前の空間に指を突き出すと、白く浅い平べったい箱が現れた。そう、これは神崎がお土産として持ってきた温泉饅頭だ。
「むふ、ふふふふ~ん♪」
「バァ~」
「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
アーシュラ神がウキウキと箱を開けると出てきたのは、生首だった。頭は剃髪した侍の様で、目と首から紅い血液がドクドクと垂れ流れている。アーシュラ神が、生首を目にした瞬間、生首の目がギョロリと動いた。
「おかぁちゃーん、助けて―」
アーシュラ神は生首が恐ろしく空間の隅に逃げ出し、足腰を激しく震わせていた。一方の生首は、恐怖状態に陥ったアーシュラ神に満足したのかニヤリと笑い、箱から飛び出した。
「………アーシュラ神」
「ひっ!ち、近づくなっ!」
「……アーシュラ神、私ですよ。ワ・タ・シ♪」
「えっ?」
生首は光輝き、その姿は人型へ変化していった。髪は黒髪に、装いはスーツへと。
アーシュラ神にアグス村の女子トイレに転移させられた事を、神崎は忘れていなかった。仕返しにと、アーシュラ神が苦手なホラー系で驚かせたのだった。しかし仕掛人の神崎も驚いていた。何故なら神崎は情報として、「アーシュラ神はホラー系が苦手」と知っていただけで、こんな震え上がるほどアーシュラ神が怯え幼児化するとは思いもしなかった。神崎の計画ではもう暫く生首状態でいる予定だったが、失禁しそうな状態のアーシュラ神を前に無理はできないと判断したのだった。
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!」
「………どうも、神崎です。」
「か、か、か、神崎か?あれは神崎だったのか?神崎かぁ―」
アーシュラ神は饅頭の箱、神崎、天井の順に視線を何度も動かし、10分程繰り返して、やっと正常に戻った。その間神崎は、アーシュラ神の目の前で胡座をかき、饅頭を食べては煎茶を飲み、を繰り返していた。アーシュラ神が復帰した時には、箱の中身は半分に減っていた。
「ま、ま、饅頭がぁぁぁぁ!」
「御馳走様でした。」
「あう、あう、あう…」
またしてもアーシュラ神の状態は異常に変化し、元に戻るのに10分程かかった。その間神崎はアーシュラ神のお気に入りソファーで寛ぎ、何処から取り出したのかわからないテレビで、アカンアカンと騒ぐ某お笑い番組を観て爆笑していた。
「…して、何の用だ?」
「え?忘れたんですか―?新人へのプレゼントですよ。プ・レ・ゼ・ン・ト、ハァ~ト!」
「キモっ」
「ああぁ―。心広い私は、先程の可愛いアーシュラ神の様子を録画した映像を御茶会で披露しないつもりでしたのに、…残念です。」
「な、な、なんだって?」
「えぇ、ですから、アーシュラ神が自世界をほっぽいて京都旅行に行っていた事に目を瞑る代わりに、新人トリッパーに恩恵を下さると約束して下さったのに、それをなかった事にしようとしている。そのように天帝との御茶会にて、…………先程の《おかぁちゃーん、助けて―》の場面映像と共に報告させていただきます。」
「声マネ上手いな。っ、じゃなくて!」
「では、ごきげんよう。」
「ま、ま、まて!わかったわかったわかった!わかったから、その報告は止めてくれ!」
「………ふぅ、最初からそう言ってればいいんですよ。ま、こちらの条件をアーシュラ神ごときに断れるはずもないのですが。」
「おまっ!どこの悪徳商人だ!」
「やはり、アーシュラ神のツッコミはイイですね。実にイイ。」
「Mか?神崎、お前は実はMだったのか?」
「何言ってるんですか?真っ昼間から変な事言って、このおませさんは。」
「だ、誰がおませさんだ!」
「そんなに頬を赤く染めて言っても説得力ありませんよ。」
「ぐぐぐっ!………堪えろ俺、堪えるんだ、堪えるんだー」
「あ、そうそう。映像の件は、次のプレゼント分という事で、よろしいですね?じゃあ、今回のプレゼントの内容はこちらに書いてあるので、速やかな対処を期待してますよ。もし遅れるような事があれば…………流しますよ、神Newsに。ふふっ…」
「ぐはっ………」
こうしてアーシュラ神から新人ダンジョンメイカー田中彼方へ、新たな恩恵が与えられたのだった。
後にアーシュラ神は「神崎に逆らう者は地獄をみる」と、青ざめた表情で新人トリッパー達に語ったという。