2 ダークゾーン
<異次元世界>三階。
僕達はキャンプを取り、それぞれ製作した異次元界のマップを重ね合わせていた。
「どこだ?」
クロムがマップを見ながら、尋ねる。
「三階の東ルート」
アユミールはマップを指差す。
「ミナと一緒にプレイしてた時、発見したの。八階へ一旦降りて、転移魔法で帰ろうとした時に……。八階って転移魔法が使用できないポイントが多いから、マーキングした三階を経由して戻ろうとした時に偶然……ね。ここの壁にシークレットドアがあって、中はダークゾーンエリアだったの。二人じゃヤバいと思って、その場はやり過ごしたんだけど……」
攻略に行き詰っていた僕達はワープゾーンやダークゾーン、落とし穴などにも対象を広げ、迷宮内を隈なく探索していた。
そして、シークレットドアを偶然発見したという報告が、アユミールとミナから入ってきた。
ようやく掴んだ手がかりだった。
「前に来たときは無かったんだはずなんだけど……」
アユミールが言った。
正直、アユミールとミナがちゃんと僕達に報告してくれたことは予想外だった。
まだ、パーティー内の絆は存在したようだ。
仲間を信じていなかったのは僕の方らしい
「シークレットドアが開く条件がそろっていなかっただけなのかも、な……」
「例えば……?」
「八階まで降りるとか……?」
「……どこまでドSなのよ、このゲームは――」
僕達は三階の東にあるシークレットドアを抜け、ダークゾーンエリアに入った。
ダークゾーン内は同士討ちを避けるために、六人編成で中に入った。魂読込した四人に、戦士一人に、魔導司祭一人のAIキャラ二人を投入している。
ダークゾーンそのものが巨大な迷宮だった。
果てしない闇の中を、ミナの方向感覚能力だけを頼りに先を進んでいく。
ミナの優れた方向感覚能力ならば迷うことなく、ダークゾーンを進んでいけるはずだった。
「そういえば、メリクリウスの情報は……? なんか聞いている?」
皆に尋ねるアユミールの言葉に、クロムは首を横に振る。
「……連中もかなり手こずっているらしいな。進展しているというような話は聞かないな」
「アイテムを得たって言う情報も無いわよね……?」
アユミールの言葉に、クロムが頷く。
「いずれにしろアイテム規制は解除されたようだな。ウロボロスリングのシリアルナンバーから見てもそう考えるのが妥当だろう」
「赤の錬金薬を手に入れるのも時間の問題……か」
「連中ならアイテム発生の為の乱数固定の情報をも入手できるかもしれん。だから、カリバーンに接触しようとしていたのかも、な」
もしかしたら乱数固定によるアイテム発生の乱造を防ぐ為に、運営側あるいはAIがアイテム出現を規制していたのだろうか……?
クロムの言葉を聴きながら、僕はそう考えていた。
突然、先頭のミナが壁にぶつかった。
「……す、すみません」
ミナは謝ると、慌てたように違うルートへ歩みだした。
別ルートへ入った直後、今度はパーティー全体がダメージを浴びる。
僕達が入り込んだのは、ダメージゾーンだった。
無視できないほどもダメージ数値だ。
あわててパーティーメンバーが回復魔法を施そうとしたとき、敵が出現する。
グリムリーパーだった。
猛禽類の羽を背から生やし、大きな釜を手に携えている。
まるで死神のような姿のエネミーで、魔法より石化や麻痺、精神攻撃など特殊攻撃を得意とする厄介な相手だ。悪魔系のエネミー二体引き連れている。
グリムリーパー達を何とか斃し、その後も数回戦闘を繰り広げ、再びダークゾーンの探索に入る。
ミナの顔に焦りが浮かんでいた。
ダークゾーンはマッピング作業を行うことが出来ない。眼を凝らしながら方位を確認し、感覚を研ぎ澄ませ、道順を頭に記憶していく作業が必要になってくる。
人間が元来持ちうる能力、あるいは『脳力』だけが頼りだった。
『ナーヴァス』という言葉の意味を、僕は理解し始めていた。同時に、カリバーンとメリクリウスの会話も思い出していた。
仮想現実という特殊な環境において、才能を発揮する人種達――。
カリバーンは『進化した存在』とはっきり言っていた。
僕の特性である神経加速型ナーヴァス――おそらくゲーム内で僕の反射神経速度は加速され、マキシマムソニックブレードの成功率と回数に影響を及ぼし、引き上げているのは疑いようも無い。
だが、この能力は現実世界でどう還元されていくのか。
事実、現実世界でこの能力に対しての恩恵はない。
仮想現実内限定なのか、それとも――。
取り留めのない思考を断ち切るように、再びパーティー全体がダメージを喰らっていた。
またしてもダメージゾーンに踏み込んでいた。
「……さっき通った所だな、ここは」
クロムが言った。
「ミナ! 何やってんの……!?」
アユミールがミナを非難する。
「は、はい……すみません」
ミナは謝る。どうも今日のミナは精彩を欠いている。
やはり、エンデの申し出が大きく影響しているようだった。
「しっかりしてよ。ダークゾーン内はあんただけが頼りなんだから……」
「わ、わかってます……!」
ミナは苛立ったように言う。
「キャンプでも張るか……?」
