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3  アイテム生成

 眼が覚めると、僕は倒れていた。

 ゲーム中死亡したときに、引き戻されるセーブポイントではなかった。

 所持金の没収や得た経験値の消失も無い。

 ワイヤーフレームで形成された小部屋、いや玄室だった。

 前回遭難したワイヤーフレーム型ダンジョンとまったく同じだった。

 テニスコート程の戦闘を行えるほどの十分の広さで、僕以外の三人のメンバーもいた。AIキャラはいない。

 頭がいやに重かった。

「ここは……?」 

 頭のもやを払うように、振りながら立ち上がると、僕以外の人間が居た。

 メリクリウスだった。

「僕達は一体……」

 僕は疑問を口にしていた。

「死亡状態になると、再度魂読込され、セーブポイントまで引き戻されるだろう……? こちらでロード先を変更し、ここに強制転送したのさ」

 他のメンバーも気が付き、身を起こす。

「アンノウンはお前の仕業か……?」

 クロムはメリクリウスに問いただすように言う。

「だったら……?」

「こんな真似までして、あんた頭おかしいんじゃない……?」

 アユミールの言葉にメリクリウスは笑う。謝罪する気は一切無いらしい。

「君たちとはゆっくり話をしたかったんだ」

「アンノウン……あれは何だ?」

 クロムはメリクリウスに尋ねる。

「闇アイテムさ」

「あれが……?」

「BOT型の最新違法プログラム……エネミーに擬態し、パラメーターの改竄や特殊能力をエミュレートする。さらに戦闘時に形成されるコンバットフィールドをハッキングしたり、先回りして、仮想空間に潜伏して、強制割り込みを欠けて、プレイヤーに接触する」

「何が目的だ……?」

「……決まってるだろう。君たちと取引したい。君達はカリバーンを斃し、<赤の錬金薬>を入手できたんだろう……?」

 僕達は一様に黙る。誤魔化す暇がなかった。

「隠さなくてもいい」

 メリクリウスは笑いながら、一枚のパネルのようなものを出現させていた。

「それは……?」

「擬似乱数計算プログラムのアプリケーション・ファイルだ。アイテム発生条件および擬似乱数を解析する、な」

 メリクリウスはファイルのパネルを見ながら言った。

「両性具有神の聖剣はアイテムの合成による精製が不可欠だ。アイテムをそろえただけでは、おそらく生成に失敗する。アイテム・ジェネレートの乱数生成アルゴリズムが作り出す関数を計算し、シード値を割り出した上で、挑まなければレアアイテムはパーだ。それはもはや悪意と言っていい――」

 メリクリウスの言葉には憎悪が渦巻いていた。

 同じプレイヤーとして気持ちは分かる。だた、やり方は受け入れられない。

 賞金が掛かっているとはいえ、明らかにやりすぎだった。

「それ以前にアイテム出現自体が極めてタイトだ。特に赤の錬金薬は酷いといわざるおえない。乱数固定の解析を行い、アイテムを発生させる条件を探り当てる必要性がある。乱数調整はグレーゾーンだが、違法ではない……カリバーンもそう言っていただろう?」

