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2 魂読込型仮想現実ゲーム

 

「……ついにグランドマスタープレイヤーか。マジですげえな」

 和也が驚いたように言った。

「まあね」

 和也の言葉に、僕は雑誌を見ながら頷いた。

 見ている本は、ウィザードブレード・オンラインのムック本である。ここに来る間の本屋で買ったものだった。

 学校が終わると、僕たちは秋葉原のゲームショップを数店回り、最期にSLGメイド喫茶に来ていた。

 窓際の席に座り、メイド姿のスタッフがせわしなく動いているのを眺めていた。

 ここSLGメイド喫茶は、ゲームセンターとメイド喫茶が合体したような店だ。

 フロアの隅には魂読込用の筐体施設が数台置いてある。

 魂読込ソウルロード――幽体離脱体験を応用したサイバー・ゲームで、仮想現実をより洗練化した拡張現実イノベーションの産物である。

 妄想あるいは超常現象と言われてきた幽体離脱や臨死体験を、脳機能から科学的に解明し、それをゲームシステムに応用したものである。

 幽体離脱は脳の機能障害が知覚シグナルに干渉することで引き起こされる現象である。角回と縁上回の接合部の小領域と上側頭回、溝の同時活性化を促し、これにより、薬物を用いずに人工的に幽体離脱体験を誘導することが可能である――とムック本に書かれている。

 この方法で、一種のテレポーテーションのような状態を作り出すことができ、ゲームに利用することで、仮想キャラクターに自らを投影し、あたかもゲームの中にいるようにプレイすることも可能になる。

 僕の好きな作家マイケル・ムアコックのエレコーゼサーガのような、ファンタジーでよく普通の生活を送る現代人の主人公が突然異世界に召喚され、世界を救うために戦いを繰り広げるというような物語がある。

 魂読込は、いわばそれを最新技術で再現しているといってよい。

 ウィザードブレードは、魂読込型VRMMORPG――多人数同時参加型オンラインRPGで、ジャンルはハックアンドスラッシュ系である。

 モンスターを倒して経験値や強力なレアアイテムを入手し、キャラを強化してさらに強力なモンスターを倒すというプレイスタイルをさすゲームである。

 切り刻む(ハック)叩き斬る(スラッシュ)という言葉の複合が示すように、ストーリーや世界観の表現よりも戦闘に勝つ、敵を倒すということを意識しているスタイルに対して使われる言葉であり、物語性や世界観を重視してキャラクターを演技するということに重きをおくプレイヤーから揶揄として使われる場合もある。

 そして魂読込されるこのゲーム世界は、シミュレーテッドリアリティを利用した舞台だ。

 シミュレートされた実体がシミュレーション世界から精神転送技術を使って現実世界の合成された身体に写される

 魂読込のような精神のダウンロードとアップロードすることによりゲームを行うスタイルは現在のゲーム業界で主流になりつつあり、いつの頃からか、僕はシミュレーテッドリアリティの最高峰、魂読込型VRMMORPGにのめり込んでいる。

「相変わらずゲームだけはすげえな」

 和也がからかうように言う

「……うっせえな」

 和也の言うとおり、僕はゲームしか取り得がない。

 本当のことだが、指摘されると腹が立つ。

 魂読込方ゲームの影響で、プロゲーマーが認知されつつある昨今ではあるが、この国の実社会での地位はまだまだ低かった。

「マジで、ゲームクリア狙ってみたら?」

 和也は僕をけし掛ける。 

 滝本和也は僕の数少ない友人である。

 男の僕から見てもカッコ良く、彼女も居るどちらかと言えば、リア充の部類だが、僕と同じくゲームが趣味で、話が合い、仲がいい。

 いつも、彼女より僕との付き合いを優先してくれる気のいい奴だ。

 第一ボタンを外し、ネクタイを緩く締めている様は確かにきまっている。

「……無理だって」

「だって優勝したら一千万だぜ」

 ウィザード・ブレードのゲームクリア者には賞金が支払われる。

 高額のように思われるが、宣伝費や費用対効果を考えれば、微々たるものだ。

「『黄昏の騎士団』とか『黄金の魔術団』とか、有名な攻略集団が居るんだぜ。ソロプレイヤーにはとても無理だって」

 ウィザードブレードの二大勢力であるゲーム攻略集団に、ソロプレイヤーがとても敵うはずが無かった。クリア自体興味もない。

 僕の視界に、スタッフの姿が入って来た。

 一人の女性スタッフの存在を意識した途端、動悸が早くなる。

 僕は必至で平静を装っていた。

「今日はご出勤みたいだな」

 和也の言葉に、僕は心臓を鷲掴みにされたような思いがした。

「俺が分からないとでも思ってんのか? ……お目当ての子はずばり未奈ちゃん、だろ?」

「……どうして!?」

 和也は僕を見ながらニヤニヤしていた。

 一目見たときから、気になり、秋葉原に立ち寄る時、必ず立ち寄っていた。

 和也と何度か訪れ、出勤日は把握していたのだが――。

 こうもいい当たられるとは……!

