1 魔導司祭の女の子
地下迷宮八九階で、僕とミナは出現エネミーと戦闘状態に入っていた。
マスターデモン――上級悪魔系エネミーだ。ロウアーデーモンを二体引き連れている。
マスターデモンは大剣を一本持っている。
炎に包まれた剣に、僕は思わずはっとなる。
フレイム・ブレードに間違いなかった。
フレイム・ブレード――魔法剣の一つである。剣に炎の魔法を付与させ、焼くと斬るとを同時に行うことで、相手に大ダメージを与える魔法剣である。
だが、この魔法剣の恐ろしさは、火による攻撃ではない。
剣という武器の欠点である間合いや距離の概念が解消されると言う点だ。
魔法の攻撃射程は通常中距離から長距離の範囲である。
接近戦では、斬撃と炎を同時に放ち、殺傷能力を引き上げ、中距離の場合は炎の燃焼の促進や火炎流速の加速により、攻撃範囲を拡大できる。
近距離でも中距離でも対応が可能で、特に火に弱いエネミーの場合は、効果は絶大である。
更なる利点は剣の打ち込みで魔法を放つ為、術者のタイミングで、炎を放つことが出来る点にある。
剣の攻撃直後に、火が襲い掛かってくるという二重攻撃を可能とする。
不用意に近づけば、焼き殺されるのは眼に見えている。
目の前のエネミーは、魔法剣を行使するエネミーであった。
炎と剣をまともに喰らい、僕とミナのパーティーは大ダメージを受けてしまった。
しかし、すぐ様パーティー全体に自愛に満ちた安らかな光が降り注ぐ。
ミナの仕業だった。
治療魔法所有者である魔導司祭の回復魔法だった。
失われた生命力の数値がたちどころに元に戻っていく。
単体のみならず、パーティ全体にこれだけ回復魔法をすぐ様詠唱実行するミナの反射神経に僕は舌を巻いていた。
同じ魔導司祭であるアイグレーが<退去>の魔法を使用していた。
第六位に数えられる下級天使が降臨すると、ロウアーデーモンを元の世界へ退去するように、命じた。利得の獲得は無くなるが、マスターデモンが強敵の以上、敵の数を減らすのは当然の戦略だった。
ロウアーデモンが光に包まれ、戦闘圏内から消え去る。
先ほど回復魔法を施したばかりのミナが、すでに次の魔法の詠唱に入っていた。
胸の前で魔導儀杖を構えると、風が巻き上がる。
魔法風という、魔法発動時に生じる現象である。
竜を象った魔導儀杖の上に立体呪印が煌くと、神々しい光球状の物が出現していた。
魔法触媒だった。
僕を含め、パーティーメンバー全員に緊張感が走る。
ミナが使用しようとしているのは、<対消滅>の魔法だった。
負の世界から鏡像物質などの負の物質を生成召還し、正の世界の物質と反応させ、対消滅現象を引き起こす、魔導司祭最大の攻撃魔法である。
魔法触媒――魔法によって作られた反応触媒物質である。反物質のような未知の物質を製造抽出し、魔法により保存固定化したものである。
触媒と共に、行使者を保護するために、魔法障壁が形成される。
ミナの魔力や精神力などの資源が膨大に消費される様が伝わってきた。
魔法耐久率の高い悪魔系エネミーに有効な魔法は、魔法触媒系の強力な魔法のみである。
パーティー周囲に障壁の形成が完了すると、ミナは魔法触媒をマスターデモンに向かって放った。
障壁圏外は灼熱地獄と化していた。
正確無比の魔法制御だった。ヘスペリアより格段に早かった。
ウィザードブレード内の魔法は様々な不確定要素に支配されている。
魔法は物理攻撃と異なり、定められた設定状況がそのまま再現されるわけではない。
エネミーの魔法耐久率に、術者の成功率や命中率などの魔法制御力が大きく関係してくる。
特にミナが使用した対消滅は制御が難しく、ミスを誘発する危険性が高い。
これだけ強力な魔法を習得し、しかも正確かつ即座に制御するミナに、タイトルホルダープレイヤーの実力を見せ付けられた気がした。
魔法障壁内で、僕は念のためにヘスペリアに命じ、同じ負系の魔法である<核爆>の魔法の準備に入らせた。
<核爆>は対消滅と同じ魔法触媒系の魔法だが、対消滅より威力は落ちるものの使いやすい魔法だった。
魔法触媒系の強力な魔法の使用直後は、使用キャラは暫く次の攻撃を繰り出せなくなる。強力な魔法行使の代償で、バランス調整の為、使用キャラに制限が掛かる。