クロムの提案に、アユミールは「必要ないわ」と言うと、ミナの方を見た。
「この際だからハッキリ言っておくけど、悪いことは言わない。エンデの話には乗らない方がいいと思う」
アユミールが意外な事を言った。
彼女が一番乗り気だと思っていたからだ。
「……どうしてですか?」
ミナは聞き返す。
やはり原因はそれだったようだ。
「女の勘」
アユミールの言葉に、脱力する思いだった。クロムも大げさなリアクションを取る。
「……っていうのは冗談だけど、あいつってさあ、仕事あげるから、その代わり見返りや枕営業を要求するような奴と同じ匂いがすんのよね」
「…………」
「そういうのと付き合うと、碌な事ないし、女の価値落とすだけだよ。まだ若いんだから、焦っちゃ駄目だって――」
アユミールは僕の方を見る。
「ジン君だって心配しているし……ねえ」
僕は照れつつも、アユミールの言葉に頷いた。
ミナは一瞬眼を伏せると、顔を上げる。すっきりとした表情になっていた。
アユミールの言葉に、ミナの迷いは晴れたようだ。
ミナは僕の方を見る。
「……ゴメン。正直、ちょっと迷ってた……」
僕に向って素直に頭を下げるミナに、僕は笑う。
「仕方ないよ。でもアユミールさんの言う通りだと思う。エンデはなんか信用できない。ゲーム理論からもそれが妥当らしいし……」
「?」
「今度ゆっくり教えてあげるよ」
僕は知ったような口ぶりで言う。全てはクロムの受け売りだ。
「……よかったな」
そのクロムが僕の肩を叩いた。
子供の僕達に対し、道を指し示してくれるアユミールやクロムのような大人と組めてよかった。
心の底からそう思っていた。
憑き物が取れたミナは、本来の能力を発揮し始めていた。
女性は方向音痴が多いというが、ミナはそんなことは無く、むしろ男より優れているようだった。
クロムの言うとおり認知能力が高いのかもしれない。
ミナは元来の集中力により、ダークゾーン内を直ちに把握していた。
「……大体の構造はつかめました」
ミナの言葉には、自信に満ちていた。
「中央に大広間があって、それを中心に区画がそれぞれいくつか分岐しているみたいです」
「……分岐?」
クロムが聞き返す。
「はい。広間の部分は無数の落とし穴があるみたいですけど、それを注意して進めばたどり着けるはずです」
――もどれ。
突然、僕の頭の中に声が聞こえていた。
「何か聞こえました……?」
「……いや」
クロムは首を振る。
空耳だったらしい。
――もどるんだ。
再度聞こえた。エクスペリエンスの不調か、それとも幻聴だろうか。
パーティー間の結束が戻りつつある今、僕の言葉はさすがに水を差す。
僕は言葉を無視した。
「一番近い区画は……?」
クロムはミナに尋ねていた。
「……南西のルートでしょうか」
「まずはそこからか」
僕達は手始めに、南西の区画へ攻め込む。
落とし穴を慎重に避けながら、区画へ入り、奥へとどんどん進んでいく。
行き止まりまで達すると、突然テレポートしたような感覚を味わう。
しかし、テレポート先もダークゾーンだった。
「あれ……?」
ミナが声を上げた。
「どうしたの?」
アユミールがミナに尋ねた。
「なんか、迷宮の雰囲気が変ったんです。この前デバックモードの迷宮に入ったような……感覚情報が少なくなった感じです」
「なんだと……?」
クロムが聞き返す。
「誰か帰還魔法を試してみてくれ」
クロムの言葉に、魔導司祭のAIキャラが頷くと、魔法を使用した。
しかし何も起こらない。
「……駄目です」
どうやら帰還魔法不可エリアのようだ。
「回復魔法はどうだ……?」
「えっ?」
クロムの言葉に、AIキャラが今度は回復魔法を試みる。
しかし、今度も何も起こらなかった。
「まさか、魔法無効化エリア……魔法が一切使用できない場所なのか……?」
クロムの分析は、パーティー内を一気に緊張状態にさせた。
「帰還魔法も回復魔法もダメって……当然攻撃魔法も……ってことよね?」
アユミールの言葉に、クロムは頷いた。
「……戻ったほうがよさそうだな」
急いで元の地点に戻ろうとした時、闇に魔方陣が浮かび上がる。
エネミーの出現だった。人の影のような姿をしたエネミーだった。
僕はエネミーネームを確認する。
<アンノウン>という名だった。
「フォーメーションを整えろ……!」
クロムの指示が飛ぶ中、エンカウント直後、前衛と後衛のAIキャラが突然、気絶状態に陥っていた。
アンノウンの特殊攻撃なのは間違いない。
しかし、どういう攻撃を仕掛けてきたのか、不明だった。
僕達が対応にあぐねる中、アンノウンは印を組む。
<呪殺>の魔法だった。
気絶し、身動きできないAIキャラ二人に呪いのサインが刻まれると、簡単に即死した。
AIキャラとはいえ、最終エリアに到達した猛者である。それなりのレベルに達しているキャラだ。
魔法にも耐性を持ち、即死回避用の装飾アイテムを身につけているにも関わらず、<呪殺>の魔法攻撃を前にして、まったく意味を成さなかった。
アユミールは魔法を詠唱実行する。
しかし、クロムの予想通り、攻撃魔法は実行されなかった。
アンノウンは笑ったような表情を見せた。
エネミーが感情を見せた……!?