 僕達の間に微妙な空気が流れる。

 こんな形で僕達に取引を持ちかけてくるメリクリウスの神経を疑った。

 予想以上にアウトローらしい。

「君たちだって、慎重を期し、アイテム生成は行なっていないんだろう……? 一か八かでアイテムが作れたら世話はないはずだ。違うか……?」

「そっちの条件は……?」

「もちろん<赤の練金薬>だ」

 メリクリウスは奥目も無く言う。

「現在確認されているのは、アイテム等級のみ。……もっと解析する必要があるからな」

「偽アイテムでもつくるつもり……?」

 アユミールがメリクリウスに噛み付く。

「そのアイテムには偽造防止プロテクトでも最高度のものが施されている。出現数が規制緩和されない限り、不可能だろうな」

「何故そこまでして……」

「……決まっている。すべてはゲームクリアのためだ」

 クロムの言葉に、メリクリウスは少しいらだったように言った。

「それ以前にアイテム出現の為の乱数解析を行なわない限り、赤の錬金術はプレイヤーに行き渡らない」

「本物が一個出現したんだ。そのうちアイテム出現規制も緩和される。ウロボロスリングがその証拠だろ?」

「それでは遅い……!」

 メリクリウスは声を張り上げる。

 僕達はどう答えていいのか分からなかった。

「ソウルアーカイバ計画とはなんだ……?」

 突然、クロムがメリクリウスに尋ねた。

「そんなゲームに関係ない事を訊いてどうする……?」

「いまさら、隠すなよ。知ってることを教えろ」

 メリクリウスはため息を吐いた。

「……運営側が進めるニューラルネットワークと精神構造の関連性を明らかにする為のデータバンク計画だ。脳の活動状態で、どういう傾向の人間か、またどういう能力に優れているのかを調べるのはそう難しくない。プレイスタイルで人格分析(プロファイル)も可能だろうし、ね。運営側はさらに遺伝子情報と組み合わせることにより、遺伝子と精神構造の関連づけを行なおうとしている。魂読込の技術提供をしたライフジェネティックス社はゲノム・インフォマティックス技術の最大手でもある。長年かけて収集蓄積した遺伝子情報ビジネスには定評があるからな」

 ほぼ、クロムの読み通りだった。メリクリウスは続ける。

「手始めに、ライフジェネティックス社は副作用の少ないオーダーメイド型の向精神薬の商品化を目論んでいるという噂だ。それだけでも市場の独占は可能だろうな」

 メリクリウスはそう言うと、僕達を値踏みするように見始めた。 

「データバンク化の際、仮想現実内において特殊な能力を発揮する連中がいることを運営側は偶然に発見した」

「……ナーヴァスか」

「ああ。連中はナーヴァス関連の秘密を突き止めようと躍起になっている」

「何故……?」

「……さあな。まあ、学習教育メニューに利用できるだろうし、もしナーヴァスを決定する遺伝子を突き止めることが出来れば、天才児を量産することも夢じゃない。ナーヴァスの神経伝達スペックは一流アスリート並み……それだけでも欲しがる連中は多いだろう。いわば君たちは金の卵ってわけさ」

 褒められている気がしなかった。商品扱いに反吐が出そうにすらなっている。

 僕達は少なくとも物じゃない。 

「だが、それは個人情報に抵触するぞ」

 クロムの指摘に、メリクリウスは笑う。

「……確かに。精神構造の記録は個人情報の最たるものだからな。『本性』なんてものも簡単に暴くことが出来るし、な……かつて、この国の捜査機関は全国民の指紋データを収集していたという話もある。魂読込のデータは犯罪捜査にも利用できるのは言うまでもないだろう」

 警察の介入など、予想もしなかった。

 僕自身ゲームで敵を殺しまくっている。 

 それが近い将来もしかしたら犯罪者達と一緒に扱われる危険性があるのだ。

 冗談ではなかった。

「そもそもエクスペリエンスはアクセスコントロール問題が疑問視されていた。利用規約には魂読込データを別の目的で活用する同意項目はない。ユーザーの意思など関係無く、なし崩し的にデータを利用しようとしているのは確信犯と言わざるおえないがね」

 メリクリウスはこの情報をどこで入手したのだろうか。

 僕はそっちの方が疑問だった。

「僕のウロボロスリングはもういいんですか……?」

 今度は僕は指輪を見せながら、メリクリウスに訊いた。交渉材料に利用できないかと思ったからだ。シークレットスキルを身につけた以上、このアイテムに価値はない。

「――それはもう入手した」

 メリクリウスは言う。

「ウロボロスリングのアイテム出現率は緩和されたらしい。おそらく君がシークレットスキルを身につけたからだろうな。乱数解析はすでに終了して、私も君と同じくシークレットスキルを身につけた。……高位魔導士の場合、『フィロソフィー・クラフト』というがね」

 メリクリウスは指輪を見せる。ウロボロスリングそのものだった。

「しかし、まだこの指輪には秘密があるらしい……」

「えっ?」

「私と君が嵌めているウロボロスリングはボーナスパワー解放後、プログラムが変化し、とあるデータが圧縮・保存されている可能性がある」

「データが圧縮保存されている……?」

 初耳だった。

「データ内容は不明だ……それがSA級の等級度の理由かもしれない。こればっかりはコードブレイクするのは不可能でね。解凍するには、キーファイル型パスが必要のようだ。話は終わりだ。で、返答は……?」