魔法は戦術の要で、使用できなくなれば全滅を意味する。
魔法現象が終り、障壁が消失すると、大きな人影が揺らいだ。
マスターデモンは健在だった。
魔導司祭の最大攻撃呪文に耐えるほどの魔法無効化率を持っているという事になる。戦術を読み違えていた。
魔法に耐えたマスターデモンは、フレイム・ブレードを横に凪いだ。
炎は熱風と化し、パーティが劫火に包まれる。
炎に焼かれながら、生命力という資源が身体から消失していく感覚を味わった。
ミナは強力な魔法使用直後の為、次の攻撃にすぐに移れない。動きが鈍くなっている。
ミナの代わりに、僧侶系魔法を所持するアイグレーが複数型回復魔法を施す。
しかし、やはりミナほど早くはない。
間合いを確保できる長距離型魔法剣を発動するしかない。
僕は魔法剣の準備に入った。
失われた生命力値が元に戻っていくと共に、僕は剣を正眼に構える。
足を肩幅まで開き、重心を落とし、魔法剣プレッシャー・ブレードの準備に入った。
重圧剣――魔法で衝撃波を発生させ、剣での攻撃方向へ解放収束し、超音速で伝播させる。
魔法により形成された衝撃波の剣圧で、破壊作用を起こす魔法剣である。
衝撃波の起こす嵐は、炎に対し相克し、火炎効果の減退や燃焼の促進がないため、フレイム・ソードにも対応しやすい。
だが、プレッシャー・ブレードはタイミングが難しく、使用が難しい。
大きく外すことはままあり、僕はあまり得意ではない。
だが、ソニックブレードのような接近戦前提での魔法剣では、近づいたとたん火に焼かれるのは、確実だった。
資源が喪失し、力となっていく感覚を実感しながら、プレッシャーブレードを放つタイミングを計っていた。
剣に集中しながら、資源が消失していくと共に力が全身を行き渡っていく。
エリテュリアとアイグレーは回復役に徹し、ヘスペリアも攻撃魔法を放つ準備に取り掛かっていた。
マスターデーモンの剣が、さらに大きな炎を立ち上らせる。
僕はその瞬間、機会を掴んだ。
右足を踏み込むと、剣を全力で斜め下に振り下ろし、プレッシャー・ブレードを放った。
轟音を響かせながら、斬線を中心に発生した剣圧の衝撃波が、マスターデーモンを吹き飛ばす。
攻撃の機会と間合いが生まれていた。
フリーズ状態から回復したミナが魔法の実行を行っていた。
魔法触媒の形成が終了すると、ミナはマスターデーモンに目掛けて、射出した。
魔法触媒は、エネミーに被弾すると反応現象を巻き起こした。
<資源放射>の魔法だった。
<資源放射>――魔力を司る資源を物理現象へ転換することなく、魔力資源そのものを破壊エネルギーと為し、直接破壊する魔法である。<対消滅>に負けず劣らずの強力な魔法だった。
魔法触媒を中心に反応現象が起こると、反応光が膨れ上がり、マスターデーモンの身を飲み込んでいく。<対消滅>よりは有効らしい。
渦を描き、弾け飛ぶと、マスターデーモンは粉々に砕け散った。
マスターデーモンを辛くも打ち斃した。
獲得利得が清算されていく。
資源を費やし斃した強敵なわりに経験値も少なく、ドロップしたアイテムは、魔法薬一個というというあまりにもお粗末なものだった。
気疲れしたのか、戦いが終了するとミナは膝を突く。
グランドマスタークラスのプレイヤー二人をここまで追い込むとは、明らかに敵のレベルが上がっているようだ。
戦闘終了後、僕とミナはキャンプモードに入っていた。
魂読込型シミュレーテッドリアリティは、現実世界との違いは、何時間迷宮を歩き回っても、疲労するということがない。
現実世界での体力とゲーム世界の生命力とは、はっきりと質が違う。
魂読込し、転生した托身体は、資源によって支配されているといっても過言ではない。
しかし、集中力という点では話は別だ。
キャンプモードは次の戦いの準備というより、集中力の回復という意味合いが強い。
エクスペリエンスはプレイヤーの脳神経機能や循環機能、脈拍や心拍数、呼吸数、血圧や体温、意識レベル、さらに尿量などが常にモニターに、生命維持や精神活動が危険域に達しないよう管理している。