明らかに異質なエネミーだった。
アンノウンは手をかざすと、球状の物体が出現していく。
魔法触媒だった。
<対消滅>の魔法だった。
しかも、魔法の実行スピードが速い。
アンノウンは魔法触媒を発射する。
防御を施す間もなく、広範囲で大ダメージ必至の魔法攻撃がパーティーに注がれていた。
多大なダメージが全メンバーに刻まれ、パーティーのフォーメーションが崩れた。
この敵は強すぎる……!!
魔法無しではとても倒せる相手ではない。
出し惜しみで勝てるような相手ではないことを悟った僕は、フィロソフィーブレードの準備に入る。
しかし、フィロソフィー・ブレードは発動しなかった。
特殊攻撃も魔法同様使用できないらしい。
ミナが反射的に死亡状態のキャラに蘇生魔法を施していた。
しかし、生き返ることは無かった。魔力だけがむなしく消費されていく。
やはり魔法の類は一切使用できない。
間髪いれずに、再びアンノウンが<呪殺>の魔法をミナに放った。
<呪殺>がミナに襲い掛かる。
呪いのサインが瞬くと、ミナの瞳から光が消え、死亡した。
ミナも即死回避用のアイテムを身に着けているはずである。
大ダメージは避けられないにしても、即死するような事態になることはありえなかった。
間髪いれず、アンノウンは<呪殺>の魔法をアユミールにも放つ。
<呪殺>の魔法が炸裂し、アユミールも生命力を奪われ、死亡に至った。
そもそも<呪殺>の魔法は命中率と成功率に大きく支配されているはずである。当たりはずれが大きい魔法でありながら、アンノウンが施す魔法は成功率があまりにも高すぎた。
特にアユミールは聖皇の肖像盾を装備している。魔法耐性が高く、一撃死の回避率は群を抜いているはずだった。
にも関わらず、アユミールは死を免れることは出来なかった。
僕は半ばやけになり、虚空王の剣による直接攻撃をアンノウンに試みた。
刃は弾かれ、ダメージを与えることが出来ない。
直接攻撃も通用しない……!?
何かのイベントなのだろうか……?
あるいは、チート行為という言葉が、僕の頭の中を通り過ぎる。
クロムは<奉納>の施行を試みていた。
<奉納>も発動しなかった。
魔法剣同様、他のジョブスキルも発動しなかった。
信じられないというような顔をクロムはすると、アンノウンは<呪殺>を放つ。
<呪殺>の魔法が、一瞬にしてクロムの命を奪った。
こちらの魔法は使用できないのに、相手の魔法は面白いようにヒットする。
いつしか生き残りは、僕だけになっていた。
アンノウンの顔にカッターの刃で切った傷口か、亀裂のような笑みが浮かぶと、突然僕の間合いに入り、拳を振るってきた。
バルバロイ・ジャイアントのような強力な威力を秘めた打撃攻撃だった。
動きも驚くほど早い。
魔術師系のエネミーではなかったのか。戦士系のエネミーの特性も所持している。
連続でアンノウンは打撃を繰り出してきた。たちまち僕の生命力値は削られていく。
まるでミナの格闘ゲームで斃される敵のような状態だった。
アンノウンの打撃攻撃に、僕は手も足も出なかった。
散々タコ殴りした後、アンノウンは止めとばかりに僕に<呪殺>を放った。
その瞬間、僕の生命力値はゼロと化した。
不可解な敵を前にして、己の実力を発揮すること無く、僕達パーティーは全滅していた。
意識が遠のく中、僕はアンノウンの笑みを見た気がした。