 メリクリウスが尋ねる。

「その計算プログラムを我々によこせよ」

 クロムは僕達の意思を確認することなく、メリクリウスに言い放った。

「……何だと?」

 さすがのメリクリウスも戸惑った。

「あんたが欲しいのはデータだろ。解析結果を渡してやる。それでいいだろう……?」

「そうよ。……大体こんなところに連れ込むような奴どうやって信用しろって言うのよ?」

 アユミールもクロムの意見に乗る。

「……君達は聖剣を入手したら、グルダーニに挑むつもりだろう」

「当然だ。俺達はその為に組んだんだ」

「……虫がいいことを」

「お互い様だ」

 クロムはぬけぬけと言った。

「この期に及んで、ナッシュ均衡はありえない。あんたが望むのはゼロサムゲームで、利得の総取り、そうだろう……?」

「……交渉決裂か」

 ファイルが手元から消えると、メリクリウスの隣に人影が現れた。

 コンプリーターだった。手には魔法薬を握っている。

 闇アイテムに間違いなかった。

「こっちもお前達と譲歩するつもりはない……!」

 メリクリウスはその本性を現していた。

「やっぱりお前達はグルだったのか……?」

 クロムの言葉にメリクリウスはにやりと笑う。

「まあな、互いの利害は一致しているからな。そもそも、闇アイテムを供給している大本は彼だ。利用しない手は無いだろう……? 歩くチートの塊のようなナーヴァス相手にするには当然だ」

 小部屋内の空気が急に張り詰めていった。

「コンバットフィールドを感知……!」

 ミナが注意を促す。

「……まさか、SvS空間!?」

 アユミールの言葉に、メリクリウスはいやらしい笑いを見せる。

「ウィザードブレードじゃない……軍規格型ミルスペックの本物のコンバット・シュミレーター用仮想空間だ。覚悟しろ……!」

 そう言うと、メリクリウスは一冊の本を出現させていた。

 彫金細工の施された真っ赤な表紙の魔導書だった。魔導書を開きながら、魔法実行の作業に入る。

 アユミールも魔法を準備を行なう。

 しかし、魔法が立ち上がらなかった。やはり、こちら側の魔法は以前使用不可だった。

 メリクリウスの頭上に、両性具有神が降臨していた。

 先ほど言っていた高位魔導士のシークレットスキル『フィロソフィークラフト』を使用するつもりだろう。

 書物が光を放ちながら、メリクリウスの周囲に魔法触媒と魔法障壁が形成されていく。

 <核爆>の魔法だった。

 しかも、魔法触媒が二つ生み出されていく。

 核爆の二重攻撃だった。

 名は違うが、フィロソフィークラフトもフィロソフィーブレードと同質の技らしい。

「逃げろ……!!」

 クロムの言葉がむなしく響く。今の状態ではどこへ逃げても同じだった。

 魔法触媒が弾けると、周囲を爆炎に溢れ、僕達は全員熱波に飲み込まれた。

 托身体が大ダメージをまともにくらい、さらに頭に突然激痛が走った。

 メンバー全員が膝を屈する。

 こんな苦痛は仮想現実内で初めての経験だった。

「……この仮想空間でのダメージは、脳に痛覚情報として直接フィードバックする。どこまで耐えられるかな……?」 

 メリクリウスはつくづく最低のプレイヤーだった。

 頭痛に耐えながら、僕はすぐ様行動を起こそうとするが、身体が思うように動かない。

 メリクリウスは次の魔法の準備に入る。

「しかも、こちらは『赤の魔導書』を手に入れている。三つのシークレット魔法の魔導書を合成することで生成できる高位魔導士専門の道具とも言うべきものでな、シークレット魔法やフィロソフィー・クラフト使用の際、MPの消費を抑え、魔法実行に有する時間を短縮する効果を持つ。知らなかったか……?」