ゲームを中断しないよう、集中力に気を配るのは当然の行為だった。
「九〇階近くから急激に難易度が上がるって本当だったみたいね」
僕に魔法を掛けながら、ミナは言った。
「……そうなんだ」
僕の言葉に、ミナが頷く。
僕はミナに回復魔法を施してもらっていた。AIに行なってもらうのとはとは明らかに違う。
嬉しさと気恥ずかしさで、僕は一杯になっていた。
未奈のプレイヤー名は、カタカナ表記にしただけのものだった。
ミナはかなりのゲーマーで、周りにもゲーム好きを公言しているようだ。
自分の趣味を報せることに抵抗がないのは、僕と対照的だった。
両親がゲーム好きで、小さい頃から当たり前のようにゲーム機器があり、究極のゲームである魂読込型ゲームに向かうのにそう時間は掛からなかったようだ。
時々ひどくマニアックな情報がお互いの間で飛び交う
時々僕が知らない事を知ってたりする事も少なくない。
装備品を一つをとって見ても、かなりやり込んでいる。
「……よかった。正直、一人で歩き回るの不安だったの」
ミナは僕の治療を終えると、魔導司祭の技能である錬金術スキルでアイテム生成を行う。
先ほど入手した魔法薬に、手持ちの別のアイテムを組み合わせると、アイテムジェネレートに入る。
「でも、君と一緒にプレイしたい人って多いんじゃない?」
アイテムが変化していく様子を見ながら、僕は言った。
僕はクリアそのものは、あまり急いでいない。
考えてみれば他のプレイヤーと一緒にプレイするのは初めての経験だった。
ミナのパーティーは、魔導司祭ミナに、戦士、魔導剣師、高位魔導士とバランスがいい編成だった。性別は全て女性キャラである。
「……ぜんぜん、誰も誘ってくれないの。女だから相手にされないんだよ、多分……。くやしいなあ……」
口を尖らせる様もまた可愛かった。
確かにミナは美人すぎて誘われないのかもしれない
メイド喫茶のような所に集まってくる連中など、女に声をかけられる度胸があるようなやつが居るとは思えない。
もちろん僕も含めて、だ。
和也に感謝したい気分だった。
女の子と話をするなんて、確かに自分の日常にはないことだった。
いつしかアイテムの合成が終了した。
ミナが作ったのは万能薬だった。
「……すごい!」
僕は思わず声を上げる。
万能薬――『死』以外のステータス異常、およびHPのみならずMPやSPなどの消失資源を完全回復する文字通りの万能薬である。
非常に高価なアイテムで、名刀ミーティアの剣が二本買えるほどの代物だ。
「たまたま素材があまってたから」
たままたで、生み出せるものではない。
万能薬がアイテム合成で成功する確率は極めて低い。
「わたし、何故かアイテム合成の成功率は高いの」
ミナはアイテム生成の腕もいいらしい。乱数にでも干渉しているのだろうか。
「ジン君的にはこれからのゲームの予定は?」
ミナが尋ねてきた。
「このまま九〇階領域周辺でレベル上げとアイテム探しかな。今、虚空皇の剣を探しているんだ」
虚空皇の剣――聖皇の鎧と同様、アイテム等級はA級のレアアイテムである。
攻撃力という点で見れば、虚空王の剣を遙かに上回る剣は存在するが、魔術剣師にとって別の理由がある。
虚空皇の剣が、追加スキルが付随している噂を、僕は耳にしていた。
僕はプレイスタイルとして魔法剣を多用するが、魔法剣は、剣を選ぶジョブスキルである。
装備する剣によっては、魔法剣は成功率や攻撃力が低下することがある。
ミーティアの剣のような銘を持つ名剣は、魔法剣とも相性がいい。虚空皇の剣はそれ以上らしい。
更なる攻撃の強化を目指す僕にとっては、この虚空皇の剣はまさに垂涎のアイテムと言えた。
だが、この剣は入手困難で、エネミーも簡単にはドロップしない。全サーバーで百本を切っている。
しかし先日、特A級のアイテムを入手したばかりだ。
運は向いていた。
一方で、SA級のアイテムであるウロボロスリングに関しての情報はまったく入ってこない。ミナにも尋ねたが知らないとの事だった。
「話は変わるけど、この前授与式、大変だったよね」
ミナの言葉に、僕は「ああ」と頷いた。
僕はタイトル授与式の事を思い出していた。