「本名 紗川未奈、歳は俺達と同じ。現在、彼氏なし。タレント志望の娘らしい。レッスン受けながら、空いた時間ここでバイトしてるんだそうだ」

「なんでそんなこと知ってんだよ……!」

「お前の為にわざわざ暇な時出向いて、聴いてやったんだよ。感謝しろよ」

 和也は僕の肩を叩きながら、顔を寄せる。

「声かけてみろよ」

 和也の言葉に、僕は躊躇した。

 僕は言葉を発することすら出来なかった。

 女の子に声をかける、そんな大それた事できるはずがない。

「まあ、確かにつりあわないよな、お前とじゃ……。彼女が居なきゃ、俺がアタックしてるんだけど――」

 和也は手を上げると、「未奈ちゃーん!」と声をかけた。

 和也の呼ばれ、未奈は振り返ると、席に近づいてきた。彼女との距離が近づくたびに、心臓の動きが大きくなる。視界が揺らめき、眩暈を起こしそうになった。

「ば、バカ!」

「でも、何事もやってみなくちゃ分からないだろ?」

 和也は顎をしゃくって、未奈を指す。

「お久しぶり」

 和也の挨拶に未奈は微笑む。

「また来たんだ」

 未奈は意外に気さくに対応してくれた。

 眼を合わせることなどできない。

 顔のほてりが止まらなかった。

「今日は彼女と一緒じゃないんだね」

「友達が来たいって言うからさあ……。こいつ未奈ちゃんのファンなんだ」

 和也が僕の背中を叩く。とんでもないことを次々と言う。

 未奈は僕の顔を見る。

「……高梨仁です」

 僕はボソボソと自分の名前を言った。

「時々来てるよね」

 きちんとした日本語に、はきはきとした丁寧な言葉遣いといい、聡明な印象を受ける。

 未奈は僕の顔を覚えていた。

 嬉しさと恥ずかしさで、胸が爆発しそうになった。

 和也のにやにや顔は収まらない。

 近くで見るとやっぱり可愛かった。

 パッチリとしていて、力がある眼だった。

 意思が強そうな感じで、悪い言い方をすれば、気が強いかもしれない。 

 学級委員か優等生を思わせるような、大人びた雰囲気がある。

 今時珍しく、身形もしっかりしていて、髪は染めておらず、黒髪も手伝って、透明感というか清楚な魅力がある。

 ピンクのルージュが愛らしかった。

 口元に小さな黒子があり、それが時々彼女を年齢以上に見せる。

 未奈はいつしか僕の雑誌に眼を落とした。

「……ウィザード・ブレードやっているの?」

「あ……はい」

 情けないくらいに何も答えられない。

 顔が紅潮していくのが、分かる。

 和也は僕の様子に笑いが止まらないようだ。

 こいつの付き合いも考えないといけない。

「……こいつゲームだけはすげえんだよ。いまじゃ、タイトルホルダー・プレイヤーだもんな」

 余計なこと言う和也に、僕は無言でカフェラテを啜る。

 恥ずかしかった。

 ゲームオタクと思われる事が耐えられなかった。

「グランドマスターになったんだって、よ。スゴくねえ?」

 和也は自分のことのように自慢げに言う。

「実は、わたしもタイトル・ホルダー・プレイヤーになったんだよ」

「えっ!?」

 未奈の意外な言葉に、僕と和也は驚きの声を上げる

 意外な一言に、僕は「……ゲーム好きなの?」と声をかけていた。

 彼女との初の会話だった。

「うん、結構。っていうかかなりのゲーマー……?」

 語尾を上げ、未奈は誇らしげに答えた。

 未奈と僕の会話に、むしろ和也の方が牽いていた。

 タイトルホルダーということは、未奈はかなりのハードゲーマーということである。

「今度のタイトル授与式に出席する予定なんだけど……」

「僕もそうなんだ」

「あ、そうなの?」

 話が盛り上がっていく。

 働いている場所が場所だけに、こういう話は好きなのかとは思っていたが、ここまでコアだとは思わなかった。

「じゃあ、今度一緒にプレイしてみたら? こいつ、今仲間を探してんだよ。いっそのことお互いの実力試してみたらいいじゃん」

 横で見ている和也が未奈を誘う。

 次から次と余計なことばかり言う和也に閉口しそうになった。

「いいよ」

 未奈があっさり承諾した。

「わたしもちょうど仲間を探していたから」

 天にも舞い上がるよう思いだった。

 体が震え、思うように動かない。

「ほら、メルアド交換しろよ」 

「あっ、ごめん。そういうの禁止されてるの」

 と断るものの、未奈は僕に名刺を渡してきた。

「……わたしの個人的な名刺。後でメールして」 

 そう言うと、別のスタッフが未奈を呼んだ。

「……チャンスじゃーん」

 ニヤニヤ笑う和也に、僕はどういう顔をしていいのかわからなかった。

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