 メリクリウスの魔法が再び僕達に炸裂した。

 今度はレベルの低い<火球>の魔法だった。

 ダメージ値は少ないが、頭に激痛が走り抜ける。

 相手が僕達をいたぶるつもりなのは明らかだった。

 痛みの前に悶絶し、ショック死寸前だった。

 転げまわる僕達を尻目に、メリクリウスがコンプリーターに指示すると、手にしていた魔法薬を叩き割る。

 突然、身体が硬直し、身動きできなくなった。托身体が走査され、アイテムボックスリストが情報ウインドウとして展開する。

 洗いざらいになった各自のアイテムボックスの所有品リストを、コンプリーターは一人一人確認していき、仰向けに倒れているミナの前で止まる。

「……お前か」

 メリクリウスは「アイテムを取り出せ」とコンプリーターに命じた。

 コンプリーターは頷くと、ミナへ手を差し出す。

「こ、来ないで……!」

 ミナは必死に抵抗した。

 コンプリーターの手がミナの托身体へ腹部にふれると、突き抜け、中に入っていく。

「……やめて!!」

 悲鳴にも似た声がミナから漏れた。

 僕の中で怒りが膨れ上がっていた。だが剣すら握る力すらない。何も出来ない自分が歯がゆかった。

 その時、コンプリーターが大きく弾け、後方に吹き飛ばされた。

 コンプリーターとミナの間に、一つのアイテムが浮かんでいた。

 赤の錬金薬だった。

 錬金薬から人影が現れると、実体化していく。

 女教皇レビスだった。

「……何故だ。外部との接触は出来ないはずだ!!」

 レビスの登場に、メリクリウスが驚きの声を上げる。

 僕自身信じられなかった。

「赤の錬金薬のセキュリティプログラムが私自身だからです。……正確にはわたしの分身ですが――」

「……アイテムに潜み、我々を張っていたのか!?」

 メリクリウスがコンプリーターの後方に下がると、レビスとコンプリーターの間に幾つもの情報ウインドウが展開した。 

 レビスはコンプリーターと戦闘を開始していた。周囲に放電現象が走り、ブロックノイズやラグ現象が生じる。

 同時の僕達の戒めが解除されていた。

「コンプリーター……やはり、プレイヤーではありませんね」

 レビスの言葉に、コンプリーターは身構える。 

 どうやら、コンプリーターはNPCかBOTのようだ。

「ならば遠慮はしません……!!」

 レビスは高らかに宣言した。人間でない以上、論理規定三項には縛られない。

 レビスとコンプリーターの戦いは、セキュリティプログラムと違法ハッキングプログラムとの戦いそのものだった。

 いわばワクチンソフトとウイルスソフトが互いの存在を排除する為の作業そのものだった。

「いますぐ三つのアイテムを合成し、両性具有神の聖剣の生成を行なってください」

 コンプリーターと戦いを続けながら、レビスが突然僕達に命じてきた。

「何の為に……?」

 まだズキズキ疼く頭痛に耐えながら、僕は思わず尋ねていた。

「両性具有神の聖剣にも盗難および偽造防止の為のセキュリティプログラムが組み込まれています。わたしと剣の力を持って、あの違法プログラムを排除します」

 僕は躊躇した。

 NPCに乗せられて、苦労したレアアイテムを失う結果にもなりかねない。

 それは他のメンバーも同じだった。

「……急ぎなさい。これはカリバーンの意思でもあります。レベルや脳力は共に条件を満たし、シード値も整い、乱数は固定しています。この時を無くして、生成は不可能――」

 ゲーム内の乱数は、通常タイム関数でシステムタイマーから取り出した値などを初期値として使用し、戦闘内容により、乱数処理がなされ、アイテム内容の発生が決定される。

 理論上は戦闘内容が同一ならば、湧きアイテムの種類等が同一になる筈である。

 考えていても仕方が無かった。

 運に天を任せるしかない……仮想現実においても、だ。

 僕は覚悟を決めると、アイテムサムネイルから黒の剣を選択し、目の前に出現させる。

 今度はアユミールが白の皇錫を出現させた。

「ミナ、頼む!」

 ミナは頷くと、黒の剣と白の王錫を受けとり、アイテム生成の作業に入った。

 ミナの錬金術スキルにより、白の皇錫で祝福し、呪いを解くように、黒い剣がピクセル単位で、解体され、漂白されていく。

「黒の剣が……」

 僕は思わず声を出す。

 黒の剣は、白光の法剣と化していた。

 白光の法剣――カリバーンが持っていた剣だった。

 これだけでも、かなりの威力を秘めた剣である。一度刃を交わしたことがあるだけに、知っている。

 ここまでは誰でも上手くいく……はずである。

「――イマジナリー・ジェネレーター」

 レビスに呼ばれ、次の作業に進もうとする、ミナの手が止まる。

「……わたしのことですか?」

 ミナが自分を指差しながら尋ねると、レビスは頷いた。

「あなたは高い集中力により、魔法の威力や命中率、成功確率に干渉し、任意に制御できるナーヴァス……。魔法制御のみならず、アイテムジェネレート用の疑似乱数を生成する開始点たる初期シード値の設定にも応用できるはずです。文字通り、赤の錬金薬に魂と思いを込めなさい。さあ――」

 以前、ミナが万能薬の生成に成功していたことを、僕は思い出していた。

 いうまでもなくゲームには様々な乱数に支配された世界である。

 適当の遭遇、攻撃や魔法、スキルの発動率や成功率、アイテムの出現率などを決定するために、乱数列の開始点に設定される関数が用意されている。

 特に魔法は、詠唱者の魔法スキルやステータス、魔法命中率などさまざまな不確定要素が絡み、常に同じ現象を引き起こすとは限らない。

 安定した魔法を繰り出すにはレベルを上げるのが一番手っ取り早いが、イマジナリー・ジェネレーターのミナはそれを意識的に操作できる……ようだ。

 ――ある意味、動く裏技だ。

「やめろ!!」

 メリクリウスの静止の声を振り切るように、ミナは再度アイテム合成に入る。

 錬金薬に念を込めるようにミナは両手で握ると、アイテム生成を実行した。

 錬金薬と剣が重なり、更なる光を放つ。

 剣全体が真紅に染まると、黄金の光に包まれ、再生成されると新たなる剣が出現していた。

 両性具有神の聖剣――だった。

 アイテム生成が成功した瞬間であった。

 ミナが手に抱く剣を、僕は導かれるように受け取る。自分の行いに、ミナも軽く興奮しているようだった。 

 僕は思わず剣に見とれていた。

 聖剣の刀身やヒルトは彫金などで装飾加工が施され、白光の法剣より豪華な仕様になっている。

 柄頭には宝玉のようなものまで象嵌されていた。

 ウロボロスリングと共鳴するように、刃が輝く。

 煌々と光り輝く剣身――比喩ではなく、本当に光を帯び、霊気のようなものを放っている。

 僕は虚空皇の剣から両性具有神の聖剣へ装備替えを行なった。

 聖剣への装備を変更しても、ディメンジョンブレードの追加スキルが消えることは無かった。

 虚空皇の剣と同じく、両性具有神の聖剣にもディメンジョンブレードの追加スキルスロットが設けられているようだ。

 ――聞こえるか……? ナーヴァス。

 突然、剣から言葉が発せられた。どこかカリバーンの声に似ている。

 ――非常事態により、アシスト機能により君とコンタクトしている。

 インテリジェンス・ソード――まさに知性ある剣だった。もしかしたらAI機能のようなものがアイテムに組み込まれているのだろうか。

 ――危機的状況と判断し、セキュリティプログラムを起動した。なお、プレイヤー保護が目的の為、今回の戦闘での獲得資源は加算されない。また、通常はこのようなコミュニケーションは行なわれないことを理解していただきたい。

 律儀なコメントに、僕は苦笑すると「大丈夫だ」と言う。

「で、どうすればいいんだ……?」

 ――現在セキュリティプログラムを実行ブートし、この違法空間の書換作業を行なっている。変更が終了しだい、あの無法者どもの攻撃が可能となる。後は君の好きに戦うといい。

「魔法剣の使用も……?」

 ――無論だ。まったく問題ない。

 まったく、いたせりつくせりだった。

 ――……作業が終了した。後は君に任せる。

 僕は両性具有神の剣を構えた。聖剣の力が伝わってくるようだ。

 こんな形でこの剣を最初に使用するなど、考えもしなかった。

 ――……敵のプログラムも中々やる。レビスが苦戦しているようだ。急いでくれ。

「わかった……!」

 そう言うと、僕はフィロソフィ・ブレードを選択する。

 魔術の神である両性具有神が出現すると、ディメンジョンブレードとマキシマムソニックブレードを配合する。虚空皇の剣よりも、シークエンスがスムーズに進んでいる気がした。

 コンプリーターがミナに行ったことを僕は忘れてはいなかった。

 ミナに怖い思いをさせたばかりか、托身体へ汚い手を突っ込んだ行為を、断じて許すことは出来ない。

 僕は怒りに身を任せ、一気に駆け出していた。

 メリクリウスが慌てた様にフィロソフィークラフトの実行に入っていた。

 メリクリウス側も両性具有神を顕現させていた。

 しかし、間一髪、僕の方が早かった。

 レビスの前に立つと、僕はフィロソフィーブレードを放った。

 メリクリウスとコンプリーターに、ディメンジョンブレードの連続攻撃が炸裂する。

 面白いように剣が走っていた。

 両性具有神の聖剣は、虚空皇の剣など比べ物にならないくらい軽かった。

 事実、攻撃回数は過去最多の八回にまで達していた。 

 空間断層の連続剣は、メリクリウスとコンプリーターを吹き飛ばす。

 無数の次元の刃が身体に刻まれた時、メリクリウスが絶叫していた。

「どうした……!?」

 僕は聖剣に尋ねていた。

 ――痛覚フィードバックを逆流リバースさせた。奴は君たちと同じ苦しみを味わっている。

 メリクリウスと同様、コンプリーターも魔法剣のダメージを受けたようだ。

 ヨロヨロ立ち上がると、コンプリーターの姿がウェハースが崩れるように、姿が消え始めた。

「……自滅機能か!?」

 レビスがそう言うと突然、仮想空間が崩れ始めた。

「ちょ、ちょっと、なんとかしてよ……!?」

 焦るアユミールの言葉に、レビスは何も発せず、静かに眼を閉じていた。何かを探っているようだった。

 レビスは目を開く。

「……別のNPCとコンタクトが取れました。通常空間へ再ロードします」

 レビスがそう言うと、托身体が別の世界へアップロードされていく。

 アップされた場所はダークゾーン手前のシークレットドア入り口付近だった。

 メリクリウスも一緒にアップされていた。身動きできないよう、鎖のようなものが全身に巻かれ、拘束されている。

 ドア近くには意外な人物が立っていた。

「お見事――」

 隠者サルマンだった。

 サルマンは僕を非難するように見ていた。

「……まったく、せっかく君に注意を促したのに、聞かないからこういう眼に合う」

 サルマンは少し怒った風に言うと、両性具有神の聖剣に目を移す。

「しかし、転んでもタダでは起きないな。両性具有神の聖剣の生成に成功するなんてね。いやいや、たいしたものだ……」

 サルマンは苦笑にも似た笑いを漏らす。

 両性具有神の聖剣は、もう言葉を発していない。タダのアイテムに戻ったようだ。

「君たちのゲーム中の死亡データは消去したよ。よってペナルティーは課せられないから安心して欲しい」

「では、この剣も没収か……?」

 僕が握っている両性具有神の聖剣を見ながら言うクロムに、サルマンは笑う。

「……まさか。乱数調整はグレーゾーン……君たちを咎める理由は無い。それにこの違法空間の強制直結も君たちの仕業では無いし、むしろ運営側としてはこの不始末を見てみぬ振りをしてくれるなら、その剣は君たちのものだ」

 サルマンの言葉に僕達はひとまず安心した。

「ダークゾーンの構造を解き明かしたとき、九階への道は開ける」

 サルマンは意外なことを言い出した。

「……ヒントだよ。僕も一応は聖人だからね。これくらいの権限はある」

 笑いながら言うサルマンに、僕達は戸惑った。

「今度こそ誰にも邪魔されず、互いの雌雄を決しよう。AI対人間、いやAI対ナーヴァスかな……?」

「それが目的か……?」

 サルマンは意味ありげに笑うが、明言を避けた。

「この前会った時はわざと攻撃を無効化にしたが、今度は真剣勝負……ガチンコと言うんだっけ……? ナーヴァスと全力で戦えることを楽しみにしているよ」

「……プレイヤー・メリクリウスの処遇はこちらにお任せください。魂読込のデータを調査後、アカウントを凍結し、この世界に出入りできなようにいたします」

 レビスはメリクリウスを見ながら言った。

 僕達は互いの顔を見ると、頷きあった。

「御武運を――」

 そう言うと、レビスは軽く頭を下げ、サルマンと共に我々の前から消え去った。

 メリクリウスの姿も消えうせている。

 サルマンの言葉に、最終決戦が近いことを僕は感じていた。

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